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第四章 ルシフェル学園
✦✦Episode.33 大切な物✦✦
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✦ ✦ ✦Episode.33 大切な物
✦ ✦ ✦
朝早く目が覚めて、着替えを済ませていると、コンコンとドアがノックされる音が響いた。「はい」と返事をして、そっとドアを開けると――そこには、元気たっぷりの女生徒が立っていた。
「おっはよ~シエルちゃん!」
「あのっおはようございますっ!」
(昨日の集会で、隣の席に座っていた子だわ――私に何の用かな?)
女生徒は、ドアの隙間からシエルの部屋を覗き込むと、目を輝かせて喜んでいる。
「うっはぁ~! 噂には聞いてたけど、特級クラスの個室ってすごいんだねぇ~!! いいな、いいなぁ!」
「えっと……あのぉ……?」
「あぁ! ごめんね、つい興奮しちゃって! アイミー・クレインです、よろしくね!」
「アイミー? 可愛い名前だねっ。 シエル・ルシルフィアです。 よろしくお願いします!」
シエルがにこっと笑いかけると、アイミーはキラキラとした目で、じーっと彼女を見つめている。 シエルは困ったように頭をかしげて「それで、ご用件は?」と、聞くと、思い出したようにかがみこんで、扉の横に置かれていた箱を、引きずるようにしてシエルの前に差し出した。
「ここ、までっ、男子に運んでもらったけど!随分、重くてぇ! 今年最新の教材だよ」
「まぁ、すごく沢山入っているわ、ありがとうっ!」
箱の中をチラリと覗き込むと、教科書や、色々な道具が詰め込まれ、かなり重量もありそうだ。 シエルは、目を閉じ――指を静かに上げ、一度聞いた事がある……物体を浮遊させる呪文を唱えてみた。
「エンタス!」
重たい荷物は、フワリと浮いて、シエルはそのまま優雅に部屋の中に歩いて運んでいった。 アイミーはそれを目輝かせて外から見つめている。
「お、おぉおお! なんとぉ、こんな便利な魔法があったのねえぇっ!」
「あっ、でも待って――止め方が分からないわ!! きゃあぁ~!」
部屋の中で、ガラガラと音を立て、箱がひっくり返り……その中身が飛散していった。 教材の中身は分厚い本やノート、弦楽器にボール――様々な物がシエルの頭の上や、足元に転がっていた。
「あいたたた――あれ……?」
(なんで、ボール?)
「ボールって、ワンちゃんでも飼ってるの?」
「うーん、分からないわ」
アイミーは部屋の外から、シエルの様子を覗いている。 シエルはまじまじとボールを眺め、ふいに――ティオンの顔が頭に浮かぶと、首を横に振ってかき消した。
(まぁ、私ったら……ティオン君に失礼ね。)
「ふーん……ま! いいや! 授業まだ始まらないから、一緒に庭園に行かない? その後――教室いこ?」
「わぁ、行ってみたい! ふふっ楽しみ!」
✦ ✦ ✦
「ここが、庭園?」
寮から出てすぐ。 脇にある階段を下って、花のアーチを超えると、小さな噴水と花に囲まれた広場が目の前に現れた。
花々は香しく、酔いそうなほどの甘い薔薇の香りが辺り一面に漂っている。噴水の先には、木に囲まれて、蔦の絡まり合った、六角形の柱だけの建物がひっそりと立てられている。
「あそこはね、学園創立当初から建てられてて。 毎年、恋人が愛を誓い合う場所なんだよ」
「まぁ……ロマンチックね」
シエルはポッと赤くなって、両頬に手を当てた。
(私にも、そんな人が出来たらうれしいなぁ)
「でもね、噂話もあって……ほら、あの屋根だけ何だか新しく見えるでしょ?」
「そうね、少しだけ、他よりも色が明るいような……?」
「昔、告白に失敗した子が、暴れた植物に絡まれて、建物を破壊しながら……すぐ傍の井戸まで連れて去られたんだって。 その子は亡くなたっていう噂が、この学園に伝わる七不思議にあるのよ」
「えぇ――ちょっと怖い話だねぇ……」
アイミーは、眼鏡をカチャリと動かした。 彼女の視力はかなり低く、眼鏡をかけてもぼんやりと見える程度で、目を凝らして先を見ていた時、建物の柱の間に、誰かが立っているのが目に映った。
「ん~?誰か、いるわね……むむっ恋の香り!!」
「ひゃ―……みちゃっていいの?」
「いいのいいの、栄養を頂かないと……!」
シエルが改めて覗き込むと、建物の中、確かに人影が見えた。 一人は、背の高い男性で、もう一人は栗毛色の男子の制服を着た二人が、その場所に居た。
「ひゃー、まさか男子同士ですか? むぅ、ごちそうさまです。」
「アイミー。 違うわ、もう一人見えるよ。 あれは――」
栗毛色で、ふわふわとした髪質。 それは間違いなく、ティオンの後ろ姿に見えた。 もう一人、背の高い男子は……蒼い髪色をした、編入生のベラスだった。 その傍らに、ちょこんと座っていたのが、同じく編入生のセレアだった。
(三人で集まって、編入生同士、仲がいいのね……!)
シエルは思わず、その場に立ち上がって、建物を覗きこんでいた。 カサリと音がして、ティオンは、シエルに気が付くと、目を輝かせながら、パタパタと走って彼女の元へとやってきた。
「シエルちゃん! もしかして来てくれたの? プレゼント気に入ってくれた!?」
「あー!! さっき荷物運んでくれた、編入生君!」
「プレゼントって……もしかして、これの事?」
シエルは、なんとなく持ってきてしまったボールを、ティオンの前に差し出すと、ティオンは手を叩いてにっこりと笑いながら、喜んでいる。
(ティオン君がコッソリ入たものだったのね……)
「そうだよ! 僕の宝物! 同じものを新しく用意したんだぁ!!」
「やっぱり、ワン……ちゃん? なの?」
「正解! パッ!」
ティオンが、手を叩くと、彼の身体はまばゆい光に包まれて、どんどん小さくなっていく。 眩しさに目を細め、次に目を開けた時には――目の前に、栗毛色をした小さなポメラニアンが、目を輝かせながら、尻尾をふって、愛らしい顔でこちらを見ていた。
「うはぁ~! 編入生君……ポメラニアンだったのね!! かわあいいいっ!! 抱っこさせてぇえ!」
「嫌です。 ボクを抱っこできるのは、シエルちゃんだけだよ」
「いやぁ~ん、いけずぅ~!いいなぁシエルちゃん~」
「あははは……っ」
アイミーが近づいて、ティオンを撫でようとした時、彼はサッと避けていき、シエルの腕の中へ潜り込んだ。 パタパタと尻尾を振りながら、わんわんと鳴いている。 シエルは、こそばゆい犬の毛にクスクスと笑いながら、よしよしとワンちゃんを撫でている。
「あのね、シエルちゃん。 ここ、香りが強いでしょ?」
「僕嗅覚強いから、苦手なんだぁ。 あっちに芝生があるんだけど……いかない?」
「うん、構わないよ」
「やったぁ~!」
ティオンは、シエルの腕の中から飛んで地面に着地すると、トコトコとしながら、芝生に向かって歩いて進んでいった。 シエルが、その後ろをついて行くと、アイミーと、編入生の二人もその後を追って歩いた。
✦ ✦ ✦
「よしっ……いくねっ……えいっ!」
「あらら、どこかへ飛んでいった。」
芝生の上に立つと、早速ボールを遠くの方へ投げ、ティオンはそれを追いかけていくと、口にくわえて走って持ってくる。 それを再びシエルが投げる。 そんなことを、しばらく繰り返していた。
「ワンっワンっ……シエルちゃん、僕楽しい~!」
「うふふ、良かった!」
「ううん……でも……うまく投げれないのよね……そうだ! エンタス!」
先ほど、上手く使えなかった魔法を、もう一度試す様に使ってみた。 ボールは空へふわりと浮かび上がって、シエルが向けた指先の方向へと飛んでいく。 と、思いきや、ひょろひょろと思ってもみない方向へ向かっていった。
「あれ、あれれれぇ~! やっぱりだめっ……!まってぇ~!」
シエルは、困った顔をしながらボールを追いかけた。投げる側が、追いかける側になるとは、思ってもみなかった。 それを見ていたセレアが、浮いたボールを魔法で止め、指を地面に向けて、ポトンと落とした。
「ちょっとぉ、何やってるのよぉ、下ろすときはこうでしょう? あなた、本当に特級クラスなのぉ?」
「くく……笑えるなぁ。 お嬢様がこのザマとはぁ」
「あははは……失敗でした」
ベラスはニヤリと笑って、シエルの顔を見据えた。 シエルは、まるで、自分の事を知ったような口ぶりに、ほんのり不思議な感覚を覚えた……が、そんなことを打ち消すかのように、セレアがその場でベラスに抱き着いた。
「ベラ君、口わるぅい! そんな所もす、き!」
「くく、俺様の傍に居れるのは、お前だけだよセレア……」
二人は、目を向け合って、ベラスがセレアの髪を優しく撫でている。 セレアはにっこりと笑いながら、彼の頬を手のひらで撫でていた。 見つめ合った二人を眺めて、シエルは感心しながら首を少しだけ傾け、考えるように指先を唇に向けた。
「わぁ……素敵な、愛?」
「わぁあ、俺様っ子? めっちゃ萌える! あぁ、華々しいわ!セレアちゃん……二人の信者になりそう!」
「信者ぁ? いいねぇ、貴様を燃えカスにでもしてやろうかぁ?」
「ひゃー、ごちそうさまですうぅう。 ベラス様ぁあ!」
いじられているのか、けなされているのか。 どちらにせよ、アイミーはすごく嬉しそうで、今すぐにでも二人の応援団を結成しそうな勢いで、彼女の頭の周りには、沢山のハートが浮かんでいるように、シエルの目には映った。
「こらー!あなたたち! 何してるの、授業始まるわよ!」
「ひゃっタイへ―ン、教室に行かないと! シエルちゃん、走るよ!」
「はいっ。」
遠く階段の上から、見回りに来たリースが、こちらに向かって叫んでいる声が聞こえて来た。 間もなく、授業が始まる時間。 鐘の音が鳴る前に、教室へ到着していなければ、遅刻者扱いとなってしまう。
振り返ると、ベラスやセレア達は、既にその場から姿を消していた。 シエルとアイミーは、慌てたように走り出し、自分たちの教室へと向かっていった。
✦ ✦ ✦
授業開始の鐘がなる、2分前――シエルとアイミーは、冷や汗をかきながら、教室のドアを開け、急いで自分たちの席へ向かう。 二人の席は奇跡的にも隣同士で、アイミーは椅子に座りながら、慌てて荷物をテーブルの上へ出している。
「……っまにあったー!」
「はぁっ、はぁっ……ほんと……すごく遠かった……」
「ははっ、あはははっ……シエルちゃん、私退屈しないよ……っ!」
「えへへ、ありがとう。 アイミー。 私のお友達、第一号になってほしいな。」
「ぜひとも~!」
鐘の音が鳴り響いて、それと同時に先生が教室の中へ入り、一人ずつ名前を呼んでいく――こうして、シエルの初めての学園生活が、幕を開けたのだった。
その日の夜。 シエルは脱いだ制服を畳み、しわを伸ばすと、ベッドの傍らに置いて、そのまま布団の中へ潜り込んだ。 温かくて柔らかい布団は、彼女を優しく包み込んでいる。 シエルは、うとうとしながら、今日一日起きた出来事について考えていた。
(なんだか、今日は素敵な一日だったな。)
(初めてのお友達……初めての授業……大変だったけど、いい思い出になったなぁ……)
ゆっくりと目を閉じる。 誰かが、自分の頬を撫でてくれているかのような……不思議な感覚がして。 ぼんやりと目を開けてみても、誰もいない。 静かな部屋の中で、再び目を閉じ、シエルは静かに寝息をたて始めた。
『シエル。 遠いところまで、来たね。』
(だれかの、話し声……? まさかね……)
『僕たちは、何の力になれないけど……いつも、傍にいるから』
微かに耳に届いた、不思議な声。 夢の中で、その声を聞きながら、ゆっくりと時間は過ぎて行く。 シエルの指先に絡みついていた根は、ほんのりと淡い光を放つと、静かに成長を始め、ゆっくりと……肘に向かって伸びていった。
――初めて、この学園に来た時から、半年が過ぎた。 暑い夏はとっくに過ぎて、色づいた木々の葉が、風に流され、緩やかに地面に散っていく。
(あっという間にもう冬が来るわね……)
(ここで、色々な事を学んできたわ。 お友達も沢山できたし、魔法もいくつか使えるようになった)
シエルは、すっかり秋の景色になった寮の前で、箒で落ちた葉をかき集めていた。 確かに、魔法を使えばすぐ終わる作業も、ここではあえて道具も使って、それぞれが担当の役割をする。 そういったカリキュラムの一環で、シエルはアイミーと共に、寮の前の掃除を任されていた。
(時々考えるの。 私……何か、大事な事を忘れてるんじゃないかって)
ふと、シエルは、持ってきたポーチの中に、しまい込んでいた黒い羽を、そっと取り出して眺めた。 この世に、黒い翼を持つ天使なんて、存在しているはずがない。
(でも、この美しい羽……間違いなく、私と同じ、天使の物だって……そう感じるのよね。)
「シエルちゃーん! ん? なに?それ? 随分と黒い羽だねぇ~? カラス?にしては大きいような」
「分からないんだけど、何か、大切な物のような気がするんだよね」
「ふぅん。 あ、もしかして好きな人のとか? でも、黒い羽の天使なんて、居るわけないよね~?」
アイミーはいたずらっぽく笑って、シエルの顔に目を向けた。 ほんの一瞬。 シエルの視界は、白い光に包まれ――その光の先で、黒い翼を広げた誰かが、こちらに手を伸ばし、優しく自分の手を取る姿がぼんやりと見えた。 その姿は、霞の中に、ゆるやかに溶けて消えていく。
ぽたり、ぽたりと、シエルの頬に涙が伝っていく。
(あ……れ……?)
(わたし泣いてる……? 一体何で……?)
勝手に流れてきた涙は、止まることなく零れ落ちていく。 ズキリと、痛む胸を押さえ……シエルはその場で泣き崩れた。 アイミーは驚いて、彼女の元へ駆けよると、背中を優しくさすっていた。
「ちょっとお、いきなりどうしたの? わたし悪いことしたかな? ごめん、ごめんね!」
「ちがう、アイミーは悪くないの! でも……わからない。 わからないけど、悲しいよ」
(忘れてはいけない、何かがあったはずなのに……どうして、それを思い出せないんだろう)
シエルは、その後もしばらくの間、泣き続けていた――
✦ ✦ ✦
朝早く目が覚めて、着替えを済ませていると、コンコンとドアがノックされる音が響いた。「はい」と返事をして、そっとドアを開けると――そこには、元気たっぷりの女生徒が立っていた。
「おっはよ~シエルちゃん!」
「あのっおはようございますっ!」
(昨日の集会で、隣の席に座っていた子だわ――私に何の用かな?)
女生徒は、ドアの隙間からシエルの部屋を覗き込むと、目を輝かせて喜んでいる。
「うっはぁ~! 噂には聞いてたけど、特級クラスの個室ってすごいんだねぇ~!! いいな、いいなぁ!」
「えっと……あのぉ……?」
「あぁ! ごめんね、つい興奮しちゃって! アイミー・クレインです、よろしくね!」
「アイミー? 可愛い名前だねっ。 シエル・ルシルフィアです。 よろしくお願いします!」
シエルがにこっと笑いかけると、アイミーはキラキラとした目で、じーっと彼女を見つめている。 シエルは困ったように頭をかしげて「それで、ご用件は?」と、聞くと、思い出したようにかがみこんで、扉の横に置かれていた箱を、引きずるようにしてシエルの前に差し出した。
「ここ、までっ、男子に運んでもらったけど!随分、重くてぇ! 今年最新の教材だよ」
「まぁ、すごく沢山入っているわ、ありがとうっ!」
箱の中をチラリと覗き込むと、教科書や、色々な道具が詰め込まれ、かなり重量もありそうだ。 シエルは、目を閉じ――指を静かに上げ、一度聞いた事がある……物体を浮遊させる呪文を唱えてみた。
「エンタス!」
重たい荷物は、フワリと浮いて、シエルはそのまま優雅に部屋の中に歩いて運んでいった。 アイミーはそれを目輝かせて外から見つめている。
「お、おぉおお! なんとぉ、こんな便利な魔法があったのねえぇっ!」
「あっ、でも待って――止め方が分からないわ!! きゃあぁ~!」
部屋の中で、ガラガラと音を立て、箱がひっくり返り……その中身が飛散していった。 教材の中身は分厚い本やノート、弦楽器にボール――様々な物がシエルの頭の上や、足元に転がっていた。
「あいたたた――あれ……?」
(なんで、ボール?)
「ボールって、ワンちゃんでも飼ってるの?」
「うーん、分からないわ」
アイミーは部屋の外から、シエルの様子を覗いている。 シエルはまじまじとボールを眺め、ふいに――ティオンの顔が頭に浮かぶと、首を横に振ってかき消した。
(まぁ、私ったら……ティオン君に失礼ね。)
「ふーん……ま! いいや! 授業まだ始まらないから、一緒に庭園に行かない? その後――教室いこ?」
「わぁ、行ってみたい! ふふっ楽しみ!」
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「ここが、庭園?」
寮から出てすぐ。 脇にある階段を下って、花のアーチを超えると、小さな噴水と花に囲まれた広場が目の前に現れた。
花々は香しく、酔いそうなほどの甘い薔薇の香りが辺り一面に漂っている。噴水の先には、木に囲まれて、蔦の絡まり合った、六角形の柱だけの建物がひっそりと立てられている。
「あそこはね、学園創立当初から建てられてて。 毎年、恋人が愛を誓い合う場所なんだよ」
「まぁ……ロマンチックね」
シエルはポッと赤くなって、両頬に手を当てた。
(私にも、そんな人が出来たらうれしいなぁ)
「でもね、噂話もあって……ほら、あの屋根だけ何だか新しく見えるでしょ?」
「そうね、少しだけ、他よりも色が明るいような……?」
「昔、告白に失敗した子が、暴れた植物に絡まれて、建物を破壊しながら……すぐ傍の井戸まで連れて去られたんだって。 その子は亡くなたっていう噂が、この学園に伝わる七不思議にあるのよ」
「えぇ――ちょっと怖い話だねぇ……」
アイミーは、眼鏡をカチャリと動かした。 彼女の視力はかなり低く、眼鏡をかけてもぼんやりと見える程度で、目を凝らして先を見ていた時、建物の柱の間に、誰かが立っているのが目に映った。
「ん~?誰か、いるわね……むむっ恋の香り!!」
「ひゃ―……みちゃっていいの?」
「いいのいいの、栄養を頂かないと……!」
シエルが改めて覗き込むと、建物の中、確かに人影が見えた。 一人は、背の高い男性で、もう一人は栗毛色の男子の制服を着た二人が、その場所に居た。
「ひゃー、まさか男子同士ですか? むぅ、ごちそうさまです。」
「アイミー。 違うわ、もう一人見えるよ。 あれは――」
栗毛色で、ふわふわとした髪質。 それは間違いなく、ティオンの後ろ姿に見えた。 もう一人、背の高い男子は……蒼い髪色をした、編入生のベラスだった。 その傍らに、ちょこんと座っていたのが、同じく編入生のセレアだった。
(三人で集まって、編入生同士、仲がいいのね……!)
シエルは思わず、その場に立ち上がって、建物を覗きこんでいた。 カサリと音がして、ティオンは、シエルに気が付くと、目を輝かせながら、パタパタと走って彼女の元へとやってきた。
「シエルちゃん! もしかして来てくれたの? プレゼント気に入ってくれた!?」
「あー!! さっき荷物運んでくれた、編入生君!」
「プレゼントって……もしかして、これの事?」
シエルは、なんとなく持ってきてしまったボールを、ティオンの前に差し出すと、ティオンは手を叩いてにっこりと笑いながら、喜んでいる。
(ティオン君がコッソリ入たものだったのね……)
「そうだよ! 僕の宝物! 同じものを新しく用意したんだぁ!!」
「やっぱり、ワン……ちゃん? なの?」
「正解! パッ!」
ティオンが、手を叩くと、彼の身体はまばゆい光に包まれて、どんどん小さくなっていく。 眩しさに目を細め、次に目を開けた時には――目の前に、栗毛色をした小さなポメラニアンが、目を輝かせながら、尻尾をふって、愛らしい顔でこちらを見ていた。
「うはぁ~! 編入生君……ポメラニアンだったのね!! かわあいいいっ!! 抱っこさせてぇえ!」
「嫌です。 ボクを抱っこできるのは、シエルちゃんだけだよ」
「いやぁ~ん、いけずぅ~!いいなぁシエルちゃん~」
「あははは……っ」
アイミーが近づいて、ティオンを撫でようとした時、彼はサッと避けていき、シエルの腕の中へ潜り込んだ。 パタパタと尻尾を振りながら、わんわんと鳴いている。 シエルは、こそばゆい犬の毛にクスクスと笑いながら、よしよしとワンちゃんを撫でている。
「あのね、シエルちゃん。 ここ、香りが強いでしょ?」
「僕嗅覚強いから、苦手なんだぁ。 あっちに芝生があるんだけど……いかない?」
「うん、構わないよ」
「やったぁ~!」
ティオンは、シエルの腕の中から飛んで地面に着地すると、トコトコとしながら、芝生に向かって歩いて進んでいった。 シエルが、その後ろをついて行くと、アイミーと、編入生の二人もその後を追って歩いた。
✦ ✦ ✦
「よしっ……いくねっ……えいっ!」
「あらら、どこかへ飛んでいった。」
芝生の上に立つと、早速ボールを遠くの方へ投げ、ティオンはそれを追いかけていくと、口にくわえて走って持ってくる。 それを再びシエルが投げる。 そんなことを、しばらく繰り返していた。
「ワンっワンっ……シエルちゃん、僕楽しい~!」
「うふふ、良かった!」
「ううん……でも……うまく投げれないのよね……そうだ! エンタス!」
先ほど、上手く使えなかった魔法を、もう一度試す様に使ってみた。 ボールは空へふわりと浮かび上がって、シエルが向けた指先の方向へと飛んでいく。 と、思いきや、ひょろひょろと思ってもみない方向へ向かっていった。
「あれ、あれれれぇ~! やっぱりだめっ……!まってぇ~!」
シエルは、困った顔をしながらボールを追いかけた。投げる側が、追いかける側になるとは、思ってもみなかった。 それを見ていたセレアが、浮いたボールを魔法で止め、指を地面に向けて、ポトンと落とした。
「ちょっとぉ、何やってるのよぉ、下ろすときはこうでしょう? あなた、本当に特級クラスなのぉ?」
「くく……笑えるなぁ。 お嬢様がこのザマとはぁ」
「あははは……失敗でした」
ベラスはニヤリと笑って、シエルの顔を見据えた。 シエルは、まるで、自分の事を知ったような口ぶりに、ほんのり不思議な感覚を覚えた……が、そんなことを打ち消すかのように、セレアがその場でベラスに抱き着いた。
「ベラ君、口わるぅい! そんな所もす、き!」
「くく、俺様の傍に居れるのは、お前だけだよセレア……」
二人は、目を向け合って、ベラスがセレアの髪を優しく撫でている。 セレアはにっこりと笑いながら、彼の頬を手のひらで撫でていた。 見つめ合った二人を眺めて、シエルは感心しながら首を少しだけ傾け、考えるように指先を唇に向けた。
「わぁ……素敵な、愛?」
「わぁあ、俺様っ子? めっちゃ萌える! あぁ、華々しいわ!セレアちゃん……二人の信者になりそう!」
「信者ぁ? いいねぇ、貴様を燃えカスにでもしてやろうかぁ?」
「ひゃー、ごちそうさまですうぅう。 ベラス様ぁあ!」
いじられているのか、けなされているのか。 どちらにせよ、アイミーはすごく嬉しそうで、今すぐにでも二人の応援団を結成しそうな勢いで、彼女の頭の周りには、沢山のハートが浮かんでいるように、シエルの目には映った。
「こらー!あなたたち! 何してるの、授業始まるわよ!」
「ひゃっタイへ―ン、教室に行かないと! シエルちゃん、走るよ!」
「はいっ。」
遠く階段の上から、見回りに来たリースが、こちらに向かって叫んでいる声が聞こえて来た。 間もなく、授業が始まる時間。 鐘の音が鳴る前に、教室へ到着していなければ、遅刻者扱いとなってしまう。
振り返ると、ベラスやセレア達は、既にその場から姿を消していた。 シエルとアイミーは、慌てたように走り出し、自分たちの教室へと向かっていった。
✦ ✦ ✦
授業開始の鐘がなる、2分前――シエルとアイミーは、冷や汗をかきながら、教室のドアを開け、急いで自分たちの席へ向かう。 二人の席は奇跡的にも隣同士で、アイミーは椅子に座りながら、慌てて荷物をテーブルの上へ出している。
「……っまにあったー!」
「はぁっ、はぁっ……ほんと……すごく遠かった……」
「ははっ、あはははっ……シエルちゃん、私退屈しないよ……っ!」
「えへへ、ありがとう。 アイミー。 私のお友達、第一号になってほしいな。」
「ぜひとも~!」
鐘の音が鳴り響いて、それと同時に先生が教室の中へ入り、一人ずつ名前を呼んでいく――こうして、シエルの初めての学園生活が、幕を開けたのだった。
その日の夜。 シエルは脱いだ制服を畳み、しわを伸ばすと、ベッドの傍らに置いて、そのまま布団の中へ潜り込んだ。 温かくて柔らかい布団は、彼女を優しく包み込んでいる。 シエルは、うとうとしながら、今日一日起きた出来事について考えていた。
(なんだか、今日は素敵な一日だったな。)
(初めてのお友達……初めての授業……大変だったけど、いい思い出になったなぁ……)
ゆっくりと目を閉じる。 誰かが、自分の頬を撫でてくれているかのような……不思議な感覚がして。 ぼんやりと目を開けてみても、誰もいない。 静かな部屋の中で、再び目を閉じ、シエルは静かに寝息をたて始めた。
『シエル。 遠いところまで、来たね。』
(だれかの、話し声……? まさかね……)
『僕たちは、何の力になれないけど……いつも、傍にいるから』
微かに耳に届いた、不思議な声。 夢の中で、その声を聞きながら、ゆっくりと時間は過ぎて行く。 シエルの指先に絡みついていた根は、ほんのりと淡い光を放つと、静かに成長を始め、ゆっくりと……肘に向かって伸びていった。
――初めて、この学園に来た時から、半年が過ぎた。 暑い夏はとっくに過ぎて、色づいた木々の葉が、風に流され、緩やかに地面に散っていく。
(あっという間にもう冬が来るわね……)
(ここで、色々な事を学んできたわ。 お友達も沢山できたし、魔法もいくつか使えるようになった)
シエルは、すっかり秋の景色になった寮の前で、箒で落ちた葉をかき集めていた。 確かに、魔法を使えばすぐ終わる作業も、ここではあえて道具も使って、それぞれが担当の役割をする。 そういったカリキュラムの一環で、シエルはアイミーと共に、寮の前の掃除を任されていた。
(時々考えるの。 私……何か、大事な事を忘れてるんじゃないかって)
ふと、シエルは、持ってきたポーチの中に、しまい込んでいた黒い羽を、そっと取り出して眺めた。 この世に、黒い翼を持つ天使なんて、存在しているはずがない。
(でも、この美しい羽……間違いなく、私と同じ、天使の物だって……そう感じるのよね。)
「シエルちゃーん! ん? なに?それ? 随分と黒い羽だねぇ~? カラス?にしては大きいような」
「分からないんだけど、何か、大切な物のような気がするんだよね」
「ふぅん。 あ、もしかして好きな人のとか? でも、黒い羽の天使なんて、居るわけないよね~?」
アイミーはいたずらっぽく笑って、シエルの顔に目を向けた。 ほんの一瞬。 シエルの視界は、白い光に包まれ――その光の先で、黒い翼を広げた誰かが、こちらに手を伸ばし、優しく自分の手を取る姿がぼんやりと見えた。 その姿は、霞の中に、ゆるやかに溶けて消えていく。
ぽたり、ぽたりと、シエルの頬に涙が伝っていく。
(あ……れ……?)
(わたし泣いてる……? 一体何で……?)
勝手に流れてきた涙は、止まることなく零れ落ちていく。 ズキリと、痛む胸を押さえ……シエルはその場で泣き崩れた。 アイミーは驚いて、彼女の元へ駆けよると、背中を優しくさすっていた。
「ちょっとお、いきなりどうしたの? わたし悪いことしたかな? ごめん、ごめんね!」
「ちがう、アイミーは悪くないの! でも……わからない。 わからないけど、悲しいよ」
(忘れてはいけない、何かがあったはずなのに……どうして、それを思い出せないんだろう)
シエルは、その後もしばらくの間、泣き続けていた――
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