【まとめ版】⛓囚われの勇者⛓ -明日にかける鎖-

良音 夜代琴

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【囚勇04】盗賊が、騎士になった青年と偶然再会するお話 -27歳

従者の選択

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 この村では、補給部隊との合流を予定していた。
 三日後には補給を完了し、次の目的地へと旅立つ。そのはずだった。

 しかし、三日後に着くはずだった補給部隊は、途中で魔物の襲撃に遭い、その到着を延ばしていた。

 結果、リンデルはこの三日間、毎日夕食の時間を男と共に過ごしていた。

 初めは酷く張り詰めた様子だった男の態度も次第に緩み、それにつられるようにリンデルは男に対して日に日に幼い表情を見せるようになっていた。

 そんな勇者の姿に、ロッソはこれ以上の傍観は出来ないと判断した。

「……失礼ですが」
 男は、酒場を出てしばらく歩いたところで背にかけられた声に、ゆっくりと振り返った。
「これ以上、勇者様に会わないでいただけませんか」
 無表情に近い顔で男をじっと見つめる小柄な男。
 それはこの三日間、男とリンデルとの会話をずっと黙って聞いていた勇者付きの従者だった。
 酒場でリンデルと別れてから、かなりの時間が経っている。
 男はリンデルが帰った後もなかなか帰る気になれず、その場に残って金色の青年の余韻を味わっていた。

「あいつが、そう言ったか?」
 一人で来ているところを見るに、単独行動なのだろう。と男は思う。
 それでも、聞かずにはいられなかった。
「……いいえ……」
 目を伏せて従者が答える。
 その素直な答えに、男は口端を少しだけゆるめた。

「分かった。お前達がこの村を発つまで、もうあの酒場には寄らない」

 男の言葉に、ロッソは弾かれるように顔を上げた。
「……良いのですか……?」
 思わず聞き返す。自身が頼んだにもかかわらず。
 あんなに、二人は強く惹かれ合っていたのに。
 近くで話を聞いていて、それが分からないロッソでは無い。
 だからこそ、その答えがにわかに信じられなかった。

「あいつを惑わせるつもりはない。あんな立派な姿が見られて……俺はもう、十分だ」
 男はそう告げると、ロッソに背を向けた。

 その言葉にロッソは確信する。
 やはり、この男はリンデルを知っている。
 そして彼の幸せを願っている。
 だからこそ、何も言わずに去るのだと。
「ありがとう、ございます……っ」
 ロッソはその背に深々と頭を下げ、精一杯の謝意を伝える。

 振り返る事なく立ち去る男の後ろ姿を見送りながら、ロッソはこれで全てが元通りになるだろうと、にわかに安堵していた。

 しかし翌日、男の姿を見失ったリンデルの動揺は、ロッソの想定を遥かに超えていた。


 ***


 しばらく待っても来ない男を待っていたリンデルが、ついに待ちきれず外へ出て男を探し始めて、ロッソは自身の行いが悪手だった事を知った。

 今にも泣き出しそうな顔で、名も知らない男を探す、こんな取り乱した勇者の姿を他の者に見られるわけにはいかない。
 ロッソは何とか強引にリンデルを宿の部屋へと詰め込むと、必ず男を連れて来ると誓って宿を飛び出した。

 村中を駆け回り男を宿まで連れて来た時、リンデルは既に立つこともままならない状態だった。

 男を部屋の前に待たせて、先に勇者の様子を見ようと扉を開けたロッソは目を疑う。
 床に蹲り、冷や汗なのか額にびっしりと汗を浮かべて、青白い顔でカタカタと震えるリンデルに、ロッソは思わず叫び駆け寄った。

「勇者様!?」
 開け放たれたままの扉から男が静かに部屋へ入り、扉を閉める。

「リンデル……」
 男の落とした小さな声に、リンデルが顔を上げる。
 金の瞳が潤み、安心したような表情を浮かべる。
「あ……カー……ーーっ!!」
 何か言いかけたリンデルが、強烈な痛みに襲われ、苦痛に顔を歪ませる。
 頭を抱えて床へと崩折れるリンデルを、ロッソが支えた。

 男の事を想う度、リンデルの頭には、頭蓋ごと砕かれるような強い痛みが繰り返し降り注いでいた。

「もういい……。もう、思い出さなくていいんだ」
 男はリンデルの傍に膝をつくと、前後不覚に陥っている青年の背を優しく撫でる。
「……すまないな……。辛い思いをさせて……」
 男が片目を隠していた布を片手で器用に解く。
 その下から現れた美しい空色の瞳に、ロッソは息を飲んだ。

「リンデル、俺を見ろ」

 優しく囁かれた声に、顔を上げかけた青年が強く目を閉じた。

「嫌だ!」

 ロッソは、この青年の口からそんな単語を初めて聞いた気がした。
 愚痴や弱音を耳にすることは度々あったが、それでも『嫌だ』などと口にするリンデルの姿を見たのは初めてだったのではないだろうか。

 驚きを浮かべるロッソを脇に、男はリンデルの髪へと指を伸ばした。
「困ったやつだな……」
 今も痛むだろう頭を、男は慰めるように撫でる。

「俺はもうお前の前には現れない。探さなくていい。俺の事は、もう忘れるんだ」
 男はゆっくりと諭すようにそう告げると、立ち上がる。

「お前が元気で、俺は嬉しかったよ……」
 そう言い残して歩き出そうとした男の足を、リンデルが全力で掴んだ。

「っ、お前……」
 驚きと悲しみが混ざった、まるで痛みを堪えているような顔で、ギシリと軋むように振り返る男。

「行かな……で……」

 リンデルの声は、切なげに涙を滲ませていた。

「離れたく……な……い……」

 縋るように男を見上げた青年は、視点の定まらない金色の瞳から、大粒の涙を一粒零して、そのまま意識を失った。


 がくりと崩れる体をロッソが受け止める。
 抱き上げようとした主人の、その手がまだ男の足を離さず握り締めている事にロッソは気付いた。

 その指を解こうとして、あまりの力強さにロッソは驚く。
 指先が白くなるほどに握り込まれたその足には、きっとアザが残るだろう。

「すみません……」
 男に謝罪の言葉を述べながら、ロッソはその指をなんとか引き剥がそうとする。
 が、リンデルの力は予想以上だった。
 これ以上力を入れて勇者が指を痛めないか、と不安そうな顔をするロッソに、男はベッドまで付き添うことを申し出た。

「この手は俺がなんとかする。ひとまずそいつを寝かせてやれ」
 言われて、ロッソはリンデルを部屋のベッドにそっと横たえると、素早く脈や呼吸、顔色等を確認する。
 それらに異常がない事を認めると、ロッソは男へ向き直った。

「大変……ご迷惑をおかけしました。お付き合いいただき、ありがとうございます」

 男は自身の足を掴んだままのリンデルの指を、一本ずつ愛しげに撫でていた。
 それに応じるように、リンデルの指先から力がじわりと抜ける。
 解けた手を優しく持ち上げて、男はベッドに上げていた足を下ろした。

 まだ名残惜しそうにリンデルの手を握ったままの男が、ロッソに視線を向ける。

「いや、俺の方こそ迷惑をかけたな……。もう、お前達の前には……」

 そう言って立ち上がろうとする男を、ロッソが止める。

「お待ちください。どうか、私に貴方と勇者様との事を教えてくださいませんか」
「……」
 男は黙ってロッソを振り返る。

「俺がここにいれば、こいつが目を覚ましたとき、また辛い思いをする」

「…………私もそう思っていました。けれど、間違いでした……」

 ロッソが、後悔を滲ませながら答える。

 そう。引き離すべきは、あの時、最初に手を払われた時だった。

 あの時に、力尽くにでも二人を引き離しておかなければならなかった。
 今では、遅すぎたのだ。

「今の勇者様には、貴方が必要です……」
 自分の言葉が滲むのを、ロッソはどこか遠く感じていた。


「……そう、言われてもな……」
 思いもよらない言葉に、男が困惑を浮かべる。

「この村にご家族が……?」
「いや、それは無いが……」
 明らかに戸惑いを浮かべている男を、ロッソはもう一度見る。
 歳の頃は四十を回っているだろう。
 前隊長と同じ年頃だろうか。
 リンデルの両親は幼い頃に魔物に食われたと、資料には書かれていた。
 親族はいたようだが、ずっと連絡は取っていないはずだ。
 何より、男の浅黒い肌と黒髪は、色白で金髪のリンデルとは全く違う場所で生まれたのだと思わせた。

 黒髪……。
 そこまで考えて、ふと、リンデルが何かある毎に、ロッソの髪を触りたがる事を思い出す。
 彼がいつも自身の髪を通して見ていたのは、この男だったのだ。とロッソは気付いてしまった。

 思い返せば以前薬を盛られた時だって、リンデルが求めていたのはこの男だったのだろう。

 リンデルは、名も知らないはずのこの男を、なぜかずっと求めていた。


 やはり今、この状態の勇者様から、この男を引き離すべきではない。
 ロッソは再度その思いを強めると、男から現在の生活状況を聞き出すことに尽力した。

 男はこの村で一人きり、どこに所属することもなく暮らしていたらしい。
 この村に留まる理由は、知り合いの墓がこの村の近くにあるという一点だけだった。
 生活の糧を稼いでいた方法については占いのようなものだと言葉を濁していたが、あまり真っ当なものには思えない。
 今はまた布の下に隠してしまっていたが、その左右で違う瞳の色にも、どこかしら不吉なものを感じさせた。

 こんな得体の知れない男を勇者の傍に置く事に、内心葛藤はあったが、何しろ補給部隊は明日には到着する。
 ここを明日発たねばならない以上、この男を連れてゆく他に勇者の体面を守るための手段は無いと判断する。

 男は、リンデルとの過去について、何一つ語ろうとはしなかった。

「それを知る事は、こいつのためにならない」

 男にそう言われて、ロッソはそれ以上の詮索を断念した。

「ではせめて、お名前だけでもお教え願えませんか?」

 ロッソの言葉に、男は一度開きかけた口を閉じて「好きに呼んでくれ」と言った。
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