塗装工物語

TERRA

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番外編/王子と野獣BEAUTY&DRAGON

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部屋の中は、ひどく静まり返っていた。
さっきまで耳にしていた喧騒が嘘のように消え、窓の外の音すら遠ざかっていく。
ぼんやりとした照明の下、ベッドに沈み込む難波の裸の肩が、ゆっくりと呼吸に合わせて上下していた。

龍一は、まだ熱を残した指先をきつく握りしめる。
迷いながらも、視線は自然と吸い寄せられていく。
濡れた鎖骨のラインが、ひどく艶めかしい。

「あの……難波さんって。」
声を発した瞬間、自分でも驚くほど掠れていた。
ベッドサイドに腰掛けた龍一の肩越しに、難波がゆっくりと顔を上げる。
潤んだ瞳が絡む。

「ネコ……で合ってます?」
その問いが、空気をきつく締め付ける。
難波は目を細め、じっと見上げてきた。
唇がわずかに動き、形作られる笑みはどこか挑発的だ。

「んー、なんでもいいけど。」
軽く響く声。けれど、その奥にひそやかな緊張が潜んでいる。
龍一はそれを、確かに見逃さなかった。

「ちょっと飲みすぎたし……今日は、ヴァニラがいいな。」
肩をすくめる仕草はふわりと気だるげ。
だが、胸の上下がわずかに早くなっているのがはっきりとわかる。

「そうですか。」
伏せたまつ毛の奥、視線が熱を帯びていく。
シーツの上で指がそわそわと動く。装う冷静さの下、心臓の音が耳の奥で暴れている。

「別にいいよ?ヤりたいなら、好きにしても。」
余裕を装う笑み。
けれど、その言葉の奥にあるかすかな揺らぎが、龍一の胸の奥でじわりと広がっていく。

「本当に……いいんですか。」
自然と低くなる声。
そっと伸ばした手が、難波の肩に触れる。
触れた瞬間、びくりと小さく震える。それは拒絶ではなく、むしろ無言の合図。

「……龍一。」
湿り気を帯びた声が名を呼ぶ。
もう「どらごん」とふざける軽薄さは消えていた。
その一言が、龍一の最後の理性を完全に溶かしていく。

龍一は、ゆっくりと顔を近づけた。
探るように唇を重ねる。

「……っ、ん……。」
触れた瞬間、胸の奥に甘くしびれる痛みが走る。
優しく、確かめるようなキス。
けれど、すぐに難波が堪えきれなくなったように首に腕を絡め、唇を深く押し付けてきた。

「……はぁ、ん……龍一……。」
かすれた声が耳元に触れる。
龍一はぞくりと背筋を震わせ、舌を絡めた。
湿った音が、密やかに、しかしいやらしく響く。
互いの理性を溶かし合うように。

「……ふ、ぅ……。」
指が、ゆっくりと難波の背をなぞる。
その刺激に、難波の体がびくりと跳ねる。

「……もう……余裕はないんですね。」
低く囁くと、難波は睨みつけるように見上げてきた。
けれど、その瞳からは、最初に見せていた余裕などとうに消え失せている。

「ッ……黙れ。」
短く、震える声。
次の瞬間、自分から唇を奪ってきた。
荒くなる呼吸。
舌と舌が絡み合い、湿った音が部屋を満たす。
ベッドのスプリングが軋むたびに、緊張と熱がないまぜになって押し寄せてきた。

響くのは、浅く熱い吐息だけ。
唇の隙間から漏れる切なげな声が、夜の濃さをいっそう際立たせる。

もう逃げ場なんてなかった。
じりじりと探り合ってきた境界線を、龍一はついに踏み越えていく。
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