七月の花とBLの掌編

阿沙🌷

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✿7.16:花滑りひゆ

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 彼の足取りは重たく猫背はより曲がり死んだ魚のような虚ろな瞳で通学路を行く。せっかくの夏だ。それなのに休み返上の登校日というものがある。それに向かって太陽に焼かれたアスファルトの上を突き進む花滑はなすべりは悩んでいた。
 ようやく長期休暇に入った。だから大丈夫だと安心していた事柄との対面を余儀なくされるからだ。
「はーなーすーべーりーー!!」
 彼の背中がしなった。正確にいうと後ろから背中をどつかれてその衝撃で弓なりに曲がった。
「ヘイ! 相変わらずひどい背筋の悪さだな。もう少しで猫背からエビ背に昇格だぜ」
 彼の背中をどついた正体――それは同級生のひゆ・・であった。
「いやさぁ、登校日、初日、初回、ファースト・タイムにお前みたいな花滑を見つけるなんて、俺も運がいいなぁ」
「どどど、どうも、ひゆくん、お前みたいな花滑です」
 花滑は自分の運のなさを恨んだ。ひゆこそが彼の抱える問題のタネなのだ。
 一学期始め。彼と同じクラスになってしまったことから彼の悩み――不整脈は発生した。
 明るく元気でどんな人との間にも壁を作らない彼の存在が、教室の隅を住処としていた花滑にも影響が及びだした。正確に云うなら、花滑に今まで一人もいなかった話しかけてくる存在が発生したといってもいい。
 丸く大きなお目目がくるくると動き、些細なことにもオーバーに反応を見せてくれる。子犬のようなあどけなさでもって、花滑の世界になだれ込んできた――純粋という名の暴力。
 話しかけられてしまえば、逃れることは出来ない。
 彼は濁流のように花滑を日の当たらないところから、太陽直下の青春の舞台に引きずり出してしまったのだ。
 花滑としてはそれは憎むべきことではなく、戸惑い一色だった。
 だが、一番の問題はひゆそのもの。彼との接触高位が次第次第に彼の心臓に負担をかけていく。今まで同級生たちとのコミュニケーションを断っていたせいで、ひゆとの触れあいに慣れないからこうなるのか、もっと特別な感情にまで発展しているのか。正直にそこが問題だった。
「さ、ハナちゃん、行こうぜ、俺たちの学び舎が待っている」
 多くの生徒が辟易するような登校日さえ、彼をブルーな気分にはさせないらしい。明るくにこっと笑うと、ひゆは花滑の首を捕まえた。突然握られた手に、心臓が喉元にまでせりあがってくるような驚きにびくっと身体が反射した。
「急がないと切られるぞ」
 ええい、もうどうにでもなれ。
 ひゆに急かされるまま、花滑は走った。
 その向かう場所に何が待っているのかも知らずに。

(了)

✿7月16日:
花滑はなすべりひゆGreen purslane
 ポーチュラカです。花言葉は「いつも元気」。陽光を燦々と浴びて咲く小さなお花というイメージ。夏、ですからねぇ。
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