【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

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【序章】ある雪の日に -0歳

リンデルが生まれた日のお話

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 盛者必衰、栄枯盛衰。
 すべての文明は栄えては滅び、また芽生える。

 そんな歴史の流れから取り残されたかのように、この国と周辺諸国にはもう三百年以上も戦争がなかった。

 突如現れては人々を食い荒らす魔物。
 最大の脅威であり共通の敵である魔物を前に、各国は協力体制を取らざるをえなかった。

 今日もどこかで魔物が生まれ、雄叫びをあげる。
 失った何かを求めるように。

 魔物に食われる人が、魔物を憎む人を生み出す。

 人が魔物を憎むほどに魔物は強くなり、魔物が強くなるほどにそれを討つ人もまた強くなった。



 そうして人と魔物の屍が幾重にも積まれたこの国に、少年は生まれた。



 雪のちらつく静かな夜に、王都から離れた小さな屋敷で。
 麦穂のような温かい金色の瞳と髪を持って生まれた男児は、リンデルと名付けられた。






 リンデルが産声を上げる頃、城下町の一角に居を構えた重厚な屋敷で一人机に向かって黙々と勉強をしている黒髪の少年がいた。

 長い髪を後ろで一つに括った十歳ほどの小柄な少年ロッソは、大きな黒い瞳を瞬かせて窓の外を見た。
 ちらつく雪を目にして、ロッソは凍える白い手で上着を羽織ると手をすり合わせてから、またペンを取る。
 少年が覚えなくてはならない事は山のようにあって、手を止めている暇はなかった。

 同じ年頃の子ども達がこの雪を弾む気持ちで眺め明日雪が積もっていたら何をして遊ぼうかと考えている間も、ロッソは懸命に知識を蓄える。
 将来、勇者様を支える者として役立つために。

 血筋により勇者に全てを捧げる事を生まれながらに宿命とされた少年は、幼い頃から歴代勇者達の英雄譚を子守歌にして育ち、必然的に勇者という存在を神聖視していた。

 勇者はその立場上、任期中に女性と関係を持ってはならない。
『勇者様に身を捧げ慰める事が許されるのは、比類なき栄誉だ』と少年は教わった。

 その学習の為には体の成長を待つ必要があるらしい。
 まだ何も知らない少年は、ただぼんやりとその日を楽しみにしながら、毎日勉学と鍛錬に励んでいた。






 その頃、王城にほど近い王立防衛学校の寮では金髪碧眼の青年レインズがベッドの上で「はぁ、いよいよ春から入隊かぁ」と呟いていた。
 同じ部屋の窓際のベッドで本を読んでいた黒髪の青年ルストックが「嫌なのか?」と尋ねながら本にしおりを挟んで閉じる。
「嫌っつーか、できることならずっと学生でいたいよなーって話」
 レインズのぼやきに、寝支度をしていた同室の後輩たちが口々に同意する。
 一方、静かなベッドでは寝息も聞こえはじめていた。

「そうか? 俺は楽しみだよ」
 そう答えたルストックはカーテンをすこしだけめくって「ああ、冷えると思ったら、雪か」と呟いた。
 その言葉に、翌早朝の外訓練がある生徒が小さく嘆く。

 時計を見上げたルストックが「そろそろ灯りを落とすぞ」と声をかけて立ち上がると、学生たちはそれぞれ布団にもぐりこんだ。
 燭台の火を消したルストックが、闇の中を慣れた様子でベッドに戻る。

 レインズは壁際の二段ベッドの上段でぼんやりと考えていた。
 ルストックが『楽しみ』にしているのは多分、騎士団の制服だとか、小隊長としての新生活だとか、そんなのじゃないだろうな。と。
 彼が楽しみにしているのはおそらくその先の、魔物との遭遇……そして魔物を屠る瞬間だ。

 レインズはしんと静かな寮の六人部屋で、二段ベッドの上段から、窓際のベッドに横たわるルストックの様子をそっと盗み見る。
 ベッドに横たわるルストックは、瞬きもせずに天井を見つめていた。
 小さな黒い瞳に溢れんばかりの憎悪と殺意を宿しながら、それを同室の誰にも悟られないよう押しとどめて、静かに目を閉じるルストック。

 危うさを抱えながらも強く優しくあろうとし続ける男の姿に、レインズはどうしようもなく惹かれてしまう。

 レインズがルストックを初めて目にしたのは、まだ中等部に入ってすぐの頃だ。
 あの頃はまだ、自分がこの男にこんなに惚れ込んでしまうなんて、思ってもいなかった。

 それからレインズは彼の近くに居たい一心で剣の腕を磨き続け、結果、二十歳を迎える来年には騎士団に入隊しルストックと共に小隊長の任に就くことになってしまっている。

 俺は一体どこで間違ったんだろうな……。
 剣術も、鍛錬も、全然好きではないのに。

 真面目で頭の固いルストックは、この先どれだけ待ったところで男性を恋愛対象として見ることはなさそうだし、こんなに望みのない恋はもう諦めた方がいい。

 ……頭では重々分かっているのに……。

 レインズは小さくため息を吐くと、布団を頭まで被った。






 その頃、王都より三つ離れた町の路地裏では、闇の中を盗賊風の男達がむき出しの刃を手に走っていた。
 男達は背格好も髪色もまちまちだったが、肌の色は皆似たような色をしている。
 そんな中で、集団の最後を走る男だけが一人、浅黒い色の肌をしていた。

 逃げる夜盗達を、警備隊の制服を身に着けた集団が追っている。

 夜盗達の先頭を走っていたひときわ体格の良い男が「カース、やれ!」と叫んだ。

 カースと呼ばれた異国の香りをまとう浅黒い肌の男が、黒髪をなびかせて振り返る。
 手にしていた刃の切っ先からぽたりと滴ったのは、赤い雫だった。
 カースが左眼にかけていた眼帯を外すと、その下から空のように鮮やかな青色が現れる。
 空色の瞳は一瞬悲し気に瞬いて、それから輝く紫色へと鮮やかに色を変えた。

 沢山の警備兵達は、一人残らずその輝きに目を奪われる。

 カースの仕事は仲間たちが十分逃げ切るまで、兵達をここに足止めしておくことだ。

 次第に遠ざかる仲間達の靴音に、知らずカースの胸が躍る。

 あんな奴ら、仲間でも何でもない。
 このまま合流しなきゃ逃げ出せるんじゃないだろうか。
 そんな淡い思いが頭の隅に浮かぶ。

 しかし、そんな男の浅はかな脱走計画は、これまで一度も成功したことはなかった。

 どこへ逃げてもあの男は必ず俺を見つけだす。
 そして、動けなくなるまで殴りつけられて、連れ戻される。
 ……その後は、死んだほうがマシだと思えるような地獄の時間が待ち受けている事を、カースはその身にたっぷりと教え込まれていた。

 カースはギリッと奥歯を鳴らすと、術の終わりを宣言する。

 まだ心ここにあらずという様子の兵達に背を向けると、カースは重い足取りで仲間達の待つ合流地点へ向かう。

 刃をおさめるカースの頭上に、白いものが舞った。
 それが雪だと気付き思わず受け止めると、確かに白かったはずのそれは、カースの掌の中で瞬く間に白さを失った。

 こんなささやかな事にすら傷付く脆い自分に吐き気がする。

 カースはただひたすらに願っていた。
 一日も早く、この人生が終わりますように。と。









 その頃、雪が降り積もる国境に近い険しい山に、ひとりの少年がいた。
 王都ではちらつく程度の雪も、ここではしんしんと降り続いている。

 赤い髪に緑の瞳の少年は、もうずっと長い時間を少年のままの姿で過ごしていた。
 寒さを感じる事もなくなった少年は、両手を碗状にして雪を集めては、それを丸めて小さな雪だるまを作っていた。

 少年の隣に、ふたつ、みっつと増えてゆく雪の人形。
 少年の目に、雪の人形達が徐々に家族や友人に囲まれているように見えてくる。

 自分はずっと、ここでずっと、……ひとりきりなのに。

 ……いいな……。

 暗い感情が少年の胸に広がると、少年の手の中で、白い雪はどろりと暗く染まる。
 少年の小さな手から、黒い雫がまるで涙のようにぽたりと落ちた。









 そんな、雪の降る静かな夜に生まれた金色の少年リンデルは、家族の愛情をたっぷり受けてすくすくと成長する。


 優しく素直な少年へと育ったリンデルの前に魔物が姿を現したのは、リンデルが七歳の時だった……。
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