森の、どーぶつさんたち。

らん

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第7話

森のオヒメサマ:再 前編

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 みなさん、前々回登場した森のお姫さまを覚えていますか?
 そう、男の子ウサギををむぎゅっとした、お兄さん大好き、超ブラコン姫さまです。
 さてお姫さま、お部屋の窓から外を見やり、何だかとっても憂鬱そう。
(ウサギとオオカミなのに……)
 ピンクの唇からほうっとため息が洩れます。
 
 美少女のため息ってなんて絵になるんでしょう! 
 
 女性のみなさん、美しさの証明のためにどんどんため息をつきなさい! きっと素敵な男性が心配して声をかけてくれるでしょう! ここでもし『太った?』なんて見当違いも甚だしい一言が返ってきたら、遠慮することはありません。ぜひ、平手打ちを食らわせなさい。
 
 ま、ジョーダンはさておき。
 
 そんなお姫さまの様子に人一倍気を揉んでいるのが、ヘビの領主様。つまり、こうもりのお姫さまのお兄さまです。いつの時代も、兄は妹の行く末をそりゃあ心配しているもの。まして、その妹が美しく思わせぶりなため息をつかれた日にゃあ、あなた。
(どうしたんだろう)
 そわそわ、そわそわ。
 ヘビの領主様、考えます。
(好きな男でもいるんだろうか)
 来ましたーっ。『おれの目が黒いうちは、どこの馬の骨ともわからん奴に妹はやれん!』発言!
 でもそんなこと言ってたら、どんな美女も、あっという間にしわくちゃのおばあちゃんになっちゃいますよ! よほど問題ある男でない限り、とっととくれてやったほうが、ウエディングドレスも様になるってもんです!
 
 しかし、それはそれ。これはこれ。
 
 兄が妹を思う気持ちは、理屈で動くものじゃありません。
 兄としては一刻も早く妹に幸せになってもらいたい。
 しかし、お姫さまの婿として迎え入れるということは、貴族の一員として受け入れることでもあります。少なくとも、妹の身分に釣り合う人でなくてはいけません。
 ヘビの領主様、お姫さまの部屋のドアで立ち尽くし、ドアを睨みつけています。その表情には鬼気迫るものがあります。はたから見てると、ただの危ないヒトです。
 お茶を用意してきたこいもそう思ったのでしょう。押してきたワゴンを止め、半眼でヘビの領主様を見つめて言いました。
「何なさってらっしゃるんですかー?」
 ヘビの領主様、飛び上がりました。そして振り向いて言いました。
「な、なんだベアトリス。脅かすな!」
 こいは答えました。
「別に脅かしてませんよーだ」
 本当に。こいはただ、お声がけしただけなんですからね。
「こんなところで何なさってらっしゃるんですか」
 口調には明らかに棘があります。こい、言外でこう言ってます。
『公務もこなさず、妹観察かよ。シスコンが!』
 誤解しないで下さいね。
 シスコンが悪いわけじゃありません。
 ただ、自分が惚れてる男がシスコンってことになると、これは大いに問題です(マザコンも同様ですよ!)。
 さて問題のシスコン、もとい、ヘビの領主様。まるで、盗みに入る直前に警官に声をかけられた泥棒のような挙動不審ぶりを発揮しながら、こう答えました。
「い、いや、アナスタシアの様子がおかしいから、その、ちょっと、気になって」
 こい、相変わらず半眼でヘビの領主様を見つめながら言いました。
「ちょっとって、どれくらいですか~」
 あ、こい、ちょっといぢわる。
「い、いや、ほんとにほんのちょこっと」
 ヘビの領主様、親指とひとさし指で輪を作って見せました。こい、さらにいぢわるく。
「ちょっとぉ~」
 どうやらこい、ヘビの領主様をいじめることがカ・イ・カ・ンの模様。ヘビの領主様の困った顔を見ながら、心の中でこう呟きました。
(きゃん、かわいい!)
 こい、年を考えましょう。
 かわいそうに。純情路線(はたしてシスコンは純か?)一直線のヘビの領主様、両ひとさし指をちょんちょんさせるという非常に男らしくない(むしろ乙女)動作をしつつ、言いました。
「す、好きな男でもできたんじゃないかと心配なんだ」
「あ、それはない」
 こい、言下に否定。ヘビの領主様、目をむいて、こいに迫ります。
「なぜそう言い切れる!」
 こいは、でっかいお胸を(お忘れかもしれませんが、ぷるるんなんですよ!)これでもかと張り、言いました。
「ふーんだ。女の子にはわかるんだもんね!」

「千歳のばばあが、何を抜かす!」
 
 あ、王様。事実ですがそれ、言っちゃいけません。こいは気分を害したようで、つんとあごを上に向けると、こう言いました。
「せっかく姫さまから悩みを聞きだしてやろうかと思ってたけど、やーめた!」
「え? お、おい」
 今更ながらに自分の失言に気づいたヘビの領主様の前で、こいはワゴンを再び押し始めます。
「へーんだ。いつまでも悩んでろー」
 こい、べーっと舌を出し、こんこんノック。殊更明るい声で、部屋の中のお姫さまに呼びかけます。
「お姫さまー、お茶の時間ですよー」
 もちろん、これ見よがしにヘビの領主様をちら見するのも忘れません。
 ヘビの領主様、あたふたあたふた。
 こいを引き止める方法を探しますが、もはや遅すぎます。
 こいは、
「ばいにゃ」
 となぜか魚の天敵、猫語の挨拶を残してさっそうと中に入っていきました。あとには肩をがっくり落としたヘビの領主様が残っていましたとさ。
 
 さて、お姫さまの部屋の中に入ったこいは、上機嫌で尋ねます。
「お姫さまー。本日のお茶はどうなさいますか?」
「……アプリコット」
 おやおや。こうもりのお姫さま、本当に元気がありません。
 こい、急にお姫さまが心配になってまいりました。
「お姫さま、どうなさったんですか?」
 お姫さま、相談しようかどうしようか迷っているご様子。
 
 こい、確信しました。
 
 これは恋の悩みではありません。
「アレクサンドルには言いにくいこと?」
 こいはヘビの領主様の名前を呼び捨てにすることで、『お使えする召使ではなく、あなたをお育てした母として悩みを聞く』という姿勢を示しました。お姫さま、育ての母(!)の言葉に、こっくりとうなずきます。
 さすがこい! 年の功! 伊達に二人をよちよち歩きのころから面倒見てません!
「ねー、とりあえず話してみなよ」
「……お兄さまには言わない?」
「うんうん」
 みなさん、すでにおわかりですね。
 『絶対秘密だからね!』は、『しゃべってね!』と同義語であることを。
 この法則を充分知り尽くしているはずのお姫さまですが、今回はよほど弱っていたのでしょう。思いのほか素直に、こいに悩みを打ち明けました。
「異種族同士に愛ってあると思う?」
 こい、大きなおめめをぱちくり。
「どうして?」
「だって……」
 言ったきりお姫さまは黙ってしまいました。
 こいがお姫さまの様子をじっと窺うと、お姫さまは涙ぐんでいらっしゃいます。
 こいは首を傾げました。
 お姫さまのお母さまはこうもりで、お父さまはモモンガです。
 お母さまは同じですが、お兄さまのお父さまはヘビです。
 ヘビの領主様とこうもりのお姫さま、お父さまも違えば、種族も一緒ではありません。
 そんなこと、お姫さまだって、とうにご存知のはずなのに。
「何があったか知らないけどさあ」
 こい、とりあえず口を開きます。
「愛がなきゃ、アナスタシアは生まれてないんじゃないの?」
「――だったら!」
 お姫さま、こいに詰め寄ります。
「おおおお?」
 こい、後ずさり。お姫さまは目に涙をいっぱいためて言いました。
「だったら、どうしてお父さまはわたくしに会いに来てくださらないの!」
 こい、悟りました。
 こうもりのお姫さま、お父さまが恋しいお年頃。
 こい、困りました。
「えっと……。それはそのう……」
 お姫さま、こいの困った様子を見て、ますます悲しみを募らせます。
「やっぱりお父さまはこうもりのわたくしが嫌いなんだわ!」
 こい、飛び上がりました。
「ち、違うよ! お姫さまが嫌いだなんて、とんでもない!」
「異種族同士に愛なんかありえないんだわ!」
「い、いや、だから、あのね……」
「出て行って!」
 ヒステリックにお姫さまは叫びました。

「顔も見たくない!!」
 
 別れた男でもなけりゃ、しつこく言い寄った男でもないのに、なんでこんな言われ方しなきゃならないんでしょう? 
 こい、釈然としない気持ちながらも、悲劇のヒロインモードに入っているお姫さまにこれ以上何を話してもムダと部屋を後にすることにしました。
 廊下の物陰にはこちらを窺っているヘビの領主様が。
 こいは、「はあ」、とため息を洩らしました。
 まったく、ヒトの頭痛の種を作ることだけは、上手な兄妹です。
「領主様ー」
 こい、てってってっ、とヘビの領主様に駆け寄り、ご報告申し上げます。
「しばらく一人にしてって」
 ヘビの領主様、がっくりと肩を落としました。と、その時。
 
 ばっさあ。
 
 お姫さまの部屋のほうから羽音が。

「え?」

「アナスタシア!」
 こいとヘビの領主様があわててお姫さまの部屋に向かうと、そこはすでにもぬけの殻。
「ちょっとー、お姫さまー!」
 こいが開け放たれた窓に駆け寄り、遠ざかっていくこうもりに呼びかけましたが、無駄でした。こうもりの姿はみるみる小さくなり、黒い点になったかと思うと、あっという間に森に紛れて消えてしまいました。
「追うぞ!」
 ヘビの領主様、言うが早いか窓枠に足をかけます。こい、あわててヘビの領主様の腰帯をつかみました。
「待った待った! 君は飛べないでしょ!」
「あ、そうだった」
 ああ、どうして領主様はヘビなんでしょう!
 やきもきやきもきしているオトコより、こんな時はオンナのほうがよほど頼りになります。
 いち早く立ち直ったこいは、てきぱき言いました。
「クロウとマシアスに探してもらおう。ぼく、行ってくる!」
「あ、ああ、そうだな」
 さあ大変!
 こいはスカートの端をちょいとつかみ、階段を駆け下ります。
「クロウ、マシアス!」
 さあ、二人はこの広いお城の中どこにいるのか?
 こい、だてに千歳のおばあちゃんじゃありませんよ! 
 ちゃんと心当たりがあるんですからね!
「クロウ!」
 叫びながらこいがやって来たのは、台所です。
「ムグムグ……」
 おや? なんか猫背のおっきなのが。
「ちょっと!」
 こい、その猫背を勢いよくばんっと叩きました。
「いらっ!」
 口の中をもごもごさせながら、体の大きな少年が叫びます。どうやら「いたっ!」と叫んだようですね。
「なに?」
 お口の中のものを飲み込んで、少年が振り向きました。
「じつはね、お姫さまがお城を飛び出しちゃったの」
 本当に文字通り、飛び出しましたね。
 少年はカットしてある次のケーキを、口に放り込みながら尋ねました。
「なんで?」
「女の子にはね、色々あんの。とにかく探してきて」
「えー」
 どうやら、まだまだ食べたりない様子。クリームまみれの顔が、不服そうに歪みます。こいは彼の手からひょいとケーキを取り上げ、自分のお口にぽいと放り込みました。
「あ!」
「んんー、あまっ。おいしー。……ほらさっさと行く」
 こいは少年の腰をぐいぐい押し、台所の外へ連れ出します。少年は名残惜しそうに遠ざかって行くケーキを見ていましたが、やがて、あきらめたように言いました。
「探すって、どの辺り?」
「森」
「よくわかんないけど、わかったよ」
 うな垂れたまま少年は言いました。その頭にあるのは相変わらず『ケーキ』ですが、お姫さまが見つからなければ、ケーキは食べられそうにはありません。ため息をついて、少年は城の門に向かい、おもむろに走り出しました。
 
 一、二、三、ジャンプ!
 
 少年は姿を瞬く間にタカへと変え、大空に羽ばたきます。
 それにしてもタカなのに『クロウ』とは。変わった名前ですねえ。
 さて、少年タカを送り出したこいの捜索は、まだ続きます。
「マシアスー、マシアスー」
「なんだ、小娘」
 苦みばしった、と表現されるのがぴったりな素敵なおじさまが、ソファからゆっくりと身を起こしました。
 応接間のソファでお昼寝とは。こいの気も知らず、いいご身分です。こいの口調も、ちょっぴりとがり気味なものになります。
「あ、いたー」
「せっかく気持ちよく寝てたのに……」
 ロマンスグレーと表現されるような味わいある髪を撫でつけ、タキシードの乱れた襟を直す。
 いちいち様になってます。
 うら若い女性たちは、こういう素敵なおじさまに弱いのでしょう。
「いちいち格好つけてんじゃないの」
 こい、おじさまの頭をぽかり。
 おじさまは目を上げ、面倒くさそうに言いました。
「何かあったのか?」
「お姫さまがお城を飛び出しちゃったの」
「腹がすけば戻ってくるさ」
 おじさま、再び横になろうとします。
 こい、おじさまの頭を再び、ぽかり。
「ほら、早く行って」
「――やれやれ」
 おじさま、体を起こして庭に出ました。くんくん鼻を鳴らします。
「風が強いな。匂いがもうわずかしか残ってねえ」
 
 オオーンッ。
 
 おじさまの口から狼の咆哮が。立派な灰色狼に変身すると、おじさまオオカミは森へと駆け出しました。


 ピクピク。
 
 男オオカミの耳が、仲間の声を聞きつけます。
 彼は、お客さんに向かって言いました。
「探してるみたいだぜ」
 男オオカミの目の前には、うな垂れた様子のこうもりのお姫さまが。
「キ」
 男オオカミの左隣の男の子ウサギ。こくこくミルクを飲みながら、男オオカミの様子を上目遣いに見つめます。男オオカミは、珍しく固い表情で尋ねました。
「これからどうすんだ?」
「……どうしよう」
 お姫さまの声は、今にも泣き出しそうです。
 ここで泣かれても困るんだよと思う一方、男オオカミはこうも考えていました。
(ま、何にせよ、連れて帰ってきてよかった)
 しょぼくれた様子で切り株に腰掛けていたこうもりのお姫さまを見つけたのは、男の子ウサギです。前回とは違い、口の重いお姫さまの対処に頭を悩ませていた男オオカミですが、ついさっきの同胞の声で確信しました。
 
 目の前にいる、このこうもりの女の子はまごうことなきお姫さま。
 そしていま、とっても悩んでいるということ。

「早く帰ったほうがいいんじゃないか?」
「帰りたくないの!」
 こうもりのお姫さまは叫びました。男の子ウサギ、椅子から降りてちょこちょこ。お姫さまの側によって、「キ」と鳴きました。
「え?」
 こうもりのお姫さま、居心地悪そうにもぞもぞ。男の子ウサギはさらに「キ」と鳴きました。
 
 ――嘘はダメだよ。
 
 お姫さま、肩をすぼめます。やがて意を決したように、言いました。
「ねえ」
「何ですか?」
 男オオカミ、敬意を払って一応敬語。お姫さまは真剣な顔で尋ねます。
「異種族同士に、愛ってあると思う?」
 男オオカミ、目をぱちくり。
 お姫さまのきまぐれとなめてかかっていましたが、根は意外と深いところにありそうです。
「ねえ、あると思う?」
 男オオカミ、ここは慎重に。まず、肝心なことを確かめることにします。
「お姫さま、好きなオトコがいるのか?」
 お姫さまに向かって『オトコ』はなかったかと思いましたが、あとの祭りです。あと敬語でもなくなりましたが、これも後の祭りです。
 そして幸いにも、お姫さまはこの手の質問に顔を赤らめて言い淀むほど、子どもではありませんでした。

「もちろん」
「ほうほう」
 
 男オオカミはうなずきました。
 貴族の暮らしにはとんと縁がなくとも、貴族のお姫さまに自由恋愛が許されるとは思えません。つまり、そういうことなのでしょう。

「そっかー。大変だな」 
「そう。大変なの」
 
 恐ろしい会話です。
 片方はAについて話し、片方はBについて話している。二人は共通の話題を話していると信じ、互いに確認もしない……そんな哲学があったような、なかったような。とにかく、言わんとすることはまったく違うのに内容は噛み合うという不思議な会話を、二人は続けます。

「わたくしは(お父さまに)会いたいと思っているのに、なかなか会えないの」
「そりゃ(あんたの立場が立場だし)会いたいと思っても、気軽には無理だろ」
「そうかしら」
「そうだろ。だいたい、領主様の目もあるし」
 お姫さま、考えます。
「やっぱり(実の子ではないし)遠慮があるのかしら……」
 男オオカミ、思わず身を乗り出します。
「そりゃ遠慮しなきゃだろ!」
「でも、お兄さまより年上なのに……」
「……いや、年が上だの下だの関係ないって」
 オオカミ、心の中で首を傾げます。
(お姫さま、意外とおじ様が好きなのか?)
 椅子に戻った男の子ウサギ、ピクピク耳を震わせます。
「キ?」
 
 ――何かちがう?

「わたくしは(お父さまに)毎日だって会いたいのに!」
「そりゃ(惚れてる男なら)毎日会いたいだろうけど、そこは我慢したほうが……」
「どうして(お父さまと会うのに)我慢しなければならないの!」
 あっ。お姫さま逆切れ。男オオカミもついテンションがあがります。
「だってあんたお姫さまじゃん!」
「それとわたくしに会いに来て下さらないことと、何の関係があるの!?」
「大有りだろ!」
「だって!」
 二人は同時に叫びました。
「お父さまなのに!」
「恋人だからって……あれ?」
 男の子ウサギは一人、得心したように「キッキッ」とうなずきます。
 
 ――ほら、やっぱりちがってた。
 
 男オオカミ、一挙にクールダウン。
「……好きなヒトの話してたんじゃないのか?」
「そうよ、大好きよ。お父さまだもの」
 男オオカミ、体中から力が抜けました。
「じゃあ、異種族の愛、うんぬんかんぬんは?」
 お姫さまは当然のように答えました。
「わたくしのお母さまはこうもりで、お父さまはモモンガなのよ」
「モモンガぁ?」
 男オオカミの頭に、てのひらに乗る程度のちっこい動物の姿が浮かびます。
(へー。あんなちっこいなりでやるなあ……)
 もちろんヒトの姿は違うのでしょうが、それにしても羨ましい。
 男として至って当然、しかし女から見れば不純な感想を抱く男オオカミと違い、こうもりのお姫さま、まだまだ恋に恋するお年頃。お父さまとお母さまのロマンスにうっとり思いを馳せつつ、呟きます。
「お母さまは生まれながらの貴族。だからお父さまの自由な所に激しく魅かれたんですって」
 籠の中の小鳥と出会うモモンガ……いや、こうもりを鳥に例えてるんですから、モモンガももっとロマンチックな動物にしましょう。えっと、うんと……テナガザル? いやいや、ちっともロマンチックじゃない。
 が、お姫さまのお話はドラマチックに展開していきます。
「でも、わたくしが生まれる前に、お父さまは自由へと戻っていかれたの……」

『愛している。だがわかってくれ、おれでは君を幸せにできない』
『待って! もうすぐ子どもが……』
『さよならだけが人生だ!』
『ああ!』
 ……かっこいいのは当人だけで、周りはさぞ白けるんでしょうねえ。

「へー」、と適当に相槌打つ男オオカミ。が、ここではたと気づきました。
「あれ? でも領主様はヘビだよな?」
「ええ。お兄さまのお父さまは名のある伯爵様よ。でも退屈な人で、お母さま、飽きてしまったんですって」
 男オオカミ、目が点&絶句。
 ティーンの若者でもあるまいし、何なのでしょう。そのふざけた理由。
「いまはご自分の領地で、お母さまと結婚する以前からお付き合いのあった方と一緒に暮らしてらっしゃるんですって」
 
 男オオカミ、思考停止。

「お母さま、よくご冗談でこう仰っておられたわ。『わたくしが女でよかったわ。でないとアレクサンドルが自分の子かどうか、疑わなくてはならないものね』」
 
 男オオカミはヘビの領主様を深く、深く尊敬しました。
 よくぞ、よくぞ、真っ当にご領主におなりになりました!

(孤児だったおれの過去なんざ、クソみたいなもんだよな!)
 男オオカミ、浮かんできた涙をぬぐいます。一方、男の子ウサギはこうもりのお姫さまの方を向いて言いました。
「キ」
 
 ――大変だね。
 
 お姫さま、首を横に振ります。
「ちっとも。だって、これがわたくしたちの生活なんですもの」
「じゃあ、何が不満で飛び出したんだよ」
 お姫さま、急にもじもじ。先ほどまでの自信たっぷりの態度とはずいぶん違い、言い出しにくそう。でも、心の中に留めておくのはやっぱり苦しいみたい。お姫さま、きっぱりした口調で言いました。
「誤解しないでね」
「うん」
 男オオカミ、うなずきます。
「わたくしは、お父さまの愛も、お母さまの愛も疑ったことはないわ」
「うん」
 男オオカミ、再びこっくり。
「でも、不安なの」
「何が?」
 お姫さま、もじもじ。小さな声で言いました。
「お父さまが出て行かれたのは、こうもりとして生まれたわたくしが、原因ではないのかって」
「つまり?」
「……わたくしが、かわいくなかったのではないかしら」
 男オオカミはため息をつきました。
 疑ったことはないと言いながら、お姫さまはやっぱり疑っているのです。
 疑っているという言葉が妥当でないなら、信じていないのでしょう。
 お父さまを、ではありません。
 お父さまに愛されている自分を信じていないのです。
 
 男オオカミはお姫さまがここにいる理由が、ようやくわかりました。
 
 お姫さまは男オオカミと男の子ウサギがうまくやっていることを見て、『異種族同士の愛はある。だから、自分も愛されているのだ』と納得したいのでしょう。

「……あのさあ、お姫さま」
 
 だから、男オオカミもちゃんとお話することにしました。
「おれは、おれの言葉でしか言えないけど」
 男オオカミの真剣な口調に、お姫さま、ちゃんと居住まいを正します。
「……ええ」
「ずっと一緒にいることが愛情の証明なのかな?」
 お姫さま、目を丸くしました。
 男オオカミ、いつになく真剣です。男の子ウサギも耳をそばだてました。
「むかし、あるところに男の子オオカミと女の子のおおかみがいて、二人には本当のお父さんじゃないお父さんがいたんだ。お互いに血の繋がりはないけど、三人はとっても仲が良くて、このままずっと一緒にいて、男の子オオカミは、いずれ女の子おおかみと結婚するんだろうなって思ってた」
 男オオカミは、手の中のマグカップを見つめました。もう残り少なくなったコーヒーの黒い表面。そこに、自分の顔が映っています。
「だけどある日、戦争が起こった。お父さんオオカミは二人を呼んで、『もう一人の娘のために戦いに行く』って言ったんだ。女の子おおかみはものすごいショックを受けて、お父さんに言った。『あたしたち、家族じゃなかったの?』って」
 お姫さまは小さく呟きました。
「……ひどい」
 男オオカミは悲しげに笑います。
「そうかもしれない。でも、男の子オオカミは女の子おおかみとは違う考えがあった。『お父さんはぼくたちを愛してるけど、いま力になってあげたいのは、ぼくたちじゃないんだ』って」
「わからないわ!」
 お姫さまは叫びました。
「だって、女の子の言っていることは正しいじゃない! 家族なら、愛しているなら、いつも側にいるのが当たり前でしょう!」
 男オオカミは言いました。
「でもさ、そしたら離れている娘はどうなんの?」
 お姫さま、言葉を失いました。
「お父さんにとったら、どっちも大事だよな」
「でも……だって……」
 お姫さまはしどろもどろになって、それでも反論を試みます。男オオカミは、悲しそうな笑顔で言いました。
「女の子おおかみも、同じことを言った。で、彼女はお父さんを追いかけて戦争に行った。お父さんにもう一度会いたい、会って自分とその子、どっちが大事なのか、お父さんから聞きたいって」
「……男の子オオカミはどうしたの?」
「残って、女の子おおかみが帰ってくるのを待つことにした。彼女が傷ついて戻ってきたとき、『お帰り』って言えるように」
 お姫さま、さらに何か言おうと口を開きました。
 と――コンコン。
 突然、ノックの音がしました。
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