【完結済】悪役令嬢の妹様

文字の大きさ
14 / 157
2章 気付けなかったフラグ

7



 本日、只今、大絶賛現在進行形で、この世の幸福をエリューシアは堪能していた。








 朝起きて自室の窓から見上げた空模様は、暗く重そうな雲に覆われていて、陰鬱な気分になったが、そんなものはエリューシアの朝の支度にやってきたナタリアから後に齎される言葉で吹き飛んでしまう。


 ―――…………「(ナタリアでございます)」

 ラステリノーア公爵家の場合、朝の支度の為に訪れる使用人は決まっていて、状況によってはそのまま寝かせておくこともある為ノックなどはしない。
 一応扉前で小さく名を告げるだけだ。

 まだエリューシア付きのメイド達は居ても、専属はついていない為、メイド長のナタリアが毎朝やってくる。
 とはいえ、エリューシアはここでも手のかからない子供で、毎朝ナタリアが訪れる前に起床し、洗顔などは魔法で済ませてしまっているのだ。

「おはようござい…ますです、の」

 西洋風の名前も、日本人とはとても言えない容姿も、使用人達に傅かれるのも慣れたと言えば慣れたが、未だに言葉が何とも微妙だ。
 前世、会社で挨拶する時は相手が年下であろうが『おはようございます』だった。何と言うか…もう慣用句的な?
 そう、夜であってもその日初顔合わせだったりしたら『おはようございます』、出社したばかりで疲れている訳でなくても『お疲れ様です』みたいなものだ。
 まぁナタリアもそのうち是正されるだろうと諦めたのか、見て見ぬふり、ならぬ聞いて聞かぬふりをしてくれている。

「おはようございます。まぁ、もうお着替えまで……もう少し私の仕事を残しておいてくださいませ」
「ぁ、あは……でも、このくらい自分で…」
「お嬢様のお世話をさせて頂けないのは、悲しうございます。まぁ、エリューシアお嬢様は魔法が達者でいらっしゃるので、あまり手を必要とされないのでしょうが」
「ぇっと……ぁ、そう、髪はお願い、します……その、上手くまだ…」
「勿論でございます。さ、こちらへ」

 椅子に座るよう促した後、その淡く真珠の輝きのような光を放つサラサラの髪に、ナタリアは櫛を当てて通す。
 エリューシアの髪は見た目だけでなく、その他も色々と人間離れしているというか、常識が通用しなかった。
 まず、全く癖がつかない。寝癖などもつくことがないのだ。それ故とても結ったりするのが大変なのである。
 他にも染色が出来ない。もし染色できればここまで秘されずとも良かったのだろうが、染色液だけでなく染粉も受け付けてくれない。
 染粉を髪に擦り付けても、その瞬間染粉は色を失くす、と言った具合だ。


「今日は少しサイドを編みこんでみましょうね」

 ナタリアがニコニコと編んでいる様子に、エリューシアは首を微かに傾けた。
 いつもなら朝食の前に少し勉強をするし、それだけでなく昼寝だとか魔法鍛錬だとかがあるので、邪魔にならないように後ろで軽く結ぶだけに留めるのが常なのに、今日は少々異なっていて、表情に若干怪訝な色が浮かぶ。

「奥様が領都で人気のお菓子を買っていらっしゃったのです。それで今日のご予定は変更して欲しいとの事で」
「まぁ! じゃあ今日はお母様やお姉様と御一緒できるのですか!?」
「はい、そう伺っておりますよ」
「嬉しい……ほんとならとても嬉しいわ!」

 朝起きた時の空模様は、ここ最近珍しくない。珍しくないどころか、少し前まで長雨が続き、昨日あたりからやっとマシになった程度だったのだ。
 とはいえ、すっかり晴れたわけでもなく、湿度は高いままだが、そんな陰鬱な気分は一気に消し飛んだ。


 普段からの堅実な領地経営が幸いし、ラステリノーア公爵家の所領には大きな影響はなかったが、他では作物の根腐れは勿論、小規模とは言え洪水なども発生していたようで、最近は父アーネストだけでなく、母セシリアも、姉アイシアも頻繁に領都へ出向いていたのだ。
 しかし、今日は在宅可能と言うなら、少しは目途が立ったのだろう。エリューシアは自分で実際に見たり聞いたりしたわけではなかったが、邸内のピリピリした空気は感じていたので、ホッと胸を撫で下ろした。
 ただ不安がない訳ではない。長雨の影響は今年は勿論、来年以降にも残るだろうと言われている。

 目途が立ったとはいえ、まだまだ忙しいのか、朝食後、アーネストは休息もそこそこに執務室へ向かっていった。
 母も少し仕事を抱えているようで、早々に席を立ったが、それさえ済めば久しぶりにゆっくりと過ごせるとの事だ。

 そして冒頭の状態へ至る。

 父はちらりと顔だけ出してまたすぐに戻って行ったが、母と姉は本当に時間が取れたようで、今エリューシアの前で和やかにお茶を楽しんでいる。
 しかしセシリアの顔色が少し悪い気がして、折角のお茶の時間に水は差したくなかったが、どうしても気にかかって訊ねた。
 推し姉アイシアやセシリアとの時間は本気で嬉しいが、欠片だって無理はしてほしくないのだ。

「お母様……その、大丈夫ですか? まだお顔の色が…」
「あらあら、エルルに心配かけてしまうなんて、私ったら」

 セシリアだけではない。姉アイシアも5歳のお披露目会以降、孤児院の慰問などを行っていて日々忙しくしている。その合間に魔法の鍛錬や勉強もしているので、エリューシアとあまりのんびりする時間が取れないでいた。

「シアお姉様も……とても心配です」
「まぁ、エルル。私のエルル。そんな顔をしないで頂戴? 私は大丈夫。エルルの顔を見たら吹き飛んでしまったわ」

 うん、まだ御年一桁の子供の言うセリフじゃないと突っ込んでも良いだろうか…。

「本当に。でも領都は落ち着いたわね。本当に良かったわ」
「はい、孤児院の子供達も外に出られず、ずっと院内でお勉強などをしていましたが、今日からはお仕事も再開すると言っていました」

 ラステリノーア公爵家領地の孤児院は、当然公爵家がバックアップしているが、子供達はいずれ院を出て独り立ちしなければならない。
 その為簡単な読み書きという勉強や、アルバイト的に仕事を経験しているのだ。その事に賛否両論あるだろうが、それは前世日本人的感覚であって、この世界では普通……いや、かなり恵まれているのだ。
 酷い所など、孤児院が率先して人身売買をしているところなどもある。

「そう、アイシアも慰問に行ってくれてありがとう。大変だったでしょう?」
「そんな、私ができることなんて少ないですもの」
「孤児院の子供達は元気なのよ、えぇ、もう、本当に元気過ぎてこちらの体力が持たないのよね」

 苦笑交じりなセシリアとアイシアの話ではあるが、それを聞けるだけで、幸福感が半端ない。
 ニコニコと大人しく聞いているエリューシアに気付いたセシリアが、眉尻を困ったように下げた。

「ごめんなさい。エルルが聞いても楽しくないわね」
「いえ、お母様。もっとお聞きしたいです。
 今はまだ私は外に出られません。ですが、いずれお母様やシアお姉様のお役に立ちたいです」
「エルル……あぁ、私の妹はどうしてこんなに良い子なのかしら…」

 エリューシアの言葉に感動しているらしい姉と母には申し訳ないが、本人は至って真面目に、煩悩に塗れているに過ぎない。
 今だって『ハッ! 眼福ツーショット!! 頂きましたぁああ! あざーーーっす!!』と言葉には出さないが、心の内で悶絶しつつ叫んでいるのだ。

「このまま落ち着いてくれればよいのだけど」
「そうですね、隣領では橋が壊れたとか…」

 沈痛な面持ちになったアイシアとセシリアの顔を見つめる。
 隣領と言えば、確か干からびた死体殺人事件のあった所ではなかっただろうか。
 何と言うか……そんな猟奇的というか不可解な事件があったばかりで、治安の悪さに拍車をかけていただろうに、そこへ水害と言う打撃まで加わったとは、泣きっ面に蜂とはこの事だろうと、エリューシアがしみじみ感じていると、何やら廊下側が騒がしい。

 母娘3人がお茶を楽しんでいる部屋は、一階の中庭に面した一室で、正面玄関から近くはないが遠くもないと言う位置にある。
 中庭に面した扉の外はテラスのようになっていて、一応念の為、扉は閉じ、窓の方だけ、レースのカーテンはしたままだが開けている。今日は商会が来る予定もなかったので、そうしていたのだが、これは閉じたほうが良いのだろうか。

 ―――コンコンコン

 ノックの音にセシリアが返事をすれば、静かにナタリアと、5歳のお披露目を機に、アイシア専属となったヘルガが入ってきた。

「失礼いたします。奥様……」
「どうしたの? 騒がしい様だけど、何かあったのかしら?」
「はい、実は…」



感想 12

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~

ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。 絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。 彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。 営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。 「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」 転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。 だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。 ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。 周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。 「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」 戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。 現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。 「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」 これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる

アミ100
ファンタジー
国立大学に通っていた理系大学生カナは、あることがきっかけで乙女ゲーム「Amour Tale(アムール テイル)」のヒロインとして転生する。 自由に生きようと決めたカナは、あえて本来のゲームのシナリオを無視し、実践的な魔法や剣が学べる魔術学院への入学を決意する。 魔術学院には、騎士団長の息子ジーク、王国の第2王子ラクア、クラスメイト唯一の女子マリー、剣術道場の息子アランなど、個性的な面々が在籍しており、楽しい日々を送っていた。 しかしそんな中、カナや友人たちの周りで不穏な事件が起こるようになる。 前世から持つ頭脳や科学の知識と、今世で手にした水属性・極闇傾向の魔法適性を駆使し、自身の過去と向き合うため、そして友人の未来を守るために奮闘する。 「今世では、自分の思うように生きよう。前世の二の舞にならないように。」

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。