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後編
しおりを挟む『お前か…』
罪人の意識からすると、喋っているのは青年なのに、身体が罪人の物のせいで女性の声になっているのが、とても不思議に感じる。
『お前が掛けたくだらない呪いは、存外効果があったな…。
だが、ここまでだ』
そう言うや、手を翳すと中年女性の肌は、更に皺が刻み込まれ、見る間に干からびていく。
そして終いにはゴトリと中年女性は床に頽れ、その衝撃で砕け散った。
「きゃああぁぁぁぁ!!!」
叫んだうら若き女性の髪は、艶やかな灰色だったのに、一瞬で茶色に変わった。
「……ぁ、嘘…」
『お前の母親が、こいつに呪いをかけた』
青年は女性に話しかけながら、自身の身体…罪人の身体と指し示した。
叫んでいた女性は見開いた目を向ける。
中年女性が砕け、女性……恐らく罪人の異母姉だろう女性の色が変わり始めるのと同調して、罪人の色も変わり始めた。
汚れもあって、燻み元の色等わからなくなっていた髪色が、見事な銀色に変わる。瞳の色も黒から深紅へと変貌した。
「…嘘…よ…。
そんな、どうして……何でお前なんかに王色が出るの!?
返せ!!
それはわたしの色よ!!」
姉姫は鬼の形相となり、罪人に襲い掛かる。
しかし、その凶手が罪人に届くより先に、姉姫の身体は細切れになった。
罪人の深紅の瞳が、立ち竦んで震える男……恐らく罪人の父親でこの国の王だろう……ソレの身体を射すくめる。
『馬鹿で愚かな奴だ。
色欲に溺れ、始祖より続いたこの地を穢したゴミめ……』
青年の言葉に、王がピクリと震えた。
「…始祖よ、り……ぁ、あぁぁ……まさか…」
王はそのまま膝まづく。
そして観念したかのように、その頭を垂れる。
その後には音もなく、血の花が咲いた。
何時の間に火の手が上がっていたのだろう。
誰ぞ逃げる時に燭台でも引っ掛けたか…。
血の色に塗れた場所から離れ、大きな窓をぶち破る。
遠く、まるで玩具の様な城下が見える。
小さな家々には多くの人が暮らしているのだろう。
それを見ながら青年は呟いた。
【この地には悪い気が…悪魔の力って呼ばれるモノが溢れてるんだ。
止まる事なく溢れる悪い気を、それでも人が住めるようにと、願い、託した。
なのにいつの間にこんな穢れに塗れてしまったのか……。
もっと早く気づいて居れば、お前にも、人々にも苦渋を与えずに済んだだろう。……許してくれ…】
あぁそうか…と、罪人は合点がいった。
自分の身体を今支配する青年は、この地に安住の地を築いたと言う始祖王だ。
彼は死して尚、この地の安寧を願い見守っていたのだろう。
それなのに、人々は感謝を忘れ、搾取し、怠慢を是とするようになった。
だからこれはきっと天罰。
堕ちた人々に課せられた試練だ。
城下にも混乱が波及したのだろう。
人々の叫びが、何故か聞こえる。
【今一度言う。
目を閉じ、耳を塞げ。
これより一時とは言え、地獄絵図になるだろうから】
その後は白い闇にのまれ、全てが曖昧となった。
罪人は気付けば真っ白な……上も下も、何もかもが真っ白な場所に倒れていた。
ゆっくりと上体を起こす。
どうやら身体の主導権は罪人に戻っているらしい。
そのままゆっくりと、周囲を確認する様に顔を巡らせる。
すると、人影が視界に入った。
一人は空間と同じく真っ白で……だけどとても穏やかそうな好々爺と言った雰囲気の老人。
その隣には銀髪の青年が不貞腐れたように座り込んでいた。
【ぉぉ、気付いた様じゃぞ】
青年は視線だけ罪人に向けてるが、直ぐにその視線も外してしまう。
それだけでは足りないのか、罪人にくるりと背を向けてしまった。
【しょうのない奴じゃのう…】
老人は罪人の方へ顔を向ける。
【済まぬが、後は頼む。
此奴も其方の言葉なら耳を傾けよう】
そう言い残して老人はひょこひょこと歩き去って行った。
何とも言いようのない空気の中に置き去りにされたものである。
どうすれば良いのか悩んだ末に、罪人は青年に向かって頭を下げた。
「あの……ありがとうございました」
青年はギョッとしたように振り向き、罪人を見つめる。
「えっと……懲らしめてくれたんですよね?」
懲らしめるというのがどの程度なら許されるのか、罪人にはわからない。
わからないが、翌朝には罪人は斬首されるところだった。
顔も知らぬ母親は、不義の子を孕んだ等と、ありもしない罪をでっちあげられ殺されたと聞いている。
だから、可哀想とも思わなかった。
そんな自分は間違いなく壊れているのだろう。
最後には城下の人々にまで天罰は降り注いだ。
それの是非もわからないが、やはり可哀想だとまでは思えなかった。
やっぱり、どうしようもなく自分は壊れ歪んでいるのだろう。
そう思い、つい目を伏せて黙り込むと、いつの間にか青年が傍らに近づいてきていた。
【何度でも言う。
お前は悪くない。
悪いのは俺だから……ずっと救えなくてごめん。
すっと苦しい思いをさせてごめん。
こんな目に合わせる為に、力を渡した訳じゃなかったのに……】
青年……いや、始祖王はもしかしたら神の御使いなのかもしれない。
なら謝罪など不要だ。
きっとあの地に暮らす人々が罪に塗れていたのなら、自分が罪人なのも当然なのだろう。
「私は罪人ですから…」
【違う!!】
叫びと同時に始祖王が罪人を抱き締めた。
【罪人なんかじゃない…。
あの地を浄化し続ける為の力は、元々君のものじゃないか……リズベル】
「りず…べ、る…?」
【そうリズベル。
君の元の名だよ。
あぁ、もしかして気に入らなかった? それはそうだよな……元はそうだったと言っても。もう違う人間だったんだし】
慌てる始祖王に罪人は首を横に振る。
「名……嬉しい。
ずっと罪人と呼ばれるだけで、名前なんてなかったから」
【そっか…良かった】
どうやら罪人の魂の元の持ち主を知っているらしい。
リズベルと呼ばれて、心が躍った。
【やっと会えた。
なぁ、これからは一緒に居ちゃダメか?
俺はずっと傍に居たい…居たかったんだ】
罪人……いや、リズベルはその言葉に記憶の蓋が開くのを感じる。
あれは自分が先立つ時の言葉…彼を残して逝く時に聞いた。
「ぁ……ァ…アシュレイ…?」
【!】
息が詰まる程の強い抱擁に、リズベルは助けてと言う様に始祖王…アシュレイの背を叩いた。
【ご、ごめん!】
視線が交差し、互いに微笑み合う。
アシュレイが立ち上がった。そして手を差し伸べてくる。
おずおずとその手に自身の手を重ねれば、グイっと引かれ、そのまま再び彼の腕の中に納まった。
【すっごい業腹だけどな…でも、リズベルが居るなら良い。
もう一度あの地を浄化しよう。
悪い気を払って、また一緒に暮らそう】
何故業腹なのか気になって、訊ねてみると、あの地には大地の力の結節点があるのだそうだ。
そのせいで悪い気が集まりやすく、神々も困り果てているらしい。
だからこれは神様達からの依頼でもあるのだと言う。
どのみちリズベルには断る気なんてない。
罪人として生きた時間は、ただ寂しく苦しく辛いだけだった。
でも、これからはアシュレイが居る。
リズベルとして生きたあの時代、たった一人…アシュレイだけを愛した。
その記憶が鮮やかに蘇る。
アシュレイとなら罪でも何でも背負って歩ける。
そして二人、眩い光に覆われた場所へと進んで行った。
これから…ずっと離れる事のないあの地へと。
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