【完結済】悪役令嬢の妹様

文字の大きさ
135 / 157
5章 不公平の傍らで

36




 見晴らしの良い高台に、どこか砦のような印象を残す大きな邸が聳え立っている。
 魔具による照明だけでなく、松明も掲げられ、夜の帳の中で一際目立っていた。

 そこからそれなりに離れた茂みの中、フード付きの黒いマントを纏った3つの人影が見える。

「あそこが宰相ザムデンの領地の館か?」
「…… さあ、私は存じません」
「チッ…使えない使用人だ」
「…… 」
「仕方ない…俺が行くのが一番手っ取り早そうだ。
 全く……港に入る事も出来ないなんて聞いてないぞ……何かあったらここの宰相を頼れって言われてるから、これで何とかなるだろう」

 3人のうち1人が立ち上がり、煌々と照らし出される大きな建物へ足を向けた。


 ゆっくりと歩いて行く背中を見送る2つの人影の片方は、そっと視線を外して嘆息する。

「…… どうします? アンタ1人くらいなら連れてってあげますけど?」
「え?」
「…… お嬢さんは何にも聞かされずに来たんでしょう?
 なにしろ王女サマを探しに行こうとしてたくらいですし」
「…クッキー…貴方…」

 そう、彼らは上陸許可証を待たずに不法上陸したオザグスダム王子と侍女、そして王女の付き添いの伯爵令嬢だ。
 どうやら口ぶりから察するに、伯爵令嬢だけはユミリナ置き去り計画を知らなかったようだ。恐らく彼女が眠るか離れるかしていた間に、王女を捨ててきたのだろう。

「アンタも脅された口なんじゃないんです?」
「わ…わた、しは…」

 渋っていたシシリー・ヌサロフ伯爵令嬢だが、暫くして口を開いた。

「わたし…お姉様と違って婚約者も見つからなくて、このままじゃ家に置いておけないって……だから仕事をやると言われたの。
 全く勉強の出来ない王女の代わりに、そこを担って役に立って来いって…」
「あぁ、なるほどね。
 確かにあの王女サマはマナーすら学ばせて貰ってないですからね」

 シシリーはこくりと頷いた。
 彼女達の生国オザグスダムは、リッテルセンよりも男尊女卑が酷い。
 女性と言うだけで物扱いなんて普通の事。
 家長は当然だし、後継である男子が相手であっても、どんな無茶振りでも従わなければならない。
 貴族の娘として政略の駒にも使えない場合、家が没落した等の理由がなくとも娼館に売られるなんて日常茶飯事過ぎて、感覚が麻痺する程だ。

「アタシが受けた命令は王女と王子を、リッテルセンに置いてくる事だけで、アンタの事は命じられてないんですよね。
 だから戻りたかったら一緒に連れてってあげますよ。
 まぁ、ここに居たってアンタ1人じゃ生きていけるとも思えませんけど、どうします?」
「ッ! そ、それって……」
「あぁ、王女が可哀想とか、そんな平々凡々な感想は求めちゃいないんで、口出ししないでもらえると助かります。
 あの国じゃ普通の事ですよ。
 とりあえず命令に従ってりゃ生きていく事は出来ますから……あそこでも、ね…。
 ただまぁ…今回はちょっとばっかし雲行きが怪しいんで、早々に退散したいんですよ」

 シシリーは何とも言いようのない表情のまま、下唇を噛みしめる。
 言葉の端々から、今回の事は計画的だった事に気付いたのかもしれない。

「…クッキーは王子王女付きの侍女じゃなかったの?」
「は? 王宮内のモノ…それが生きてる人間であっても、あそこじゃその所有権があるのは王だけですよ。
 王の命令は絶対。叩き込まれませんでしたか?」
「…いえ、貴方の言うとおりね。
 だけど……だけど貴方と違って私は命じられた事を遂行出来ていないわ……そんな私が戻っても…」
「アンタ1人くらいなら、長に言えば働き口くらい何とでもなると思いますけどね。それとも平民に落ちぶれたくはないですか?」

 シシリーは何度も何度も首を横に振った。

「平民になるのなんて平気よ。
 だって、どうせ家でもこき使われてたし……だから料理も掃除も……馬の世話だって出来るわ。
 ………だけど…だけど、娼館に売られるのは嫌…」
「なら合格ですよ。
 で…どうします?」
「……一緒に連れてって」
「んじゃ王子のせいでこの場が慌ただしくなる前に行きますよ」
「………」

 決意はしたものの、やはり自国の王子王女を見捨てるのは気が引けるのか、シシリーの足が動かない。

「はぁ……オザグスダムの王子王女なんて、ただのモノですよ。
 起爆剤になれば御の字って奴です。
 そう言う役目を担わせられるから、あそこの王も中央も、ぼんくら王子王女を飼い続けてるんですよ…その現状はアタシら程度じゃ変えようがありません。
 可哀想だと思えば、自分が傷つくだけだからやめた方がイイですよ。

 とりあえず夜陰に乗じないと、こっちも危うくなります。
 行きますよ」

 シシリーは王子は兎も角、ユミリナへは憐憫の情があったが、今はそれに目を瞑る。
 正直リッテルセン王国へ来るときに使った船は使えないだろう。
 となれば陸路となるが、ソーテッソ山脈越えなんて途方もなさ過ぎて想像も出来ない。しかしこのままここに居ても不法上陸者として捕縛されるだけだ。
 どう考えても足手纏いにしかならないシシリーを、何故クッキーが連れて行こうとしているのか、その理由はわからないが、今は生きる為にそれに縋りつく。

 立ち上がって見下ろしてくるクッキーに頷きで返事をして、シシリーはマントについたフードを深く被り直した。






「何者だ」

 魔具と松明の灯りに照らし出された兵士が、長い槍を突きつけてくる。

「ま、待て! 待ってくれ! そのザムデン宰相に会いたい!」

 兵士達からすれば、黒いマントを羽織った不審者でしかなく、その不審者の言葉に更に槍を構え直した。

「…何者だ」

 わらわらと緊張した面持ちの兵士達が集まってくる中、流石に不味いと感じたらしい。

「お、俺はユトーリッ! オザグスダムの王子だぞ!!
 港に行ったんだが、何故か拘束されそうになったからこっちにわざわざ来てやったんだ。
 さっさと通せよ!」

 兵士達の緊張とざわめきが、沈静化するどころか高まった事を感じて、ユトーリは慌てた。

「おい、誰か報告して来てくれ」

 槍を構えたままの兵士の一人が声高に叫ぶ。
 彼等の後方がざわついたから、報告に走った者が居るのだろう。
 それを見ていたユトーリも『これで一安心だ』等と、何故か槍を構えられているにも拘らずホッと安堵の吐息を零していた。

 暫くして兵士が1人駆け込んでくると、槍を構えていた兵士達が少し動いて道を作った。
 その間を通って近づいてくる男性の姿か見える。
 就寝前だったのかシャツ姿の軽装ではあるものの、所作から貴族である事がわかる。
 しかしユトーリが思い描いていた人物ではなかった。
 ユトーリ自身、リッテルセンの宰相と会った事はなく、白髪の老人だと聞かされただけだったが、近づいてくる男性はダークブラウンの髪を後ろで一括りにしており、それだけでも宰相ではないとわかる。

「だ……誰だ…。
 俺はオザグスダムの王子だぞ…宰相を出せ」

 男性はこの場に不似合いな程、にっこりと微笑んだ。

「その名、お間違いないですか?
 証明出来る何かはお持ちですか?」

 他国とは言え王族に対し、不遜な物言いをする男性に怒りが込み上げるが、ここでごねても仕方ないので自分を見下ろす。

「あ……そうだった…紋章入りの装身具はクッキーに預けたままだった…くそッ…あ、そう、これならどうだ!」

 ユトーリは前髪を片手であげる。
 その額には確かにオザグスダムの紋章が彫り込まれていた。

「なるほど……彫物程度では偽装も出来ますから、この場で貴方をオザグスダムの王子殿下と判じる事は出来ませんが……。
 どちらにしろ……」

 男性は笑みを深め、嫌味にも思える程恭しく一礼する。

「申し遅れました。
 私…リッテルセン王国外交官でマクナス・ウズォーダンと申します。

 貴方が王子殿下であってもなくても、どちらにせよ……拘束しろ」

 淡々と紡がれた言葉に、兵士達が一斉に動き、ユトーリはあっさり取り押さえられた。

「き、貴様ッ!! どう言うつもりだッ!?」
「貴方が王子殿下であった場合は、不法上陸をした者として。
 王子殿下でなかった場合は、身分詐称をした者として……どちらにせよ捕縛する事になるんですよ」
「ッな……」

 もう興味はないとばかりに身を翻したマクナスは、近くに居た兵士の一人に指示を出してから館の中に戻って行く。

 取り押さえられたユトーリは、それを呆然と見送る事しか出来なかった。





感想 12

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ギルドの受付嬢はうごかない ~定時に帰りたいので、一歩も動かず事件を解きます~

ぱすた屋さん
ファンタジー
ギルドの受付嬢アイラは、冒険者たちから「鉄の女」と呼ばれ、畏怖されている。 絶世の美貌を持ちながら、常に無表情。そして何より、彼女は窓口から一歩も動かない。 彼女の前世は、某大手企業のコールセンター勤務。 営業成績トップを走り抜け、最後には「地獄のクレーム処理専門部署」で数多の暴言を鎮めてきた、対話術の怪物。 「次の方、どうぞ。……ご相談ですか?(クローズド・クエスチョン)」 転生した彼女に備わったのは、声の「真偽」が色で見える地味な能力。 だが、彼女の真の武器は能力ではなく、前世で培った「声のトーン操作」と「心理誘導」だった。 ある日、窓口に現れたのは「相棒が死んだ」と弔慰金をせしめようとする嘘つきな冒険者。 周囲が同情し、ギルドマスターさえ騙されかける中、アイラは座ったまま、静かにペンを走らせる。 「……五秒だけ、沈黙を差し上げます。その間に、嘘を塗り直すおつもりですか?」 戦略的沈黙、オウム返し、そして逃げ場を塞ぐイエス・セット。 現代のコールセンター術を叩きつけられた犯人は、自らその罪を吐き散らし、崩れ落ちる。 「あー、疲れた。一五分も残業しちゃった。……マスター、残業代三倍でお願いしますね」 これは、一歩も動きたくない受付嬢が、口先だけで悪を断罪し、定時退勤を目指す物語。

【完結】男爵令嬢は冒険者生活を満喫する

影清
ファンタジー
英雄の両親を持つ男爵令嬢のサラは、十歳の頃から冒険者として活動している。優秀な両親、優秀な兄に恥じない娘であろうと努力するサラの前に、たくさんのメイドや護衛に囲まれた侯爵令嬢が現れた。「卒業イベントまでに、立派な冒険者になっておきたいの」。一人でも生きていけるようにだとか、追放なんてごめんだわなど、意味の分からぬことを言う令嬢と関わりたくないサラだが、同じ学園に入学することになって――。 ※残酷な描写は予告なく出てきます。 ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムに掲載中です。 ※106話完結。

乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる

アミ100
ファンタジー
国立大学に通っていた理系大学生カナは、あることがきっかけで乙女ゲーム「Amour Tale(アムール テイル)」のヒロインとして転生する。 自由に生きようと決めたカナは、あえて本来のゲームのシナリオを無視し、実践的な魔法や剣が学べる魔術学院への入学を決意する。 魔術学院には、騎士団長の息子ジーク、王国の第2王子ラクア、クラスメイト唯一の女子マリー、剣術道場の息子アランなど、個性的な面々が在籍しており、楽しい日々を送っていた。 しかしそんな中、カナや友人たちの周りで不穏な事件が起こるようになる。 前世から持つ頭脳や科学の知識と、今世で手にした水属性・極闇傾向の魔法適性を駆使し、自身の過去と向き合うため、そして友人の未来を守るために奮闘する。 「今世では、自分の思うように生きよう。前世の二の舞にならないように。」

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

まず、後宮に入れませんっ! ~悪役令嬢として他の国に嫁がされましたが、何故か荷物から勇者の剣が出てきたので、魔王を倒しに行くことになりました

菱沼あゆ
ファンタジー
 妹の婚約者を狙う悪女だと罵られ、国を追い出された王女フェリシア。  残忍で好色だと評判のトレラント王のもとに嫁ぐことになるが。  何故か、輿入れの荷物の中には、勇者の剣が入っていた。  後宮にも入れず、魔王を倒しに行くことになったフェリシアは――。 (小説家になろうでも掲載しています)

【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした

きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。 全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。 その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。 失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。

転生したので好きに生きよう!

ゆっけ
ファンタジー
前世では妹によって全てを奪われ続けていた少女。そんな少女はある日、事故にあい亡くなってしまう。 不思議な場所で目覚める少女は女神と出会う。その女神は全く人の話を聞かないで少女を地上へと送る。 奪われ続けた少女が異世界で周囲から愛される話。…にしようと思います。 ※見切り発車感が凄い。 ※マイペースに更新する予定なのでいつ次話が更新するか作者も不明。