異世界召喚、あるいは神隠しの片隅で

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異世界召喚、あるいは神隠しの片隅で

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※この主人公がアタオカ異常者なだけです!

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 入田いりたあゆみは、やっと変わった信号に歩き出す。
 途中まではいつもの下校ルートだが、先日あゆみの通う聖智女子高等学校の1年生が行方不明になったらしく、父親から近くの別の高校に通う妹と一緒に帰って来るようにと言われていた。
 ただの家出かもしれないのに本当に面倒だと、溜息を吐く。
 しかも今日は雨で、憂鬱に拍車がかかる一方だ。

 別に妹・入田いりためぐみと仲が悪い訳ではない。
 ごく普通の姉妹だが、その待ち合わせさえなければ、友達とコンビニや駅前のクレープ屋に寄り道出来るのに…と、本当にささやかな不満を感じてしまうだけだ。

 横断歩道を渡ってコンビニの角で曲がり、住宅街の少し細めの道路に入ってちょっと行くと『雨龍神社』がある。
 あゆみはそこで、めぐみと待ち合わせをしている。
 妹の通う水無江高校は、その通りを更にまっすぐ行った所にあるのだが、最寄り駅へのルートを考えると、そこで待ち合わせをするのが効率的だったのだ。

 雨のせいもあってひっそりとした神社は、少々不気味だ。
 名前から察せられるかもしれないが、この近辺では昔、旱魃かんばつによる飢饉があり、雨乞いの為の人柱伝説なんかがあるせいか、普段から訪れる人は少ない。
 他にも神隠し伝説や水鬼伝説なんかもあるにはあるが、どれもこれも所謂いわゆる都市伝説の域を出ない。

 道に面した鳥居から境内を覗くと、既にめぐみが奥の社の軒下で待っていた。
 何時もと同じように近づいていくと、足音か何かで気付いたようで、めぐみが笑顔を向けてきた。
 口元が動いているが、まだ距離があるのと、雨音のせいで何と言っているのかわからない。
 まぁお姉ちゃんとか何とか、ありふれた言葉だろうと思うが。何となく声を掛け返した方が良いのかと、妹の名を呼んだ。

 その刹那、まだ遠いめぐみの足元が白く光ったように見えた。
 声はまだ聞こえない。
 だがめぐみの表情は間違いなく驚愕に縁どられていた。

 目を見開き、あえぐようにあゆみの方を見て口を大きく動かしている。
 手を伸ばし、必死にあゆみの方へ近づこうとするのに、めぐみの身体はゆっくりと光る地面に沈み込んでいく。

 到底信じられない光景に、あゆみはただ見つめる事しか出来ない。

 その間にもめぐみの身体は沈み続け、とうとう全てが飲み込まれてしまった。
 めぐみを飲み込んだ地面の光が、まるで水面のように波紋を描き、そしてその光も消え失せる。

 後にはめぐみが手に持っていた傘と学生鞄だけが残されていた。


 その後の記憶は酷く曖昧で、気付けばあゆみは病院に居た。
 全部が非現実的で、夢か幻だとしか思えない。
 現に、ぼんやりとしたあゆみの視界は灰色で埋め尽くされ、虚ろに揺らぐだけだ。

「あゆみ…」

 そっと気遣うような声に、父親が傍に居た事に気付く。
 途端に世界が色付いて動き始めた。

 白衣の医師や看護師に混じって、何故か強面の人がちらほらと目につく。

「あゆみ…何があった?」

 話しかけてくる父親の傍に、その強面の、見知らぬスーツの男性が近づいてきた。
 一瞬何を聞かれているのかわからなかったが、徐々にさっき見た光景が瞼に蘇る。
 父親の隣の男性が、軽く会釈をして話しかけてきた。

「失礼します。
 〇〇警察の横井といいます。
 気がつかれたばかりですみませんが、お話を聞かせて貰えますか?」

 何を話せと言うのだろう。
 見たままを話したところで、一体誰が信じると言うのだ?
 正直あゆみ自身でさえ、あの光景が現実だとは思えないでいるのに…。

 言葉が出ないまま、泣き始めたあゆみに、父親も横井と名乗った男性も困惑顔だ。
 しかし、どう話して良いかもわからず、あゆみは泣く事しか出来ない。

 気付けば警察の人も居なくなっていた。
 特に怪我をしたとかではないが、転倒時に頭を打っているかもしれないからと、入院する事になったが、それほどかからずに帰宅許可が出た。

 父親が迎えに来てくれた車中で、憔悴した父親が話したのは、妹・めぐみが行方不明になったと言う事。
 境内に傘と学生鞄だけが残されていて、其処から離れた鳥居近くであゆみは倒れていたらしい。
 実際には倒れていたあゆみを、通り掛かった人が発見し通報した所、境内の奥に残されためぐみの傘と学生鞄が発見されたのだそうだ。
 だが、倒れて意識を失っていたあゆみが、譫言で妹の名を何度も呼んでいたらしく、あの事態になったと聞かされる。

 現段階では事件性を疑うものの、これといった手掛りもなく、捜査は行き詰っているとの事だった。

 普段から人があまり訪れない神社の境内と言う事、更に雨と言う事もあって目撃者は居ない。
 だが学生鞄には財布が入っていたらしく、家出とは思えない状況。
 品行方正で成績も良い。引っ込み思案で大人しい性格のめぐみだが、交友関係は少ないながらも良好で、そこからも家出の可能性は低いと判断されているのだとか…。

 一応神社の池等も捜索したようだが、遺留品は無し。
 境内の中だったので交通事故は考えにくいし、一番考えられるのは拉致、誘拐だが、そうなると脅迫状等がなければ、地道な捜査をするしかないと言う話だそうだ。

「あゆみはやっぱり何も見てない? 覚えてないのか?」

 沈痛の色を濃く滲ませた父親が、絞り出すように聞いてくるが、あの光景をどう説明しろと言うのかと、あゆみは唇を噛んで俯いてしまう。
 自分でも夢じゃないのかと思うし、反対に聞かされる立場になったとしたら、間違いなく正気を疑うだろう。

 そんなあゆみの様子に、父親も口を閉ざした。
 直接誘拐犯を見たとかはなくても、一番に現場を見たあゆみが、誰より辛いだろうと思えば、何も言えないし問えない。

「すまない…酷な事を聞いてしまった…。
 暫く学校も休んで良いからな」

 父親の方こそ憔悴しているだろうに、あゆみを気遣ってそんな事を言う。
 それにあゆみは頷きを返す事しか出来なかった。




 日々過ごすうちに、周囲もあゆみも落ち着きを取り戻して行く。

 どれほど憔悴しようが、萎れようが、そんな事情の忖度なしに、時間は過ぎるし、お腹だって減るのだ。
 日常は無慈悲に繰り返しを要求してくる。

 ―――変わらない日常……

 だが、確実に変わったものがある。

 めぐみの不在で、家の空気は変わってしまった。

 元々父子家庭の3人家族だ。
 長女のあゆみは、顔だけでなく不器用さも父親そっくりで、普段の家事は器用なめぐみが、一手に引き受けていた。
 そのめぐみがいなくなったので、事件以降の食事はコンビニ弁当と総菜ばかりになってしまっている。

 心労に加えてそんな事情も重なり、あゆみも父親もどんどんしおれていった。それに加え、あゆみは本当の事を誰にも話せないと言うもやもやもあって、やつれる一方になっていく。

 そんな父娘を見兼ねた近所のオバ様達が、御裾分けだ何だと気にかけてくれるようになった。
 これまでも、挨拶等の御近所づきあいは普通にしていたが、それ以上にこまやかに気にかけてくれるようになっていたのだ。

『あゆみちゃん、ちゃんと食べてるのかい?』
『可哀想に……あんなにやつれちまって…』
『今日、ちょっと作りすぎちまったんだよ、良かったら…』

 そんな気遣いが、父娘の心にみ入る。
 ご近所だけじゃなく、友達もとても気に掛けてくれた。
 違う学校に通っていて接点の少ない兄弟姉妹の事なんて、態々わざわざ話題にしないと言う単純な理由だったのだが、最初はとても言い難そうに、それでもめぐみの事を知った友達が様子を見に来てくれたり、プリントなんかを持ってきてくれる度に、心から心配してくれた。
 
『大丈夫?』
『あゆみの事、みんな心配してる』
『何かあったら連絡して』

 あゆみが見た光景が事実なら、何処どこをどう探したとしても、めぐみが見つかる事はない。
 だから言うに言えず、それがストレスになっているだけなのに、誰もが本気で心配してくれるのだ。

 『めぐみ』ではなく『あゆみ』を。


 今日なんてめぐみの彼氏が訊ねてきた。
 写真は見せて貰った事があったけど、写真よりずっとイケメンで……そんな彼に『大丈夫ですか?』と気遣われ、ちょっぴりときめいてしまう。

 不謹慎だってわかってる。
 だけどあゆみに彼氏なんて居なくて、慣れていないのだから仕方ないではないか。

 あゆみの方が明るくて友達も多いのに、女子高だから出会う機会がなくて彼氏なんて最初から無理だった。
 めぐみは大人しくて友達も少ない。なのに進学校で共学で、彼氏まで居てズルい。

 儚げに涙ぐんで見せれば、彼氏君は少し頬を染めたように見えた。
 居なくなっためぐみより、近くにいるあゆみの方が良いって事かなと、気分が浮き立つ。

(そうよね。
 普通の男子なら、近くにいる女の子の方が良いに決まってる)

 ちょっとだけ妹の彼氏を誘惑してみたいなんて考えが浮かんだけど、それが形になる前に次の思考に意識が捕らわれる。

 (だけど、あれって何だったのかな?
 神隠し? それとも妖怪に喰われたとか?
 いろんな昔話がある地域だし、そう言うのがあってもおかしくないけど。
 あ、もしかして流行の異世界召喚とか?
 まぁ、どれにしたって、もう、めぐみが戻って来る事はない。
 あはは、そう、もう戻ってこない!
 …って………ない…よね?)

 そこまで考えて、あゆみは自分の考えに愕然とした。

 妹の心配をしていた事は嘘じゃない。
 居なくなって悲しいし、寂しいのは本当だ。

 明るくてどっちかと言うと社交的で活発なあゆみ。
 そのあゆみの影に隠れように大人しくて引っ込み思案なめぐみは、本当にあゆみを慕っていたし、あゆみも可愛がっていた……。
 何かにつけて『お姉ちゃん』『お姉ちゃん』と、幼い頃から後ろにくっついてきて……鬱陶しかった……。

 ………あれ…?

 あゆみは過った感情に頬を引き攣らせた。

(あれ……めぐみの事…鬱陶しいって思ってた?)

 そう……鬱陶しい。
 一度言葉にしてしまえば、それが正解だとしか思えなくなる。

(あぁ、なんだ。
 あたし、めぐみの事、大嫌いだったんだ)

 大人しくて何時だってあゆみの後ろに隠れるばかりの癖に、あゆみより頭が良くて器用で、その上器量良しなめぐみに、あゆみは気付かないうちにかなりなコンプレックスを抱えていたようだ。
 心配していたのは本当なのに、悲しんでいたのも本当なのに、湧き上がってくるのは、どうしようもない喜び。
 甘美で仄暗い喜悦。

(はは、私立の女子高にしか行けなかったあたしへの当てつけだよね。
 近くの、しかも公立の進学校に行ってさ。
 鼻も低くて父さんそっくりなあたしは不器用さまで似てて……それなのにめぐみはお母さん譲りの美人に育っちゃって………羨ましい…悔しい…妬ましい…
 嫌い…大嫌い。
 憎い

 あ~あの子が居なくなって、皆あたしを気にかけてくれて、何て気持ちが良いんだろ。
 ふふ、もうあの子と比べられなくて済むって、何て気分が良いんだろ)

 あゆみはふと窓の方へ顔を向けた。
 昨日までは晴れてたのに、今日はどんより曇り空。
 そう待たずに雨も降り出すだろう。

 父親は仕事の傍ら、行方不明になっためぐみを探す事に必死で、大抵夜遅くにならないと帰ってこない。
 あゆみは思い立って、傘を手に出かける。

 途中で雨が降り出し、手にした傘を広げて辿り着いたのは、めぐみが消えた雨龍神社。
 相変わらず、忘れ去られたようにひっそりと佇む鳥居を抜けて社の方へ進む。

 確かこの辺りだと、あゆみは足を止めて地面を見下ろした。
 その場にしゃがみ込んで、雨に揺れた石畳に指先を這わせた。

「ふふ。
 めぐみの物も居場所も…何一つないから、二度と戻ってこないでね」

 あゆみは小さく呟いて、ニッと独り笑った。






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