【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

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【囚勇02】囚われの勇者 -17歳

3話『本当の勇者』(2/5)

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 気づいただけで急に心細くなった自分にリンデルは気づいた。
 どうやら、ほんのひと月で自分は随分と彼に頼ってしまっていたようだ。

 腰に下げられた派手な装飾の剣は、式典用につくられた飾り物だった。
 無いよりはマシだが、期待は出来そうにない。

 リンデルは遅々として避難が進まない穴の周辺を見渡す。
 警備兵が並んでいた分避難誘導の人手はあったが、それ以上に集まっていた人々の数が多い。

 こんな人の多い場所で戦闘になるのはマズイ。
 とにかく避難を優先させなくては……とリンデルがそちらに加わろうと踏み出したとき、不気味な振動がまたも地面を揺らした。

「くっ、もう出てくるのか……」
 振動の中心はどうやらあの穴だ。
 まだ人々の避難には時間が要る。

 九番隊の姿はまだない。

 今魔物の前にいる討伐隊は自分一人だ。

「ここは俺が食い止めるしか……」
 その時、子どもの泣き声がした。

「うわぁぁん、こわいよぅ」

 どこだ!!

 リンデルは必死で周囲を見回す。
 しかし周囲に泣く子の姿はない。

「おかぁさん、おとぅさぁん……」

 声は変わらずすぐ近くで聞こえている。

 まさか……この下!?

 リンデルが大穴の内側をのぞき込むと、崩れた石畳と岩盤が複雑に組み合ったその端に、小さな女の子が座り込んで泣いていた。

「ぅぅぅ……、誰か……」

 こんなところに……!

 しかしその複雑に組み合った瓦礫は女の子一人が乗るのがせいぜいといった様子で、重い鎧のリンデルが踏めばそれだけで脆く崩れてしまいそうだった。

 穴の奥深くにはまだ土竜がいて、いつ出てくるとも分からない。
 急がないといけないのは分かっているのに、どうすれば安全に彼女を助け出せるのか、その手段がリンデルには思いつかなかった。

 ズズズと地面が揺れ始める。
 ゆっくりと少女が乗っていた瓦礫が傾く。

「きゃぁ」
 落下の予感に震える少女は下ばかり見ていて、その上に立つ勇者の存在にまだ気づかない。

「たすけてゆぅしゃさまぁぁっ」

 少女の声に、リンデルは飛び出した。

「今助ける!」

 リンデルの声に顔を上げた少女が、慌ててリンデルに飛びつく。
「ゆぅしゃさまっ」
「しっかりつかまるんだ!」
 叫んだリンデルが崩れゆく瓦礫を蹴って全力で跳ぶ。

 届け!

 片手で少女を支えながら伸ばしたもう片方の手が、なんとか穴の端に届いた。
 しかし、やっと掴んだ石畳は重い甲冑を支えきれず、脆くも崩れた。

 身体が宙に放り出される。

 落ち――。

「きゃぁぁっ」
 リンデルの胸に少女がしがみつく。

 だめだ!
 せめてこの子だけは!

 リンデルは空中で体を丸めて少女を包み込む。
 勇者として、俺の行動は間違ってるのかもしれない。

 それでも、俺はこの子をどうしても守りたいんだ!!

「勇者様っ!」
 ガガガッと鋭い何かか刺さるような音が連続で聞こえて、真下に向かっていたはずのリンデルは強かに背を壁に打ち付ける。
「かはっ」
 肺から息が強制的に吐き出される。
 リンデルのマントは三本の投げナイフで壁面へと縫い留められていた。
「すぐ上がってください、魔物が!」
 ロッソの声だ。と、揺らされた頭がぼんやり思う。
 左肩でぶちっと何かがはじけ飛ぶ音がした。
 マントにつけられた装飾のブローチがはじけたのか。
 リンデルは左肩の外装甲冑をマントごと外して、斜めになった勢いで近くの岩盤を思い切り蹴る。
 少女を抱き込むように空中で回転しながら、右肩の外装を外せば、
 身軽になったリンデルは後方宙返りで穴の外の大きな岩盤に着地した。

 ホッと息をついたリンデルが抱えていた少女を下ろす。
 途端に、足元の岩盤が大きくぐらついた。

 何だ!? 魔物が俺達の足元を掘ってるのか!?

 土竜の魔物は斜めに立つ岩盤を倒そうとしているようだ。
 じりじりと大きな岩盤が倒れてゆく。

「すまない、もうちょっとだけお……私につかまっててくれ」
「うんっ」
 怯える少女をもう一度抱き上げて、リンデルは走った。
 リンデルが岩盤の端から飛び降りるのと、轟音を立ててそれが倒れるのはほぼ同時だった。

 リンデルはすぐさま踵を返して魔物の動向を確認する。
 土竜は自分の倒した岩盤の下敷きになったが、その程度で潰れるようなサイズではない。

 出てくるか……!?

 肩で息をする勇者の胸元で少女が尋ねる。
「ゆぅしゃさま……だいじょうぶ?」
「ああ、大丈夫だよ」

 この子を早く安全な所へ連れて行かないと。

 しかし辺りにもう人の姿はない。

 この子一人だけでも逃がした方がいいだろうか。
 敵があの土竜の魔物一体ならそれでもいいかも知れないが……。

 カチカチと固い何かが合わさる音に、勇者は慌てて穴を振り返る。
 土竜の魔物が空けた穴からは、蟻型の魔物が次々に姿を現していた。

「ムシさんいっぱい……」
 不安げに呟く少女をリンデルは自分の後ろに下ろす。
「私の後ろに隠れてるんだよ」
「うん……」
 不安そうな少女に、リンデルは優しく微笑む。
「大丈夫、絶対守るよ」
「ゆぅしゃさま……」
 よく見れば少女は可愛らしい生花で編まれた髪飾りをしていて
 今日の日を楽しみにしていてくれた事にリンデルが気付く。

 蟻達は、じりじりとリンデル達に近付いてくる。
 リンデルは飾り物の剣を抜いて構えた。

 ここで蟻達の注意を引いて、一匹でも多く倒さなくては。
 このまま蟻が街中へ散ってしまっては、どれだけの被害が出るか分からない。

 リンデルは握りの悪い剣の柄を持ち直す。

 先頭の蟻が飛び掛かりそうな気配を見せる。
 リンデルは一歩踏み込んだ。
 思ったとおりに飛びついてきた蟻の関節を狙って、頭だけを切り落とす。

 良かった、蟻なら何とか斬れそうだ。

 蟻は穴から一匹また一匹と現れ続けている。

 何とかあの穴を塞がないと……。

 二匹、三匹と倒したところで、四匹目と五匹目が同時にとびかかってくる。

 リンデルは最初の蟻を避けつつ、次の蟻をいなす。
 しかし後ろには幼い少女がいる。
 大きく動くわけにもいかない。

 くっ、一度に来られるとマズイな。
 こっちは俺一人だ。

 チラと後ろの少女の様子をうかがう。
 不安そうではあるが、取り乱す様子はない。

「右です!」
 ロッソの声に反射的に剣を振る。
 俺が後ろに気を取られた隙に、飛び掛かってきたのか。

 浅く蟻の顔を掻いた剣を引いて振り直し、正確に頭を落とす。


「ロッソ! どこにいる!」

 さっきも助けてくれたんだから、ロッソはどこか近くに居るはずだ。
 おそらく合流できない場所で、でも周辺のどこか……。

「私はここです」
 声を頼りに視線で探せば、ロッソは穴を挟んで反対側の崩れかけた建物のテラスに立っていた。
 前のめりに倒れかけた建物のテラスで、片手で姿勢を保持した状態で、ここまでなんとか援護してくれていたようだ。

「なんでそんなとこに……」
 思わず呟いてしまってから、リンデルは慌てて口を閉じる。

 そんなとこ居たら危ないだろ!
 建物が倒れたらぺしゃんこじゃないか!

 リンデルが目でうったえれば、ロッソも「それくらい分かっています、こうでもしなければ間に合わなかったじゃないですか」という視線を返した。

 そうか。ロッソはぺしゃんこになる覚悟をした上で、俺を助けてくれたのか……。

 次いで飛び掛かってくる蟻の首を斬り落としたリンデルは「勇者様が無茶ばかりなさるのがいけないんです!」と視線で訴えてくるロッソに気付かないフリで言う。
「蟻が街に出ないよう、そっち側の牽制を頼む」

 これであとは隊長達が来てくれれば、蟻を囲んで……。
 と思ったところで、大きな地鳴りと共に巨大な土竜がもう一度地上に姿を現した。

「私から離れないよう気をつけて」
 リンデルの言葉に少女が「う、うん」と不安げに頷く。

 少女を連れて距離をとろうとするリンデルを、土竜は巨体に見合わない速度で追った。
 土竜の大きく鋭い爪がリンデルと少女を襲う。
 その一撃をリンデルは受け止める。が、飾り物の剣は耐えきれずにひしゃげて折れた。

「伏せてっ!」
 リンデルは体をねじると少女に覆いかぶさる。
 バキンという音に続いて小さくガリッと何かが削られる音がした。
「くっ」
 リンデルの後頭部から流れ出たものが、少女の肩を包む白銀の甲冑の腕にぽたりと赤く滴る。
「ゆぅしゃさま、血が……」
「大丈夫、かすり傷だよ」

 屈んだ姿勢のリンデルを土竜がさらに狙う。

「お下がりください!」
 ロッソの投げたナイフは、しかし土竜の硬い爪に全て弾き落とされた。

 ロッソが時間を稼いでくれると信じて駆け出していたリンデルの背に、土竜の爪が迫る。

「勇者様っ!!」
 ロッソの悲痛な声に、リンデルは咄嗟に少女を胸に抱き込んで庇う。
 ドガッと強い衝撃。
 メリメリと音を立てて裂けたのは背中側の甲冑だ。
 リンデルはそのままの勢いで少女を抱えたまま吹き飛ばされた。

 ダンッ! と地面に叩きつけられ、転がる。
「……っ!」
 リンデルはすぐに起き上がると少女の無事を確認する。
 擦り傷はいくつかできてしまったが、少女は涙目で堪えている。
 リンデルは微笑んで「ここにいて」と優しく囁いた。

 折れた剣の柄を握り直し、リンデルは土竜へ立ち向かう。

 土竜の爪は硬すぎる。
 あの爪には、いつもの剣ですら刺さらないだろう。

 背中が焼けるように熱い。
 かなり広範囲に裂かれたようだが、深くはない。肩も腕も、まだ動く。

 走る度にぼたぼたと温かいものが飛び散るのは、ちょっとマズイな。
 甲冑ごと抉られた背は自身で止血できる場所ではない。
 血を失い過ぎないうちに片をつけないと……。

 リンデルは土竜の動きをよく見ながら、その間合いへと飛び込んだ。

「勇者様!?」
 ロッソから困惑の声がする。

 土竜が爪を振り下ろす。
 土竜はやはり、地につかないあたりで腕を横に払う。
 ここまで二度爪の攻撃を喰らったが、そのすべての傷が浅いのは土竜が腕を横に振るからだ。
 リンデルは姿勢を落とすと爪と爪の間を正確に見極めて、短剣程の長さしか残っていない剣をその間へと差し込んだ。
 ズパっと土竜の指が勢いよく裂ける。
 剣の長さが足りない分、直ぐ横を通る魔物の硬い毛がリンデルの頬や腕に細い傷を無数につける。
 短く軽い剣が土竜の腕を振る勢いに持って行かれないように、腰を落としてしっかり踏ん張り抜いたリンデルが、大きく飛び退く。

「今だロッソ!」

「はいっ」
 土竜が手を裂かれた痛みに悲鳴を上げてのけぞった瞬間、土竜の柔らかい鼻先にロッソのナイフが深々と刺さった。

 さらに悲鳴を上げてもんどりを打つ土竜だが、その巨体にナイフの毒が回るまでまだしばらくはかかるだろう。

 荒い息を繰り返すリンデルの足元には、血だまりができ始めていた。

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