【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

文字の大きさ
2 / 12
【囚勇01】幼い少年が、盗賊の青年に身も心も囚われるお話 -7~10歳

別れと出会い

しおりを挟む
 ガシャンと大きな音がした。

 それが馬車の倒れた音だと分かるまでに、しばらくかかった。

 衝撃に翻弄された頭と体の制御をなんとか取り戻して、僕と重なるように倒れていた姉を揺り起こす。


 馬車の外からは、低く恐ろしい唸り声と、父さんの叫び声。
 続いて母さんの悲鳴。

 僕達に、馬車から出ないよう叫んだ母は、背中からざっくりと魔物に裂かれた。

 馬車が倒れた拍子に入った亀裂から、それはなぜかハッキリ見えた。

 僕達は、動かなくなった両親が魔物に食べられるのを、ただ見ている事しかできなかった。


 両親を食べ終えた魔物が、こちらに向かって来る。

 姉のエレノーラが、僕を強く抱きしめた。
 僕達は、あれに食べられるんだ。

 怖くて怖くて、逃げ出したい気持ちはあったけど、もう逃げられないという事は、なんとなく理解していた。


 不意に、魔物の体が大きく揺らぐ。

 魔物の口から、地を裂く様な悲鳴が上がる。

 雄叫びにも近いそれを撒き散らしながら、地響きを立てて魔物は倒れた。


 周りから、聞いたことのない男達の声がする。
 それは一人二人じゃなくて、大勢の声で、僕の知らない言葉が沢山飛び交っていた。

「なんだ、まだ生き残りがいたのか」

 不意に近くで聞こえた声に顔を上げると、今は真上になっていた馬車の窓から、深緑と水色の二つの色をした瞳が僕達を覗き込んでいた。

(森と、空の色だ……)

「二人だけか?」

 黒髪の男が尋ねる。
 男の長い横髪がサラリと肩から流れ落ちるのを、ただぼんやりと見つめていた僕の隣で、姉が震える声で答えた。

「はい……他は皆、魔物に……」

「そうか」と言った男は、ほんの少し何かを考えるように眉を寄せる。


「……お前達はどうしたい?」

 聞かれて、姉が体を強張らせるのが分かった。
 でも、僕にはそれが何故かまでは分からない。

「俺達は盗賊だ。捕まれば、死ぬより酷い思いをする事もある。それが嫌なら、俺がこの場で殺してやる。……まだ今なら、仲間と一緒に逝けるだろうよ」


「あ……あぁ……」
 いつも気丈な姉が、顔を覆って崩れた。
 それを見て、男の空色の瞳が僅かに揺れる。
 まっすぐで綺麗な眉がグッと歪むのをみて、僕は焦った。

 だって、僕には、男が何かとても優しい事を言った様に聞こえたんだ。

「ぼ、僕は、お兄さんと、一緒に行きたい」

 僕の声に、男が僕を見た。
 驚いたような顔で、僕を見ている森と空の色をした瞳。
 やっぱり、すごく綺麗だと思う。

「……本当に、いいんだな?」
 そう言って僕を見る男の瞳が、僕をとても心配しているように思えて、僕は大きく頷いた。

 こうして僕達は、盗賊団に拾われた。


 ----------


 盗賊達は長くひとところに留まる事はあまりなく、点々としていた。
 住処も、洞窟を利用したり、廃屋を利用したり、テントで過ごしたりと様々だった。

 僕達は、男の暮らすテントで傷の手当てを受けていた。

「もう怪我はないな」
 こくりと頷いた姉は、僕を一人にはできないと言ってついてきてくれた。

「このくらいの怪我、放っといても治るよ」
 腕の擦り傷を見ながら言った僕の言葉に、男は薬瓶を片付けながら「こんな衛生状態の悪い場所では、小さな怪我が命を左右する事もある。ちょっとした怪我も甘く見ずに消毒する習慣をつけろ」と忠告すると、木箱の上に布を敷いて果物やパンを並べ始めた。


「これ、僕達の分?」
「ああ、好きなだけ食え。終わったら、お頭に挨拶に行くぞ」

 その言葉に、姉がびくりと肩を揺らす。
 それでも、いただきまーす。と僕が食べ始めると、姉もおずおずと手を出した。
 パンはすごく固かったし、果物もあんまり甘くはなかったけど、僕はお腹がペコペコだったので、いっぱい食べた。

「お兄さん、僕達これからどうなるの?」

 藁の上に布を何枚か敷いてあるだけのベッドに腰掛けて、瓶から直接何か飲んでいた男がチラとこちらを見た。

「お頭は、来るもの拒まずだ。おそらく、お前達はここで飼ってもらえるだろうよ。その代わり、自分ができる仕事をするんだ」
「お仕事……? 僕に何ができるかなぁ……」
 パンをかじりながら言うと、男が僕達を交互に見て尋ねた。

「お前達、歳はいくつだ」
 こういう時、いつもは姉の方が良く返事をするんだけど、今日の姉は、いつもの賢く明るい姉とは大分違っていた。
「僕が七つで、お姉ちゃんは十二だよ」
「……そうか。お前は水を汲んだり、焚き木を集めたり、薪は……割ったことあるか?」
「ない」
「まあ、最初は言われた通りにやってりゃいい。そのうち覚えるさ」
「うん、頑張るね! お姉ちゃんも一緒のお仕事?」

 姉と男は、しばらく沈黙する。
 食べる事をやめてしまった姉が、顔を覆って泣き出すと、男が重い口を開いた。

「……お前の姉ちゃんは、頭が良いな」
「うん? うん!」
 僕は、おろおろと姉の背をさすっていた手を止めて、男の言葉に頷いた。

「……まあ、男所帯のこんな集団だ。そう言う仕事もあるだろうよ」
 僕には、いつもほんわかではあるけど、芯はしっかりしている姉が、こんなに悲しむ理由が良くわからなかった。
 ……両親のことを思い出して泣いていると言うのなら、僕もちらと思い出すだけで泣いてしまいそうだったけれど、それは、まだ今は考えないでおこうと思う。
 全ては、もう遅いんだから。

「……痛いのは最初のうちだけだ。すぐ慣れるさ」
 男が、どこか遠い目をして言う。

「お姉ちゃんのお仕事……痛いの?」
 僕の言葉に返事はなかった。

「お前ら、名前は?」
「ボクはリンデル。お姉ちゃんはエレノーラだよ」
「ふうん。二人とも良い響きの名だな」

 僕は思いがけず名前を褒められて、微笑んだ。

「お兄さんの名前は?」
「……俺はカースって呼ばれてる」
「カースさん、かっこいいねっ」

 僕の言葉に、男は何かに耐えるように眉を寄せて、口元だけで微笑んだ。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

先輩、可愛がってください

ゆもたに
BL
棒アイスを頬張ってる先輩を見て、「あー……ち◯ぽぶち込みてぇ」とつい言ってしまった天然な後輩の話

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

水泳部物語

佐城竜信
BL
タイトルに偽りありであまり水泳部要素の出てこないBLです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...