線香花火

阿沙🌷

文字の大きさ
1 / 4

しおりを挟む
 今夜の花火大会は中止だそうだ。踊っていた胸のときめきも沈下してしまう。
「だから言ったのに」
 窓を打つ雨脚がだんだんと強くなってきた。透明なそれは室内の光景を反射して、柚葵ゆずきと茜の姿を外界に透かして写す。柚葵がこぼした小言が耳に届いたのか、あかねが困ったように肩を落とした。
「ごめんなぁ」
 予報でも雨だった。
 それでも旅行を決行したのは、なかなか合わない二人のスケジュールが合致したというだけではなく、この日に行きたいと茜がねだったからだ。
 柚葵はテレビのリモコンを手に取った。ニュースの画面に切り替わる。彼の知らない局だ。テレビに流れる電波が違うことに毎回旅によって気づかされる。
「あ、明日もだな」
 予報図にショックを受けた茜は残念そうに唇を噛んだ。
「ま、とりあえず乾杯でもして寝よう」
 青年はあえて明るい声を出す。備え付けの小さな冷蔵庫の中から缶ビールを取り出してプルタブを上下した。
「俺はお前となら、どこだって楽しいしさ」
「お前の言葉は心にしみるなぁ」
「なんだよ! ほら、飲めって!」
 アルミ缶を口元で傾けると茜の喉仏も上下した。
「明日、手持ち花火でも買ってくるか」
「は? 家庭用の小さいやつ?」
「ああ、うん」
「うわ、懐かしいな。中学以来だ」
 昔のことを思い出して、柚葵の頬が紅潮した。
 初めて柚葵が茜に思いを告げられたのもそんな時分だ。
 三年もクラスが同じでずっと同級生をやっていた彼。卒業前に引っ越すと聞いて、最後の夏に友人たちと集まって持ち寄った花火をした。
「線香花火で一番長く持ったやつが勝ち、覚えてる?」
「うん。柚葵は一番に負けて、悔しそうにしてたな」
「でもその後、誰かさんがわざと自分のを落っことして、敗者は仲良くコンビニでアイス買ってきます~なんて言ってさ」
 その後の通り道、ふと立ち止まった茜の真剣な表情を月光が照らす。瞬く夜空と静寂を保つ夜の闇が二人の間に流れ込んできて――。
「一世一代の告白だったんだぜ。だけどその後うやむやにされちゃったよな」
「バカ。その後すぐにいなくなっちゃったのは茜だろ」
 顔を見合わせて笑う。
 その後の二人の物語はいくらか時を経なくてはならない。
 だが二人が再会した時、あの時の線香花火のように爆ぜる橙が胸の内に灯ったのだ。
「馬鹿みたいだよな、俺たち」
「え~俺茜と同類?」
「何だよ、不満かよ!」
「バカ、冗談だよ」
 その時、ふと思い出した。茜が線香花火を落とした日付。
 ちょうど十年前のなのか、と。
 
 (了)

----
✿当作は2019.08.24に一次創作BL版深夜の真剣一本勝負さんにお題『旅行/線香花火/「だから言ったのに」』で創作したものです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...