12年目の恋物語

真矢すみれ

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14年目の永遠の誓い

12.第二関門、第三関門3

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「ねえ、相談に乗ってくれる?」

 夕食後、親父がいないその日を選んで、リビングでテレビを見ていたお袋に声をかけた。

「珍しいわね。もちろん良いわよ」

 お袋はニュース番組を消すと、オレの方を向いた。
 まだ何も言っていないのに、心なしか嬉しそうだ。
 向かいのソファに腰掛けながら、早速話をスタートさせる。

「あのさ、婚約指輪って、どんなものを買えば良いの?」

「陽菜ちゃんに?」

「ハル以外の誰にあげるの」

 と言うと、お袋は

「聞いてみただけじゃない」

 と笑った。

「プラチナ台に大粒ダイヤモンドの指輪が普通だけど、今時はゴールドのこともあるわよ」

「なるほど」

 アクセサリーについては、まったく分からない訳でもない。
 今までにも何度か誕生日やクリスマスに、ハルへ贈ってきたから、最低限の地金や宝石の知識くらいはある。

「ダイヤの指輪だったら、どんなのでも良いの?」

 オレがそう聞くと、お袋は笑った。

「そういうわけにはいかないわ。婚約指輪に使われるダイヤモンドは普通、特別に良いグレードのものよ」

「グレード?」

「そう。4Cって言うんだけど、Carat、Cut、Color、Clarity。つまり、重さ、輝き、色、透明度。婚約指輪なら、この四つが高いものを選ぶのよ」

「へえ~」

「見てみる?」

「何を?」

「あなたたちのお父様がわたしに買ってくれた指輪」

「見たい!」

 なんか、とんでもなく立派な指輪が出てきそうだけど、何もなしに手探りで探すより良い気がする。

「待っててね」

 お袋は楽しげにリビングを出て行き、数分後、宝石箱を二つ持って戻ってきた。
 どちらの宝石箱も、とても指輪が一個しか入っていないとは思えないサイズ。

「……婚約指輪、そんなにたくさんもらったの?」

 と聞くと、お袋は吹き出した。

「そんな訳、ないじゃないの!」

「だよねー?」

 クスクスと笑いながら、お袋は一つめの宝石箱を開けて指輪を一つ取り出した。

「これが婚約指輪」

 プラチナ台に大きなダイヤが一粒。リングの周りには小さなダイヤがぐるっと連なっている。

「あ、これ、見たことある」

「参観日とかには着けていたものね」

 お袋は懐かしそうに目を細めた。

 そう言えば、小学生の頃、キラキラした指輪が面白くて、コッソリ持ち出して着けて遊んで、ムチャクチャ怒られたような気がする。

「はい」

 と、手渡されて受け取ると、ずしりとした重みが伝わってきた。

「……意外と重い?」

「そうよー。婚約指輪ってダイヤが大きいからか、台もしっかりしてるのよね。重量感あるわよ」

「へえ~。なんか、すごいキラキラして綺麗だね」

「うふふ。これがクオリティの違いよ」

「……やっぱ、高いの?」

「値段? そうね、お値段は聞いていないけど、とっても良いものよ」

 お袋はそう言うと、宝石箱を二つとも開けて指輪やペンダントを幾つか取り出した。

「見てみて? 大きさも違うけど、色や輝きがやっぱり違うでしょう?」

 言われて比べてみると、確かに違う。

「……なんか、こっちは黄色っぽい?」

「そうそう。黄色がかってるものは婚約指輪には向かないの。無色に近い方が良いものよ。……と言っても、並べて比べなきゃ分からないけどね」

 なるほど、と並べてある内、黄色っぽく感じた方だけ手に取った。
 その一つだけを見ている分には、黄色っぽいかどうかなんてまるで分からなかった。

「大きさは?」

「大きければ大きいほど良いって風潮もあるのだけど、ある程度のサイズになれば、それ以上は必要ないわ。指輪だもの。……そうね、やっぱり、1カラットはあると良いかなと思うのだけど、陽菜ちゃん華奢だから、大きすぎないかは気になるわね」

「1カラットって?」

「重さよ。重ければ重いほど大きくなるから、簡単に言うと大きさみたいなもの。これが1カラット、こっちのペンダントは2カラットあるわよ」

 お袋が新たに取り出して見せてくれたペンダントのダイヤは、確かに指輪と比べるとかなりデカかった。
 婚約指輪と比べると、これも少しだけ黄色みがかってる気がしないでもないけど、サイズの迫力もあり、キラキラと輝いてまばゆいくらいだ。
 けど、これが指に乗っかるとしたら?

「……さすがに、でかすぎだって」

「あら、胸に一粒なら、これくらいでも綺麗よ?」

 お袋がオレの手からペンダントを取って、胸元に当ててみせる。

「オレが買いたいの、指輪なんだけど」

「分かってるわよ」

 オレの言葉に、お袋はクスクスと笑った。

「でも、嬉しいわね。叶太とこんな話ができる日が来るなんて思ってもいなかったわ」

 そりゃそうだ。オレは自分で宝石を着ける趣味はない。
 お袋はもう一つの指輪を差し出した。

「これが、0.75カラット。ちょっと小ぶりでしょう?」

「うん。確かに。……ねえ、これとそれ、はめてみて?」

「いいわよ」

 お袋は左右に一つずつ指輪をはめてくれた。

「こっち、婚約指輪じゃないんだよね? なんで、そんなにダイヤの指輪を持ってるの?」

「ダイヤは誕生石だし、お父様が記念日にプレゼントしてくれたりするのよ。それに、ダイヤだけじゃなく、他にも色々あるわよ?」

 確かに、二つの宝石箱には、ルビーやサファイヤ、エメラルド……他にも知らない宝石を使ったアクセサリーが山ほど納められていた。
 親父、けっこう貢いだな。

「それより、ほら、比べなくて良いの?」

 パーにした手の甲を見せられて、まじまじと観察。

「1カラットって大きいは大きいけど、指にはめると、そこまで違和感ないんだね」

「そうね。確かに、デザインリングなら、もっと大きな宝石を使ったものが幾らでもあるものね」

「じゃ、せっかくだから大きい方にしよう」

 お袋が外した1カラットのダイヤの指輪をまじまじと見ながら、そう言うと、クスクスと笑われた。

「指輪は何回でも贈れるけど、婚約指輪は一生に一回よ? 後悔しないように、たくさん悩んで決めなさいね」

「うん。そうする。……ところで、これって、どこで買えば良いの?」

「信頼できるお店ならどこでも大丈夫だけど……。ダイヤはね、鑑定書が付いてくるものなの。その鑑定書の発行機関がちゃんとしたところなら心配ないわ。台の方はプラチナの純度くらいだけど、ゴールドと違ってそこまで気にしなくて良いし、デザインで選んでしまって大丈夫よ?」

 過去、ハルにプレゼントを買ったのは、デパートに入ってる店だった。婚約指輪も置いてあるかも知れない。

「ねえ、もし、良かったら、お勧めのお店に連れて行きましょうか?」

「え、いいの!?」

「もちろん。こんな楽しいこと、見逃す理由がないわ」

 お袋は嬉しそうにオレを見た。


   ◇   ◇   ◇


 お袋に連れて行かれた宝石店は、やけに高級感がただよっていた。
 でも、これというのは見つからず、何日かかけて他にも何軒も店を巡り、ようやく選んだのは、ゆるくカーブを描いた細工の細かなリング。
 真ん中にはめるダイヤを取り寄せ、やっと形になったのは、お袋に婚約指輪の相談をしてから一ヶ月と少し経った頃だった。

 最高クラスのダイヤの隣には寄り添うようにメレダイヤが二つ。その内の一つがピンクダイヤ。リングに並ぶ五つのメレダイヤと共にアクセントになっている。
 プラチナの台にダイヤモンドって妙に気高くて固い感じがするんだけど、この指輪は、カーブのあるデザインや小さなピンク色のダイヤのおかげで、随分と可愛いらしい雰囲気だ。それが、ふんわりした穏やかなハルのイメージにぴったりな気がして、気に入った。

 すべての準備が整ったのは、ハルの誕生日の一週間前だった。



 ハルの誕生日の前日、オレは指輪の入った小ぶりな紙袋を勉強机の上に置いて、物思いにふけっていた。
 いよいよ、明日がハルの十七歳の誕生日。
 なんて言ってプロポーズしよう?
 何度も考えて、ある程度成り行きに任せようと決めたのに、いざとなると、やっぱり台本が欲しくなる。

 ……オレの十八の誕生日に、結婚してください。

 結婚は、十九や二十じゃくて、四ヶ月と少し先に来る十八歳の誕生日だ。そこは、ちゃんと伝えなくちゃ。
 そんなことをつらつらと考えている内に、いつの間にか、時計の針は0時を越えていた。
 席を立ち、視線を向けるのは窓の外。斜め下に見える隣家の一階にあるハルの部屋。
 こんな時間だ。ハルの部屋の窓は予想通り真っ暗だった。
 もし、具合が悪かったりで人の出入りがあると、分厚い遮光カーテンの隙間から明かりが漏れてくる。だから、真っ暗なのは、悪いことではない。
 けど、そこにハルの気配が感じられないのは、少し寂しかった。

「……ハル、誕生日おめでとう」

 オレは人知れずつぶやく。
 安眠妨害する気もなく、ハルがメールを好きじゃないのもあり、バースデーメールも送らない。
 すべては夜が明けてからだ。

「ハル、大好きだよ」

 オレは窓の向こうのハルに向けて、そっとつぶやいた。
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