【完結済】25年目の厄災

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後編




『お前か…』

 罪人の意識からすると、喋っているのは青年なのに、身体が罪人の物のせいで女性の声になっているのが、とても不思議に感じる。

『お前が掛けたくだらない呪いは、存外効果があったな…。
 だが、ここまでだ』

 そう言うや、手を翳すと中年女性の肌は、更に皺が刻み込まれ、見る間に干からびていく。
 そしてしまいにはゴトリと中年女性は床にくずおれ、その衝撃で砕け散った。

「きゃああぁぁぁぁ!!!」

 叫んだうら若き女性の髪は、艶やかな灰色だったのに、一瞬で茶色に変わった。

「……ぁ、嘘…」
『お前の母親が、こいつに呪いをかけた』

 青年は女性に話しかけながら、自身の身体…罪人の身体と指し示した。
 叫んでいた女性は見開いた目を向ける。
 中年女性が砕け、女性……恐らく罪人の異母姉だろう女性の色が変わり始めるのと同調して、罪人の色も変わり始めた。

 汚れもあって、くすみ元の色等わからなくなっていた髪色が、見事な銀色に変わる。瞳の色も黒から深紅へと変貌した。

「…嘘…よ…。
 そんな、どうして……何でお前なんかに王色が出るの!?
 返せ!!
 それはわたしの色よ!!」

 姉姫は鬼の形相となり、罪人に襲い掛かる。
 しかし、その凶手が罪人に届くより先に、姉姫の身体は細切れになった。

 罪人の深紅の瞳が、立ち竦んで震える男……恐らく罪人の父親でこの国の王だろう……ソレの身体を射すくめる。

『馬鹿で愚かな奴だ。
 色欲に溺れ、始祖より続いたこの地を穢したゴミめ……』

 青年の言葉に、王がピクリと震えた。

「…始祖よ、り……ぁ、あぁぁ……まさか…」

 王はそのまま膝まづく。
 そして観念したかのように、その頭を垂れる。


 その後には音もなく、血の花が咲いた。



 何時の間に火の手が上がっていたのだろう。
 誰ぞ逃げる時に燭台でも引っ掛けたか…。

 血の色に塗れた場所から離れ、大きな窓をぶち破る。

 遠く、まるで玩具の様な城下が見える。
 小さな家々には多くの人が暮らしているのだろう。
 それを見ながら青年は呟いた。

【この地には悪い気が…悪魔の力って呼ばれるモノが溢れてるんだ。
 止まる事なく溢れる悪い気を、それでも人が住めるようにと、願い、託した。
 なのにいつの間にこんな穢れに塗れてしまったのか……。
 もっと早く気づいて居れば、お前にも、人々にも苦渋を与えずに済んだだろう。……許してくれ…】

 あぁそうか…と、罪人は合点がいった。
 自分の身体を今支配する青年は、この地に安住の地を築いたと言う始祖王だ。
 彼は死して尚、この地の安寧を願い見守っていたのだろう。

 それなのに、人々は感謝を忘れ、搾取し、怠慢を是とするようになった。


 だからこれはきっと天罰。

 堕ちた人々に課せられた試練だ。


 城下にも混乱が波及したのだろう。
 人々の叫びが、何故か聞こえる。

【今一度言う。
 目を閉じ、耳を塞げ。
 これより一時とは言え、地獄絵図になるだろうから】







 その後は白い闇にのまれ、全てが曖昧となった。


 罪人は気付けば真っ白な……上も下も、何もかもが真っ白な場所に倒れていた。
 ゆっくりと上体を起こす。

 どうやら身体の主導権は罪人に戻っているらしい。
 そのままゆっくりと、周囲を確認する様に顔を巡らせる。

 すると、人影が視界に入った。
 一人は空間と同じく真っ白で……だけどとても穏やかそうな好々爺と言った雰囲気の老人。
 その隣には銀髪の青年が不貞腐れたように座り込んでいた。

【ぉぉ、気付いた様じゃぞ】

 青年は視線だけ罪人に向けてるが、直ぐにその視線も外してしまう。
 それだけでは足りないのか、罪人にくるりと背を向けてしまった。

【しょうのない奴じゃのう…】

 老人は罪人の方へ顔を向ける。

【済まぬが、後は頼む。
 此奴こやつ其方そちの言葉なら耳を傾けよう】

 そう言い残して老人はひょこひょこと歩き去って行った。
 何とも言いようのない空気の中に置き去りにされたものである。

 どうすれば良いのか悩んだ末に、罪人は青年に向かって頭を下げた。

「あの……ありがとうございました」

 青年はギョッとしたように振り向き、罪人を見つめる。

「えっと……懲らしめてくれたんですよね?」

 懲らしめるというのがどの程度なら許されるのか、罪人にはわからない。
 わからないが、翌朝には罪人は斬首されるところだった。
 顔も知らぬ母親は、不義の子を孕んだ等と、ありもしない罪をでっちあげられ殺されたと聞いている。
 だから、可哀想とも思わなかった。
 そんな自分は間違いなく壊れているのだろう。

 最後には城下の人々にまで天罰は降り注いだ。
 それの是非もわからないが、やはり可哀想だとまでは思えなかった。

 やっぱり、どうしようもなく自分は壊れ歪んでいるのだろう。
 そう思い、つい目を伏せて黙り込むと、いつの間にか青年が傍らに近づいてきていた。

【何度でも言う。
 お前は悪くない。
 悪いのは俺だから……ずっと救えなくてごめん。
 すっと苦しい思いをさせてごめん。
 こんな目に合わせる為に、力を渡した訳じゃなかったのに……】

 青年……いや、始祖王はもしかしたら神の御使いなのかもしれない。
 なら謝罪など不要だ。
 きっとあの地に暮らす人々が罪に塗れていたのなら、自分が罪人なのも当然なのだろう。

「私は罪人ですから…」
【違う!!】

 叫びと同時に始祖王が罪人を抱き締めた。

【罪人なんかじゃない…。
 あの地を浄化し続ける為の力は、元々君のものじゃないか……リズベル】
「りず…べ、る…?」
【そうリズベル。
 君の元の名だよ。
 あぁ、もしかして気に入らなかった? それはそうだよな……元はそうだったと言っても。もう違う人間だったんだし】

 慌てる始祖王に罪人は首を横に振る。

「名……嬉しい。
 ずっと罪人と呼ばれるだけで、名前なんてなかったから」
【そっか…良かった】

 どうやら罪人の魂の元の持ち主を知っているらしい。
 リズベルと呼ばれて、心が躍った。

【やっと会えた。
 なぁ、これからは一緒に居ちゃダメか?
 俺はずっと傍に居たい…居たかったんだ】

 罪人……いや、リズベルはその言葉に記憶の蓋が開くのを感じる。

 あれは自分が先立つ時の言葉…彼を残して逝く時に聞いた。

「ぁ……ァ…アシュレイ…?」
【!】

 息が詰まる程の強い抱擁に、リズベルは助けてと言う様に始祖王…アシュレイの背を叩いた。

【ご、ごめん!】

 視線が交差し、互いに微笑み合う。
 アシュレイが立ち上がった。そして手を差し伸べてくる。

 おずおずとその手に自身の手を重ねれば、グイっと引かれ、そのまま再び彼の腕の中に納まった。

【すっごい業腹だけどな…でも、リズベルが居るなら良い。
 もう一度あの地を浄化しよう。
 悪い気を払って、また一緒に暮らそう】

 何故業腹なのか気になって、訊ねてみると、あの地には大地の力の結節点があるのだそうだ。
 そのせいで悪い気が集まりやすく、神々も困り果てているらしい。
 だからこれは神様達からの依頼でもあるのだと言う。

 どのみちリズベルには断る気なんてない。
 罪人として生きた時間は、ただ寂しく苦しく辛いだけだった。
 でも、これからはアシュレイが居る。
 リズベルとして生きたあの時代、たった一人…アシュレイだけを愛した。
 その記憶が鮮やかに蘇る。
 アシュレイとなら罪でも何でも背負って歩ける。

 そして二人、眩い光に覆われた場所へと進んで行った。
 これから…ずっと離れる事のないあの地へと。






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