呟き短編帳

阿沙🌷

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◆寒いからあたためて

休日の一コマ

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休日の一コマ

「村岡くん~」
「ちょっとだけ。あとちょっとだけですから」
「早く~」
 同居――と周囲には思わせておいて実は“同棲”――を始めてから、あのかっこよかった彼の素の姿を知ることになった。
 素、といっても、休日にだけ見せる、ちょっとだらしのない麻生あさぶさんのことなのだけれど。
「まだ~?」
「はいはい、ちょっとだけ待っててくださいね」
 二人の昼食を作っている間、ずっとこんな調子だ。急かしているのか、構ってほしいのか、分からない。
「ねえ、待ちくたびれた!」
 急に彼の声が大きくなったので振り返ってみると、背後から接近してきていた彼に捕まってしまう。
「わっ、あ、麻生さん……!! 危ない、今、包丁持ったままなので」
「だーめ。待てないからつまみ食いさせて」
 まな板の上のトマトでもかじるのかなと思って、じっとしてみたけれど、彼の様子は少し違う。
「もう、何してるんですか!」
 彼はぎゅっと僕を抱きしめて離さない。
 それどころか頬ずりしてくる。
「いたっ、あの……麻生さん?」
「なあに、村岡くん」
「ちゃんと髭、剃ってくださいって……もう、やめてください!」
 中途半端に伸びてきた髭がちくちくと肌に突き刺さる。……そう、休日は本当にだらしのない彼だ。
「はーい、でもダメ。ちょっとだけ待って」
 うっとと言葉に詰まってしまうのは、麻生さんの上目使いに弱い心臓のせい。
 もう、仕方ないな……。
 危ないので包丁だけまな板の上に乗せさせてもらって、しばらくの間、だらしのない時間を浪費したのだった。

(了)

 2020.01.25 制作時間:1時間
 お題『つまみ食い/頬擦り/「ちょっとだけ待ってて」』
 お題は第349回の一次創作BL版深夜の真剣一本勝負さまよりお借りしました。
 甘々に仕立てたつもり。楽しかった~。


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