12年目の恋物語

真矢すみれ

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14年目の永遠の誓い

6.修学旅行2

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 到着までの約四時間をハルは完全に夢の中で過ごした。オレと里美さんがおしゃべりする声にもまったく反応はなし。
 だけど、バスへの乗り換えでは、さすがに寝たままという訳にも行かず、かなり強引に起こした。

「ごめんね、ハル。眠いよな」

「……ん」

 目をこすりぼんやりするハルの脇を支えつつ、一番最後に降りる。
 混み合ったホームでハルの手を引きながら二人分の荷物を運んでいると、

「持つよ」

 と斎藤がオレたちの荷物を請け負ってくれた。

「ありがと」

「いや、牧村、大丈夫?」

「んー、どうだろ?」

 不用意に大丈夫と言いにくい状態。眠そうで会話にならないのももちろんだけど、顔色もあまり良くはない。
 いくら強めの酔い止めを飲んだからって、ここまでなるか?
 列の最後尾について、駅から外に出る。

「陽菜、大丈夫?」

 ハルが半分目をつむったような状態だから、志穂もオレに聞いてきた。

「あー、んー」

 オレが答えあぐねていると、話は耳に入っていたのか、隣のハルが小声で答えた。

「大丈夫だよぉ」

 ハルは手で口元を隠しながら小さくあくびをした。

「ごめんね。……なんか…眠くて」

「いいよいいよ。ただでさえ移動距離長いんだもん。寝てたら良いよ~」

 志穂がハルの背に手を置いて、ハルの顔を覗き込んだ。

「んー。しーちゃん、ありがとう。少し、目…覚めてきたー」

「無理しないでね? 具合悪かったら、遠慮しないで言うんだよ」

「ん」

 ハルはふわっと笑顔を浮かべて志穂と斎藤を見た。
 そのまま昼食会場へ移動するために観光バスへ乗車。
 目が覚めてきたと言ったハルは、結局バスでも爆睡。大の苦手の観光バスだったけど、酔うこともなく目的地に到着できた。
 体調悪そうな気がしていたけど、意外といけるかも? と思ってはみたものの、やっぱり食欲はほとんどなくて、昼食のウナギも、

「美味しいね」

 と言った割には、ハルは数口食べただけ。
 残りはありがたく、オレと斎藤が頂戴した。



 食後は旧藩主邸と庭園を見学。
 広大な敷地には、どでかい日本建築のお屋敷。池のサイズが「池」と言うには申し訳ない大きさで、半端ない迫力。
 併設されている西洋館の壁は白。不思議と和館よりも歴史と伝統を感じさせられる。

「こんなお屋敷に住んでみたいね~」

 と誰かが言うと、

「掃除が大変っしょ」

 と、どこからか現実的な答えが帰ってくる。

「夢がないなぁ。これだけの家ならお手伝いさん雇うって」

「ってか、何人家族だよ。こんなに、部屋いらねーって」

「……あんた、そんなこと言ってっから、彼女いない歴更新中なんだよ。ったく、現実的なのもほどほどにしときな」

 その鋭い突っ込みに、何人かが吹き出した。

「……え、現実的、ダメ!?」

 更に自覚がないらしい発言に爆笑の渦。
 ハルもクスクスと笑っていた。
 オレはハルの耳元でささやいた。

「ねえ、ハルもこういう家に住みたい?」

「え? なんで?」

「いや、女の子はこういうのが好きなのかなーって」

「んー。今の家で十分満足してるよ」

 ハルはふんわりほほ笑んだ。
 言われてみると、ハルの家も相当にでかいし、石造りの洋館だ。敷地内のじいちゃんちは純日本建築のお屋敷だし日本庭園も池もある。

「ここ、ハルんちと雰囲気似てるよな?」

「……え? どこが?」

「和館と洋館両方建ってて、庭が広い」

「広さの規模が違うよ」

 口元に手をあて、ハルは楽しげにクスクスと笑う。
 ヤバイ。可愛い。
 抱きしめたいけど、今、やったら怒るだろうなぁ。

「それに、こんなに広かったら歩くの大変そう……」

「あー、確かに」

 オレには広さは何の障害にもならないけど、ハルにこれは酷だろう。
 ハルの家では、ハルの寝室は一階にある。明兄やおじさん、おばさんの寝室、書斎なんかは二階なのに。
 平屋のじいちゃんの家でも、ハルのために用意されてる部屋は玄関に近い側。
 明らかにハル仕様。身体に負担がないように考えられてる。

「……わたし、年に数える程しか、うちの二階に上がらないんだよ」

 その発言に、思わず絶句。
 確かに必要ないかも知れない。ハルの生活動線は一階ですべて完結するようにできている。

「あ、じゃあ、明兄がいる時だけ?」

「うん。お兄ちゃんがいる頃は、もう少し上がってたんだけどね」

 ハルは長い廊下に目をやり、

「こんなに広くたって、行かない部屋ばっかじゃ仕方ないよね」

 そんなことをつぶやいた。



 洋館の次は川下り。

「酔いそうだから、里実さんとここで待ってるね」

 とハル。
 それならオレだって、船に乗るより、ハルと一緒に船を見ながら一緒に待ちたかったのに、

「行くぞ、広瀬」

 と斎藤に強引に引っ張られて、船に乗せられた。
 どうやらハルに、自分が行けない時はオレを連れていってねと頼まれていたらしい。

「牧村が気にするから、お前はこっちに参加しとけ」

 そう言われてしまうと、言うことを聞くしかない。

「行ってらっしゃい」

 笑顔で手を振るハルに、仕方なくオレは船上から手を振り返した。
 ハルは船に乗るオレたちを写真に納めるべく、嬉しそうにデジカメを取り出していた。



 本日最後の観光は、学問の神様。
 ザックリ説明を聞いた後は、ハルと一緒におみくじを引いて、学問のお守りを物色。

「受験ないのにいるかな?」

 そう言うと、横から志穂が、

「陽菜にはいらないかも知れないけど、わたしたちにはいるんじゃない?」

 とぬかした。
 一緒にするなと言いたいところだけど、残念ながらオレたちの成績は団子状態。
 ハルがお守りを三つ買ったので、誰の分かと聞くと、

「自分のと、お兄ちゃんと羽鳥先輩へのお土産」

 と言ってから、「あ、」とつぶやいて、買ったばかりのお守りと志穂を見比べる。

「ごめん。……しーちゃんが買った方が良かった……よね?」

 元々、羽鳥先輩はハルと仲が良くて、そこに志穂がアタックして彼女の座を得たという関係。ハルは先輩がハルを好きだったなんて知らないから、そこを気にしているとは思えないけど、彼女を差し置いてお土産を買うという行為はまずいと思ったらしい。
 だけど、志穂は笑い飛ばす。

「あはは。きっと、陽菜からの方が喜ぶと思う」

「……そう?」

 ハルは意味が分からず、小首を傾げて不思議そうにした後、

「先輩も去年来てるし、自分で買ってるかな? じゃあ、わたしからでも良いかな」

 と見当違いのことを返した。
 受験間近の羽鳥先輩。
 先輩はもしかして、本当にハルからもらう方が喜ぶかも知れない。
 と思ったら、思わずしかめっ面になっていたらしい。
 オレの表情の理由に気付いたらしい斎藤が、隣でプッと吹き出した。


   ◇   ◇   ◇


 初日の観光は、思いの外に順調だった。
 けど、この日最後の二時間ちょっとのバス移動では、さすがに疲れが出たのか、このまま寝られますように……というオレの願い虚しく、ハルの顔色はどんどん悪くなっていった。
 乗車して十分足らずで、ハルの呼吸は乱れ始め、顔色は真っ青になった。
 バスの座席はオレがハルの隣。里実さんは担任と並んで、一つ前の席。オレは、ハルの介抱は慣れているからって、ハルの隣を譲らなかった。

 ほどなく、オレに背中をさすられながら、ハルは胃の中身をすべて戻してしまった。
 二時間、ほぼずっと吐き続け、旅館に着く頃には戻すのは胃液ばかり。
 自分の足でバスから降りられる状態ではなく、全員降りた後、ぐったりしたハルをオレが抱いて下ろした。
 そのまま、大広間でのオリエンテーリングに向かうクラスメイトと別れて、里実さんと一緒に部屋に向かう。

「ごめ……ね」

 オレの腕の中で、苦しげに目を閉じたまま、ハルがささやくように言った。

「ハルー、何も気にすることないから。早く揺れないところで休んで、楽になろうな?」

 案内された白藤の間は里実さんの居室でもあり、こんな時にハルが泊まる部屋。同じフロアには全体の保健室のような、保健室の先生と同行の看護師さんの部屋もある。
 中居さんの案内で客室の玄関、控えの間を抜けると、広々した和室が広がり、真ん中には既に布団が敷かれていた。
 オレはそうっとハルを下ろす。
 そこで、しばらく身体を硬くしていたハルが、ようやくふっと力を抜き目を開けた。
 涙に潤んだ大きな目が痛々しい。

「ハル、もう一回、口ゆすぐ?」

「……いい」

「陽菜ちゃん、少し水分取れそうかな?」

 里実さんが経口補水液の入ったペットボトルを持ち上げた。

「……ムリ、そ、です」

 ハルは困ったような顔をした。

「じゃあ、点滴用意するね」

 里実さんは部屋の隅で、テキパキと持って来ていた大きな荷物を開きはじめた。
 さすが看護師、頼もしい。
 何でもやってあげたいとは思っても、オレには点滴をしてあげることはできない。
 里実さんの大きなスーツケースから出てくるものを見るともなしに見ていると、ハルがオレの名を呼んだ。

「カ、ナ」

 慌てて視線をハルに戻す。

「ん? どうした?」

「……行か、なきゃ」

「ああ。オリエンテーリング? 斎藤と志穂が聞いてきてくれるから、大丈夫」

 と請け負ったのに、ハルは「ダメ」と言う。
 その顔があんまり悲しそうだったので、本当はこんな状態のハルを置いていきたくなんてなかったけど、ハルが気に病むなら行かなきゃいけないだろうと、オレは里実さんに後を頼んで、仕方なく宴会場へと向かうことにした。
 部屋を出る前に、

「また後で来るからね?」

 と手を握ると、ハルは、

「……ん。…待って、る」

 とオレの手を握り返してくれた。
 良かった。拒否されなかった。
 オレはそっとハルの頭をなでると、努めて笑顔を見せ、手を振りつつ、白藤の間を後にした。
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