36 / 70
第三章 地下世界
✦✦Episode.28 魂より授かりし力✦✦
しおりを挟む
✦ ✦ ✦Episode.28 魂より授かりし力
✦ ✦ ✦
「あ~、そんなこと、あったよねぇ」
「ハッハッハ、いやーあの時ばっかりはクロトに助けられたなぁ~」
焚火を取り囲んでいた4人は、過ぎ去った日々を思い出しては、パチパチと燃える炎に目を移した。 料理の下処理を終え、残りの材料を鍋に放り込んでいく。
「べ、別に…‥俺は助けたつもりはないけどな! こう、体が勝手に動いたというか……」
「ふむ、それを助けたというのでは……?」
クロトは気恥ずかしさに、ふんと鼻を鳴らしながら、グツグツと煮えた鍋をかき回し――時々味見をするように、スープをすすった。 野菜の煮汁と、モグラ肉の旨味が、程よくスープに染み渡り、何とも絶妙な味に仕上がっていた。
「うん、少し味は薄いけど……肉をいれた分、絶対うまい。 これは食えると思う!」
一行は胸をワクワクさせながら、クロトが器にスープをよそっていくのを楽しそうに見つめている。 それぞれ手渡された器を手に取り、皆まじまじとそのスープを見つめながら……ゴクリと喉をならし、恐る恐る器を口に持っていく。
静かに、温かいスープが喉を通り過ぎて、胃の中に落ちて行く感覚がする。 柔らかな野菜の香りと、肉の旨味が口内に優しく染み渡り――皆ぽっと顔ほころばせながら、器を膝の上に置いた。
「うっは~!なにこれ!?おいしっ!?」
「…生きてて…良かった…ですっ!」
「うむ――確かに味は薄いが、野営の料理としては美味いな!ハッハッハッ」
ミレアとシアンは感動したように、何度もスープをおかわりしていた。 鬼化に適合した彼らは、食事を取る事は必要なくても……その味を娯楽として楽しむことはできるようだ。
「…うまかったなら良かったよ」
「クロトはホントに料理上手ね~! 誰から教わったの~?」
「…俺を育ててくれた、村の婆さんが教えてくれたんだ」
「へぇ~! あれ?クロトって、お婆ちゃんっ子だったの?」
以前、ここに来る経緯を聞かれた事はあった――けれど、話すことが出来なかった。 二人は、落ち着いて、話せるようになるまで、待つと言っていた。 この場所で過ごしてきた時間が、ゆっくりとクロトの心の傷を埋め……やっと決心がついたというように、クロトは息をぐっと飲み込んだ。
(この人たちをいつまでも待たせちゃ悪いよな……)
「あぁ、俺……産まれた頃から両親いなくて、その顔、知らないんだ。 代わりに村の婆さんが育ててくれたんだ」
「…そう…なんだ……」
「黒い翼は“災いの証”と言われて、ずっと隠して生きてたけど、あの日――とうとう村の皆に見つかって、ここに落とされたってわけ」
「……返す言葉も見つからないよ、クロト、辛かったよね…」
ミレアが優しく慰めるように、そっとクロトの両手を取った。 その手の温もりは、冷え込んだ空気よりも暖かく……ホッと心の中を埋める様だった。
(一つだけ、これだけは言えない――あいつが、俺の傍にいたことは……)
クロトは、まだ言えない秘密に、肩を落としていた。 それを見ていたミレアは、静かに焚火に寄ると、ゴソゴソと鍋の横から、一回り小さな鍋を取り出して、クロトの前に差し出した。
「実はぁ、ボクもこっそりお料理したんだぁ! じゃじゃーん!ミレアちゃん特製!あったかほかほか薬草スープ~!」
「うわあああ!? いつの間に作ったんだ!!? しかも薬草入りっ!?」
「えぇ、沢山薬草を入れましたとも! クロト君はすぐ魔力不足するから、常に回復しないとね~!」
毎日毎日、魔力の訓練をするたびに、早々に魔力が枯渇して、ばたりと地面に倒れ込んだクロトの口の中へ、すかさず、シアンがドクダミの葉を放り込み…死んだような目をしながら、毎日を過ごしていた。
あの薬草の苦みを思い出すと――すっかり顔が真っ青になった。
ミレアなりに、気を使ったのだろう……クロトは、辛気臭い顔を元に戻して、ふっと笑い出した。
「そんな風に言う人、ノアの婆さんにそっくりだなぁ~!」
「ノア!?」
ミレアは驚くように目を丸くした。 彼女にとって大切な人を探しているかのように――その名前確かめるように叫んだ。
「…ノアって…その人何歳なの…!?」
「ん?80歳くらいだと思うけど…知ってるのか?」
「80?…じゃあ、まったく違う人……」
「へえ、同じ名前の人がいたのか」
ミレアが幼い頃――まだ、実験を受ける前のミレアの記憶には、優しく笑う女性の姿が垣間見えた。 その手は優しく、とても温かい。 その人に抱きしめられた時、とても安心したことを覚えている。
「ボクにもね…同じ名前の…10歳くらい上の姉がいたんだ……でも、突然、黒いローブを着た奴らが現れて……僕たちはそのまま離れ離れになって――もう二度と、会えなくなったんだ」
「なんだって、くそ……何なんだ、黒いローブのあいつらは!!」
(ミレア達を実験の為に捕まえたのも、アザンを捕まえ、この地に落としたのも――あの時、俺の周りを囲んで、押さえつけたあいつらも!!全部、黒いローブの奴らじゃないか!!)
クロトは興奮して、ギリギリと歯を食いしばった。 どうしようもない怒りが込み上げて、心の底からじわじわと炎が燃え上がり、共鳴するように瞳も赤を帯びている。 彼の魔力を吸い取って、魔石が光り始めると――それをなだめるように、シアンがそっと肩を叩いた。
「クロト君、まだ――コントロールが効きませんか」
「いや……悪い、少し頭に血が上ったみたいだ。 それで……そいつらは一体何の目的であんな事をしているんだ……?」
クロトは落ち着きを取り戻すように、フーッと息を吐き出して、腕を組み……それを横目で見たシアンは、サッと自分の座っていた場所に戻っていった。
「黒いローブ……奴らは、神反軍だよ。 奴らの目的は――ボク達にも分からない」
「神反軍…?初めて聞いた」
ミレアはここ絵来る前の過去をふと思い出しては、悲しそうな瞳をして遠い岩の先を見つめた。 ミレアの悲しみに触れ――クロトもノアに何も言えずにここまで来たと深く悲しみ、その瞳は海の色へ染まっていく。
「それにしても、クロトは感情によって瞳の色が変わるよね?どういう仕組みなの?」
「えっ?」
「え…って? まさか知らなかったの?君、怒ってる時は炎の色…今はなんだか、海の色に変わってるよ悲しかったりする?」
「へぇ……それは知らなかった」
滝の浅瀬で、水面に反射した自分の顔を見たことはあった。 そこに映って見えた色は…夜空のような不思議な色合いをしていたと、自分の中で思ってはいたが――ただの一個性として、気に留めることもしなかった。
自分の瞳が、感情によってその色を変えていた事に、クロトはこの時初めて気が付いた。
「感情がバレバレになるのはちょっとなぁ」
「良いではないですか、分かりやすくて」
「うん、ボクもそれに賛成! きっと両親から、受け継いだものだよ。 その瞳も、翼も――炎と水の力も」
ミレアはニコニコ笑いながら、ルンルンと身体をゆらしながら小さな羽をパタパタと動かして、喜びの表現をしていた。
「君のそれは、とても珍しい体質だと思うよ!」
「……顔も、見たこと無いんだ…母さんはもう、無くなってたし――父さんも……多分同じだ」
「そっかぁ……ううん……でもね、君の力は凄く特別なものだから、良かったらこれ使って? ボクのお手製だけどね」
ミレアはそっとポケットから古い小さな本を取り出すと――中にはびっしりと、数々の魔法の呪文が刻まれていた。 クロトは差し出された本を受け取って、そっと本に触れると……本は勝手にページをめくり始め、ピタリと動きが止まった。
本に書き込まれた文字は、一文字ずつ淡い光を放ちながら、反応をはじめ――クロトの額に向かってその光が伸びていく。
「これは…! 頭の中に知らない魔法の言葉が流れて来るっ…!」
「大正解、これは魔導書だよ、キミに合った知らない魔法を教えてくれる」
「すごい…この音は、水の鼓動だ……っ!!」
クロトはゆっくりと目を閉じ、流れて来る言葉に身を任せた。
魔法の言葉は、ゆっくりとその力に合わせた音を奏で――滝の底に潜った時の心地よい音。 それから、荒々しく流れ落ちていく激流の音。
「こっちは…灼熱の……炎…?」
パチパチと聞こえて来る、優しい何かが燃える音は、じわじわと大きく燃え広がっていき――全てが、知らない音色となって、クロトの中に流れていった。
「うあっ――なんか、すごく力が溢れるみたいだ!」
「へへ、どーお?試しにひとつ、使ってみたら…?」
「あぁ、やってみる! 我…魂より授かりし炎の力よ…燃え上がれ…“フレムリア”!!」
クロトは、焚火にそっと手をかざして、詠唱を始めると……赤い魔法陣が静かにその場に広がっていく。 その名を呼ばれた炎の精霊は、焚火の中から静かに目を覚まし――炎は勢いを増し、気流を生み出した。それに乗るように炎の渦が天高く巻き上がっていく。
「うああぁああ!ちょちょどうやって止めるんだこれ!」
「きゃーちょっと、燃えすぎ!燃えすぎいぃ!」
ガシャンと、スープの鍋がその場でひっくり返ると、中身がすべてその場に広がった。 思わず消火された火はだんだんと勢いが弱くなり――やがて黒い煙を上げながら消えていった。
「ふふっふふ、クロト君…危なかったですねぇ」
「ミレアちゃんのスープ、こぼれちゃったじゃない!んもぉ!」
「魔法の腕も、まだまだ磨かないとだな!!ハッハッハ…!!」
「わ、悪かったよ…下手くそで(まだまだうまくコントロールできないな……でも)」
クロトはふっと上を見上げた。 炭となった木の香ばしい香りに懐かしさを覚えながら――静かに拳を握りしめ……魂の中に感じた、父と母の力に少しだけ、胸がいっぱいになった。
「父さんも…俺と同じ、翼の色をしていたのか?」
「うん。 君と同じ、漆黒の翼――君のお父さんは、僕たちに約束してくれたんだ」
「やく…そく?」
「ボクたちを――必ず、ここから助け出してくれるって。 そう言ってくれたよ」
父は昔、この暗くて寂しい地下世界に足を踏み入れて――ミレア達を発見した。 そして、必ず救うと彼女たちに約束をし、そして外の世界へ帰って行ったという。
「約束したのに、なんで父さんはすぐに戻ってこなかったんだろう…? ここにいる人達を、このままにするなんて……」
「ん-ん-。 戻って来てくれた。 でも――その頃にはすでに…僕らが実験されていた研究所は爆発で、その姿を失ったんだよ」
「私たちは、死んだ。 そう思ったんでしょうね」
クロトはふと、牢獄の中から見えた外の景色を思い出した。 焦げ付いた臭いと、何かに爆発されたような、建物の跡。 それこそが、ミレア達が実験されていた“研究所”なのだと、気が付いた。
(あの場所こそ――鬼化の液体を作り上げた、元凶なのか……)
「なぁ、父さんが外へ出れたなら、どこかに出口があるはずだろ?……探さないのか?」
「言ったでしょ……ボクらは、悪魔の化身になりかけている……新たな悲劇を起こさないために、彼らによって出口は封じられたんだ」
「あの扉は、私たちには開けられないんです……私たちはもう、天使だとは認められない……」
「…それでも。 ボクたちはずっと、信じて待ってた。 扉を開けられる者――クロト、君が現れる事を」
「………」
“天使とは認められない”その衝撃的な事実に、クロトは言葉も出せず――顔をしかめ、目を泳がせながら……拳を怒りで震わせる事しかできなかった。
「たった一つ、外へ通じる扉――この先、を超えて、ずっと階段を上った先に存在している」
「けれど、その扉を開けるには……扉を封印した者の魂、それしか、その鍵を開けることは出来ないんです」
「彼らの魂を持つ――君なら開けられると信じているんだ」
「なんだよ……それ」
彼らは、この場所で何年待ち続けていたのだろう。 クロト生まれてからここに来るまで、最低でも18年の歳月をこの暗闇で過ごしてきた。
(いや……実験されていた期間も含めたら、もっと長い間――この場所で暮らしていた事になるじゃないか!)
ズキリと、胸の奥に重しのように響いた。 こんな、犠牲があった事なんて知らず、自分は外の世界で静かに暮らしていた事実が、彼の胸を痛めつけた。
「ボクたちね、鬼になる前の人達から聞いたんだ」
「彼ら――伝説の四騎士により、外の世界では平和が訪れ“新しい神” として、その座に即位したと…
『――創造神より受けがれし天の力の源よ!
創造神が去った今、新たなる真の女神たちが我らを導き――我らの道筋となる、光を求めん!
我ら「シルファルト、ルミナス、ノクティア」三家の元に――』
「あの時――神天祭で語られた家名は3つだけだ。 アルテスタは、その中に無かったんだ」
「無かった?……一体なぜ……?」
「伝承から抹消されたのか。 誰かの企みでしょうか…それとも――」
「伝説の、四騎士…(俺は……なんて親不孝者だったんだろう)」
そんな話とは無縁だと興味もなく、ノアが話す伝承にすら――耳を傾ける事をしなかった。
「ごめんなさい……父さん、母さん……」
クロトは静かに呟いた、父と母の物語を…もう一度聞ける時が来るのなら。 その時はちゃんと、その話に耳を傾けようと、自分の心の中にそっと誓っていた。
✦ ✦ ✦
「あ~、そんなこと、あったよねぇ」
「ハッハッハ、いやーあの時ばっかりはクロトに助けられたなぁ~」
焚火を取り囲んでいた4人は、過ぎ去った日々を思い出しては、パチパチと燃える炎に目を移した。 料理の下処理を終え、残りの材料を鍋に放り込んでいく。
「べ、別に…‥俺は助けたつもりはないけどな! こう、体が勝手に動いたというか……」
「ふむ、それを助けたというのでは……?」
クロトは気恥ずかしさに、ふんと鼻を鳴らしながら、グツグツと煮えた鍋をかき回し――時々味見をするように、スープをすすった。 野菜の煮汁と、モグラ肉の旨味が、程よくスープに染み渡り、何とも絶妙な味に仕上がっていた。
「うん、少し味は薄いけど……肉をいれた分、絶対うまい。 これは食えると思う!」
一行は胸をワクワクさせながら、クロトが器にスープをよそっていくのを楽しそうに見つめている。 それぞれ手渡された器を手に取り、皆まじまじとそのスープを見つめながら……ゴクリと喉をならし、恐る恐る器を口に持っていく。
静かに、温かいスープが喉を通り過ぎて、胃の中に落ちて行く感覚がする。 柔らかな野菜の香りと、肉の旨味が口内に優しく染み渡り――皆ぽっと顔ほころばせながら、器を膝の上に置いた。
「うっは~!なにこれ!?おいしっ!?」
「…生きてて…良かった…ですっ!」
「うむ――確かに味は薄いが、野営の料理としては美味いな!ハッハッハッ」
ミレアとシアンは感動したように、何度もスープをおかわりしていた。 鬼化に適合した彼らは、食事を取る事は必要なくても……その味を娯楽として楽しむことはできるようだ。
「…うまかったなら良かったよ」
「クロトはホントに料理上手ね~! 誰から教わったの~?」
「…俺を育ててくれた、村の婆さんが教えてくれたんだ」
「へぇ~! あれ?クロトって、お婆ちゃんっ子だったの?」
以前、ここに来る経緯を聞かれた事はあった――けれど、話すことが出来なかった。 二人は、落ち着いて、話せるようになるまで、待つと言っていた。 この場所で過ごしてきた時間が、ゆっくりとクロトの心の傷を埋め……やっと決心がついたというように、クロトは息をぐっと飲み込んだ。
(この人たちをいつまでも待たせちゃ悪いよな……)
「あぁ、俺……産まれた頃から両親いなくて、その顔、知らないんだ。 代わりに村の婆さんが育ててくれたんだ」
「…そう…なんだ……」
「黒い翼は“災いの証”と言われて、ずっと隠して生きてたけど、あの日――とうとう村の皆に見つかって、ここに落とされたってわけ」
「……返す言葉も見つからないよ、クロト、辛かったよね…」
ミレアが優しく慰めるように、そっとクロトの両手を取った。 その手の温もりは、冷え込んだ空気よりも暖かく……ホッと心の中を埋める様だった。
(一つだけ、これだけは言えない――あいつが、俺の傍にいたことは……)
クロトは、まだ言えない秘密に、肩を落としていた。 それを見ていたミレアは、静かに焚火に寄ると、ゴソゴソと鍋の横から、一回り小さな鍋を取り出して、クロトの前に差し出した。
「実はぁ、ボクもこっそりお料理したんだぁ! じゃじゃーん!ミレアちゃん特製!あったかほかほか薬草スープ~!」
「うわあああ!? いつの間に作ったんだ!!? しかも薬草入りっ!?」
「えぇ、沢山薬草を入れましたとも! クロト君はすぐ魔力不足するから、常に回復しないとね~!」
毎日毎日、魔力の訓練をするたびに、早々に魔力が枯渇して、ばたりと地面に倒れ込んだクロトの口の中へ、すかさず、シアンがドクダミの葉を放り込み…死んだような目をしながら、毎日を過ごしていた。
あの薬草の苦みを思い出すと――すっかり顔が真っ青になった。
ミレアなりに、気を使ったのだろう……クロトは、辛気臭い顔を元に戻して、ふっと笑い出した。
「そんな風に言う人、ノアの婆さんにそっくりだなぁ~!」
「ノア!?」
ミレアは驚くように目を丸くした。 彼女にとって大切な人を探しているかのように――その名前確かめるように叫んだ。
「…ノアって…その人何歳なの…!?」
「ん?80歳くらいだと思うけど…知ってるのか?」
「80?…じゃあ、まったく違う人……」
「へえ、同じ名前の人がいたのか」
ミレアが幼い頃――まだ、実験を受ける前のミレアの記憶には、優しく笑う女性の姿が垣間見えた。 その手は優しく、とても温かい。 その人に抱きしめられた時、とても安心したことを覚えている。
「ボクにもね…同じ名前の…10歳くらい上の姉がいたんだ……でも、突然、黒いローブを着た奴らが現れて……僕たちはそのまま離れ離れになって――もう二度と、会えなくなったんだ」
「なんだって、くそ……何なんだ、黒いローブのあいつらは!!」
(ミレア達を実験の為に捕まえたのも、アザンを捕まえ、この地に落としたのも――あの時、俺の周りを囲んで、押さえつけたあいつらも!!全部、黒いローブの奴らじゃないか!!)
クロトは興奮して、ギリギリと歯を食いしばった。 どうしようもない怒りが込み上げて、心の底からじわじわと炎が燃え上がり、共鳴するように瞳も赤を帯びている。 彼の魔力を吸い取って、魔石が光り始めると――それをなだめるように、シアンがそっと肩を叩いた。
「クロト君、まだ――コントロールが効きませんか」
「いや……悪い、少し頭に血が上ったみたいだ。 それで……そいつらは一体何の目的であんな事をしているんだ……?」
クロトは落ち着きを取り戻すように、フーッと息を吐き出して、腕を組み……それを横目で見たシアンは、サッと自分の座っていた場所に戻っていった。
「黒いローブ……奴らは、神反軍だよ。 奴らの目的は――ボク達にも分からない」
「神反軍…?初めて聞いた」
ミレアはここ絵来る前の過去をふと思い出しては、悲しそうな瞳をして遠い岩の先を見つめた。 ミレアの悲しみに触れ――クロトもノアに何も言えずにここまで来たと深く悲しみ、その瞳は海の色へ染まっていく。
「それにしても、クロトは感情によって瞳の色が変わるよね?どういう仕組みなの?」
「えっ?」
「え…って? まさか知らなかったの?君、怒ってる時は炎の色…今はなんだか、海の色に変わってるよ悲しかったりする?」
「へぇ……それは知らなかった」
滝の浅瀬で、水面に反射した自分の顔を見たことはあった。 そこに映って見えた色は…夜空のような不思議な色合いをしていたと、自分の中で思ってはいたが――ただの一個性として、気に留めることもしなかった。
自分の瞳が、感情によってその色を変えていた事に、クロトはこの時初めて気が付いた。
「感情がバレバレになるのはちょっとなぁ」
「良いではないですか、分かりやすくて」
「うん、ボクもそれに賛成! きっと両親から、受け継いだものだよ。 その瞳も、翼も――炎と水の力も」
ミレアはニコニコ笑いながら、ルンルンと身体をゆらしながら小さな羽をパタパタと動かして、喜びの表現をしていた。
「君のそれは、とても珍しい体質だと思うよ!」
「……顔も、見たこと無いんだ…母さんはもう、無くなってたし――父さんも……多分同じだ」
「そっかぁ……ううん……でもね、君の力は凄く特別なものだから、良かったらこれ使って? ボクのお手製だけどね」
ミレアはそっとポケットから古い小さな本を取り出すと――中にはびっしりと、数々の魔法の呪文が刻まれていた。 クロトは差し出された本を受け取って、そっと本に触れると……本は勝手にページをめくり始め、ピタリと動きが止まった。
本に書き込まれた文字は、一文字ずつ淡い光を放ちながら、反応をはじめ――クロトの額に向かってその光が伸びていく。
「これは…! 頭の中に知らない魔法の言葉が流れて来るっ…!」
「大正解、これは魔導書だよ、キミに合った知らない魔法を教えてくれる」
「すごい…この音は、水の鼓動だ……っ!!」
クロトはゆっくりと目を閉じ、流れて来る言葉に身を任せた。
魔法の言葉は、ゆっくりとその力に合わせた音を奏で――滝の底に潜った時の心地よい音。 それから、荒々しく流れ落ちていく激流の音。
「こっちは…灼熱の……炎…?」
パチパチと聞こえて来る、優しい何かが燃える音は、じわじわと大きく燃え広がっていき――全てが、知らない音色となって、クロトの中に流れていった。
「うあっ――なんか、すごく力が溢れるみたいだ!」
「へへ、どーお?試しにひとつ、使ってみたら…?」
「あぁ、やってみる! 我…魂より授かりし炎の力よ…燃え上がれ…“フレムリア”!!」
クロトは、焚火にそっと手をかざして、詠唱を始めると……赤い魔法陣が静かにその場に広がっていく。 その名を呼ばれた炎の精霊は、焚火の中から静かに目を覚まし――炎は勢いを増し、気流を生み出した。それに乗るように炎の渦が天高く巻き上がっていく。
「うああぁああ!ちょちょどうやって止めるんだこれ!」
「きゃーちょっと、燃えすぎ!燃えすぎいぃ!」
ガシャンと、スープの鍋がその場でひっくり返ると、中身がすべてその場に広がった。 思わず消火された火はだんだんと勢いが弱くなり――やがて黒い煙を上げながら消えていった。
「ふふっふふ、クロト君…危なかったですねぇ」
「ミレアちゃんのスープ、こぼれちゃったじゃない!んもぉ!」
「魔法の腕も、まだまだ磨かないとだな!!ハッハッハ…!!」
「わ、悪かったよ…下手くそで(まだまだうまくコントロールできないな……でも)」
クロトはふっと上を見上げた。 炭となった木の香ばしい香りに懐かしさを覚えながら――静かに拳を握りしめ……魂の中に感じた、父と母の力に少しだけ、胸がいっぱいになった。
「父さんも…俺と同じ、翼の色をしていたのか?」
「うん。 君と同じ、漆黒の翼――君のお父さんは、僕たちに約束してくれたんだ」
「やく…そく?」
「ボクたちを――必ず、ここから助け出してくれるって。 そう言ってくれたよ」
父は昔、この暗くて寂しい地下世界に足を踏み入れて――ミレア達を発見した。 そして、必ず救うと彼女たちに約束をし、そして外の世界へ帰って行ったという。
「約束したのに、なんで父さんはすぐに戻ってこなかったんだろう…? ここにいる人達を、このままにするなんて……」
「ん-ん-。 戻って来てくれた。 でも――その頃にはすでに…僕らが実験されていた研究所は爆発で、その姿を失ったんだよ」
「私たちは、死んだ。 そう思ったんでしょうね」
クロトはふと、牢獄の中から見えた外の景色を思い出した。 焦げ付いた臭いと、何かに爆発されたような、建物の跡。 それこそが、ミレア達が実験されていた“研究所”なのだと、気が付いた。
(あの場所こそ――鬼化の液体を作り上げた、元凶なのか……)
「なぁ、父さんが外へ出れたなら、どこかに出口があるはずだろ?……探さないのか?」
「言ったでしょ……ボクらは、悪魔の化身になりかけている……新たな悲劇を起こさないために、彼らによって出口は封じられたんだ」
「あの扉は、私たちには開けられないんです……私たちはもう、天使だとは認められない……」
「…それでも。 ボクたちはずっと、信じて待ってた。 扉を開けられる者――クロト、君が現れる事を」
「………」
“天使とは認められない”その衝撃的な事実に、クロトは言葉も出せず――顔をしかめ、目を泳がせながら……拳を怒りで震わせる事しかできなかった。
「たった一つ、外へ通じる扉――この先、を超えて、ずっと階段を上った先に存在している」
「けれど、その扉を開けるには……扉を封印した者の魂、それしか、その鍵を開けることは出来ないんです」
「彼らの魂を持つ――君なら開けられると信じているんだ」
「なんだよ……それ」
彼らは、この場所で何年待ち続けていたのだろう。 クロト生まれてからここに来るまで、最低でも18年の歳月をこの暗闇で過ごしてきた。
(いや……実験されていた期間も含めたら、もっと長い間――この場所で暮らしていた事になるじゃないか!)
ズキリと、胸の奥に重しのように響いた。 こんな、犠牲があった事なんて知らず、自分は外の世界で静かに暮らしていた事実が、彼の胸を痛めつけた。
「ボクたちね、鬼になる前の人達から聞いたんだ」
「彼ら――伝説の四騎士により、外の世界では平和が訪れ“新しい神” として、その座に即位したと…
『――創造神より受けがれし天の力の源よ!
創造神が去った今、新たなる真の女神たちが我らを導き――我らの道筋となる、光を求めん!
我ら「シルファルト、ルミナス、ノクティア」三家の元に――』
「あの時――神天祭で語られた家名は3つだけだ。 アルテスタは、その中に無かったんだ」
「無かった?……一体なぜ……?」
「伝承から抹消されたのか。 誰かの企みでしょうか…それとも――」
「伝説の、四騎士…(俺は……なんて親不孝者だったんだろう)」
そんな話とは無縁だと興味もなく、ノアが話す伝承にすら――耳を傾ける事をしなかった。
「ごめんなさい……父さん、母さん……」
クロトは静かに呟いた、父と母の物語を…もう一度聞ける時が来るのなら。 その時はちゃんと、その話に耳を傾けようと、自分の心の中にそっと誓っていた。
0
あなたにおすすめの小説
ペットになった
ノーウェザー
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
小さくなった夫が可愛すぎて困ります
piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。
部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。
いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。
契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。
「おい、撫でまわすな!」
「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」
これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。
そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語
※完結まで毎日更新
※全26話+おまけ1話
※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。
※他サイトにも投稿
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
冴えない建築家いずれ巨匠へと至る
木工槍鉋
ファンタジー
「建築とは、単なる箱を作ることではない。そこに流れる『時』を設計することだ――」
かつてそう語り、伝説の巨匠と呼ばれることになる男も、かつては己の名前に怯えるだけの冴えない二級建築士だった。
安藤研吾、40代。独立したものの仕事はなく、下請けとして「情緒のない真四角な箱」の図面を引き続ける日々。そんな彼が恩師に教えられた座標の先で迷い込んだのは、昭和初期を彷彿とさせる、魔法のない異世界だった。
現代の建築知識、そして一釘一釘を大切にする頑固大工との出会い。 「便利さ」ではなく「住む人の幸せ」を求めて、研吾は廃村に時計台を建て、水路を拓き、人々の暮らしを再生していく。
異世界で「百年の計」を学んだ研吾が現実世界に戻ったとき、その設計は現代の建築界をも揺るがし始める。 これは、一人の男が仕事への誇りを取り戻し、本物の「巨匠」へと駆け上がるまでの、ひたむきな再建の記録。
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
恋愛
小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
父がいなくても以前はそこそこ幸せに暮らしていたのだが、横暴な領主から愛人になれと迫られた美しい母がそれを拒否したため、仕事をクビになり、家も追い出されてしまったのだ。
まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
クロと名付けてともに暮らしを良くするために奮闘するが、まるで言葉がわかるかのような行動を見せるクロには、なんだか秘密があるようだ。
その上キアラ自身にも、なにやら出生に秘密があったようで……?
※二章からは、十四歳になった皇女キアラのお話です。
イジメられっ子世に憚る。
satomi
ファンタジー
主人公須藤正巳はぼんやりと教室で授業を受けていた。その時、突然教室中に物凄い量の光が…。 正巳が属する2-C全員が異世界転移することとなってしまった。 その世界では今まで正巳が陰キャとして読み漁ったラノベともゲームとも異なり、レベルがカウントダウン制。つまりレベル999よりレベル1の方が強い。という世界だった。 そんな中、クラスのリーダー的陽キャである神谷により全員で教室の外に出ることに。 いきなりドラゴンに出会い、クラスの全員がとった行動が『正巳を囮にして逃げること』だった。 なんとか生き延びた正巳は、まず逃げた連中へ復讐を誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる