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第五章 研究所
✦✦Episode.44 灰と白
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✦ ✦ ✦Episode.44 灰と白
洞窟内に響く靴音が、岩壁に反響してより一層大きく聞こえてくる。 ゴロゴロとした石の間に詰まった土は硬く、先程までとは明らかに土質が変わり、じめじめと湿気を帯びていった。
暗くて狭い道を通り抜け、開けた場所に出る。 向こう側に広がる景色に、クロトは目を見張った。
「な……なんだ、これ……?」
目の前に現れた建物は、崩れ落ちた瓦礫が散らばり、カビの臭いと何かが燃えた後のような不快な臭いが入りまじって鼻の奥を突く。 クロトは手で鼻を覆って眉を潜め、しかめっ面をしていた。
(あの牢に居た時に嗅いだものとまったく同じだ。 あれは、ここから流れて来てたのか……?)
いぶかしげに建物を見ると、天井から降り注ぐ光に目を眩ませ、思わず手で影を作る。 ピクリと耳を澄ませば、何処からともなく水の流れる音が聞こえて来た。 どうやらこの近くに大きな水脈が通っていて、それがクロトの耳に届いたのだろう。
「これが、以前お話した――研究所。 その、実験棟になります」
「へぇ……これが……。 中に入れるのか?」
「いや。 この瓦礫で塞がれて、中に入るのはおそらく難しいでしょうね」
見たところ、シアンの言っていることは正しいようで、壊れた扉の中は完全に瓦礫で埋め尽くされていた。 後から付いてきたアザンも、実験棟を見上げては、物珍しそうに壁を触っている。
「随分と珍しい建物の作りだ。 アネンが居たら中に入る道を見付けたかもしれんな」
アネンは今回の探索に同行することを断った。 というより、シアンが居ることに拒否感を示していたため、アザンが待つように言ったのだ。 ミレアは残った者達の治療に専念するため、探索に同行する事を諦め、シアンを先頭にクロト、アザンがこの場所にやって来たのだった。
「確か潜入が得意とか言ってたよなー?」
「ハッハッハ、アイツなら小さな穴一つで隅々まで調べ尽くすことが出来るさ」
「へぇ……じゃあさ……」
クロトとアザンが楽しそうに会話をしている目の前で、シアンがピタリと足を止め、なにやら瓦礫の前でしゃがみこんで手を合わせ、小さく口を動かした。 それを不思議そうに後ろから見つめる二人は、シアンが立ち上がるのを待っていた。
「この場所は、私たちが始まった場所であり、終わった場所。 ここに取り残された者の魂が、闇の精霊と共鳴し、救いを求める声が時折聞こえるのです」
ここに来る度、少しでもその魂が穏やかな気になるようにシアンは手を合わせているようだ。 そうこうしている間に、一匹のネズミが走り去ったのをクロトは見逃さなかった。
「よっしゃ!肉!肉見っけ!!」
「おお、あっちにも、こっちにもいるな……?ハッハッハ!大量だ!」
アザンは犬型に姿を変え、あっという間に獲物を何匹も捕まえた。 クロトも負けじと獲物を追いかけ回し、上手く調理すればしばらくは肉料理に困らなさそうだ。
✦ ✦ ✦
それにしても、地下世界ではまだ空気が冷たい場所が何ヵ所も残っていたが……小さな動物がこぞって集まっているのは、この場所がやけに暖かく、光が差し込んでいるからなのだろうか。 クロトは首を横にかしげた。
「なあ、なんでこの場所だけ明るいんだ? もしかしてすぐそこに外の世界があるのか?」
――今すぐにでも、外の世界に帰りたい。
クロトの心に小さな希望が宿ると、明るい表情で再び天を見上げ、光の先を見ようと目を細めた。
「残念ながら……」
落胆する声で、シアンは首を横に振った。 彼の指差す先には、地表に張り巡らされた水晶群が、光を反射しながら煌めいているのが見てとれた。
「ここは地上から600メートル以上深いところにあります。 そして、外界の光を水晶が反射し、この地下へ届くよう“設計”されたのです」
「設計……?」
「神反軍は、誰にも見つからないよう、この地下世界に目を付け……効率的にエネルギーを活用出来るように、あの水晶を利用したのです」
研究所内に置かれた本棚の中に、この施設について記された日誌が幾つか残されていた。 大抵はその日の気分によって書き起こされたものだったが、まれに思い立ったように、この研究所の内部構想を書きなぐった跡があったとシアンは話す。
「……じゃあ、四騎士が封印したって言う扉は……?前に言ってた、出口への階段なんて、いったい何処に有るんだよ?」
以前、ここへ来たばかりの頃。 ミレアとシアンが言っていた、魂の封印が施された扉――四騎士の魂を持つものだけが開く事が出来ると……そう話していた。
「それは……この先――この瓦礫を越えなければ、その扉へ向かうことは叶わない……」
歯切れが悪そうに、シアンは呟いた。 建物はピタリと岩の端まで瓦礫が続き、建物の周辺全体が埋め尽くされて、入り口はおろか、中を覗けるような隙間すら見当たらない。
「くそっ……!何なんだよ……っ!!」
クロトの胸の奥に、怒りと悔しさがこみ上げ、地面に転がった石を思いっきり蹴っ飛ばした。 石は軽々と転がって行き、小さく跳ねて回転しながら進み、ゆっくりと速度を失うとピタリと動きを止めた。
「ん……?あれは何だ?」
小石の先に、何かが転がっている。 なにやらこの場所に似つかわしくない新芽がひとつ、小さな欠片からぴょこんと生えていた。 クロトは思わずそれを指で持ち上げ、じっと見つめた。
なんの変哲もない、小さな植物の芽――たまたまどこからか転がって来たか、小動物が運んできたか、土と湿り気があって、光も降り注ぐこの場所で、種が芽吹く事はおかしい事ではないが、何故かこれを捨てるのは凄くもったいない気持ちになって、クロトはそれをポケットにそっとしまいこんだ。
「きっとどこかに、別の道があるはずだよな……?」
不思議と前向きな気分になって、焦る心も落ち着きを取り戻した。 クロトは顔を上げ、自分に今出来る事を探し、周囲を探索し始めた。 そうして、クロト、シアン、アザンの三人は食材や薬草を手に入れる為、瓦礫の中をのぞき込んだり、土を掘って中に隠れた生き物を見つけたり、あちこちに走り回っていた。
✦ ✦ ✦
――気がつくと、あっという間に素材が溜まり、そろそろ皆の所に帰ろうと、犬型に姿を変えたアザンの背に荷物を乗せ、クロトがそれを落ちる事がないように固定していた。
「なあ、アザン本当に一人で先に帰れるか?」
「俺の嗅覚は飛びきりだから、大丈夫だ、心配するな。 それに、犬型のほうがお前達の脚より何倍も速いからな!」
「はい、頼みましたよ。 ミレアにもじきに帰るとお伝え下さい」
「おう、じゃ、気を付けろよ!ハッハッハ!」
アザンは一気に駆け出すと、颯爽と洞窟内を駆け抜け、あっという間に視界から消えていった。 動物が駆け抜ける特有の足音が遠のくと、シアンとクロトは顔を合わせて頷いた。
「私たちも戻りますか」
「……あぁ」
二人揃って帰る支度をしていたその時――遠くの方から微かに何かが唸る“声”のようなこもった音が聞こえ、近くにあった岩の陰へ身を隠すと、周囲を警戒するよう目を見張る。
アザンの物とは違う、土を踏む音が次第にこちらに近づいて、何者かが吐く乱れた息は、足音と共に通り過ぎて行った。 それは、崩壊した実験棟の方向へ一直線へ向かっていく。
「……だ……うど……ら……」
こもった声は、何を言っているか理解できない。 物陰から覗き見た姿は、悪しき者の黒いローブを揺らし、フードを肩に下ろすと、中には灰色の髪をした男の顔が見えた。
「シアン、あれ……神反軍だよな?」
「ええ。あのローブ、間違いなさそうですね。 しかし、あの顔――まさか、あれは……」
シアンは冷やりと額から汗を流し、眉間にしわを寄せながら言いかけた口を閉じた。 その間にも奴は、建物の方向へ歩いて行く。 水晶の放つ光に当てられた髪は一気に白くなり、光を抜けると灰色に戻って行く。 まるで死人が彷徨って、歩いているかのような気配が奴の周りを漂っていた。
「知ってるやつか?」
「いや、実験棟に居た頃にどこかで見たかもしれませんが、具体的には……」
まるで、その場には存在しない誰かと会話しているみたいに、ぶつぶつと何かを呟く奴の声は、途切れ途切れに聞え、鼓膜の奥でぶつ切りにされる不快な音の感覚が背筋をゾクリと震わせた。
奴は壁に撫でるように手を当てながら、ゆっくりと壁面にそって進んでいく。 ジワリとクロトの胸の奥に眠る炎が何かに反応するように熱を持つ。
「アル………テス………タ……イヒッ、イヒヒッ」
奴はこちらを振り向くことなく、スッと壁に溶け込むように霧になって消え、周囲からは気配が消えていった。 今見ていたローブの者が本物かどうかすら分からなくなって、クロトは物陰から静かに出ると壁へ向かって歩き出した。
「あいつ……もしかして、俺の事を知っているのか……?」
周囲を見渡しても、奴の姿はもう見当たらない。 クロトは、崩れた実験棟の壁をじっと眺めた。 何も変わったことは無いのに、不思議と建物の一部分に揺らぎを感じる。 クロトは壁に触れようと手を伸ばした。
「これ以上は危険です。 いったん戻りましょう」
ふいに、シアンに肩を掴まれ、クロトは腕を下ろして振り返った。 眉間にしわを寄せたままのシアンと目が合うと、真面目そうな顔はいつもより目が横に長く見えた。
「……シアン。 けど、ここに何かがありそうな気がするんだ」
「どう見ても、ただの壁です。神反軍がなにか仕組んだ可能性もあります。 とにかく、このままでは危険です」
シアンの真剣な表情をみて、クロトも分かったと頷く。 水晶が照らす地面は既に光が薄れ始め、闇の精霊たちは、姿を現せる時間が来る事を待ち望んでいる。 もう一度、帰る支度を始めようと二人が振り返ると、背後から再び足音が聞こえた。
「――あれ? シアンくん……?ボク、なんで……?」
「ミレア?いつ来たんです?何故ここに……?」
「ボク……シアン君たちを待ってて、でもなんだかすごく胸騒ぎがして……」
ミレアは、ぼんやりとした表情でシアンの顔を見つめた。 ミレアからは薬草の香りが漂って、彼女の手に持つ包帯からは水滴がぽたぽたと滴り落ちていた。
「何かが、ボクを呼んでる気がして、ボーっとしてたらここまで来ちゃったみたい……」
ミレアは不安そうな顔で震えている。 シアンはそっとミレアの肩に触れると、安心したようにニコリと笑った。
「とにかく、ここまで何事もなくこれたなら良かったです。 あまり心配かけないでください」
「うん、ごめん、変な心配かけちゃったよね」
「ホントだぜ、あの陽気なミレアがボーっとするなんて考えられねぇな~」
クロトは、いつもの調子でミレアに話しかけてみるも、ミレアのしんみりとした顔を見て、思うように調子を出せず「なんか調子狂うなぁ」と指先で頬をかく。
「では、帰るとしますか」
「うん、行こう!」
「あぁ――と……うわあっ!?」
クロトが一歩踏み出した途端、近くに転がっていた瓦礫を踏み体制を崩して思い切り後ろによろめいた。 その拍子に、実験棟の外壁へ倒れ込み、赤い光が全身を包み込むとそのまま後ろへ転がるように倒れて行った。
「クロト、大丈夫!?」
ミレアの叫び声に顔を上げると、後ろにあったはずの壁が前にあり、大きく空洞が開いているように見えた。 クロトは立ち上がると、再び外へ踏み出した。
「いってぇ……一体何だって言うんだよ……」
「そんな、これは――まさか、こんなことが……!」
目を見開いて後ろを見ているシアンとミレアの表情を見て、クロトは振り返る。 壁があったはずの場所には中と外を繋ぐ大きな穴が開いていた。 中からは、不穏な空気と共に錆びた鉄の臭いが漏れ出て、今にも何かが這って出てきそうな禍々しい気配が漂っている。
「な……んで、ここは……ボクたちが……」
「ここは――私がミレアと共に逃げたあの場所だったというのですか……?」
「やだ……ボク、やだよぉ」
ミレアは緊張した表情で目を見開き、口を開いてぜえぜえと呼吸が早くなる。 指先から足先まで全身が異常なまでに震えていた。
「大丈夫、ミレア、大丈夫です。落ち着いてください。もう怖い事なんて無いですよ」
「ひっ……ぐぅっ……怖い、怖いよぉ」
「大丈夫、私がいますから落ちついて」
ミレアの震える姿を見てクロトは冷や汗を流し、静かに二人の傍から少し離れた所で、彼女が落ち着くのを待っていた。
実験棟の外壁はじわじわと開いた穴を塞ぎながら、次第に姿を現していく。 今にも倒れそうなミレアを支えながら、シアンはゆっくりと落ち着かせるように「帰りましょう……」と呟いた。
洞窟内に響く靴音が、岩壁に反響してより一層大きく聞こえてくる。 ゴロゴロとした石の間に詰まった土は硬く、先程までとは明らかに土質が変わり、じめじめと湿気を帯びていった。
暗くて狭い道を通り抜け、開けた場所に出る。 向こう側に広がる景色に、クロトは目を見張った。
「な……なんだ、これ……?」
目の前に現れた建物は、崩れ落ちた瓦礫が散らばり、カビの臭いと何かが燃えた後のような不快な臭いが入りまじって鼻の奥を突く。 クロトは手で鼻を覆って眉を潜め、しかめっ面をしていた。
(あの牢に居た時に嗅いだものとまったく同じだ。 あれは、ここから流れて来てたのか……?)
いぶかしげに建物を見ると、天井から降り注ぐ光に目を眩ませ、思わず手で影を作る。 ピクリと耳を澄ませば、何処からともなく水の流れる音が聞こえて来た。 どうやらこの近くに大きな水脈が通っていて、それがクロトの耳に届いたのだろう。
「これが、以前お話した――研究所。 その、実験棟になります」
「へぇ……これが……。 中に入れるのか?」
「いや。 この瓦礫で塞がれて、中に入るのはおそらく難しいでしょうね」
見たところ、シアンの言っていることは正しいようで、壊れた扉の中は完全に瓦礫で埋め尽くされていた。 後から付いてきたアザンも、実験棟を見上げては、物珍しそうに壁を触っている。
「随分と珍しい建物の作りだ。 アネンが居たら中に入る道を見付けたかもしれんな」
アネンは今回の探索に同行することを断った。 というより、シアンが居ることに拒否感を示していたため、アザンが待つように言ったのだ。 ミレアは残った者達の治療に専念するため、探索に同行する事を諦め、シアンを先頭にクロト、アザンがこの場所にやって来たのだった。
「確か潜入が得意とか言ってたよなー?」
「ハッハッハ、アイツなら小さな穴一つで隅々まで調べ尽くすことが出来るさ」
「へぇ……じゃあさ……」
クロトとアザンが楽しそうに会話をしている目の前で、シアンがピタリと足を止め、なにやら瓦礫の前でしゃがみこんで手を合わせ、小さく口を動かした。 それを不思議そうに後ろから見つめる二人は、シアンが立ち上がるのを待っていた。
「この場所は、私たちが始まった場所であり、終わった場所。 ここに取り残された者の魂が、闇の精霊と共鳴し、救いを求める声が時折聞こえるのです」
ここに来る度、少しでもその魂が穏やかな気になるようにシアンは手を合わせているようだ。 そうこうしている間に、一匹のネズミが走り去ったのをクロトは見逃さなかった。
「よっしゃ!肉!肉見っけ!!」
「おお、あっちにも、こっちにもいるな……?ハッハッハ!大量だ!」
アザンは犬型に姿を変え、あっという間に獲物を何匹も捕まえた。 クロトも負けじと獲物を追いかけ回し、上手く調理すればしばらくは肉料理に困らなさそうだ。
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それにしても、地下世界ではまだ空気が冷たい場所が何ヵ所も残っていたが……小さな動物がこぞって集まっているのは、この場所がやけに暖かく、光が差し込んでいるからなのだろうか。 クロトは首を横にかしげた。
「なあ、なんでこの場所だけ明るいんだ? もしかしてすぐそこに外の世界があるのか?」
――今すぐにでも、外の世界に帰りたい。
クロトの心に小さな希望が宿ると、明るい表情で再び天を見上げ、光の先を見ようと目を細めた。
「残念ながら……」
落胆する声で、シアンは首を横に振った。 彼の指差す先には、地表に張り巡らされた水晶群が、光を反射しながら煌めいているのが見てとれた。
「ここは地上から600メートル以上深いところにあります。 そして、外界の光を水晶が反射し、この地下へ届くよう“設計”されたのです」
「設計……?」
「神反軍は、誰にも見つからないよう、この地下世界に目を付け……効率的にエネルギーを活用出来るように、あの水晶を利用したのです」
研究所内に置かれた本棚の中に、この施設について記された日誌が幾つか残されていた。 大抵はその日の気分によって書き起こされたものだったが、まれに思い立ったように、この研究所の内部構想を書きなぐった跡があったとシアンは話す。
「……じゃあ、四騎士が封印したって言う扉は……?前に言ってた、出口への階段なんて、いったい何処に有るんだよ?」
以前、ここへ来たばかりの頃。 ミレアとシアンが言っていた、魂の封印が施された扉――四騎士の魂を持つものだけが開く事が出来ると……そう話していた。
「それは……この先――この瓦礫を越えなければ、その扉へ向かうことは叶わない……」
歯切れが悪そうに、シアンは呟いた。 建物はピタリと岩の端まで瓦礫が続き、建物の周辺全体が埋め尽くされて、入り口はおろか、中を覗けるような隙間すら見当たらない。
「くそっ……!何なんだよ……っ!!」
クロトの胸の奥に、怒りと悔しさがこみ上げ、地面に転がった石を思いっきり蹴っ飛ばした。 石は軽々と転がって行き、小さく跳ねて回転しながら進み、ゆっくりと速度を失うとピタリと動きを止めた。
「ん……?あれは何だ?」
小石の先に、何かが転がっている。 なにやらこの場所に似つかわしくない新芽がひとつ、小さな欠片からぴょこんと生えていた。 クロトは思わずそれを指で持ち上げ、じっと見つめた。
なんの変哲もない、小さな植物の芽――たまたまどこからか転がって来たか、小動物が運んできたか、土と湿り気があって、光も降り注ぐこの場所で、種が芽吹く事はおかしい事ではないが、何故かこれを捨てるのは凄くもったいない気持ちになって、クロトはそれをポケットにそっとしまいこんだ。
「きっとどこかに、別の道があるはずだよな……?」
不思議と前向きな気分になって、焦る心も落ち着きを取り戻した。 クロトは顔を上げ、自分に今出来る事を探し、周囲を探索し始めた。 そうして、クロト、シアン、アザンの三人は食材や薬草を手に入れる為、瓦礫の中をのぞき込んだり、土を掘って中に隠れた生き物を見つけたり、あちこちに走り回っていた。
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――気がつくと、あっという間に素材が溜まり、そろそろ皆の所に帰ろうと、犬型に姿を変えたアザンの背に荷物を乗せ、クロトがそれを落ちる事がないように固定していた。
「なあ、アザン本当に一人で先に帰れるか?」
「俺の嗅覚は飛びきりだから、大丈夫だ、心配するな。 それに、犬型のほうがお前達の脚より何倍も速いからな!」
「はい、頼みましたよ。 ミレアにもじきに帰るとお伝え下さい」
「おう、じゃ、気を付けろよ!ハッハッハ!」
アザンは一気に駆け出すと、颯爽と洞窟内を駆け抜け、あっという間に視界から消えていった。 動物が駆け抜ける特有の足音が遠のくと、シアンとクロトは顔を合わせて頷いた。
「私たちも戻りますか」
「……あぁ」
二人揃って帰る支度をしていたその時――遠くの方から微かに何かが唸る“声”のようなこもった音が聞こえ、近くにあった岩の陰へ身を隠すと、周囲を警戒するよう目を見張る。
アザンの物とは違う、土を踏む音が次第にこちらに近づいて、何者かが吐く乱れた息は、足音と共に通り過ぎて行った。 それは、崩壊した実験棟の方向へ一直線へ向かっていく。
「……だ……うど……ら……」
こもった声は、何を言っているか理解できない。 物陰から覗き見た姿は、悪しき者の黒いローブを揺らし、フードを肩に下ろすと、中には灰色の髪をした男の顔が見えた。
「シアン、あれ……神反軍だよな?」
「ええ。あのローブ、間違いなさそうですね。 しかし、あの顔――まさか、あれは……」
シアンは冷やりと額から汗を流し、眉間にしわを寄せながら言いかけた口を閉じた。 その間にも奴は、建物の方向へ歩いて行く。 水晶の放つ光に当てられた髪は一気に白くなり、光を抜けると灰色に戻って行く。 まるで死人が彷徨って、歩いているかのような気配が奴の周りを漂っていた。
「知ってるやつか?」
「いや、実験棟に居た頃にどこかで見たかもしれませんが、具体的には……」
まるで、その場には存在しない誰かと会話しているみたいに、ぶつぶつと何かを呟く奴の声は、途切れ途切れに聞え、鼓膜の奥でぶつ切りにされる不快な音の感覚が背筋をゾクリと震わせた。
奴は壁に撫でるように手を当てながら、ゆっくりと壁面にそって進んでいく。 ジワリとクロトの胸の奥に眠る炎が何かに反応するように熱を持つ。
「アル………テス………タ……イヒッ、イヒヒッ」
奴はこちらを振り向くことなく、スッと壁に溶け込むように霧になって消え、周囲からは気配が消えていった。 今見ていたローブの者が本物かどうかすら分からなくなって、クロトは物陰から静かに出ると壁へ向かって歩き出した。
「あいつ……もしかして、俺の事を知っているのか……?」
周囲を見渡しても、奴の姿はもう見当たらない。 クロトは、崩れた実験棟の壁をじっと眺めた。 何も変わったことは無いのに、不思議と建物の一部分に揺らぎを感じる。 クロトは壁に触れようと手を伸ばした。
「これ以上は危険です。 いったん戻りましょう」
ふいに、シアンに肩を掴まれ、クロトは腕を下ろして振り返った。 眉間にしわを寄せたままのシアンと目が合うと、真面目そうな顔はいつもより目が横に長く見えた。
「……シアン。 けど、ここに何かがありそうな気がするんだ」
「どう見ても、ただの壁です。神反軍がなにか仕組んだ可能性もあります。 とにかく、このままでは危険です」
シアンの真剣な表情をみて、クロトも分かったと頷く。 水晶が照らす地面は既に光が薄れ始め、闇の精霊たちは、姿を現せる時間が来る事を待ち望んでいる。 もう一度、帰る支度を始めようと二人が振り返ると、背後から再び足音が聞こえた。
「――あれ? シアンくん……?ボク、なんで……?」
「ミレア?いつ来たんです?何故ここに……?」
「ボク……シアン君たちを待ってて、でもなんだかすごく胸騒ぎがして……」
ミレアは、ぼんやりとした表情でシアンの顔を見つめた。 ミレアからは薬草の香りが漂って、彼女の手に持つ包帯からは水滴がぽたぽたと滴り落ちていた。
「何かが、ボクを呼んでる気がして、ボーっとしてたらここまで来ちゃったみたい……」
ミレアは不安そうな顔で震えている。 シアンはそっとミレアの肩に触れると、安心したようにニコリと笑った。
「とにかく、ここまで何事もなくこれたなら良かったです。 あまり心配かけないでください」
「うん、ごめん、変な心配かけちゃったよね」
「ホントだぜ、あの陽気なミレアがボーっとするなんて考えられねぇな~」
クロトは、いつもの調子でミレアに話しかけてみるも、ミレアのしんみりとした顔を見て、思うように調子を出せず「なんか調子狂うなぁ」と指先で頬をかく。
「では、帰るとしますか」
「うん、行こう!」
「あぁ――と……うわあっ!?」
クロトが一歩踏み出した途端、近くに転がっていた瓦礫を踏み体制を崩して思い切り後ろによろめいた。 その拍子に、実験棟の外壁へ倒れ込み、赤い光が全身を包み込むとそのまま後ろへ転がるように倒れて行った。
「クロト、大丈夫!?」
ミレアの叫び声に顔を上げると、後ろにあったはずの壁が前にあり、大きく空洞が開いているように見えた。 クロトは立ち上がると、再び外へ踏み出した。
「いってぇ……一体何だって言うんだよ……」
「そんな、これは――まさか、こんなことが……!」
目を見開いて後ろを見ているシアンとミレアの表情を見て、クロトは振り返る。 壁があったはずの場所には中と外を繋ぐ大きな穴が開いていた。 中からは、不穏な空気と共に錆びた鉄の臭いが漏れ出て、今にも何かが這って出てきそうな禍々しい気配が漂っている。
「な……んで、ここは……ボクたちが……」
「ここは――私がミレアと共に逃げたあの場所だったというのですか……?」
「やだ……ボク、やだよぉ」
ミレアは緊張した表情で目を見開き、口を開いてぜえぜえと呼吸が早くなる。 指先から足先まで全身が異常なまでに震えていた。
「大丈夫、ミレア、大丈夫です。落ち着いてください。もう怖い事なんて無いですよ」
「ひっ……ぐぅっ……怖い、怖いよぉ」
「大丈夫、私がいますから落ちついて」
ミレアの震える姿を見てクロトは冷や汗を流し、静かに二人の傍から少し離れた所で、彼女が落ち着くのを待っていた。
実験棟の外壁はじわじわと開いた穴を塞ぎながら、次第に姿を現していく。 今にも倒れそうなミレアを支えながら、シアンはゆっくりと落ち着かせるように「帰りましょう……」と呟いた。
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主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。
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