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【囚勇02】囚われの勇者 -17歳
1話『新たな勇者』(2/4)
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魔物の討伐が終わった村では、討伐隊より遅れて到着した処理班が魔物の死体を処理する傍らで、避難していた村人達が戻りつつあった。
リンデルは村人達の視線を痛いほどに感じながら、鳥に乗ってゆっくりと村の巡回を行っていた。
田畑や家屋の破損個所が報告を受けた通りであるか、困っている人がいないかを見回りつつ、村人達にその姿を見せる事が主な仕事だ。
「ほらあれ」
「あれが今度の勇者か」
「ずいぶん若いじゃないか、あんなので大丈夫なのか?」
「歴代最年少の勇者らしいな」
(噂されてるなぁ……)
リンデルは、思わず声のする方を見てしまいそうな自分を律しながら、反対側へと視線を送る。
さっきからそんなことばかり繰り返している勇者の姿に、傍に控えていた従者が小声で注意する。
「勇者様、あまりキョロキョロなさらないでください」
ああ、ちょっと挙動不審だったかな。リンデルは反省しつつ、胸を張って、背筋を伸ばして、視線は緩やかに遠くを見る……。と、教えられた通りに内心で復唱しつつ威厳ある姿を演出する。
「勇者様っ!」
元気いっぱいな少年の声に勇者と従者が振り返ると、先ほど助けた少年と少女が駆けてくる。
リンデルは鳥から降りた。
少年は駆け寄ってきた勢いのままリンデルの傍までくると、瞳をキラキラ輝かせて金色の勇者を見上げた。
「さきほどは、えと、助けてくださって、ありがとうございましたっ!」
ようやく追いついた妹らしき少女が「ましたっ」と兄の言葉に合わせて一緒に頭を下げる。
頭を下げる兄妹の向こうでは、その両親と思われる二人も深く頭を下げている。
わざわざお礼に来てくれたのか……。
リンデルが頭を下げる四人につられて頭を下げると、リンデルのマントを後ろから従者がそっと引っ張る。
子ども達に返事をしてください。と言いたいらしい従者に気づいて、リンデルは慌てて口を開いた。
「当然のことをしたまで……」
「勇者様っ!」
定型句を言い終わるより早く、少年がずいっと勇者の懐へ踏み込む。
両手の拳をぎゅっと握りしめて、憧れに瞳を輝かせた少年が言った。
「僕も大きくなったら、勇者様みたいな勇者になりたいっ!」
「――っ」
リンデルは息を呑む。
その言葉は、リンデルが幼い頃、先代の勇者に助けられた時に言ったものと同じだった。
血の臭いがうっすら残った戦場跡で、魔物の死体がいくつも転がるあの場所で、勇者さんは俺の腕に巻かれた鎖をほどきながら、あの時……俺になんて答えてくれたんだっけ。
確か……勇者さんは少しだけ苦しそうな顔をして。
『……君はもう自由だ。君のなりたいものになればいい……』
そう小さく呟いた後で、言い直したんだっけ。
『いや……、その勇気をこれからも忘れない事だ』
俺は勇者さんにそう言われて、大きな手で頭を撫でられたのが、すごく嬉しくて。
絶対勇者になるぞ、なんて無邪気に思っていた。
どうしてあの時勇者さんが悲しそうに笑ったのか、今なら分かるのにな……。
ぐい。とマントを後ろから引かれて、リンデルは我に返る。
目の前にはリンデルの答えを待つ兄妹がいた。
「ええ、と、そ、その勇気をこれからも忘れない事だ」
少年はいたく感動したようにリンデルを見上げて「うんっっ」と力強く答えて駆け去る。
両親の元へと帰る小さな二人の背を見送ると、リンデルは自身の両手を持ち上げる。
(……本当に、この台詞を俺が言うことになるとはな……)
先代勇者に助けられた時、まだリンデルは今の少年と同じ十歳ほどだった。
リンデルは、幼い自身の両手足に巻き付いていた鎖の重さを思い出しながら、今また自分がそれに近い不自由さを感じている事に、そっと気づかないふりをする。
勇者が公共の場で口にする言葉は全て、定められている定型句の中から選ぶようになっている。
先日、従者のロッソがリンデルに渡してきたのは、ずっしりと分厚い書類の束だった。
「今回の討伐で新たに必要になると思われる台詞集です。これを出立までに覚えておいてください」
「うわぁ……」
リンデルは引き攣る顔で山のような紙束を受け取った。
「こんなに覚えられるかなぁ……」
弱った様子のリンデルに、ロッソは一通の手紙を差し出す。
「覚え終えたら、これを開けていただいて構いません」
封蝋で封をされた手紙は、一度開けて従者が中を確認した後にもう一度封をしたのか、ロッソから受け取るものにしては珍しく閉ざされていた。
「……手紙?」
リンデルは受け取った手紙を見る。差出人は姉からだった。
「勇者様にとって良い知らせであるか、私には図りかねますが」
ロッソはそれだけを告げて、仕事に戻ってしまった。
なんだろう、台詞を全部覚えたらご褒美にって事なのかな……?
リンデルは首を傾げつつ、ソファに座って分厚い台詞集を読み始める。
そんな先日のやりとりを思い出しながら、リンデルはまだ開けていない手紙を小物入れから取り出した。
結局、出立までにすべてを覚えきれなかったリンデルは、残った書類を読み読み討伐先まで来たために、まだ手紙を開封できていなかった。
「リンデル」
声をかけられて、リンデルが姿勢を正す。
「は、はいっ」
声をかけてきたのは中隊長のルストックだった。
慌てて手紙を隠すリンデルの姿に、従者はリンデルがまだそれを読んでいなかったのだと気付く。
「見回りは終わったのか」
「はいっ」
「最近、魔物が増えてきたな」
「そうですね……」
そんな二人のやりとりに、従者が小さく咳ばらいをして告げる。
「お二人とも、村の中ですよ」
注意の言葉に、二人は慌てて視線を巡らせる。
幸いこちらの会話に耳を傾けている者はいないようだ。
「……み、見回りお疲れ様です勇者殿。近頃は魔物が増えてきましたね」
わざわざ言い直すルストックに、リンデルが「そ、そうだな」とぎこちなく応える。
そんな二人を、従者は何とも言えない気持ちで見守る。
正直、その会話をやり直す必要はない。
けれど二人には早いところ慣れてほしいので、練習はいくらでもしてくれていい。
この二人はリンデルの勇者就任によって外面的な立場が逆転してしまったため、隊の中では相変わらず中隊長のルストックに指揮権があるものの、人目のある所では勇者が騎士団員達を率いている体を取る必要があった。
全部で十三ある騎士中隊の内、勇者が所属している隊は『勇者隊』と呼ばれ、勇者の任期中はその隊を勇者が率いるのが慣例となっていたからだ。
リンデルが十分に経験のある人物であれば、名実ともに隊長となればよい話だが、まだ入隊二年目の、幹部教育も受けていない少年にいきなりそれは難しかった。
リンデルは、そっと空を見上げる。
悲しいときや苦しいときには、つい空を見上げてしまう。
澄んだ空の青色を見ると、なぜか少しだけ心が休まる気がした。
勇者はこの国のシンボルだ。
そのイメージを壊さないよう、勇者には様々な制約がある。
それは当然のことで仕方のないことだと、リンデルも分かっていた。
「いかんいかん……」と反省しきりに呟くルストックに、リンデルは小さく苦笑する。
中隊長にも迷惑をかけてしまっているな。と感じてはいるが、まだ若いリンデルを勇者候補として推薦してくれたのは、他ならないこの人だった。
魔物の討伐が終わった村では、討伐隊より遅れて到着した処理班が魔物の死体を処理する傍らで、避難していた村人達が戻りつつあった。
リンデルは村人達の視線を痛いほどに感じながら、鳥に乗ってゆっくりと村の巡回を行っていた。
田畑や家屋の破損個所が報告を受けた通りであるか、困っている人がいないかを見回りつつ、村人達にその姿を見せる事が主な仕事だ。
「ほらあれ」
「あれが今度の勇者か」
「ずいぶん若いじゃないか、あんなので大丈夫なのか?」
「歴代最年少の勇者らしいな」
(噂されてるなぁ……)
リンデルは、思わず声のする方を見てしまいそうな自分を律しながら、反対側へと視線を送る。
さっきからそんなことばかり繰り返している勇者の姿に、傍に控えていた従者が小声で注意する。
「勇者様、あまりキョロキョロなさらないでください」
ああ、ちょっと挙動不審だったかな。リンデルは反省しつつ、胸を張って、背筋を伸ばして、視線は緩やかに遠くを見る……。と、教えられた通りに内心で復唱しつつ威厳ある姿を演出する。
「勇者様っ!」
元気いっぱいな少年の声に勇者と従者が振り返ると、先ほど助けた少年と少女が駆けてくる。
リンデルは鳥から降りた。
少年は駆け寄ってきた勢いのままリンデルの傍までくると、瞳をキラキラ輝かせて金色の勇者を見上げた。
「さきほどは、えと、助けてくださって、ありがとうございましたっ!」
ようやく追いついた妹らしき少女が「ましたっ」と兄の言葉に合わせて一緒に頭を下げる。
頭を下げる兄妹の向こうでは、その両親と思われる二人も深く頭を下げている。
わざわざお礼に来てくれたのか……。
リンデルが頭を下げる四人につられて頭を下げると、リンデルのマントを後ろから従者がそっと引っ張る。
子ども達に返事をしてください。と言いたいらしい従者に気づいて、リンデルは慌てて口を開いた。
「当然のことをしたまで……」
「勇者様っ!」
定型句を言い終わるより早く、少年がずいっと勇者の懐へ踏み込む。
両手の拳をぎゅっと握りしめて、憧れに瞳を輝かせた少年が言った。
「僕も大きくなったら、勇者様みたいな勇者になりたいっ!」
「――っ」
リンデルは息を呑む。
その言葉は、リンデルが幼い頃、先代の勇者に助けられた時に言ったものと同じだった。
血の臭いがうっすら残った戦場跡で、魔物の死体がいくつも転がるあの場所で、勇者さんは俺の腕に巻かれた鎖をほどきながら、あの時……俺になんて答えてくれたんだっけ。
確か……勇者さんは少しだけ苦しそうな顔をして。
『……君はもう自由だ。君のなりたいものになればいい……』
そう小さく呟いた後で、言い直したんだっけ。
『いや……、その勇気をこれからも忘れない事だ』
俺は勇者さんにそう言われて、大きな手で頭を撫でられたのが、すごく嬉しくて。
絶対勇者になるぞ、なんて無邪気に思っていた。
どうしてあの時勇者さんが悲しそうに笑ったのか、今なら分かるのにな……。
ぐい。とマントを後ろから引かれて、リンデルは我に返る。
目の前にはリンデルの答えを待つ兄妹がいた。
「ええ、と、そ、その勇気をこれからも忘れない事だ」
少年はいたく感動したようにリンデルを見上げて「うんっっ」と力強く答えて駆け去る。
両親の元へと帰る小さな二人の背を見送ると、リンデルは自身の両手を持ち上げる。
(……本当に、この台詞を俺が言うことになるとはな……)
先代勇者に助けられた時、まだリンデルは今の少年と同じ十歳ほどだった。
リンデルは、幼い自身の両手足に巻き付いていた鎖の重さを思い出しながら、今また自分がそれに近い不自由さを感じている事に、そっと気づかないふりをする。
勇者が公共の場で口にする言葉は全て、定められている定型句の中から選ぶようになっている。
先日、従者のロッソがリンデルに渡してきたのは、ずっしりと分厚い書類の束だった。
「今回の討伐で新たに必要になると思われる台詞集です。これを出立までに覚えておいてください」
「うわぁ……」
リンデルは引き攣る顔で山のような紙束を受け取った。
「こんなに覚えられるかなぁ……」
弱った様子のリンデルに、ロッソは一通の手紙を差し出す。
「覚え終えたら、これを開けていただいて構いません」
封蝋で封をされた手紙は、一度開けて従者が中を確認した後にもう一度封をしたのか、ロッソから受け取るものにしては珍しく閉ざされていた。
「……手紙?」
リンデルは受け取った手紙を見る。差出人は姉からだった。
「勇者様にとって良い知らせであるか、私には図りかねますが」
ロッソはそれだけを告げて、仕事に戻ってしまった。
なんだろう、台詞を全部覚えたらご褒美にって事なのかな……?
リンデルは首を傾げつつ、ソファに座って分厚い台詞集を読み始める。
そんな先日のやりとりを思い出しながら、リンデルはまだ開けていない手紙を小物入れから取り出した。
結局、出立までにすべてを覚えきれなかったリンデルは、残った書類を読み読み討伐先まで来たために、まだ手紙を開封できていなかった。
「リンデル」
声をかけられて、リンデルが姿勢を正す。
「は、はいっ」
声をかけてきたのは中隊長のルストックだった。
慌てて手紙を隠すリンデルの姿に、従者はリンデルがまだそれを読んでいなかったのだと気付く。
「見回りは終わったのか」
「はいっ」
「最近、魔物が増えてきたな」
「そうですね……」
そんな二人のやりとりに、従者が小さく咳ばらいをして告げる。
「お二人とも、村の中ですよ」
注意の言葉に、二人は慌てて視線を巡らせる。
幸いこちらの会話に耳を傾けている者はいないようだ。
「……み、見回りお疲れ様です勇者殿。近頃は魔物が増えてきましたね」
わざわざ言い直すルストックに、リンデルが「そ、そうだな」とぎこちなく応える。
そんな二人を、従者は何とも言えない気持ちで見守る。
正直、その会話をやり直す必要はない。
けれど二人には早いところ慣れてほしいので、練習はいくらでもしてくれていい。
この二人はリンデルの勇者就任によって外面的な立場が逆転してしまったため、隊の中では相変わらず中隊長のルストックに指揮権があるものの、人目のある所では勇者が騎士団員達を率いている体を取る必要があった。
全部で十三ある騎士中隊の内、勇者が所属している隊は『勇者隊』と呼ばれ、勇者の任期中はその隊を勇者が率いるのが慣例となっていたからだ。
リンデルが十分に経験のある人物であれば、名実ともに隊長となればよい話だが、まだ入隊二年目の、幹部教育も受けていない少年にいきなりそれは難しかった。
リンデルは、そっと空を見上げる。
悲しいときや苦しいときには、つい空を見上げてしまう。
澄んだ空の青色を見ると、なぜか少しだけ心が休まる気がした。
勇者はこの国のシンボルだ。
そのイメージを壊さないよう、勇者には様々な制約がある。
それは当然のことで仕方のないことだと、リンデルも分かっていた。
「いかんいかん……」と反省しきりに呟くルストックに、リンデルは小さく苦笑する。
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