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閉じ込められてきみを待つ
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今日こそは。何度そう思っただろうか。
両手の指では数えきれないほどだと冷静になればなるほど、その日は遠くなる。
五木は不甲斐ない自分にやるせなくなって肩を落とした。吐き出す溜め息は周囲の空気に溶けて消えて、待っているのはいつもの日常だ。いい加減、決めなくては。
市内のとある大型食料店。学業の間に始めたアルバイトも仕事を覚え始めてきたころ、同じ時期にバイトを始め、同じ部署に配属された吉瀬という男と親しくなった。
土日を中心に授業のない曜日を選んでシフトを入れる五木と違って、吉瀬は平日中心にシフトを取っている。顔を合わせるのはさほど多くはない。だが主婦や中年層の多い職場で、大学生と高校生、年の近さのためか、距離はすぐに縮まった。
「へえ、吉瀬くん、まだ高校生なんだ」
「ええ」
「えっ、でも、高校生ってこんな平日仕事できるの?」
「俺、通信制なんで」
聞けば答える。吉瀬は言葉少なだがその分が表情に出る。あどけない、純情。そんな言葉が似合うような彼には深い人付き合いが苦手な五木でも惹かれた。
ただそれだけでは済まなくなってしまったのが困ったことなのだ。仕事仲間として、友人として、魅せられているのだったらそれで良かった。年下の男相手に妙な気を起さないままでいれたら良かったのだ。
そうであったなら、何度も、何十回も、何百回も、今日こそはと思うのを繰り返さずに済んだのに。
更衣室で作業着に着替えながら、何回も頭の中で練習してみる。仕事仲間から、友人から、一歩進んだ関係をせまる言葉の練習。あれやこれやと脳内に浮かばせることはできても、彼を目の前にしてそれを吐き出すことが出来ないでいた。
「今日もだめかなぁ」
独り言をつぶやきながら、バックにある冷凍庫へと足を踏み入れた。
バイト始めのころは、スーパーの裏側にこんなにも巨大な装置があるとは思いもしなかった。まるで空想科学の世界にある謎の機械のように、自分の身長より大きなサイズの鉄の扉が目の前に立ちはだかったときの感動を覚えている。
触ると冷たいので軍手をはめて頑丈な扉を開ける。
「あー、やっぱりストレートに『好きです』とか? でも男相手にそれじゃ、伝わんないかな。大体、彼自体がストレートな気が……ってあれ!?」
がちゃん。嫌な音が背中の向こう側から聞こえてきて、五木は振り返った。その視界に入ったのは閉まった扉。しまった。次に庫内の電気が消えた。
「わ、ちょっと入ってます、入ってます!!」
冷凍庫の閉め忘れだと間違えて外側から閉められてしまったらしい。急いで扉に走り寄る。暗闇で扉を叩いてもびくともしない。手元の間隔だけで扉の裏側にあるレバーの存在に気が付いたとき、猛烈に後悔の念が押し寄せてきた。
扉の裏側には防止のためのレバーがある。これを押し出しておけば、後から誰かが閉め忘れと間違えて扉を閉めたとしても閉まらない仕組みになっている。庫内に入る際はあらかじめ、きちんとレバーを確認してから入ることになっているのだ。その点検を怠った。
頭の中を吉瀬への想いでお花畑一面状態だったことに、恋に溺れるのもいい加減にしなくてはならなかったと反省することしか出来ない。
「どうすんだよ……これ」
どうすればいいのだろうと考えていると、ズボンのポケットが震えた。
「あ、あれ?」
スマホだ。そうか、外部と連絡を取ればいいんだ。そう思って取り出した携帯の画面を見て唖然とする。電池のパラメータはまさかの二パーセント。程なくして電源が落ちた。
「ま、じか……」
目の前が真っ暗とはこのことかもしれない。実際につけっぱなしと間違えられて電気まで消されてしまったらしいし。困った。それ以外に何も浮かばない。
そのとき、がちゃんと外扉が鳴った。寄り掛かっていた扉が手前に引かれるのにつられて五木の体も倒れる。ぱっと差し込んできた光とともに、ずっと心の中に住み着いて離れない男の姿が現れた。
「五木さん、何してるんで」
「吉瀬くぅぅん!!」
五木は冷凍庫の扉を開けて迎えに来てくれた彼へと腕を大きく広げた。そのまま彼の体を捕まえて抱き着く。
「すきだよぉぉ」
「はあ。すきですか」
「ほんと、本気で好きです!」
「それならちゃんと電気つけてくださいね。あと、冷たいです。離れてください」
吉瀬はぴったりとくっついてくる五木を面倒だと言わんばかりに払いのけて、冷凍庫の電気のスイッチをいれた。灯る庫内。先ほどまで五木が閉じ込められていた場所だ。
「俺、今日仕事する分、出してきますんで。五木さん、そこで待っててください」
「吉瀬くん」
「五木さん、体温下がっているんで入るともっと冷えちゃいますから」
吉瀬の淡々とした態度に、助かった喜びと助けられた嬉しさで舞い上がっている五木は温度差を感じずにはいられない。けれど、助けてもらったのはこちらなのだ。
「ありがとう、吉瀬くん。まじで凍死するかと思った」
「それは困りますね。だって、今日は五木さんと組める日でしょう。一緒に仕事できなくなるのは困る。……それから」
吉瀬は言葉を切った。
「それから何?」
「えっと、ここにも閉じ込められ防止の装置ついてて、ここ押すと内側からも出れます」
扉の裏側のレバーの上部に黒いゴム状のボタンが装着されていた。
「まじすか」
「まじです」
「勉強になります」
「なって良かったです。あと、俺にひっつくのはよしてください。すきってのも。多分、それ吊り橋効果です。……勘違いしたくないので」
「え?」
「あと、電話。かけたのに出ないなんてずるいですよ」
「あっ、さっきの吉瀬くん!?」
「ええ。先輩がなかなか来ないのでしびれ切らして」
「そっか、番号教えといて良かったなぁ」
「良くないです。途中で電源切ったの分かっているんですからね」
「ちが、あれは不可抗力で……ってちょい待ち! 今さっき、吉瀬くん、めちゃくちゃ大事なこと、言ったよね」
「なんですか?」
「も一回言って!」
「だから、何なんですか。仕事しましょうよ」
何か得したような、損したような。そんな一日だった。
(了)
ーーーー
✿当作は2020年07月18日に第397回一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負さんよりお題「絶対零度/電話/今日こそは」をお借りして創作したものです。恐ろしいことに五分間オーバーしました。いつもお世話になっております。
両手の指では数えきれないほどだと冷静になればなるほど、その日は遠くなる。
五木は不甲斐ない自分にやるせなくなって肩を落とした。吐き出す溜め息は周囲の空気に溶けて消えて、待っているのはいつもの日常だ。いい加減、決めなくては。
市内のとある大型食料店。学業の間に始めたアルバイトも仕事を覚え始めてきたころ、同じ時期にバイトを始め、同じ部署に配属された吉瀬という男と親しくなった。
土日を中心に授業のない曜日を選んでシフトを入れる五木と違って、吉瀬は平日中心にシフトを取っている。顔を合わせるのはさほど多くはない。だが主婦や中年層の多い職場で、大学生と高校生、年の近さのためか、距離はすぐに縮まった。
「へえ、吉瀬くん、まだ高校生なんだ」
「ええ」
「えっ、でも、高校生ってこんな平日仕事できるの?」
「俺、通信制なんで」
聞けば答える。吉瀬は言葉少なだがその分が表情に出る。あどけない、純情。そんな言葉が似合うような彼には深い人付き合いが苦手な五木でも惹かれた。
ただそれだけでは済まなくなってしまったのが困ったことなのだ。仕事仲間として、友人として、魅せられているのだったらそれで良かった。年下の男相手に妙な気を起さないままでいれたら良かったのだ。
そうであったなら、何度も、何十回も、何百回も、今日こそはと思うのを繰り返さずに済んだのに。
更衣室で作業着に着替えながら、何回も頭の中で練習してみる。仕事仲間から、友人から、一歩進んだ関係をせまる言葉の練習。あれやこれやと脳内に浮かばせることはできても、彼を目の前にしてそれを吐き出すことが出来ないでいた。
「今日もだめかなぁ」
独り言をつぶやきながら、バックにある冷凍庫へと足を踏み入れた。
バイト始めのころは、スーパーの裏側にこんなにも巨大な装置があるとは思いもしなかった。まるで空想科学の世界にある謎の機械のように、自分の身長より大きなサイズの鉄の扉が目の前に立ちはだかったときの感動を覚えている。
触ると冷たいので軍手をはめて頑丈な扉を開ける。
「あー、やっぱりストレートに『好きです』とか? でも男相手にそれじゃ、伝わんないかな。大体、彼自体がストレートな気が……ってあれ!?」
がちゃん。嫌な音が背中の向こう側から聞こえてきて、五木は振り返った。その視界に入ったのは閉まった扉。しまった。次に庫内の電気が消えた。
「わ、ちょっと入ってます、入ってます!!」
冷凍庫の閉め忘れだと間違えて外側から閉められてしまったらしい。急いで扉に走り寄る。暗闇で扉を叩いてもびくともしない。手元の間隔だけで扉の裏側にあるレバーの存在に気が付いたとき、猛烈に後悔の念が押し寄せてきた。
扉の裏側には防止のためのレバーがある。これを押し出しておけば、後から誰かが閉め忘れと間違えて扉を閉めたとしても閉まらない仕組みになっている。庫内に入る際はあらかじめ、きちんとレバーを確認してから入ることになっているのだ。その点検を怠った。
頭の中を吉瀬への想いでお花畑一面状態だったことに、恋に溺れるのもいい加減にしなくてはならなかったと反省することしか出来ない。
「どうすんだよ……これ」
どうすればいいのだろうと考えていると、ズボンのポケットが震えた。
「あ、あれ?」
スマホだ。そうか、外部と連絡を取ればいいんだ。そう思って取り出した携帯の画面を見て唖然とする。電池のパラメータはまさかの二パーセント。程なくして電源が落ちた。
「ま、じか……」
目の前が真っ暗とはこのことかもしれない。実際につけっぱなしと間違えられて電気まで消されてしまったらしいし。困った。それ以外に何も浮かばない。
そのとき、がちゃんと外扉が鳴った。寄り掛かっていた扉が手前に引かれるのにつられて五木の体も倒れる。ぱっと差し込んできた光とともに、ずっと心の中に住み着いて離れない男の姿が現れた。
「五木さん、何してるんで」
「吉瀬くぅぅん!!」
五木は冷凍庫の扉を開けて迎えに来てくれた彼へと腕を大きく広げた。そのまま彼の体を捕まえて抱き着く。
「すきだよぉぉ」
「はあ。すきですか」
「ほんと、本気で好きです!」
「それならちゃんと電気つけてくださいね。あと、冷たいです。離れてください」
吉瀬はぴったりとくっついてくる五木を面倒だと言わんばかりに払いのけて、冷凍庫の電気のスイッチをいれた。灯る庫内。先ほどまで五木が閉じ込められていた場所だ。
「俺、今日仕事する分、出してきますんで。五木さん、そこで待っててください」
「吉瀬くん」
「五木さん、体温下がっているんで入るともっと冷えちゃいますから」
吉瀬の淡々とした態度に、助かった喜びと助けられた嬉しさで舞い上がっている五木は温度差を感じずにはいられない。けれど、助けてもらったのはこちらなのだ。
「ありがとう、吉瀬くん。まじで凍死するかと思った」
「それは困りますね。だって、今日は五木さんと組める日でしょう。一緒に仕事できなくなるのは困る。……それから」
吉瀬は言葉を切った。
「それから何?」
「えっと、ここにも閉じ込められ防止の装置ついてて、ここ押すと内側からも出れます」
扉の裏側のレバーの上部に黒いゴム状のボタンが装着されていた。
「まじすか」
「まじです」
「勉強になります」
「なって良かったです。あと、俺にひっつくのはよしてください。すきってのも。多分、それ吊り橋効果です。……勘違いしたくないので」
「え?」
「あと、電話。かけたのに出ないなんてずるいですよ」
「あっ、さっきの吉瀬くん!?」
「ええ。先輩がなかなか来ないのでしびれ切らして」
「そっか、番号教えといて良かったなぁ」
「良くないです。途中で電源切ったの分かっているんですからね」
「ちが、あれは不可抗力で……ってちょい待ち! 今さっき、吉瀬くん、めちゃくちゃ大事なこと、言ったよね」
「なんですか?」
「も一回言って!」
「だから、何なんですか。仕事しましょうよ」
何か得したような、損したような。そんな一日だった。
(了)
ーーーー
✿当作は2020年07月18日に第397回一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負さんよりお題「絶対零度/電話/今日こそは」をお借りして創作したものです。恐ろしいことに五分間オーバーしました。いつもお世話になっております。
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
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本当にありがたく思います。
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