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塗装工物語/旅行編
温泉旅行編1
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年の瀬。
冬の乾いた風が頬をなでる中、昴と菊池は初めての温泉旅行にやって来ていた。
通りには薄灰色の空が重くのしかかり、それでも街全体がどこかほの温かく見えたのは、旅館街ならではの湯けむりと、ところどころに灯る赤い提灯のせいだろうか。
「いや~、こういうとこ来るとテンション上がるよな。」
菊池が大きく腕を広げ、肺いっぱいに冷たい空気と硫黄の匂いを吸い込む。
その横顔には、少年のような高揚が色濃くにじんでいた。
「……マジ、雰囲気ありますね。」
昴はポケットに手を突っ込んだまま、ちらちらと辺りを見回す。
街の景色に目を奪われているくせに、どこか居心地が悪そうで、そのギャップがなんとも微笑ましかった。
「お、昴。なんだよ、お前、ちょっと嬉しそうじゃん?」
「べ、別に……普通っすよ。」
口をとがらせつつも、耳がほんのり赤いのを見逃さず、菊池はくすりと笑う。
チェックインまで時間がある。
二人は、自然と石畳の温泉街をぶらぶら歩き始めた。
足元には湯気を吐き出す排水溝、軒先にずらりと並ぶ赤提灯が風にかすかに揺れ、店先では湯気をまとった饅頭がほくほくと並んでいる。
「おっ、まんじゅう!なあ昴、あれ食わね?」
「……あとででいいんじゃないっすか。」
「いやいや、今食おうぜ。旅行は勢いが大事だろ?」
菊池は笑いながら昴の背中をぽんと押す。
わずかに肩をすくめる仕草が、どこか無防備で愛おしい。
歩き疲れた頃、ふと視界の先に足湯が現れた。
「見ろよ、足湯!せっかくだし入っとこ。」
「……まあ、いいっすけど。」
二人は黙って靴を脱ぎ、木の縁台に腰を下ろす。
ひやりとした空気の中、湯に足を沈めると、その瞬間、ふわりと温かさが広がり、昴は思わず目を細めて小さく息をついた。
「うっわ、気持ちいいな、これ。」
「……ヤバいっすね。ずっと入ってられそう。」
昴の口元に浮かんだ、普段あまり見せない柔らかな笑み。
その笑顔を横目で捉えた菊池は、わざとからかうように言った。
「ほらな?結局お前、めちゃくちゃ楽しんでんじゃん。」
「……まあ、ちょっとだけ。」
昴がぽつりと呟く声が、冷えた空気にやさしく溶ける。
さらに歩を進めると、射的場が見えてきた。
「お、あれやろうぜ。俺が景品とったら、ご褒美くれる?」
「はっ!?なに言ってんすか、マジで……。」
昴が眉をひそめると、菊池は爆笑しながらライフルを構える。
その横で、昴は瓶ラムネを手に取った。
プシュッと心地よい音を立て、口をつける。
微かな炭酸の刺激と冷たさが舌に広がり、なぜか胸の奥が少しざわつく。
「くそ……あとちょっとだったのにな~。」
「親方、意外と下手っすね。」
「お、やっと反撃きた! 昴、そういうとこもっと出してけよ!」
不満げに笑いながらつつく菊池に、昴は小さく肩をすくめ、照れたように視線をそらした。
沈む夕陽が、温泉街の赤提灯をひときわ鮮やかに染め上げていく。
細く立ち昇る湯気と、二人の笑い声。
その輪郭が、ひとつの温もりを描くように、街の夕闇へと溶けていった。
冬の乾いた風が頬をなでる中、昴と菊池は初めての温泉旅行にやって来ていた。
通りには薄灰色の空が重くのしかかり、それでも街全体がどこかほの温かく見えたのは、旅館街ならではの湯けむりと、ところどころに灯る赤い提灯のせいだろうか。
「いや~、こういうとこ来るとテンション上がるよな。」
菊池が大きく腕を広げ、肺いっぱいに冷たい空気と硫黄の匂いを吸い込む。
その横顔には、少年のような高揚が色濃くにじんでいた。
「……マジ、雰囲気ありますね。」
昴はポケットに手を突っ込んだまま、ちらちらと辺りを見回す。
街の景色に目を奪われているくせに、どこか居心地が悪そうで、そのギャップがなんとも微笑ましかった。
「お、昴。なんだよ、お前、ちょっと嬉しそうじゃん?」
「べ、別に……普通っすよ。」
口をとがらせつつも、耳がほんのり赤いのを見逃さず、菊池はくすりと笑う。
チェックインまで時間がある。
二人は、自然と石畳の温泉街をぶらぶら歩き始めた。
足元には湯気を吐き出す排水溝、軒先にずらりと並ぶ赤提灯が風にかすかに揺れ、店先では湯気をまとった饅頭がほくほくと並んでいる。
「おっ、まんじゅう!なあ昴、あれ食わね?」
「……あとででいいんじゃないっすか。」
「いやいや、今食おうぜ。旅行は勢いが大事だろ?」
菊池は笑いながら昴の背中をぽんと押す。
わずかに肩をすくめる仕草が、どこか無防備で愛おしい。
歩き疲れた頃、ふと視界の先に足湯が現れた。
「見ろよ、足湯!せっかくだし入っとこ。」
「……まあ、いいっすけど。」
二人は黙って靴を脱ぎ、木の縁台に腰を下ろす。
ひやりとした空気の中、湯に足を沈めると、その瞬間、ふわりと温かさが広がり、昴は思わず目を細めて小さく息をついた。
「うっわ、気持ちいいな、これ。」
「……ヤバいっすね。ずっと入ってられそう。」
昴の口元に浮かんだ、普段あまり見せない柔らかな笑み。
その笑顔を横目で捉えた菊池は、わざとからかうように言った。
「ほらな?結局お前、めちゃくちゃ楽しんでんじゃん。」
「……まあ、ちょっとだけ。」
昴がぽつりと呟く声が、冷えた空気にやさしく溶ける。
さらに歩を進めると、射的場が見えてきた。
「お、あれやろうぜ。俺が景品とったら、ご褒美くれる?」
「はっ!?なに言ってんすか、マジで……。」
昴が眉をひそめると、菊池は爆笑しながらライフルを構える。
その横で、昴は瓶ラムネを手に取った。
プシュッと心地よい音を立て、口をつける。
微かな炭酸の刺激と冷たさが舌に広がり、なぜか胸の奥が少しざわつく。
「くそ……あとちょっとだったのにな~。」
「親方、意外と下手っすね。」
「お、やっと反撃きた! 昴、そういうとこもっと出してけよ!」
不満げに笑いながらつつく菊池に、昴は小さく肩をすくめ、照れたように視線をそらした。
沈む夕陽が、温泉街の赤提灯をひときわ鮮やかに染め上げていく。
細く立ち昇る湯気と、二人の笑い声。
その輪郭が、ひとつの温もりを描くように、街の夕闇へと溶けていった。
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