12年目の恋物語

真矢すみれ

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14年目の永遠の誓い

5.修学旅行1

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「陽菜、おはよう! いよいよ明日だね!」

 朝、教室のドアをくぐると、志穂が浮かれた口調、今にも踊り出しそうな軽い足取りで、ハルの元へとやって来た。
 そのまま、「おはよう」と朝のあいさつを交わし、ハルの席へ向かうと志穂もついてきた。

「もう、明日かぁ」

 穏やかな笑みで応えつつ、オレはハルの心中が少しばかり複雑なのを感じていた。
 明日から高校の修学旅行。うちの学校では高二の秋と決まっている。
 ほとんどの人間にとっては待ち遠しい、高校生活三年間でも1、2を争う人気イベント。

 だけど、夏の検査入院で色々と心配な問題が出たハル。問題はあるけど、手術をするのも微妙なラインと言うことで、薬だけが何種類か増えてしまった。
 避暑地で過ごした夏休みには上向いていた体調も、九月の残暑には勝てず、現在、完全に低空飛行。
 日帰りの遠足ですら乗り物酔いや疲れでフラフラになるハルは、そんな状態で、五泊六日を耐えられるのかと心配していた。

「欠席した方がいいのかな」

 と、オレの前でだけ、一度ハルはつぶやいた。
 もちろん即座に否定したけど、ハルの不安は消えなかった。
 何かあると厄介な心臓の病気だけに、最善を期して、じいちゃんの手配で看護師さんの同行も決まっている。裕也さんが来たがっていたらしいけど、さすがに五泊六日は抜けられなかったらしい。
 そんな学外からの同行者の存在も、ハルの心を重くしているようだった。

「しーちゃん、えっと……」

「ん?」

「わたし、色々と迷惑かけちゃうかも知れなくて……。ごめんね」

「やだ、陽菜ってば、まだ何も起こってないのに謝んないでよ」

 志穂はカラカラっと、ハルの不安を笑い飛ばす。

「わたしも叶太くんもついてるし、大丈夫。それに、看護師さんも来てくれるんだよね? えーっと、何とか里実さんだっけね?」

「うん。松村里実さん」

「どんな人?」

「えっと……旦那さまが心臓病で、看護師さんってだけじゃなく、色々と詳しいみたい」

「わ、じゃあ本当に安心だね」

「うん」

 穏やかに、ハルはほほ笑んだ。けど、心が晴れ渡っている訳じゃないことに気づいたのは、オレだけじゃなかった。

「牧村、そう心配すんな。広瀬だけじゃなく、オレだっているし」

 そう言ったのは斎藤。
 志穂と斎藤とオレたち四人が同じ班。したがって、一番迷惑をかけるのも世話になるのもコイツらだ。けど、どっちも迷惑だなんて思わないのは間違いない。

「そうそう。ハルちゃんが乗り物苦手なのも、長く歩けないのも、みんな分かってるから」

 長い付き合いじゃん、と斎藤の横から顔を出したのは、初等部から杜蔵に通う幸田和樹こうだかずき。しょっちゅう冗談やらくだらない駄洒落を言ってクラスを沸かせるムードメーカー。明るくて気の良いヤツで、オレとも仲が良い。
 ハルは男女問わず、多くの人から好かれているけど、それでも少数派ながら、ハルを身体が弱い面倒な子だと避ける輩もいる。けど、幸いこのクラスにはそう言うヤツはいなくて、何かにつけてお互いをフォローしようという雰囲気がある。

「あんま気にしないで気楽に行こう。……ほら。笑う門には福来たる。笑った笑ったっ」

 と和樹はあろうことか、スッと手を伸ばしてハルのほっぺたを左右に引っ張った。
 それを見たオレが黙っていられるはずもなく、すぐさま和樹の手を払い落として、

「オレのハルに触らないで欲しいな~?」

 と、椅子に座るハルを後ろから抱え込んだ。
 それを見たクラスの女子たちがキャーキャー大騒ぎ。

「……もお、」

 ハルは真っ赤になってうつむいた。

「ははは。ほら、ハルちゃん。こんなに自分にベタ惚れの彼氏なんだから、遠慮なく頼ってやれよ。で、もちろん、オレにも遠慮なく頼ってね?」

 和樹がそう言うと、斜め前の席の女子、河合律子も振り返って一言。

「志穂で頼りなかったらいつでも言ってね。女子力なら、わたしのが高いわよ」

「ちょっと~、りっちゃん、それどう言う意味?」

「朝、髪がうまくまとまらなかったら、志穂、巻いたり結ったりできる?」

「……できません」

 志穂が降参と言うように手を挙げると、ドッとクラスが湧いた。
 志穂の髪は一年の時と変わらずショートボブだけど、その髪の一部が明後日の方向を向いているのは割と頻繁に目撃されている。

「ハルちゃんの髪、ふわふわで気持ちよさそうだよね。修学旅行中、一回触らせてよ」

「あ……うん。わたしも髪の毛結んだりとか苦手だから、お願いします」

 ぺこりとハルが頭を下げると、

「意外。得意そうなのに」

 とは律子のコメント。同意する声が多数上がった。
 ハルはいつも綺麗に髪を編み込んだり結ったりしているけど、それは沙代さんの作品だ。

「えっと……普段やってもらってるから慣れなくて。自分でやる時は、後ろで一つか下ろしっぱなしにしちゃう」

「よーし。可愛くしてあげるから! 楽しみにしてて! ね、広瀬くん?」

 え? おれ!?
 最後の言葉に笑いが渦巻く中、修学旅行前日の授業は始まった。


   ◇   ◇   ◇


「ハル、着いたよ」

 集合場所の新幹線乗り場、改札横の広場には、既にうちの学校の生徒があふれていた。
 と言っても、宿泊場所の都合で学年を半分に分けてあり、後発組は明日が出発。

「……ん」

 オレに手を引かれて、ぼんやり焦点の合わない目のまま、ハルは小さく答えた。
 分かっているんだか分かっていないんだか?

 荷物は二人分まとめて反対の手で引く。ハルの荷物がスーツケースで、オレのはその上に乗ったでかい旅行鞄。
 ハルの手持ちのリュックは、地元から同行している看護師の松村里実さんが持ってくれていた。里実さんの引く大きなスーツケースには医療品が色々入っているらしい。
 オレたちに気がついた斎藤が駆け寄る。

「おはよ。牧村、どうした? 大丈夫?」

 ぼんやりと表情のないハルを見て、斎藤が驚いた声を上げた。それを受けて、一瞬、斎藤の方を見たハルは、小声で

「……おはよう」

 と応えた。けど、すぐにぼんやりとした遠い目になってしまった。

「車に乗る前に酔い止め飲んだんだけど、……効きすぎて眠い感じ? ごめん。多分、今、八割以上夢の中だと思う」

 オレが言うと、斎藤はホッと息を吐いた。

「いや、眠いだけなら良かった。一瞬、ここで引き返しかと焦ったよ」

 その数分後に合流した志穂にも同じような心配をされ、先生の注意事項やら何やらもろくに耳に入らないまま、ハルはオレに手を引かれ支えられて新幹線へ乗車。
 座席に座らせると、オレが荷物を棚に上げている間にハルは完全に寝入ってしまった。
 オレたちが座ったのは三人がけの席で、ハルを挟んで右と左にオレと里実さん。志穂と斎藤はすぐ後ろの席だけど、進行方向と反対向きにするとハルが酔うし、何より、現在爆睡中のため、向きは変えずにそのまんま。

「陽菜ちゃん、調子悪そう?」

 里実さんが小声でオレに言った。

「どうだろ。良くはないけど……体調が悪いと、多分、ハルは新幹線でも酔うだろうから、寝られてるのは悪くないんだけど」

 後ろに声をかけて、ハルの席の背もたれを倒した。
 身体に手を触れても、起きる気配もない。

「そっか。長いからね、この距離で酔うとしんどいよね」

 続けて、オレが自分の手荷物から薄手のタオルを出してハルにかけるのを見て、里実さんは感心したように言った。

「陽菜ちゃん、愛されてるよね」

「はい。愛してますよ~。ハルはオレの宝物です。……って、物じゃないんだけど」

 しれっと告げると、里実さんはバカにすることも照れることもなく、ふふっと笑った。

「頼りにしてるわよ。旅行中よろしくね」

「それは、オレの台詞です。よろしくお願いします」

 オレが頭を下げると、里実さんはにこりと笑った。
 その、どこか達観したような笑顔に、オレは思い切って言ってみた。

「里実さん、オレ、変なこと聞いても良いですか?」

「いいよ。何かな?」

 どんなことを聞くのかとも聞かず、即答した里実さん。
 もしかしたら、じいちゃんから何か頼まれているのかもしれない。
 里実さんの旦那さんも先天性の心臓病で、ハルと同じように子どもの頃から運動制限があると言う。一応、仕事もしているけど、決して無理はできないらしい。
 いわば、里実さんはオレの先輩。
 それなら、一番聞きたいのはこれでしょう?

「プロポーズはどっちからですか!?」

 里実さんはプッと吹き出した。

「叶太くん、ストレートね」

 里実さんは、一週間ほど前にハルがいない場でじいちゃんに紹介された。
 ハルが言わない、普段のハルの様子やら何やらの共有。何かあった時の連携方法。どっちが何をするかとか。
 それはとても大切なことだったけど、オレが一番気になったのは、やっぱプロポーズ。
 じいちゃんもいる初対面の場では聞けなかったけど、この旅行中に機会があればと待ち構えていたんだ。

「わたしからよ。彼は告白すら、最初はまともに取り合ってくれなかったもの」

「どうして?」

 と聞きつつ、何となく予想ができる。

「長生きできないかも知れないし……ってね。言わないけど、そんなところじゃないかな」

 やっぱり、そうなるんだ。
 オレたちも付き合い始める前には色々あった。けど、オレの告白に、ハルは素直に頷いてくれた。
 もしかしたら、男女差もあるのかも知れない。男なら、やっぱり好きな女の子は守りたいと思う。それがムリだとしたら、ためらう気持ちは理解できる。

「でも、じゃあどうやってプロポーズを受けさせたんですか?」

「やーね、受けさせたなんて。叶太くんの中で、わたしってどんな人間?」

 里実さんは面白そうに笑った。
 けど、否定はしないらしい。

「あなた以外に考えられないから、じゃあ、わたし、このまま誰とも付き合わず一生独身ね。寂しいわ。……って言ったの」

「……脅し?」

「やーね、人聞きの悪い。ありのままに真実を告げただけよ」

 得意げな口調の里実さんに、今度はオレが吹き出した。

「で、旦那さんは?」

「三日悩んで、逆にプロポーズし直してくれたわ。短いかも知れない結婚生活なら、早く始めようって。って言っても、わたしが二十三、彼が二十五の年ね」

 思ったより早い。
 けど、里実さんも旦那さんも既に働いている年齢。二人とも大人だ。
 ……まあ、普通そうか。

「旦那さんとの出会いは?」

「小学校入学の年かな。親が家を建てて引っ越した先の、お向かいの家のお兄ちゃんだったの」

「幼なじみ!」

「そう。叶太くんたちと同じね。……わたしの話が参考になると良いけど」

「なるなる! ムチャクチャ参考になります!」

 オレが勢い込んで言うと、里実さんはくすくす笑った。

「じゃあ、なんでも聞いてくれて良いわよ。参考になれたら光栄だわ。ちなみに、今は子どもが欲しい、ムリだって押し問答中」

「子ども?」

「彼は育てられないかも知れない子を作りたくないって言うんだけどね、わたし、仮に彼が働けなくなっても、手に職あるから大丈夫だって言ってるんだけど」

「どうするの?」

 語り口からして、諦める気がないのは間違いない。
 オレは、タフで前向きな里実さんの人柄にかなり惹かれていた。

「そろそろ、強硬手段に出ようかと思って」

「強硬手段?」

「男の人の自然な欲望につけ込む予定」

「ええ!? それって……」

 オレが赤くなると、里実さんはクスッと笑った。

「広瀬くんには、まだ刺激が強かったかしらね?」

 はい。強かったです。
 そして、旦那さんに、ちょっとだけ同情しました……というのは内緒。
 里実さんはツボに入ったのか、随分と長い間、クスクスと笑い続けていた。
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