80 / 151
14年目の永遠の誓い
6.修学旅行2
しおりを挟む
到着までの約四時間をハルは完全に夢の中で過ごした。オレと里美さんがおしゃべりする声にもまったく反応はなし。
だけど、バスへの乗り換えでは、さすがに寝たままという訳にも行かず、かなり強引に起こした。
「ごめんね、ハル。眠いよな」
「……ん」
目をこすりぼんやりするハルの脇を支えつつ、一番最後に降りる。
混み合ったホームでハルの手を引きながら二人分の荷物を運んでいると、
「持つよ」
と斎藤がオレたちの荷物を請け負ってくれた。
「ありがと」
「いや、牧村、大丈夫?」
「んー、どうだろ?」
不用意に大丈夫と言いにくい状態。眠そうで会話にならないのももちろんだけど、顔色もあまり良くはない。
いくら強めの酔い止めを飲んだからって、ここまでなるか?
列の最後尾について、駅から外に出る。
「陽菜、大丈夫?」
ハルが半分目をつむったような状態だから、志穂もオレに聞いてきた。
「あー、んー」
オレが答えあぐねていると、話は耳に入っていたのか、隣のハルが小声で答えた。
「大丈夫だよぉ」
ハルは手で口元を隠しながら小さくあくびをした。
「ごめんね。……なんか…眠くて」
「いいよいいよ。ただでさえ移動距離長いんだもん。寝てたら良いよ~」
志穂がハルの背に手を置いて、ハルの顔を覗き込んだ。
「んー。しーちゃん、ありがとう。少し、目…覚めてきたー」
「無理しないでね? 具合悪かったら、遠慮しないで言うんだよ」
「ん」
ハルはふわっと笑顔を浮かべて志穂と斎藤を見た。
そのまま昼食会場へ移動するために観光バスへ乗車。
目が覚めてきたと言ったハルは、結局バスでも爆睡。大の苦手の観光バスだったけど、酔うこともなく目的地に到着できた。
体調悪そうな気がしていたけど、意外といけるかも? と思ってはみたものの、やっぱり食欲はほとんどなくて、昼食のウナギも、
「美味しいね」
と言った割には、ハルは数口食べただけ。
残りはありがたく、オレと斎藤が頂戴した。
食後は旧藩主邸と庭園を見学。
広大な敷地には、どでかい日本建築のお屋敷。池のサイズが「池」と言うには申し訳ない大きさで、半端ない迫力。
併設されている西洋館の壁は白。不思議と和館よりも歴史と伝統を感じさせられる。
「こんなお屋敷に住んでみたいね~」
と誰かが言うと、
「掃除が大変っしょ」
と、どこからか現実的な答えが帰ってくる。
「夢がないなぁ。これだけの家ならお手伝いさん雇うって」
「ってか、何人家族だよ。こんなに、部屋いらねーって」
「……あんた、そんなこと言ってっから、彼女いない歴更新中なんだよ。ったく、現実的なのもほどほどにしときな」
その鋭い突っ込みに、何人かが吹き出した。
「……え、現実的、ダメ!?」
更に自覚がないらしい発言に爆笑の渦。
ハルもクスクスと笑っていた。
オレはハルの耳元でささやいた。
「ねえ、ハルもこういう家に住みたい?」
「え? なんで?」
「いや、女の子はこういうのが好きなのかなーって」
「んー。今の家で十分満足してるよ」
ハルはふんわりほほ笑んだ。
言われてみると、ハルの家も相当にでかいし、石造りの洋館だ。敷地内のじいちゃんちは純日本建築のお屋敷だし日本庭園も池もある。
「ここ、ハルんちと雰囲気似てるよな?」
「……え? どこが?」
「和館と洋館両方建ってて、庭が広い」
「広さの規模が違うよ」
口元に手をあて、ハルは楽しげにクスクスと笑う。
ヤバイ。可愛い。
抱きしめたいけど、今、やったら怒るだろうなぁ。
「それに、こんなに広かったら歩くの大変そう……」
「あー、確かに」
オレには広さは何の障害にもならないけど、ハルにこれは酷だろう。
ハルの家では、ハルの寝室は一階にある。明兄やおじさん、おばさんの寝室、書斎なんかは二階なのに。
平屋のじいちゃんの家でも、ハルのために用意されてる部屋は玄関に近い側。
明らかにハル仕様。身体に負担がないように考えられてる。
「……わたし、年に数える程しか、うちの二階に上がらないんだよ」
その発言に、思わず絶句。
確かに必要ないかも知れない。ハルの生活動線は一階ですべて完結するようにできている。
「あ、じゃあ、明兄がいる時だけ?」
「うん。お兄ちゃんがいる頃は、もう少し上がってたんだけどね」
ハルは長い廊下に目をやり、
「こんなに広くたって、行かない部屋ばっかじゃ仕方ないよね」
そんなことをつぶやいた。
洋館の次は川下り。
「酔いそうだから、里実さんとここで待ってるね」
とハル。
それならオレだって、船に乗るより、ハルと一緒に船を見ながら一緒に待ちたかったのに、
「行くぞ、広瀬」
と斎藤に強引に引っ張られて、船に乗せられた。
どうやらハルに、自分が行けない時はオレを連れていってねと頼まれていたらしい。
「牧村が気にするから、お前はこっちに参加しとけ」
そう言われてしまうと、言うことを聞くしかない。
「行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るハルに、仕方なくオレは船上から手を振り返した。
ハルは船に乗るオレたちを写真に納めるべく、嬉しそうにデジカメを取り出していた。
本日最後の観光は、学問の神様。
ザックリ説明を聞いた後は、ハルと一緒におみくじを引いて、学問のお守りを物色。
「受験ないのにいるかな?」
そう言うと、横から志穂が、
「陽菜にはいらないかも知れないけど、わたしたちにはいるんじゃない?」
とぬかした。
一緒にするなと言いたいところだけど、残念ながらオレたちの成績は団子状態。
ハルがお守りを三つ買ったので、誰の分かと聞くと、
「自分のと、お兄ちゃんと羽鳥先輩へのお土産」
と言ってから、「あ、」とつぶやいて、買ったばかりのお守りと志穂を見比べる。
「ごめん。……しーちゃんが買った方が良かった……よね?」
元々、羽鳥先輩はハルと仲が良くて、そこに志穂がアタックして彼女の座を得たという関係。ハルは先輩がハルを好きだったなんて知らないから、そこを気にしているとは思えないけど、彼女を差し置いてお土産を買うという行為はまずいと思ったらしい。
だけど、志穂は笑い飛ばす。
「あはは。きっと、陽菜からの方が喜ぶと思う」
「……そう?」
ハルは意味が分からず、小首を傾げて不思議そうにした後、
「先輩も去年来てるし、自分で買ってるかな? じゃあ、わたしからでも良いかな」
と見当違いのことを返した。
受験間近の羽鳥先輩。
先輩はもしかして、本当にハルからもらう方が喜ぶかも知れない。
と思ったら、思わずしかめっ面になっていたらしい。
オレの表情の理由に気付いたらしい斎藤が、隣でプッと吹き出した。
◇ ◇ ◇
初日の観光は、思いの外に順調だった。
けど、この日最後の二時間ちょっとのバス移動では、さすがに疲れが出たのか、このまま寝られますように……というオレの願い虚しく、ハルの顔色はどんどん悪くなっていった。
乗車して十分足らずで、ハルの呼吸は乱れ始め、顔色は真っ青になった。
バスの座席はオレがハルの隣。里実さんは担任と並んで、一つ前の席。オレは、ハルの介抱は慣れているからって、ハルの隣を譲らなかった。
ほどなく、オレに背中をさすられながら、ハルは胃の中身をすべて戻してしまった。
二時間、ほぼずっと吐き続け、旅館に着く頃には戻すのは胃液ばかり。
自分の足でバスから降りられる状態ではなく、全員降りた後、ぐったりしたハルをオレが抱いて下ろした。
そのまま、大広間でのオリエンテーリングに向かうクラスメイトと別れて、里実さんと一緒に部屋に向かう。
「ごめ……ね」
オレの腕の中で、苦しげに目を閉じたまま、ハルがささやくように言った。
「ハルー、何も気にすることないから。早く揺れないところで休んで、楽になろうな?」
案内された白藤の間は里実さんの居室でもあり、こんな時にハルが泊まる部屋。同じフロアには全体の保健室のような、保健室の先生と同行の看護師さんの部屋もある。
中居さんの案内で客室の玄関、控えの間を抜けると、広々した和室が広がり、真ん中には既に布団が敷かれていた。
オレはそうっとハルを下ろす。
そこで、しばらく身体を硬くしていたハルが、ようやくふっと力を抜き目を開けた。
涙に潤んだ大きな目が痛々しい。
「ハル、もう一回、口ゆすぐ?」
「……いい」
「陽菜ちゃん、少し水分取れそうかな?」
里実さんが経口補水液の入ったペットボトルを持ち上げた。
「……ムリ、そ、です」
ハルは困ったような顔をした。
「じゃあ、点滴用意するね」
里実さんは部屋の隅で、テキパキと持って来ていた大きな荷物を開きはじめた。
さすが看護師、頼もしい。
何でもやってあげたいとは思っても、オレには点滴をしてあげることはできない。
里実さんの大きなスーツケースから出てくるものを見るともなしに見ていると、ハルがオレの名を呼んだ。
「カ、ナ」
慌てて視線をハルに戻す。
「ん? どうした?」
「……行か、なきゃ」
「ああ。オリエンテーリング? 斎藤と志穂が聞いてきてくれるから、大丈夫」
と請け負ったのに、ハルは「ダメ」と言う。
その顔があんまり悲しそうだったので、本当はこんな状態のハルを置いていきたくなんてなかったけど、ハルが気に病むなら行かなきゃいけないだろうと、オレは里実さんに後を頼んで、仕方なく宴会場へと向かうことにした。
部屋を出る前に、
「また後で来るからね?」
と手を握ると、ハルは、
「……ん。…待って、る」
とオレの手を握り返してくれた。
良かった。拒否されなかった。
オレはそっとハルの頭をなでると、努めて笑顔を見せ、手を振りつつ、白藤の間を後にした。
だけど、バスへの乗り換えでは、さすがに寝たままという訳にも行かず、かなり強引に起こした。
「ごめんね、ハル。眠いよな」
「……ん」
目をこすりぼんやりするハルの脇を支えつつ、一番最後に降りる。
混み合ったホームでハルの手を引きながら二人分の荷物を運んでいると、
「持つよ」
と斎藤がオレたちの荷物を請け負ってくれた。
「ありがと」
「いや、牧村、大丈夫?」
「んー、どうだろ?」
不用意に大丈夫と言いにくい状態。眠そうで会話にならないのももちろんだけど、顔色もあまり良くはない。
いくら強めの酔い止めを飲んだからって、ここまでなるか?
列の最後尾について、駅から外に出る。
「陽菜、大丈夫?」
ハルが半分目をつむったような状態だから、志穂もオレに聞いてきた。
「あー、んー」
オレが答えあぐねていると、話は耳に入っていたのか、隣のハルが小声で答えた。
「大丈夫だよぉ」
ハルは手で口元を隠しながら小さくあくびをした。
「ごめんね。……なんか…眠くて」
「いいよいいよ。ただでさえ移動距離長いんだもん。寝てたら良いよ~」
志穂がハルの背に手を置いて、ハルの顔を覗き込んだ。
「んー。しーちゃん、ありがとう。少し、目…覚めてきたー」
「無理しないでね? 具合悪かったら、遠慮しないで言うんだよ」
「ん」
ハルはふわっと笑顔を浮かべて志穂と斎藤を見た。
そのまま昼食会場へ移動するために観光バスへ乗車。
目が覚めてきたと言ったハルは、結局バスでも爆睡。大の苦手の観光バスだったけど、酔うこともなく目的地に到着できた。
体調悪そうな気がしていたけど、意外といけるかも? と思ってはみたものの、やっぱり食欲はほとんどなくて、昼食のウナギも、
「美味しいね」
と言った割には、ハルは数口食べただけ。
残りはありがたく、オレと斎藤が頂戴した。
食後は旧藩主邸と庭園を見学。
広大な敷地には、どでかい日本建築のお屋敷。池のサイズが「池」と言うには申し訳ない大きさで、半端ない迫力。
併設されている西洋館の壁は白。不思議と和館よりも歴史と伝統を感じさせられる。
「こんなお屋敷に住んでみたいね~」
と誰かが言うと、
「掃除が大変っしょ」
と、どこからか現実的な答えが帰ってくる。
「夢がないなぁ。これだけの家ならお手伝いさん雇うって」
「ってか、何人家族だよ。こんなに、部屋いらねーって」
「……あんた、そんなこと言ってっから、彼女いない歴更新中なんだよ。ったく、現実的なのもほどほどにしときな」
その鋭い突っ込みに、何人かが吹き出した。
「……え、現実的、ダメ!?」
更に自覚がないらしい発言に爆笑の渦。
ハルもクスクスと笑っていた。
オレはハルの耳元でささやいた。
「ねえ、ハルもこういう家に住みたい?」
「え? なんで?」
「いや、女の子はこういうのが好きなのかなーって」
「んー。今の家で十分満足してるよ」
ハルはふんわりほほ笑んだ。
言われてみると、ハルの家も相当にでかいし、石造りの洋館だ。敷地内のじいちゃんちは純日本建築のお屋敷だし日本庭園も池もある。
「ここ、ハルんちと雰囲気似てるよな?」
「……え? どこが?」
「和館と洋館両方建ってて、庭が広い」
「広さの規模が違うよ」
口元に手をあて、ハルは楽しげにクスクスと笑う。
ヤバイ。可愛い。
抱きしめたいけど、今、やったら怒るだろうなぁ。
「それに、こんなに広かったら歩くの大変そう……」
「あー、確かに」
オレには広さは何の障害にもならないけど、ハルにこれは酷だろう。
ハルの家では、ハルの寝室は一階にある。明兄やおじさん、おばさんの寝室、書斎なんかは二階なのに。
平屋のじいちゃんの家でも、ハルのために用意されてる部屋は玄関に近い側。
明らかにハル仕様。身体に負担がないように考えられてる。
「……わたし、年に数える程しか、うちの二階に上がらないんだよ」
その発言に、思わず絶句。
確かに必要ないかも知れない。ハルの生活動線は一階ですべて完結するようにできている。
「あ、じゃあ、明兄がいる時だけ?」
「うん。お兄ちゃんがいる頃は、もう少し上がってたんだけどね」
ハルは長い廊下に目をやり、
「こんなに広くたって、行かない部屋ばっかじゃ仕方ないよね」
そんなことをつぶやいた。
洋館の次は川下り。
「酔いそうだから、里実さんとここで待ってるね」
とハル。
それならオレだって、船に乗るより、ハルと一緒に船を見ながら一緒に待ちたかったのに、
「行くぞ、広瀬」
と斎藤に強引に引っ張られて、船に乗せられた。
どうやらハルに、自分が行けない時はオレを連れていってねと頼まれていたらしい。
「牧村が気にするから、お前はこっちに参加しとけ」
そう言われてしまうと、言うことを聞くしかない。
「行ってらっしゃい」
笑顔で手を振るハルに、仕方なくオレは船上から手を振り返した。
ハルは船に乗るオレたちを写真に納めるべく、嬉しそうにデジカメを取り出していた。
本日最後の観光は、学問の神様。
ザックリ説明を聞いた後は、ハルと一緒におみくじを引いて、学問のお守りを物色。
「受験ないのにいるかな?」
そう言うと、横から志穂が、
「陽菜にはいらないかも知れないけど、わたしたちにはいるんじゃない?」
とぬかした。
一緒にするなと言いたいところだけど、残念ながらオレたちの成績は団子状態。
ハルがお守りを三つ買ったので、誰の分かと聞くと、
「自分のと、お兄ちゃんと羽鳥先輩へのお土産」
と言ってから、「あ、」とつぶやいて、買ったばかりのお守りと志穂を見比べる。
「ごめん。……しーちゃんが買った方が良かった……よね?」
元々、羽鳥先輩はハルと仲が良くて、そこに志穂がアタックして彼女の座を得たという関係。ハルは先輩がハルを好きだったなんて知らないから、そこを気にしているとは思えないけど、彼女を差し置いてお土産を買うという行為はまずいと思ったらしい。
だけど、志穂は笑い飛ばす。
「あはは。きっと、陽菜からの方が喜ぶと思う」
「……そう?」
ハルは意味が分からず、小首を傾げて不思議そうにした後、
「先輩も去年来てるし、自分で買ってるかな? じゃあ、わたしからでも良いかな」
と見当違いのことを返した。
受験間近の羽鳥先輩。
先輩はもしかして、本当にハルからもらう方が喜ぶかも知れない。
と思ったら、思わずしかめっ面になっていたらしい。
オレの表情の理由に気付いたらしい斎藤が、隣でプッと吹き出した。
◇ ◇ ◇
初日の観光は、思いの外に順調だった。
けど、この日最後の二時間ちょっとのバス移動では、さすがに疲れが出たのか、このまま寝られますように……というオレの願い虚しく、ハルの顔色はどんどん悪くなっていった。
乗車して十分足らずで、ハルの呼吸は乱れ始め、顔色は真っ青になった。
バスの座席はオレがハルの隣。里実さんは担任と並んで、一つ前の席。オレは、ハルの介抱は慣れているからって、ハルの隣を譲らなかった。
ほどなく、オレに背中をさすられながら、ハルは胃の中身をすべて戻してしまった。
二時間、ほぼずっと吐き続け、旅館に着く頃には戻すのは胃液ばかり。
自分の足でバスから降りられる状態ではなく、全員降りた後、ぐったりしたハルをオレが抱いて下ろした。
そのまま、大広間でのオリエンテーリングに向かうクラスメイトと別れて、里実さんと一緒に部屋に向かう。
「ごめ……ね」
オレの腕の中で、苦しげに目を閉じたまま、ハルがささやくように言った。
「ハルー、何も気にすることないから。早く揺れないところで休んで、楽になろうな?」
案内された白藤の間は里実さんの居室でもあり、こんな時にハルが泊まる部屋。同じフロアには全体の保健室のような、保健室の先生と同行の看護師さんの部屋もある。
中居さんの案内で客室の玄関、控えの間を抜けると、広々した和室が広がり、真ん中には既に布団が敷かれていた。
オレはそうっとハルを下ろす。
そこで、しばらく身体を硬くしていたハルが、ようやくふっと力を抜き目を開けた。
涙に潤んだ大きな目が痛々しい。
「ハル、もう一回、口ゆすぐ?」
「……いい」
「陽菜ちゃん、少し水分取れそうかな?」
里実さんが経口補水液の入ったペットボトルを持ち上げた。
「……ムリ、そ、です」
ハルは困ったような顔をした。
「じゃあ、点滴用意するね」
里実さんは部屋の隅で、テキパキと持って来ていた大きな荷物を開きはじめた。
さすが看護師、頼もしい。
何でもやってあげたいとは思っても、オレには点滴をしてあげることはできない。
里実さんの大きなスーツケースから出てくるものを見るともなしに見ていると、ハルがオレの名を呼んだ。
「カ、ナ」
慌てて視線をハルに戻す。
「ん? どうした?」
「……行か、なきゃ」
「ああ。オリエンテーリング? 斎藤と志穂が聞いてきてくれるから、大丈夫」
と請け負ったのに、ハルは「ダメ」と言う。
その顔があんまり悲しそうだったので、本当はこんな状態のハルを置いていきたくなんてなかったけど、ハルが気に病むなら行かなきゃいけないだろうと、オレは里実さんに後を頼んで、仕方なく宴会場へと向かうことにした。
部屋を出る前に、
「また後で来るからね?」
と手を握ると、ハルは、
「……ん。…待って、る」
とオレの手を握り返してくれた。
良かった。拒否されなかった。
オレはそっとハルの頭をなでると、努めて笑顔を見せ、手を振りつつ、白藤の間を後にした。
1
あなたにおすすめの小説
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
【25th Anniversary CUP】にて、最終ランキング3位に入りました。投票してくださった皆様、読んでくださった皆様、ありがとうございました!
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
自信家CEOは花嫁を略奪する
朝陽ゆりね
恋愛
「あなたとは、一夜限りの関係です」
そのはずだったのに、
そう言ったはずなのに――
私には婚約者がいて、あなたと交際することはできない。
それにあなたは特定の女とはつきあわないのでしょ?
だったら、なぜ?
お願いだからもうかまわないで――
松坂和眞は特定の相手とは交際しないと宣言し、言い寄る女と一時を愉しむ男だ。
だが、経営者としての手腕は世間に広く知られている。
璃桜はそんな和眞に憧れて入社したが、親からもらった自由な時間は3年だった。
そしてその期間が来てしまった。
半年後、親が決めた相手と結婚する。
退職する前日、和眞を誘惑する決意をし、成功するが――
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。
さくしゃ
恋愛
32歳、恋愛未経験の私に彼氏ができました。お相手は次期社長で完璧王子なのに、なぜか可愛い。
「甘酒って甘くないんだ!」
ピュアで、
「さ、さお…ふしゅうう」
私の名前を呼ぼうとして呼べなくて。
だけど、
「し、しゅ…ふしゅうう」
それは私も同じで。
不器用な2人による優しい恋愛物語。
果たして私たちは
「さ…ふしゅぅぅ」
下の名前で呼び合えるのでしょうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる