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第二章 神天祭
✦✦Episode.16 霧の中に包まれ✦✦
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✦ ✦ ✦Episode.16 霧の中に包まれ
✦ ✦ ✦
優しい風が髪を撫でた――白い墓標の上でノアは手を合わせ続け、静かな時間がゆったりと流れていく。 悔いる気持ちさえ、愛おしいほどに、風たちはノアを包み込んで抱きしめている。
あの日亡くした命、それでも輝く命を産んだ彼女に尊敬の念を抱いて、ノアはひたすらに祈り続けた。
「リアノ姉さま――私は、あの子たちに嘘をつき続けた……その結果がこれだ。 許してほしいなんて…言うべきじゃないのは分かっているんだ…」
「すべては――予見されていた事だった…。 遥か昔に語られた、私への呪縛のような言葉…」
『――ならば、お前が……』
ノアは、過去の記憶を思い出して、フッと悲しそうに笑みをこぼした。 ここに“彼女”はもういない。 どれだけ語り掛けても、答えることも無い…。
「それでも、私は――あの子たちの未来を、見届けなければいけないんだ……」
ノアはゆっくりと空を仰いだ。
――背後からひとりの男の天使が息を切らせて駆け寄ってきた。
「ノアさま――!」
「どうした、何か問題でもあったか」
「はぁっ…はっ…いえ、シエルさんが!!やっと目を覚ましました…!」
「おぉ!そうかい…やっと目覚を覚ましてくれたのかい!」
男の天使は、肩を揺らして呼吸しながら、息を整えるようにフーッと思い切り吐き出して汗を拭った。 ノアは目を見開いて喜びの声をあげ、震える手足で立ち上がると、杖を突きながら医院へと急いで向かった。
敬愛に満ちた白と紫のルピナスの花が、ノアの後ろ姿を見送る様に、静かに風に揺られていた――
✦ ✦ ✦
小窓から柔らかな太陽の光がしが差し込んで、シエルの顔を照らした。 ゆっくりと重たい瞼をあげて…どこかの部屋の中で、眠っていたことに気が付いた。
「あれ…」
――彼女は、約2日ぶりに目を覚ました。 ゆっくりと身体を起こすと、柔らかなベッドの上に寝かされていた。
何があったか思い出そうとしても、クロトと神天祭で手を振って別れる前の、記憶の断片だけがおぼろげでその先は何があったかが全く思い出せない。
「ここ、クロトの……」
シエルは小さく呟いて、辺りを見回した。 どうやらそこは――懐かしい香りのするクロトの部屋。
壁の板は木の優しい温もりが感じられ、開け放たれた窓から爽やかな風が吹き込んで、白色のカーテンが風に揺られて柔らかく揺れている。
シエルは、頭がしっかりと冴えはじめ、ふいに窓の外を眺めた――村の人々が、それぞれ自分の仕事をしながら笑い合っている姿が見えた。 小さな子供たちが楽しそうに走り回り、ホッとするような普通の日常がそこに広がっていた。 窓辺に置かれた色とりどりの花が、太陽に照らされて花瓶の中で咲き誇っている。
「パンジー…?」
シエルがパンジーの花に目を向けた瞬間――チクリと胸が痛む。 どことない不安が、彼女の胸に押し寄せてくる…一体なぜ、自分はここで寝ているのか? 神天祭の祭事は無事に滞りなく終わったのだろうか…不安の言葉が頭の中に次々とよぎっていく。
(クロト…私…なんだか怖い…。 私は、あなたに本当に必要とされてるの…?)
(あの時…私…クロトに無理な事を言ったかもしれない――毎日どんな思いで暮らしていたかも知らずに)
「私…クロトのこと、傷つけてないかな……寂しいよ……クロトに、会いたいな……」
シエルは膝を抱え、持っていた布団の中へ顔をうずめた。 不安と、寂しさに震え、泣かないようにと耐えていた。
――チクリと、突然指先に痛みが走る。
「いっ…!なにっ!?」
痛みに驚いて、パッと顔を上げるとシエルの左手の指先に小さな花の根が何重にも絡みついて、ぎゅっと指を締め付けていた。
「なに、やだやだ、何でこんなことになってるの!?」
シエルは、恐ろしくなって根を左右に引っ張ったり、根の間に指を入れて切り離そうとした。 根はしっかりと指に巻き付いて、どうやら簡単には外せそうになかった。
シエルが必死になってもがいていると――トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。 ゆっくりと、部屋のドアが軋む音をたてながら開くと、ドアの外に居たノアが、ゆっくりと杖を突きながらシエルの前まで歩み寄った。
「お帰り、やっと目が覚めたんだね」
「ノアさんっ…!私…」
「心配しなくて大丈夫さ……シエル、お前は二日も眠っていたんだよ」
「ふ、二日間も!?私、一体何があったの…!?」
シエルは内心慌てていた。 まさか、二日間もクロトのベットを占領していたとは知らずに、すやすやと眠ってしまっていたのだ。 困ったようにキョロキョロしながらノアの顔と、ドアの先を交互に見つめた。
(どうしよう、まさか、クロト…さすがに床とかで寝てたんじゃないよね!?)
「シエルや――その様子だと、何も覚えていないのかい?」
「えっ…と…?」
「お前さん自分に何があったのか……忘れたと言うのかい?」
「うーんと…ごめんなさい。 私…まだぼんやりしていて……ノアさん、一体何があったか教えてください…っ!」
困り果てたシエルの顔を見据えて、ノアは自分の焦りを悟られないように、胸の内にそっと気持ちを押し込んだ。 ゆっくりとベッドに近づくと、側に置いてあった丸椅子にゆっくりと腰をかけ、真面目な顔でシエルにゆっくりと語り掛けた。
「シエル…神天祭で、お前さんの身に何があったのか――順を追って話そう」
「はい…お願いします」
「どうか、穏やかに聞いて欲しい……二人で祭りに行ったことは覚えているか?」
「えぇ、覚えています。 祭事に出るために、控え場で分かれた所までは覚えているんですけど…」
「そうか――なら、その続きだ」
ノアが身じろぎをすると、椅子が軋む音を立てた。 シエルは、ゆっくりとベッドから足を下ろして床につけ、ノアの顔を見つめている。
「クロトと離れた後、何があったかは分からないが…問題はその後だ…夜中になっても、お前たちは戻ってこなかった」
「えっ(どういう事かしら…)」
「私は、医院の仕事を他の者に任せ、お前さんたちを探しに行った――そこで、嵐が起きた。 そして、神天台の上に落雷が落ち、私はそこに向かった時――そこに、お前さんと、村の者たちが倒れていたんだ」
シエルは、嵐にあった事も、神天台の上で倒れていたことも、まったく身に覚えがなかった。
「倒れていたって…一体なぜ…?」
「私はその場に居なかったのだから、何が起きたかは分からないが、ひとつだけわかったことがある」
「これは今朝、村人から取り上げた物だ…これは、果物の香りと怪しい鉄の臭いがする」
ノアは、手に持っていた袋の口を開いて中に入っていたひとつの薬瓶を取り出した。
――チャプッと音がして、薬瓶のなかに詰められた淡いピンク色をした液体が音をならしてシエルの目の前に差し出された。
「これ…っ見たことあるわ…!」
「ああ、あの日、お前さんが口にしたのはこれで間違いないだろう」
(確かに、落ち着くからって…これを手渡されて……間違いなく飲んだわ)
「変な味がしたの。 さっきノアさんが言ってたみたいな、果物と鉄の香り…のどに貼りついて、すごく不快だった…」
「シエルや…これを飲んだ後、何があったか思い出せるか?」
シエルは額に手を当てた。 あの日何があったか、霧の中に包まれて何があったのかまったく思い出せない。
「ごめんなさい、何も…思い出せないわ」
「倒れた村の者たちは皆同じ香りがしたんだ。 それがどういう意味か分かるかい?」
「えっ…?」
「中身を調べた。そうしたら…これにはある毒が仕込んであった」
「毒…?」
シエルは眉を潜めて、薬瓶の中をまじまじと見つめた。 瓶の中の液体は、見つめていると赤い色に吸い込まれてしまいそうで…どことなく怪しい空気を漂わせていた。
ふっと、液体の入った薬瓶をシエルの視界から消すようにノアは袋に入れると、思い切り息を吸い込んで、深いため息をついた。
「そうさ、お聞き。 これは飲んだ者の意識を奪い取って――操ってしまう毒さ」
「操る…ですって…? 何のためにそれを私に飲ませたの……!?」
「これ以上は、お前さんには酷だ……聞かない方がいい」
「ノアさん…でも、私…ちゃんと知りたいです。 クロトの為にも――クロト?…クロトはどこにいるんですか?」
シエルがギュッとノアの手を握りしめ、まっすぐな眼差しを向けているとノアは顔をしかめ、目を伏せて「これ以上聞くまい」と首を横に振った。
(そろそろ、来てもいい頃なのに…何故クロトはここに来てくれないの…?)
「クロトは……ここに、いるんですよ…ね?」
「シエル…クロトはな……」
「ノアさん、教えて!クロトは今…どこにいるんですか!」
(あの日、クロトが…大穴に落ちた事実を話すべきか……それに加えて…この子が“落とした”真実を話すべきか…)
ノアは言葉を詰まらせた。
今ここで彼女に真実を明かせば、彼女が自分を責め、心を壊してしまう事は明らかだった。 シエルは、手を放し膝の上でそっと揃えて俯く――か細い声でぽつりぽつりと呟いた。
「お願い…ノアさん…クロトに会いたいの……教えて……」
「……」
しばらくの間、部屋の中に沈黙が訪れた。 ノアは言葉を探し――深いため息をつくばかりだった。
✦ ✦ ✦
窓の外が、何やらザワつき始めていた――すると、拍手と歓声がシエルのいる部屋の中に届くように聞こえて来た。
「我らの女神よ――!!」
「シエル様!シエル様!おお、我らの女神様!!」
「万歳――!!」
「め…がみ?なんの話…?」
シエルは、自分の名前を呼ぶ声に驚いてベッドから立ち上がると、おぼつかない足取りで窓枠に手をかけ、外を眺めた。
窓の外では、シエルが目覚めた事を聞きつけ、人々が密集し、ノアの医院の前には人だかりができていた。
「――シエル様だ!シエル様こちらにいるぞ!」
「我々を見てくださった!」
「結婚してくれー!!」
「いや、私と結婚してくれー!!」
小窓にシエルの姿が見えると、それに気がついた村人たちが、声高らかに叫んだ。
拍手喝采のなか、1人の天使が羽ばたくように近くへ寄ると――窓辺にいたシエルに向かって跪いた。
「おぉ…我ら新天の女神よ…かの者を浄化し、この村を救って下さり感謝致します」
「じょう…か?なんの…?」
「――覚えておられないのですか?」
「いえ、その…ちょっと記憶が曖昧で…」
天使と顔をあげ立ち上がる。 憂いを帯びた瞳でシエルを見つめ―――ぱっとシエルの両手を取ると、ふんわりと握りしめ、そして唇を開いた。
「災いの神子クロトを、あなた様が地の底に追いやったではございませんか!!」
「えっ……?」
「私たちは、あなた様に感謝し…一生をお捧げ致します!!」
――ガシャンとなにかが割れる音が頭の中に響いた。
「わ…私が…? クロトを、地の底に…追いやった?」
「はいっ、貴方様が…災いを浄化してくださいました…っ!」
笑顔を浮かべた天使の顔とは反対に、浮かない顔をしてシエルは慌てて首元に手を伸ばす――クロトから貰ったペンダントを手で探っても、そこには何もなくなっていた。
「そう…そうよ…」
(あの日…確かに、私の目の前で……割れてしまった……!)
確信がシエルの胸の中に落ちて行った。 この天使が言っている事は、本当の事だと。 自分が彼を地の底へ落とした――その真実を……知ってしまったのだ。
「シエル様ぁーっ!!万歳―…!」
「我々は、あなたを愛していますー!!」
「万歳ー!!」
天使は、喜びにあふれた声を出しながら…シエルの手を離し、群衆の中へ戻っていった。
「そうだ…私…」
『うあああああっ――!!』
「違う…違うよ…そんなはずじゃ…!!」
彼が落ちていく残像が――スローモーションのように見えていた…その時の記憶が、断片的に思い出されていく。
巨大な穴の中に飲み込まれて、反響したクロトの声が耳に残って――シエルの胸の中をギュッと締め付けた。
「あっ…あぁぁっ…そんな…やだ…やだよ…っ!」
「私が、あの穴の中へ、クロトを落とした…!? 嘘だよ、なんで…何で…! あぁ…クロト――っ!!」
ガタガタと手足が震える。 顔を真っ青にさせて、シエルはその場でズルズルと膝から崩れ落ちていった。
――ひとりに、しないで。
窓辺に置かれたパンジーの花々が、シエルの心の中を語る様に風に揺られていた――
「チッ……何とも…タイミングの悪い事だ…」
ノアは、シエルに聞こえない程の小さな声で呟いた。 外では相変わらず歓声が響いている。
シエルはただそこで――ひとりですすり泣いていた。
✦ ✦ ✦
優しい風が髪を撫でた――白い墓標の上でノアは手を合わせ続け、静かな時間がゆったりと流れていく。 悔いる気持ちさえ、愛おしいほどに、風たちはノアを包み込んで抱きしめている。
あの日亡くした命、それでも輝く命を産んだ彼女に尊敬の念を抱いて、ノアはひたすらに祈り続けた。
「リアノ姉さま――私は、あの子たちに嘘をつき続けた……その結果がこれだ。 許してほしいなんて…言うべきじゃないのは分かっているんだ…」
「すべては――予見されていた事だった…。 遥か昔に語られた、私への呪縛のような言葉…」
『――ならば、お前が……』
ノアは、過去の記憶を思い出して、フッと悲しそうに笑みをこぼした。 ここに“彼女”はもういない。 どれだけ語り掛けても、答えることも無い…。
「それでも、私は――あの子たちの未来を、見届けなければいけないんだ……」
ノアはゆっくりと空を仰いだ。
――背後からひとりの男の天使が息を切らせて駆け寄ってきた。
「ノアさま――!」
「どうした、何か問題でもあったか」
「はぁっ…はっ…いえ、シエルさんが!!やっと目を覚ましました…!」
「おぉ!そうかい…やっと目覚を覚ましてくれたのかい!」
男の天使は、肩を揺らして呼吸しながら、息を整えるようにフーッと思い切り吐き出して汗を拭った。 ノアは目を見開いて喜びの声をあげ、震える手足で立ち上がると、杖を突きながら医院へと急いで向かった。
敬愛に満ちた白と紫のルピナスの花が、ノアの後ろ姿を見送る様に、静かに風に揺られていた――
✦ ✦ ✦
小窓から柔らかな太陽の光がしが差し込んで、シエルの顔を照らした。 ゆっくりと重たい瞼をあげて…どこかの部屋の中で、眠っていたことに気が付いた。
「あれ…」
――彼女は、約2日ぶりに目を覚ました。 ゆっくりと身体を起こすと、柔らかなベッドの上に寝かされていた。
何があったか思い出そうとしても、クロトと神天祭で手を振って別れる前の、記憶の断片だけがおぼろげでその先は何があったかが全く思い出せない。
「ここ、クロトの……」
シエルは小さく呟いて、辺りを見回した。 どうやらそこは――懐かしい香りのするクロトの部屋。
壁の板は木の優しい温もりが感じられ、開け放たれた窓から爽やかな風が吹き込んで、白色のカーテンが風に揺られて柔らかく揺れている。
シエルは、頭がしっかりと冴えはじめ、ふいに窓の外を眺めた――村の人々が、それぞれ自分の仕事をしながら笑い合っている姿が見えた。 小さな子供たちが楽しそうに走り回り、ホッとするような普通の日常がそこに広がっていた。 窓辺に置かれた色とりどりの花が、太陽に照らされて花瓶の中で咲き誇っている。
「パンジー…?」
シエルがパンジーの花に目を向けた瞬間――チクリと胸が痛む。 どことない不安が、彼女の胸に押し寄せてくる…一体なぜ、自分はここで寝ているのか? 神天祭の祭事は無事に滞りなく終わったのだろうか…不安の言葉が頭の中に次々とよぎっていく。
(クロト…私…なんだか怖い…。 私は、あなたに本当に必要とされてるの…?)
(あの時…私…クロトに無理な事を言ったかもしれない――毎日どんな思いで暮らしていたかも知らずに)
「私…クロトのこと、傷つけてないかな……寂しいよ……クロトに、会いたいな……」
シエルは膝を抱え、持っていた布団の中へ顔をうずめた。 不安と、寂しさに震え、泣かないようにと耐えていた。
――チクリと、突然指先に痛みが走る。
「いっ…!なにっ!?」
痛みに驚いて、パッと顔を上げるとシエルの左手の指先に小さな花の根が何重にも絡みついて、ぎゅっと指を締め付けていた。
「なに、やだやだ、何でこんなことになってるの!?」
シエルは、恐ろしくなって根を左右に引っ張ったり、根の間に指を入れて切り離そうとした。 根はしっかりと指に巻き付いて、どうやら簡単には外せそうになかった。
シエルが必死になってもがいていると――トントンとドアをノックする音が聞こえてきた。 ゆっくりと、部屋のドアが軋む音をたてながら開くと、ドアの外に居たノアが、ゆっくりと杖を突きながらシエルの前まで歩み寄った。
「お帰り、やっと目が覚めたんだね」
「ノアさんっ…!私…」
「心配しなくて大丈夫さ……シエル、お前は二日も眠っていたんだよ」
「ふ、二日間も!?私、一体何があったの…!?」
シエルは内心慌てていた。 まさか、二日間もクロトのベットを占領していたとは知らずに、すやすやと眠ってしまっていたのだ。 困ったようにキョロキョロしながらノアの顔と、ドアの先を交互に見つめた。
(どうしよう、まさか、クロト…さすがに床とかで寝てたんじゃないよね!?)
「シエルや――その様子だと、何も覚えていないのかい?」
「えっ…と…?」
「お前さん自分に何があったのか……忘れたと言うのかい?」
「うーんと…ごめんなさい。 私…まだぼんやりしていて……ノアさん、一体何があったか教えてください…っ!」
困り果てたシエルの顔を見据えて、ノアは自分の焦りを悟られないように、胸の内にそっと気持ちを押し込んだ。 ゆっくりとベッドに近づくと、側に置いてあった丸椅子にゆっくりと腰をかけ、真面目な顔でシエルにゆっくりと語り掛けた。
「シエル…神天祭で、お前さんの身に何があったのか――順を追って話そう」
「はい…お願いします」
「どうか、穏やかに聞いて欲しい……二人で祭りに行ったことは覚えているか?」
「えぇ、覚えています。 祭事に出るために、控え場で分かれた所までは覚えているんですけど…」
「そうか――なら、その続きだ」
ノアが身じろぎをすると、椅子が軋む音を立てた。 シエルは、ゆっくりとベッドから足を下ろして床につけ、ノアの顔を見つめている。
「クロトと離れた後、何があったかは分からないが…問題はその後だ…夜中になっても、お前たちは戻ってこなかった」
「えっ(どういう事かしら…)」
「私は、医院の仕事を他の者に任せ、お前さんたちを探しに行った――そこで、嵐が起きた。 そして、神天台の上に落雷が落ち、私はそこに向かった時――そこに、お前さんと、村の者たちが倒れていたんだ」
シエルは、嵐にあった事も、神天台の上で倒れていたことも、まったく身に覚えがなかった。
「倒れていたって…一体なぜ…?」
「私はその場に居なかったのだから、何が起きたかは分からないが、ひとつだけわかったことがある」
「これは今朝、村人から取り上げた物だ…これは、果物の香りと怪しい鉄の臭いがする」
ノアは、手に持っていた袋の口を開いて中に入っていたひとつの薬瓶を取り出した。
――チャプッと音がして、薬瓶のなかに詰められた淡いピンク色をした液体が音をならしてシエルの目の前に差し出された。
「これ…っ見たことあるわ…!」
「ああ、あの日、お前さんが口にしたのはこれで間違いないだろう」
(確かに、落ち着くからって…これを手渡されて……間違いなく飲んだわ)
「変な味がしたの。 さっきノアさんが言ってたみたいな、果物と鉄の香り…のどに貼りついて、すごく不快だった…」
「シエルや…これを飲んだ後、何があったか思い出せるか?」
シエルは額に手を当てた。 あの日何があったか、霧の中に包まれて何があったのかまったく思い出せない。
「ごめんなさい、何も…思い出せないわ」
「倒れた村の者たちは皆同じ香りがしたんだ。 それがどういう意味か分かるかい?」
「えっ…?」
「中身を調べた。そうしたら…これにはある毒が仕込んであった」
「毒…?」
シエルは眉を潜めて、薬瓶の中をまじまじと見つめた。 瓶の中の液体は、見つめていると赤い色に吸い込まれてしまいそうで…どことなく怪しい空気を漂わせていた。
ふっと、液体の入った薬瓶をシエルの視界から消すようにノアは袋に入れると、思い切り息を吸い込んで、深いため息をついた。
「そうさ、お聞き。 これは飲んだ者の意識を奪い取って――操ってしまう毒さ」
「操る…ですって…? 何のためにそれを私に飲ませたの……!?」
「これ以上は、お前さんには酷だ……聞かない方がいい」
「ノアさん…でも、私…ちゃんと知りたいです。 クロトの為にも――クロト?…クロトはどこにいるんですか?」
シエルがギュッとノアの手を握りしめ、まっすぐな眼差しを向けているとノアは顔をしかめ、目を伏せて「これ以上聞くまい」と首を横に振った。
(そろそろ、来てもいい頃なのに…何故クロトはここに来てくれないの…?)
「クロトは……ここに、いるんですよ…ね?」
「シエル…クロトはな……」
「ノアさん、教えて!クロトは今…どこにいるんですか!」
(あの日、クロトが…大穴に落ちた事実を話すべきか……それに加えて…この子が“落とした”真実を話すべきか…)
ノアは言葉を詰まらせた。
今ここで彼女に真実を明かせば、彼女が自分を責め、心を壊してしまう事は明らかだった。 シエルは、手を放し膝の上でそっと揃えて俯く――か細い声でぽつりぽつりと呟いた。
「お願い…ノアさん…クロトに会いたいの……教えて……」
「……」
しばらくの間、部屋の中に沈黙が訪れた。 ノアは言葉を探し――深いため息をつくばかりだった。
✦ ✦ ✦
窓の外が、何やらザワつき始めていた――すると、拍手と歓声がシエルのいる部屋の中に届くように聞こえて来た。
「我らの女神よ――!!」
「シエル様!シエル様!おお、我らの女神様!!」
「万歳――!!」
「め…がみ?なんの話…?」
シエルは、自分の名前を呼ぶ声に驚いてベッドから立ち上がると、おぼつかない足取りで窓枠に手をかけ、外を眺めた。
窓の外では、シエルが目覚めた事を聞きつけ、人々が密集し、ノアの医院の前には人だかりができていた。
「――シエル様だ!シエル様こちらにいるぞ!」
「我々を見てくださった!」
「結婚してくれー!!」
「いや、私と結婚してくれー!!」
小窓にシエルの姿が見えると、それに気がついた村人たちが、声高らかに叫んだ。
拍手喝采のなか、1人の天使が羽ばたくように近くへ寄ると――窓辺にいたシエルに向かって跪いた。
「おぉ…我ら新天の女神よ…かの者を浄化し、この村を救って下さり感謝致します」
「じょう…か?なんの…?」
「――覚えておられないのですか?」
「いえ、その…ちょっと記憶が曖昧で…」
天使と顔をあげ立ち上がる。 憂いを帯びた瞳でシエルを見つめ―――ぱっとシエルの両手を取ると、ふんわりと握りしめ、そして唇を開いた。
「災いの神子クロトを、あなた様が地の底に追いやったではございませんか!!」
「えっ……?」
「私たちは、あなた様に感謝し…一生をお捧げ致します!!」
――ガシャンとなにかが割れる音が頭の中に響いた。
「わ…私が…? クロトを、地の底に…追いやった?」
「はいっ、貴方様が…災いを浄化してくださいました…っ!」
笑顔を浮かべた天使の顔とは反対に、浮かない顔をしてシエルは慌てて首元に手を伸ばす――クロトから貰ったペンダントを手で探っても、そこには何もなくなっていた。
「そう…そうよ…」
(あの日…確かに、私の目の前で……割れてしまった……!)
確信がシエルの胸の中に落ちて行った。 この天使が言っている事は、本当の事だと。 自分が彼を地の底へ落とした――その真実を……知ってしまったのだ。
「シエル様ぁーっ!!万歳―…!」
「我々は、あなたを愛していますー!!」
「万歳ー!!」
天使は、喜びにあふれた声を出しながら…シエルの手を離し、群衆の中へ戻っていった。
「そうだ…私…」
『うあああああっ――!!』
「違う…違うよ…そんなはずじゃ…!!」
彼が落ちていく残像が――スローモーションのように見えていた…その時の記憶が、断片的に思い出されていく。
巨大な穴の中に飲み込まれて、反響したクロトの声が耳に残って――シエルの胸の中をギュッと締め付けた。
「あっ…あぁぁっ…そんな…やだ…やだよ…っ!」
「私が、あの穴の中へ、クロトを落とした…!? 嘘だよ、なんで…何で…! あぁ…クロト――っ!!」
ガタガタと手足が震える。 顔を真っ青にさせて、シエルはその場でズルズルと膝から崩れ落ちていった。
――ひとりに、しないで。
窓辺に置かれたパンジーの花々が、シエルの心の中を語る様に風に揺られていた――
「チッ……何とも…タイミングの悪い事だ…」
ノアは、シエルに聞こえない程の小さな声で呟いた。 外では相変わらず歓声が響いている。
シエルはただそこで――ひとりですすり泣いていた。
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主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。
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