モノクロコントラスト ー黒き翼と白き記憶ー

ゆずたこぽんず

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第四章 ルシフェル学園

✦✦Episode.40 “アイビー”✦✦

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✦ ✦ ✦Episode.40  “アイビー”

 しばらくの沈黙が、部屋の中に流れていた。 ゴトリと、燃え尽きた灰の間を、まだ形のある薪が落ち、火の粉がチラリと舞い上がる。

「研究所には、幾人いくにんかの者達が捕らわれていました。私はこの場所に村を立て、弔いのためにあの神天台を立てることにしたのです」

 弔いの催事場。 失った魂たちの慰めのため、数年に一度の“祭り”を開き、人々が舞い踊る。 それは後に、形を変え神天祭・・・となった。

――その神聖な場所を、悪用されていたとは、ノアは深いため息を付いた。

「始まりの神子としての、その幾つかは、神反軍へ奪われました。 そして、先を見据える力さえも……この地の上ではうまく適応せず、ほんの僅かな未来しか見る事ができなくなりました」

 霞む光は、霧のように見えなくなって、僅かな物語の挙動さえも掴めない。 今、彼女ノアが知っている未来は、全てが過去・・の物となっていた。

「全く……創造神ルシフェアリス様は一体何を考えていらっしゃるのか――何故このような重い罰を、私にお与えになったのか……」


――あの日・・・、ノアの記憶の中で……黒羽の翼の少年が一人、この世に産み落とされた。 現世に思いを残した母は死に、父はこつぜんと姿を消した。

 力強く泣いた小さな赤ん坊を胸に抱いて、途方にくれ――両親の居ない不憫なこの小さな魂を、何としてでも繋ぎ止めなければならなかった。

「神反軍は、密かに私を監視し、その視線を毎日感じ取っておりました。 私は、あの子を魔の手から護らねばならなかった」

 いにしえの記憶。 黒き翼を携えた、四の光を持つ者が、かの地を救う“鍵”とならん……――例え、どんな形であろうと、その運命さだめに導く為に。

――彼の翼を他の目から隠し、“災い”であると、嘘をついた。 人に馴染めず傷ついた彼を抱きしめてもなお……真実を教えることはしなかった。

「それは、結果として幼い彼の心を縛り付けるのと同じ事」

 そして“クロト”は……シエル・・・の手によって、あの場所神天台から、奈落の底へ突き落とされ、姿を消した。

「……この子シエルもまた、あの催事神天祭の裏で、他の村人と共に神反軍に操られ、それを知ってか……自責の念を胸に抱き、この村を去って行ったのです」 
「そんな……」

――痛む胸を抱え、深く眠るシエルの姿に目を移す。 アイビーに覆われた彼女は、望んで眠りに落ちたかのように、穏やかな寝息を立てていた。

「でも、良かった。 彼女はこうして生きて・・・いる」

 催事の後、操られた人々は皆、苦しみの末路を辿っていた。 肌は青く染まり、呼吸は荒くなる……己が誰かを見失う者も居た。

――ノアが施せたのは、少しばかりの癒しと、進行を抑えられる程度の物だった。 そのおかげか、日常生活に戻れる者も増えて来た。

 それでも、彼らが最後まで穏やかに生きる事はもう不可能な望みだった、包帯の下で渦巻く悪しき影が、身体の中へ浸食するのをただ待つだけなのだから。

「ここで、私の懺悔ざんげは終わりです。 他に何か聞きたいことはありますか?」
「いえ……私、なんといってよいのやら」

 酷くつらそうな表情のノアを見つめ、リースは髪をクシャリと手のひらでかき上げ「あぁ……」と呟くように息を吐き出した。 

「まさか本当に、コクト様に子供がいたなんて……」

――黒い翼。 シエルが持っていた黒い羽は、リースがいつか見たコクトの羽よりも小さく、子供がいてもおかしくはないと、感じていた。

 四騎士の二人が時と共に忘れ去られていたのは――既に彼らの存在自体が消えていたからだった。

「……黒い翼の持ち主……シエルちゃんが言っていた、“探している人”って、そのクロト君で間違いなさそうね……」
「ええ、間違ありません。 シエルは――クロトを探しに行くと、泣きながら私に訴えていましたから」

 リースの中で、欠けたピースが繋がる様に、今までの出来事の全てが紐解かれて行く。

 今思えば、それは遅すぎる答えだった。 眠りについた彼女シエルが目覚めた時……果たして、どこまでの記憶が残っているのだろうか。

 リースもまた、シエルの姿にそっと目を移した。窓辺からこぼれる淡い光と、微かなアイビーの香り。 穏やかさと寂しさを兼ね備えた彼女の頬に、一筋の涙がこぼれるのが見えた。

「白の魔法は、3度に渡って発動する。 1度目は、一番大切に思っていた記憶。 2度目は自分の歩んだ記憶、3度目は……それ以外の全てであり、完全なる忘却」
「そんな……シエルちゃんを、救う方法は無いのですか……?」

 この眠りはおそらく、2度目の発動で間違いないだろう。 しばしの眠りの後、再び目を開けばその時は、自分が何者かすらも、答える事は出来ないだろう。 かの創造神と同じように。

――だからこそ、その目覚めを傍で見守る者が必要なのだ。

「ない事もない……だが、まずは彼女を目覚めさせなければならない」
「でも“これ”一体どうやって?」

 絡み合ったアイビーの蔓に、覆いつくされたその姿……呼吸するように、ゆっくりと伸びる蔓の根は、ほんの少しずつ、まるで殻を作ろうとするかのように、根元からズルズルとさらに太く成長していた。 

「すごい速さで成長しているわ!」

 ノアは、指先でそっとアイビーの葉に触れた。 声無き精霊の声を聞こうと、念を込めてその瞳を閉じる。 そして再び目を開けると、リースに向かって首を横に振った。

「このアイビーは、おそらく精霊の類――だが……私には“応えない・・・・”」
「それって……」
「これはおそらく、誰かの願いが具現化した精霊……故に、彼女シエルへ護りを願った者にしか応えない・・・・
「……」

「――そんなの、一人しかいないだろう?」


――クロト。 彼がノアと共に小瓶の中へ願いを込めた、その“種”が根を張り、そして今、彼女を護るように包み込んでいる。

「じゃあ、その子が戻れば、シエルちゃんは目を覚ますんですか!」
「おそらくはな。 しかし、生きているかさえもう分からないというのに……」

 彼の消息は未だつかめず――あの奥にはびこる闇の精霊たちに食われたか、はたまたどこかで生きているのか……ノアは天井を見上げ、物思いにふけっていた。 今これほど、未来を見据える力が必要だと思った事は無かった。

 当たり前のように扱っていた物を失い、無力感に苛まれることも無かった。

「わ、私……探してきます!地下への扉、そこから入れば、探す方法はあるんですよね!?」

 勇気のあるこの娘は、何故そこまでして見知らぬ筈だった彼女シエルに肩入れをするのか? ノアは不思議そうにリースの顔を眺めた。 一目見て、リースが獣人族であり、その独特な尾の色合いから、ホルスタイン族出身であることがわかる。

「方法はある……が、まあ待ちなさい。 先に話した扉は、魂の封印が施されている。 そう簡単に開かれるものではない」

 リースは悔しさに「くっ」と声を漏らし、唇を噛みしめた。 それを静かに見ていたノアは、持っていたお茶を一気に飲み干した。 本来の姿に戻ったというのに、今まで老婆として過ごしていたのだから、その動きが染みついてしまっていた。

「まぁ、どちらにせよ、今すぐには何もできん。 ゆっくりしていくといいさ」

 ノアは、静かに杖を持ち上げ、コンコンと床を叩いた。 スルスルとその身体は小さくなっていき、初めに見た老婆の姿へと戻って・・・行った。その姿をみて、リースも諦めたように小さく「はい…」と呟いた。

「やはり、こっち・・・の方がしっくりくるのぅ……長年の癖は抜けんわい。 のぅリースとやら、おぬし、薬剤調合に興味はないか? 丁度、人手が足りなくての、どうじゃ?やってみんか?」
「えっ……?面白そうですね……是非とも教えていただきたいです」
「カッカッカ、爆発させるなよ?」
「えっ……爆発?」

 リースは、ノアの冗談に苦笑いしながら、渡されたすり鉢やら、薬瓶を興味深くまわし見て、近くの薬草を一つ手に取り、力を抜いてふっとため息をついた。

(――今は、少し私も休む事にしましょうか)


✦ ✦ ✦


 しんしんと白雪が木々に重なり、微かに地面に降り注ぐ音が胸に染みる。

 雪に覆い尽くされた地面は、人の歩んだ道だけ凍っていく。

「……すっかり冬になったわね」

 暖炉に薪をくべるノアの背中を見て、ポツリとリースは呟く。 あれから二ヶ月ほどがたった。

 リースは、すり鉢の中に入れた木の実を、粉になるまでひたすら潰していた。 ノアに習ったとは言え、まだ新米の調合師だ。

 それから、ハーブを絞った香油を一滴加え、テーブルに置いた薄紙の上へ描かれた魔方陣へ、すり鉢コトリと乗せた。

そして、ゆっくりと書に刻まれた文を読む。

「――ヘヌルティア薬よ燃えろ

 すり鉢の中に入れられた素材は、瞬く間に混ざり合う。 そして――小さな粒となり……パンッと弾けとんだ。

 薄紙は燃え尽き、すり鉢の中からもくもくと黒煙が上がる。

「カッカッカ!まだまだじゃのう!」
「うーん……今度こそいけると思ったのに、どうしてかしら……?」

 リースは困ったように首をかしげた。 彼女リースは、ノアの仕事を手伝いを率先して行いながら、空いた時間で、調合を身に付けようと、何とか日々鍛練を繰り返していた。

 「ヘルヌティア薬となれ」このスペルの一文が間違っていると、ノアはそっと耳打ちすると、リースは何度も書に目を通した。

「んもーーっ、凡ミスするなんて!教師失格だわ!……元だけど!」
「まぁまぁ、慌てなさんな。 調合は難しいが、なかなか楽しいじゃろう?」

 ノアはケラケラと笑う。 リースは、黒焦げになったすり鉢の中身を丁寧に取り除くと、再び同じように材料を入れ、繰り返し調合の練習を続けた。

 ルシフェル学園で教師をしていた頃は、生徒たちに、毎日様々な魔法を教えていたと言うのに……この調合の知識と言うのは専門外で、これっぽっちも完成させることが出来なかった。

――その為か、自分がこんなにも調合師に向いてないとは一ミリも思わなかったと、リースは落胆の表情を浮かべた。

「ほほほ、今度は分量を間違えたようじゃな……それ、どうじゃ、もうおしまいか?」
「いいや、まだやります、やらせていただきますとも!!」

 部屋に漂う、燃え尽きた材料のにおい。 リースは悔しそうに眉を潜め「もう一度」と、負けじと薬草を混ぜる。 そうして、ほぼ一日中復唱を繰り返していた。

 何度か繰り返す頃には、その扱いにも慣れ、日が沈み外が真っ暗になった頃……やっと望んだ薬の一つ目が完成したのだった。

「や……やっと完成した……!どうでしょう、ノア様!」
「おー、どれどれ……おぉ、うぅむ……。 これは良い代物になったな」
「本当ですか!わぁっ、すごい達成感……っ!」

 リースはニコニコと喜びながら、額を手で拭う。 黒煙ですすだらけになった肌を労るように、ノアに手渡された布で優しく顔を拭き取った。

 新しい事に挑戦して、やっと成功させた喜びを感じて居たのもつかの間……リースはふと不安そうな顔をした。

「春になったら私はどうするべきかしら……」

 リースは迷っていた。 シエルをノアの元へ送り届ける。 その目的は果たしたものの、その後はどうするか全く考えてもいなかった。 

 学園は自分が居なくなったことをどう思っているのか?

――どちらにせよ、神反軍、神聖軍のどちらにも顔が知られてしまった今……学園に素知らぬ顔をして戻ることはできない。

「そうじゃなぁ……まぁ、わしはいつまで居ても構わんが……」
「いえ、しかし、クロト君を探す件もありますし、いつまでもここにいるわけには……」 
「ふむ……そうじゃのう。 確かにこのままではちと困る」

 ノアはチラリと部屋の片隅を見た。 あれから、アイビーは成長しきったのか動きを止めていた。 しかし、彼女シエルの姿は覆い尽くされ、全く見えなくなってしまった。

 精霊の類いだったとしても、家の中に草が生えている状態に、ノアが困るのも無理はない。 

――リースはふっと、目を閉じた。 冬の精霊は年に一度、ある日・・・だけ小さな願いを叶えてくれると言う。

 そんな迷信を、学園にいる間は、今まで少しも信じて来なかった。

……もしも、今日がその日であるならば。 リースは静かに指を組む。

(どうか――二人が再び巡り会えますように)

 窓の外では、雪は降るのをやめ、積雪は沈黙したまま――つかの間の夜空にひときわ輝く一つの星が、ほんの数秒だけ瞬いたようにも見えていた。

「ふふ……本当に、願いが叶うならね」

 リースは口元をほころばせると、たった今目の前に運ばれてきたノアの手料理を口元に運んだ。 

 その味は――心に染みる、温かくて優しい味だった。
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