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浴衣の初恋
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俺の初恋の話を聞いていただきたい。と、いっても、それは掛け算九九と格闘していた頃の話。季節は夏。
近所で行われる小さな町の祭りに俺は友だちと一緒に来ていた。おこづかいをばあちゃんがくれて、それでたこ焼きだのいかせんだの、フランクフルトだの、食べまくっていた。
で、祭りのラストは花火って相場は決まっている。打ち上げが始まると、わらわらと周囲のひとが、より見やすい場所へと流れていく。その人波に流されて、わめいている子どもを俺は見つけてしまった。
「おい、大丈夫か?」
つい。おせっかい。って、いうか、見ていられなかっただけ。
その子の腕をひっぱって、屋台の裏に回り込んだ。
「お前、迷子?」
白と水色の浴衣に身を包んでいたその子の顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。
「おわ、大丈夫か?」
俺は、あわてて、ポケットからティッシュをだして、それを渡してやる。彼女は必死にそれをぬぐうと、顔面がいくらかマシに――いや、かなり可愛い子だと知った。だけど、目は真っ赤で、ちょっともったいない。
見かけない子だった。
おそらく、連れとはぐれて迷子ってところだろう。俺は、おびえる彼女の手を引いて、祭り実行委員の本部へと連れていくことしにした。
「はい、手」
俺は手を差し出す。さすがに、知らない人には警戒するみたいで、怪しまれてしまったので、なんとか変なやつじゃないよ、あぶない人間じゃないよ、と証明するのに、必死だった。
まず、名前から、学校、学年、クラス、あと、成績もいちおう話した。体育だけなら胸を張れる。あとは、いろいろ残念だ。
「あんたは?」
「水見由紀。二年」
「お、同じじゃん。学年。学校は?」
「先月までは、T小」
「しらねー」
「あのさ、なんで、そんなに成績をプッシュしてくるの?」
「ん? いや、怪しまれないように」
「いや、うん。そっか」
あとは、とりあえず、食べ物とか。おっと、そうそう、そのとき手に持っていたまだ袋から出していない綿あめをすこしわけてやった。食べ物の力は偉大だ。彼女はすこし警戒心をといてくれた。もしくは、俺が算数が残念だということに同情してくれたのかもしれない。
「って、あ、お、俺も迷子じゃんか!?」
そこでようやく俺は、いつの間にか一緒にきていた連中と離れ離れになっていたことに気が付いた。
「やべえじゃんか! 俺!」
「うん、いろいろと、本当に、やばいね」
その子も、哀れそうに俺を見てくる。
「と、ゆーことで、本部に行って放送して貰いましょう」
「……はい」
「大丈夫! こーみえて、俺のかーちゃん、委員会の人だから、本部までは楽勝だから。こっち!」
こうしてようやく俺は彼女の手をとることが出来たわけだ。
女子なんて珍しいものじゃない。クラスの半分は女子だったし。けれど、なぜかその子は、妙な雰囲気の子で、実は俺は、その子の手を引いて本部に行くまで、ほんのちょっとドキドキしていた。
まさか恋!? なーんてね。
その後、無事に本部についた俺たちは、迷子の放送を入れて貰った。
ちなみに、俺の放送は入れてもらえなかった。そりゃそうだ。本部に遊び連中が押しかけていたから。かーちゃんが、俺のことを「ぼけ」って言って笑ってた。
迷子ちゃんの両親姉妹も駆けつけて来てくれて――と、これで、一件落着。
と、思ったんだけどさ。
夏休みが終わって初めての登校日。俺は前日に必死に終わらせた宿題を持って学校に行って、仰天した。
「HRの前に、転校生を紹介します」
先生の声と共に、壇上に現れたのって――。
「T市から引っ越してきました。水見由紀です。よろしくお願いします」
ぎょっとしたのは、その子のランドセル。黒じゃん!!
「みんな、水見くんと仲良くしてあげてね。それじゃ、今日のHRを始めます」
――くん?! くんなの!? やっぱり男なの!?
「あ、えっと、水見くんの席は、雄大の隣ね」
俺の……かよ!? いや、確かにひとりだけ、隣の席、空っぽだったけどさあ。
「きりーつ」
日直の声が響き渡る。
「れーい」
着席するのと、同時に、転校生が、ぼそっと声をかけてきた。
「こないだは、ありがと」
「お、おう」
「でもさ、その――俺のこと、いうなよ」
「ん?」
「あの日は、その……姉さんたちに乗せられてて……その……」
浴衣が女の子の着るものだって知らなくて、しかも両親も由紀が喜んでいたから止めなかったらしい。
「あー、ま、まあ、男は着るもので決まるわけじゃないからさ」
と、慰めておいたけど、ははは。なるほど。数年たってから、やっぱり俺の初恋はこいつだったってなったわけで、男は見た目で決まるわけじゃないんだなーっていうか、まあ、その、情けないファーストコンタクトでしたねって話でございました。
(了)
近所で行われる小さな町の祭りに俺は友だちと一緒に来ていた。おこづかいをばあちゃんがくれて、それでたこ焼きだのいかせんだの、フランクフルトだの、食べまくっていた。
で、祭りのラストは花火って相場は決まっている。打ち上げが始まると、わらわらと周囲のひとが、より見やすい場所へと流れていく。その人波に流されて、わめいている子どもを俺は見つけてしまった。
「おい、大丈夫か?」
つい。おせっかい。って、いうか、見ていられなかっただけ。
その子の腕をひっぱって、屋台の裏に回り込んだ。
「お前、迷子?」
白と水色の浴衣に身を包んでいたその子の顔は、涙と鼻水でぐしょぐしょだった。
「おわ、大丈夫か?」
俺は、あわてて、ポケットからティッシュをだして、それを渡してやる。彼女は必死にそれをぬぐうと、顔面がいくらかマシに――いや、かなり可愛い子だと知った。だけど、目は真っ赤で、ちょっともったいない。
見かけない子だった。
おそらく、連れとはぐれて迷子ってところだろう。俺は、おびえる彼女の手を引いて、祭り実行委員の本部へと連れていくことしにした。
「はい、手」
俺は手を差し出す。さすがに、知らない人には警戒するみたいで、怪しまれてしまったので、なんとか変なやつじゃないよ、あぶない人間じゃないよ、と証明するのに、必死だった。
まず、名前から、学校、学年、クラス、あと、成績もいちおう話した。体育だけなら胸を張れる。あとは、いろいろ残念だ。
「あんたは?」
「水見由紀。二年」
「お、同じじゃん。学年。学校は?」
「先月までは、T小」
「しらねー」
「あのさ、なんで、そんなに成績をプッシュしてくるの?」
「ん? いや、怪しまれないように」
「いや、うん。そっか」
あとは、とりあえず、食べ物とか。おっと、そうそう、そのとき手に持っていたまだ袋から出していない綿あめをすこしわけてやった。食べ物の力は偉大だ。彼女はすこし警戒心をといてくれた。もしくは、俺が算数が残念だということに同情してくれたのかもしれない。
「って、あ、お、俺も迷子じゃんか!?」
そこでようやく俺は、いつの間にか一緒にきていた連中と離れ離れになっていたことに気が付いた。
「やべえじゃんか! 俺!」
「うん、いろいろと、本当に、やばいね」
その子も、哀れそうに俺を見てくる。
「と、ゆーことで、本部に行って放送して貰いましょう」
「……はい」
「大丈夫! こーみえて、俺のかーちゃん、委員会の人だから、本部までは楽勝だから。こっち!」
こうしてようやく俺は彼女の手をとることが出来たわけだ。
女子なんて珍しいものじゃない。クラスの半分は女子だったし。けれど、なぜかその子は、妙な雰囲気の子で、実は俺は、その子の手を引いて本部に行くまで、ほんのちょっとドキドキしていた。
まさか恋!? なーんてね。
その後、無事に本部についた俺たちは、迷子の放送を入れて貰った。
ちなみに、俺の放送は入れてもらえなかった。そりゃそうだ。本部に遊び連中が押しかけていたから。かーちゃんが、俺のことを「ぼけ」って言って笑ってた。
迷子ちゃんの両親姉妹も駆けつけて来てくれて――と、これで、一件落着。
と、思ったんだけどさ。
夏休みが終わって初めての登校日。俺は前日に必死に終わらせた宿題を持って学校に行って、仰天した。
「HRの前に、転校生を紹介します」
先生の声と共に、壇上に現れたのって――。
「T市から引っ越してきました。水見由紀です。よろしくお願いします」
ぎょっとしたのは、その子のランドセル。黒じゃん!!
「みんな、水見くんと仲良くしてあげてね。それじゃ、今日のHRを始めます」
――くん?! くんなの!? やっぱり男なの!?
「あ、えっと、水見くんの席は、雄大の隣ね」
俺の……かよ!? いや、確かにひとりだけ、隣の席、空っぽだったけどさあ。
「きりーつ」
日直の声が響き渡る。
「れーい」
着席するのと、同時に、転校生が、ぼそっと声をかけてきた。
「こないだは、ありがと」
「お、おう」
「でもさ、その――俺のこと、いうなよ」
「ん?」
「あの日は、その……姉さんたちに乗せられてて……その……」
浴衣が女の子の着るものだって知らなくて、しかも両親も由紀が喜んでいたから止めなかったらしい。
「あー、ま、まあ、男は着るもので決まるわけじゃないからさ」
と、慰めておいたけど、ははは。なるほど。数年たってから、やっぱり俺の初恋はこいつだったってなったわけで、男は見た目で決まるわけじゃないんだなーっていうか、まあ、その、情けないファーストコンタクトでしたねって話でございました。
(了)
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