16 / 157
2章 気付けなかったフラグ
9
中庭の方へ走って行くネイサンの背中から視線を剥がし、アーネストにこの場を任せて、セシリアは娘達のいる部屋へと足を向ける。
淑女としてギリギリどうかと言う速度で足を進めるが、さっきまでお茶を楽しんでいた部屋のドアノブに手をかけて開いた丁度その時、パァァンという鋭く甲高い音と眩い光に感覚を奪われた。
時は少し遡って、セシリアがナタリアと共に部屋から出ていった後の事。
慌ただしい展開にエリューシアもアイシアも、暫し呆然としていたが、部屋に呼び入れられた護衛騎士のロベールが、止まったようになっていた空気を静かな声掛けで破った。
「アイシア様、エリューシア様、御心配には及びません。賊が侵入した等という事態ではありませんから」
ロベールが幼い令嬢二人に優しく声をかけながら、控えていたヘルガに目配せをする。まだ少女と言って良い年齢のヘルガだったが、それを正しく理解したようで、冷めたお茶を淹れ替え、お菓子も追加で置いた。
「何があったのです?」
不安が混じったのか、やや硬さを内包した声音でアイシアが訊ねる。
「私も詳細は聞かされていないのですが、どうやら隣領の方々がお見えになったようです」
「そう」
まだ幼い少女なのに、似合わぬ難しい表情を浮かべるアイシアに、エリューシアも沈痛な面持ちになってしまう。
エリューシアと違い、父母について領内の事も学び始めているアイシアがそんな表情をするという事は、あまり良い事態ではないのだろう。気掛かりがあるのなら、話を聞きたいし、何なら悩み相談だってウェルカムだ。
とはいえ、エリューシアは…中身は兎も角、見た目はアイシアより幼い幼女でしかない。それに最推し令嬢であるアイシアには『可愛い妹』と思われたい。それはもう切実なほどに!!
その為にはグッとお口を貝にすることだって苦ではない……気にはなるが、後で得られた情報を整理するだけで満足しようと思う。
そう思っていたのだが……。
「エルルは何か気づいたかしら?」
生意気な口を叩くことなく、『可愛い妹』と愛でて欲しさに必死に幼女の振りをするのだが、それを知ってか知らずか、アイシアは時折こうしてエリューシアにも意見を求める。
アイシアは5歳のお披露目以降、父母による領地の勉強とは別に、数名の家庭教師もつき、本格的に教育を受け始めた。
一方エリューシアはと言うと、日々勉学に励んでいるとは言え独学で、どうしたってアイシアに敵うはずはないし、エリューシアというか真珠深の感覚だが、年上と同じ目線で話す幼児など、疎まれるのではないかという恐怖心もあるのだ。
槍が降ろうと天地がひっくり返ろうと、シアお姉様に嫌われたくないのだが、こうして意見を求めて来るという事は、反対に幼子であってもおバカは嫌いなのかもしれない。
そう思うのだが、嫌われたくないと言う感情がどうしても払拭できず、つい口の開くのも、おずおずとした躊躇いがちなものになってしまう。
「お隣の領の人が、先触れもなく来たなら…火急の用件かなと思います」
「えぇ、そうね。続けて」
「ぇっと……とても重要で、とても急ぐ御用となると、今なら……ずっと続いていた雨が原因かもしれないと思います」
「えぇ、えぇ!」
「だけど公爵家の領地内は落ち着いてきたから、今日はお父様もお母様も、シアお姉様も出かけなかったのですよね?」
「私もそう聞いていたのよ。だけど……」
「お隣の領で何かあったか、その影響がこちらまで届きそうなのではないでしょうか?」
「私もそう思うわ。隣領の影響となると街道の寸断、難民の流入、他となると…」
「難民の流入なら、その後の治安悪化も気にしなきゃいけませんよね? 他にお隣と跨るものとなると……ぁ、川」
エリューシアが呟いた『川』と言う単語にアイシアも反応する。
「そうだわ。あぁ、私のエルルはなんて賢いのでしょう。私の自慢の妹だわ」
ぱぁっと満面の笑みを見せるアイシアに、エリューシアは頬を染めて見惚れる。
(お姉様、本日も眼福です!!)
「確かあちらの方が上流になる川があったわ。そこで何かあった可能性もあるわね」
「はい! お姉様」
会話の内容は正直あまり御令嬢らしくないが、公爵家ではドレスやアクセサリーの流行の話等より、余程話題に上る回数が多い。
エリューシアは大抵先に自室に戻るので、あまり知らなかったが、領経営などのお堅い話が飛び交うのが日常茶飯事だ。
「ヘルガは何か聞いてないかしら?」
「私…で、ございますか?」
「えぇ、さっきもナタリアと一緒に来たでしょう?」
「正面玄関の方が騒がしくなり、隣領の方々が来られたという事しか…申し訳ございません、詳しい話は私は聞いておりません」
「そう、ロベールはどう?」
自分に振られると思っていなかったのか、一瞬きょとんとした顔を晒すが、すぐにそれを引き締めるのは、流石公爵家の騎士と言った所だろう。
「自分も大差ないです。詳細を知る前に部屋の護衛に当たりましたから」
今わかる範囲ではこのくらいだろうか。
妄想や憶測をふんだんに盛り込んで良いなら、また違った展開も想像できるかもしれないが、あまり盛り込みすぎても良くないだろう。
室内の空気が落ち着き始めたその時、中庭の方から何か声が微かに聞こえる。
「(待…! そっち……くれ)」
「(見つけ………まえま…か?)」
一人は執事見習いのネイサンの声に聞こえる。
他にもロベールの同僚騎士の声がしている。
それにいち早く反応したのはロベールだ。すっと身を少し低くし中庭側の方へ進み出る。テラスに続く大きな窓越しに外の様子を窺い、ついで開いたままの窓を閉めようと、そちらに手を伸ばした。
「(見つけ…! おい、暴れ…な!!)」
「(こ…つ! 持って……なせ!! あ!!)」
外の声が息を呑んだ様に鋭くなったその時、ロベールが閉めようと手を伸ばした窓の隙間から何か飛び込んできた。
咄嗟にその何かを止めようとロベールが手を伸ばす…が、その小さな何かはロベールのグローブの先を掠め、僅かに軌道が変わったものの、本当に僅かだった為そのままほぼ軌道は変わらず奥へ……そして…
パァァァアアアアアァァンンン!!!!
甲高い炸裂音のような音と共に室内が閃光に埋め尽くされる。
その後間髪入れずギュンンッという音が鳴ったかと思えば、外から幾つかの悲鳴が飛び込んできた。
ほぼ同時に廊下側からセシリアも飛び込んできたが、ゆるゆると眩しい程の光が収まった後、室内に居た者が見た光景は、酷く幻想的な光球の乱舞だった。
エリューシアの周りをまるで守護するかのように光のオーブが舞い踊り、その軌跡が更に光の欠片を散らしていて、息を呑むほどに美しい光景。
しかし外…中庭の方ではネイサンと騎士、そして悪ガキが一名、泡を吹いて倒れていた。
そう、この時エリューシアは新たな力を得ていた……いや、元々あった物が発露しただけかもしれないが。
それは………
―――エリューシアは精霊防御を発動!!
―――エリューシアは精霊カウンターを発動!!
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~
ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。
絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。
彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。
営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。
「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」
転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。
だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。
ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。
周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。
「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」
戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。
現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。
「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」
これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。
【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する
影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。
※残酷な描写は予告なく出てきます。
※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。
※106話完結。
乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる
アミ100
ファンタジー
国立大学に通っていた理系大学生カナは、あることがきっかけで乙女ゲーム「Amour Tale(アムール テイル)」のヒロインとして転生する。
自由に生きようと決めたカナは、あえて本来のゲームのシナリオを無視し、実践的な魔法や剣が学べる魔術学院への入学を決意する。
魔術学院には、騎士団長の息子ジーク、王国の第2王子ラクア、クラスメイト唯一の女子マリー、剣術道場の息子アランなど、個性的な面々が在籍しており、楽しい日々を送っていた。
しかしそんな中、カナや友人たちの周りで不穏な事件が起こるようになる。
前世から持つ頭脳や科学の知識と、今世で手にした水属性・極闇傾向の魔法適性を駆使し、自身の過去と向き合うため、そして友人の未来を守るために奮闘する。
「今世では、自分の思うように生きよう。前世の二の舞にならないように。」
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました
菱沼あゆ
ファンタジー
妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。
残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。
何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。
後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。
(小説家になろうでも掲載しています)
転生したので好きに生きよう!
ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。
不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。
奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。
※見切り発車感が凄い。
※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。