モノクロコントラスト ー黒き翼と白き記憶ー

ゆずたこぽんず

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第四章 ルシフェル学園

✦✦Episode.37 禁書庫 ✦✦

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✦ ✦ ✦Episode.37 禁書庫

 冷え込んだ空気、肌に染み渡る寒さの中……静かになった廊下を歩く足音が、寂しさの中に響いていた。

――ランタンを持つ手はカタカタと震え、ふぅっと温かい息を吹き掛ける。

 こんな真夜中に、一人で廊下を歩いて、今にも何かが襲って来そうな雰囲気が、彼女の胸の奥で微かに揺らめく。

 シエルとアイミーの二人を見送り、舞踏会に向かうはずだったあの時――ふと、背後から別の教員に呼び止められた。

『リース・アイリス……君に、禁書庫への見回りを頼みたい』

 話を聞くに、今夜見回りをするはずだった別の担当者が、急遽体調不良となったようで……代わりの人が見当たらず、自分に回って来たのだった。
 察するに、その担当者は、舞踏会での約束を取り付けてしまったのだろう。

「まぁ、私は独身だから、良いけどね……はぁ……」

 さっきからため息しか出てこない。 禁書庫へ向かう廊下は、普段人の立ち入りが無いために、この学園の中で最も古く、ススとホコリに虫の巣が絡まって、全くもって不浄だった。

 誰も近づかないその汚さは利に叶っていて、特別な見張りを置かずとも、夜の巡回だけで事足りてしまうのだ。 そんな所へ保管されている“禁書”とは一体どれ程のモノなのだろうか。

 リースは深く考え込んだような表情で、ゆっくりと廊下を進んでいく。 背後から伝わる重苦しい気配が、彼女の背中をゾクッと震わせた。

「……ふぅ……困ったわね。この暗さ……嫌な予感がひしひしと伝わってくるわ……」

 間も無く、廊下の角を曲がれば禁書庫への扉が現れるはずだ。 聞いた話の中には、最近誰かがこの中へ出入りしていると言う噂があるらしい。

 リースは、ゴクリと喉をならして、目の前に現れた古びた木製の扉を開いた。 重苦しい鉄の音がギシギシと鳴り響く。

「なぁに……案外大したこと無いじゃない」

 禁書庫の中では、本棚に並べられた雑書がズラリとならんでいた。 古びて分厚い本から、厳重に箱に仕舞われた本まで……様々な物が所狭しと敷き詰められていた。

 部屋の中をぐるりと一回りしたところ、誰もいる気配がない。 噂はどうやら噂で終わってしまったようだ。

「まぁ……誰もいなくて良かったわね」

 リースが部屋の外へ出ようと一歩踏み出した時……古びた雑書の間に、一つだけ目新しい紙の束が挟み込まれているのが目についた。

 そっと……その紙へ指をかけたとき……廊下の向こう側から、誰かがこちらへ向かってくる足音が響き、慌ててランタンの火を消して、部屋の奥の本棚の裏へ身を潜めた。

「くっ……本当にここは鍵もなく不用心だな」
「そうだね……まさか、こんな所に好き好んで来る生徒はいないさ」

 じっと息を殺して、何者かが部屋の中へ入ってくるのを待っていると、二人分の足音が部屋の中へかつかつと入り込んできた。
 聞き覚えのある声……どうやら、編入生の、ベラス・ラルトと、ティオン・イルアンの二人が、この部屋で密談をする目的でやってきたようだ。

「それにしても……シエルちゃんの忘却が進まないと、君たちの計画に支障が出るんじゃないの?」
「くく……全くもって同感と言う所か……」

 ティオンがあの新しい紙束を手に取り、さらさらとその上に文字を書き込んでいく。 最近入れ込まれた物だとは思ってはいたが、今まさに目の前で記録物として扱われていたなんて……リースは目を丸くしながらも、静かにその様子を眺めていた。

「フォルアルト……創造神の忘却魔法……まさか、本当にシエルちゃんが使えるなんてね」
「……そうだ。 光の神子だけがあの魔法を使うことができる。 唯一、アイツをこの世界へ引きずり下ろせる力を持っているのが、シエルお嬢様なんだぜ……くくくっ」

 ベラスはニタニタと笑い、本棚にもたれ掛かっていた。 時折扉の外を気にしながら、背後の棚から本を取り、何食わぬ顔でペラペラと本をめくって、パタンと閉めて元に戻す動作を繰り返していた。

「シエルお嬢様はよぉ、俺様たち神反軍の計画のために、操り人形になってもらわなくちゃならねぇからなァ。忘却、そして神反軍の手先として教育を繰り返し……心まで操っていくのさ……くくくッ」
「……はは……新聖軍として彼女を護る立場でありながら、神反軍に協力しているだなんて……僕は、なんて罪深いんだ」
「くくく……せいぜい踊れ、でなければアザンの命は保証しないぜ」

 不気味に笑うベラスと、怪訝そうな顔をしながら、ため息混じりに紙へ文字を書き続けるティオン……リースの指先は、寒さと恐怖でカタカタと震えていた。 反射的に身を潜めた先で、聞いてはいけない事実が晒されて行くのだ。

 リースはそっとその場を離れようと身じろぎをした、その時だった――足元を這っていたネズミが、思い切り外へ飛び出した。

「そこにいるのは誰だ!!」

 何者かの気配を覚えたベラスが眉を吊り上げながら声を上げ、じっと暗闇の先を睨み付けていた。 リースは息を殺し、より深い場所へ身を隠した。

「ありゃ?ただのネズミだね」

 ティオンはキョトンとした声を出しながら、自分の元へ歩いてきたネズミを見据えた。 ベラスは獲物を追うように足を振り上げ、思い切り壁に向けて蹴り上げた。

――ガンッと言う音が、静かな書庫の中で音を鳴らせた。 その気迫に、ネズミはチューチューと言いながら壁の中へ素早く逃げていった。

「チッ……確かに、何者かの気配がしたんだがなァ」
「ふっ……君がそんな声を出すなんて、らしくないじゃない。 さて、用は済んだ。もう行こうよ」
「……あぁ……あの計画は今夜実行だ。 それまでは休んでおけ」

 二人の足音は、カツカツと部屋の中から遠のいて、廊下の先へ進む音が微かになった頃……リースはそっと、暗闇から姿を表した。

 辺りを見回しても誰の気配もしない。 ランタンに再び火を灯し……もう一度禁書庫の中をぐるりと一周見回った。 誰もいない部屋は、静寂を纏っていた。

「思わず隠れちゃったけど……本来は私は隠れなくても良い立場だったわね。 計画って、一体何……?」

 ドキドキと未だに心臓が跳び跳ねるように動いている。 たらりと、頬に冷や汗が伝うのをそっとぬぐいながら……リースはティオンが本棚に片付けた先程の紙に手を掛け、そっと広げた。

 ほんのりと、まだ乾ききっていないインクの香りが鼻をかすめ、びっしりと書かれた美しい文字が姿を表した。
 断片的に文字を読み飛ばしながら、盗み見るように、確実に必要な部分に目を動かしていく。

『神反軍……計画…………光の神子シエル……忘却魔法により心身を操り……世界への侵略を――』

「こっ……これは……!!」

 リースは息を詰まらせた。
 神反軍――創造神を恨み、新聖神に反発する闇の勢力……彼らが本当に実在していたなんて、思ってもいなかった。

文字を読み進める度に、指先と唇の震えは増していく。 リースはバタバタと本棚から数冊の本を手に取り、ペラペラとめくった。

『神聖魔法――フォルアルト……』

 光の神子が、かの創造神より受け継いだ力……“彼女のみ”がその力を扱うことができ、白い光の中へその記憶を返す魔法。

「発動は、三度。 二度目で暫くの眠りにつき……三度目には、自分が誰であるかすらも“忘却”する……」

――目覚めた時、従者が自分が何であったかを思い出させる……記憶を司る強力な魔法。

「こ、こんなの……むちゃくちゃだわ!!従者となった者が“悪”じゃないなんて、言いきれないじゃない!!」

……奴らは、神反軍は――光の神子を陥れ、この世界を崩壊に導こうとしている。
そんなことが、許されるはずもない。

「あり得ない……計画は……今夜!!いけない、急いで彼女をどこかへ逃がさないと……!!」

 リースは、すべての書籍を棚にしまい、この場所に来た痕跡を消しながら、ふぅっと明かりを消した。

――リースが禁書庫を立ち去った後――明かりが消えた部屋を……遠くから眺める微かな光が、そこにあった。

✦✦✦ 


――闇夜に紛れ、静かにシエルの部屋の扉が開かれた。

 シエルは、何者かにベッドの上に運ばれ……先程あった事実は、何事もなかったかのように穏やかな寝息を立てていた。

 シエルがふと目を覚ますと……ベッドの上で、自分を見据える影が、じわりと闇に混ざって揺らめくのが見え「ひっ……!!」と小さな悲鳴を上げた。

「しぃーっ!!勝手に入ってごめんなさい、今すぐここから出るわよ」
「り、リース先生……!?」

 パシリとシエルの腕をつかんだのは、他でもない、リース・アイリスだった。 フードを被った彼女は、シエルの荷物を独断でまとめ、シエルに手渡した。

「早く、貴方の荷物はこれね?少なくて助かったわ……!」
「ここを出る?そんなこと急に言われても……っ」
「……ごめんね、でも……今だけは私を信じて欲しいの」

 グイグイとリースに引っ張られ、よろめきながらシエルは立ち上がる。 ざわざわとした気配が、背筋を這い……自分は今すぐここから離れるべきだと悟った。

 二人は急ぎ足で部屋を飛び出し、静かな廊下を進んで行く。 曲がり角に差し掛かったとき、何者かの気配が後を追ってくるのを感じた。

「……くっ……誰かが……ここに……」
「……」

 壁の裏に身を隠しながら、ふと来た道を覗き込む。 その少女の姿に、シエルとリースは目を丸くして驚いた。

「アイミー?こんな所で、何をしているの?」
「はぁっはぁ……シエルちゃん、やっと追い付いた!!シエルちゃんこそ……どうしてこんなところに!リース先生まで!!」

 聞く所によると、不安で眠れない夜にこっそりシエルの部屋を訪れようと思った矢先、二人が部屋から飛び出すのみて慌てて追いかけてきたとアイミーは話した。

「……アイミー……わ、わたし……」

 シエルは、アイミーの傍へ寄ると、彼女をキュと抱き締める。 小さく涙をこぼしながら、変わらぬ友情を、彼女へ求めた。

「ごめんね、アイミー……私、いかなくちゃ……」
「うぅ……ぐすっ。 しえるちゃ……事情があるなら止めない。でも……必ず、私を忘れないで!!」
「うん……!!さよ、なら……っアイミー!!」

 名残惜しく離れた手を握りしめ、シエルは再びリースと共に廊下を走り出した。 振り返りざまに、小さくなっていくアイミーの蝋燭の灯火をチラリと目にしながら……前を向き、階段を掛け降りていく。

――カランと、何かが落ちるような小さな音がシエルの耳に届いた。

「人目の付かない門の裏に私の馬車を用意してある。それに乗って……この学園都市から外へ出るわよ!」
「……っはい!」

✦✦✦

――薄暗い廊下が、風鳴の音を始める。
 リースとシエルの二人が、薄闇に紛れて馬車に乗り込もうとした頃……それを見据える影が幾層にも重なって、バサリと物陰から音を立てた。

「シエルちゃん、早く!」
「はいっ……!」

 冷や汗をかきながら、バタバタと馬車に乗り込み、リースは手綱を思い切り引くと、バシンと振り下ろした。

――ヒィィン!!

 馬の嘶きは高らかに響き、ルシフェル学園裏にある、静かな門より馬車は外へ飛び出した。 裏から外へ繋がる道は険しく、禁書庫同様に、魔物が出ると噂され、誰も近づかない秘密のルートだった。

――ウォオオン……!

 すぐ近くから聞こえてくる遠吠えに、シエルは身体を震わせて、小さく丸まっていた。 つい先日も、同じような事があって、オオカミの群れに追われ、あと少しで命を落とす所だった。

「……こ、怖い」
「シエルちゃん、ごめんね、あなたはあそこに居るべきじゃないのよ!」
「でも……一体何処へ……?」
「全く、宛もないの。とにかく離れる事が先決よ」
 シエルはふと、握りしめていた袋の中にノアが入れた地図があった事を思い出し、袋に手を入れ探った。

――ない。

「な、なんで?何で無いの……?アルテラ村までの地図があったはずなのに」
「アルテラ村……?」
「ノアさんの医院なら……と思って。私はアルテラ村から、ルシフェル学園都市へ向かったんです」

 何かを探すために向かったはずなのに。 何も見つける事が出来ず、とんぼ返りする事になるなんて…シエルは複雑な心境だった。

「なら――決まりね。 私は教師よ。この辺の地図くらい頭に入ってるわ!」

 リースは「ハッ」と声を上げ、バシンと手綱を下ろした。

『――チッ……』
「あっ……!?」

 馬車が加速していくにつれ、シエルの頭の中で、小さく時計の秒針の音が進んでいく。

『チッ……チッ……』
「うっ……うぅっ…………やだ……」
「ちょ、ちょっと!大丈夫?」

 突然うずくまって苦しみだしたシエルを見て、リースは思わず馬車を止め、荷台の中に居る彼女の肩をそっと掴んだ。

「シエルちゃん……!」
「ううぅっ……うるさい……時計……!!」
「まさか……っ!このままじゃ“忘却”が始まってしまう!」

 リースの頬に冷や汗が伝った時……外からバキバキと枝を踏む音が聞こえ、布の隙間から外を覗き込む。 無数の赤い目……月光に照らされ、白銀の毛並みを持つオオカミ達がこちらに狙いを定めていた。

「――何て事!!」

 リースは慌てて飛び出すと、思いっきり手綱を振り下ろした。 

――バシィイン

「ヒヒィイン!」

 馬が走ると同時に、オオカミ達は群れをなして走り始めた。

「ひいっ……も、もっと速く!!」

 リースの心臓は、跳び跳ねるように動いていた。 馬車は泥を跳ね、ガラガラと音をたてながら慌ただしく進んでいく。

――アオォォン!

 駆け巡るオオカミの群れの先頭から、オオカミらしからぬ遠吠えが聞こえ、それは馬車と並ぶように走っている。

「な……ポメラニアン!?」
「――アオッ!ハッハッ!アウッアオッ!ガルルルッ」

 敵意をこちらに向けながら、走るこの犬は……馬車を誘導するように周りにオオカミ達を囲わせていた。

「こいつがこの群れのリーダーなの!?……くっ!」
「アオッ!!グルル!!グァオッ!」
「……キャッ!!」

 犬はリースに飛びかかり、腕を噛む。 その痛みにリースは顔をしかめながら、振り払おうと必死になっていた。 

――振りほどこうとしても、必死に食らい付くその姿……しかし、思いの外強い痛みではなく、リースはハッと何かを感じ取った。

「――あなたの心、見させてもらうわ!!」

 リースが手をかざすと、食らい付いた犬の心が溢れるように流れ込み始め、弱々しく呟く声が耳に届く。

『――痛くして、ごめんなさい』 
「……っ!!この声、ティオン・イルアン……君?」
『あぁっ……どうか、シエルお嬢様を神反軍の魔の手から引き離して』
「なっ……!あなた……!だってさっき、禁書庫で……」

 リースが声を上げた、その時だった。 目の前に突如として崖が現れ、ハッとして思いっきり馬を別の方向へ向くように手綱を操った。 それと同時に犬の姿になっていたティオンがリースの手から離れ、崖の下へと転げ落ちてく。

 間一髪、馬車は崖を逃れ、道を曲がって先へ進み始める。 後を追っていたオオカミ達もまた、崖から滑り落ちるようにして陣形を失っていった。

――馬車は止まること無く。 そして、リースは振り返ること無く、馬は蹄の音を響かせながら、その姿はどんどんと小さくなっていった。

「……はっ、はは……何とか、成功したみたいだ……」

 残されたオオカミ達と、ティオンは静かに人型に戻っていった。 傷だらけになった身体をゆっくりと起こしながら、小さくなっていく馬車の後ろ姿を眺めていた。

「どうか……どうか、シエルお嬢様を、ローネ様の元へ……」

 小く呟いた声は、風の音に沈み……彼の栗毛色の髪を風は優しく撫でていた。
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