異世界召喚された聖女の俺、再会を約束した騎士にもう一度会いに行ったら男の姿のままでした。

良音 夜代琴

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3巻 時の流れの違う者達

眠気と元聖女

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巡礼の始まりから一週間。
最初の日こそ怪我をしていた蒼もここの所順調だし、セリクとの仲もちょっとは改善したみたいだし、良かったな……。
俺は布団付きの馬車の中で、すっかり馴染んだ揺れに微睡んで、大あくびを手で覆った。

ん……。なんか、ここ最近……すごく眠い……。

うとうとと船を漕ぐ俺に、エミーが尋ねた。
「昨夜はよくお休みになれませんでしたか……?」

尋ねられてから、俺はようやく気づいた。
そうか、俺にとってはこの世界で半日寝てたってほんの1分なんだ。
そんな僅かなうたた寝を繰り返したって、眠気が取れないのは当然か。
えーと、じゃあ6時間睡眠を取ろうと思ったら……半年は寝てなきゃなのか……。

「……ケイト様?」
心配そうに覗き込むエミーの反対側からは、リンも俺をじっと見つめている。

このまま寝不足の状態で旅を続けるのは良くないだろうな……。
俺は2人に事情を説明した。

2人はそれぞれに息を呑んで、俺の身体を気遣ってくれる。

「ごめん、これから俺、しばらくこの馬車で寝ててもいいかな……? ご飯もいらないし、朝も起こさなくていいから。キリアダンに着いたら起こしてもらえる?」

そうすれば、少なくとも2時間くらいは寝られるよね。

リンはどこか戸惑う様子だったけど、エミーはすぐに「分かりました」と答えてくれた。
よいしょと壁側を向いて布団に潜り込む俺の背に、リンの声がかかる。
「ケイト様が安心してお休みいただけるよう、誠心誠意お守りします……」
その声がとても寂しそうで、俺は寝返りを打ってそちらを見る。
ああ、この顔は前にも見たことがあるな。
まるで捨てられた犬のような……リンの場合は子犬じゃなくて大型犬だけど、そんな顔だ。

「寂しい思いさせちゃってごめんね」
思わず手を伸ばせば、リンは俺の手に頬を寄せてきた。

なにこれ、可愛すぎない?

リンの頬や髪を、俺はゆっくり撫でてみる。
その間もリンはうっとりと目を細めて俺を見つめ続けている。

いつも撫でるセリクの髪はふわふわしてるけど、リンの髪はコシがあってツヤツヤしているなぁ。
手の中で踊る青い髪がすごく綺麗で、いつまでも愛でていたら、エミーが小さく咳払いした。

俺は小さく苦笑して手を引っ込めると「おやすみ。何かあればいつでも起こしてね」と伝えて幸せな気持ちで目を閉じた。


***

ガクンと強い衝撃を受けて、俺は眠りの淵から引き戻される。
目を開くと、リンが俺へ必死に手を伸ばしていた。

「ケイト様っ!!」

黒いグローブに包まれた手をリンに向けたのは、俺を抱き抱えている男だ。
男がリンの顔目掛けて魔法を使う。
一瞬苦しげに眉を歪めたリンは、そこまでで力を失い地に倒れ伏す。

今の魔法は……!

「お前は……っ」
次の瞬間、俺にも同じ魔法が向けられる。
これは、あの時の睡眠魔法だ。

つまりリンは眠らされただけで、おそらく怪我はしていない。
その事実にホッとした時には既に、俺の意識は急速に遠のいていた。



エミー……エミーは、無事だった……の、かな……。



蒼と……セリク……は……。







パチン。と近くで指を鳴らされて、俺の意識はふわりと浮上した。

ああ、この魔法は任意のタイミングで解除もできるのか。
今の術を使うところがちゃんと見たかったな。

そんな風に思いながら、俺は指を鳴らした男を見上げる。

「やっぱり……。あなたは前に俺を攫った人だね」

「へぇ、覚えててもらえるなんざ光栄だね。5年ぶりだな、元聖女サマ?」
男は覆面の下で笑みを作ったようだった。

視線だけで辺りを探る。
俺は椅子に座らされた状態で、両手両足を椅子へと縛りつけられていた。
俺が連れ込まれている部屋は前のようなボロ屋ではなく、しっかりした作りの屋敷に見える。
そこそこ広さのある部屋には、この男以外に誰もいない。

……前よりも状況は悪いようだ。

屋敷の奥に囲われてしまったんじゃ、そう簡単には見つからないだろう。
助けを呼ぼうにも味方はいない。
手首に巻いていたセリクの魔法石も外されてしまっている。

今回捕まったのは俺1人のようだ。

男は俺の顎を掴んで顔を近づけると、わざわざ口元の覆面を下ろしてニタリと笑って見せた。

「ちゃーんと調べたんだぜ? 元聖女サマは、聖力は使えても魔力が無いんだってな?」

ああくそ、それが知られてるって事は、魔法を使うと見せかけるブラフも難しいか……。

ここでハッタリを言ってみたところで、魔力の使えるこの男が俺をよく見れば、俺の中に魔力がないことくらいすぐわかるはずだ。
魔法石のブレスレットをつけていた事も、おそらく逆効果だったな。
情報の信憑性を増してしまったんだろう。

聖力だけでできるのは、浄化と障壁、加護に聖力付与くらいだ。

「なあ、聖女サマってのは清らかなんだろ? そんじゃ元聖女サマってのもそうなのか……?」

男は俺の耳元でそう言うと、俺の耳をべろりと舐めた。
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。

いや待って待って。

何……?

何がしたいのこの人……!?

「この機に確かめてみるのも悪くねぇな……」
男は舌なめずりでもしそうな顔で、俺の顎をぐいと引き寄せる。
「……っ」

いや、悪いよ!?
ちょっとこの人何考えてんの!?

こんな姿の俺を襲って何になるって言うんだよ!!

「聖女様を穢すな、価値が下がる」

静かな声に振り返ると、そこには目の前の男と同じく覆面で顔を隠した男性が立っていた。
いつの間に部屋に入ってきたんだろう。
この男とのやり取りに集中しすぎていたみたいだ。
けれどそれは男も同じだったようで「んだよ、せっかくいいとこだったのによ」と文句を一つ残して、俺の顎からやっと手を離してくれた。

背筋を伸ばして凛と立つその姿は、目の前にいる盗賊と同類のようには見えない。
あれ、この人……右腕がないのかな? 服の腕が右側だけペラペラしている。

「向こうに連絡はついたのか?」
静かな声に問われた男が「今やる」と言い残して部屋を出る。

バンと乱暴に閉められた扉のこちら側で、俺は静かな声の男と2人きりになった。

この人の声はどこかで……。
確かに俺には聞き覚えがあるんだけどな……。

俺が男の顔をじっと見上げると、俺の視線に一瞬動揺を見せた男の覆面の間から、銀色の髪がはらりとこぼれ落ちた。

「……シルヴィン……?」

俺の声に、銀青色の瞳が見開かれる。

「どう、して……」

小さな呟きに、彼は俺を誰だか分かった上で攫ったのではないのだと知った。
その事実に正直ホッとする。

腕を失わせてしまった俺を恨んでの犯行ではないようだ。

あの頃シルヴィンは20代前半だったから、少なくとも俺以外に5人ほどの聖女を見ていただろうし、俺のこの姿では、その内の誰なのか分からなくても不思議ではない。

「シルヴィンこそ、どうしてこんな事を……?」

「……今の私にできるのは、こんな事ぐらいですから……」

それはどういう意味なんだろう。
少なくともその答えには、お金以外の目的があるような気がした。

「俺はこの後どうなるのか、教えてもらってもいいかな」

俺の質問にシルヴィンはしばらく躊躇った後で、俺の方を見ないまま、俯いたまま答えた。

「貴方様は……、魔物の頻出地域へ送られます……」

「そこで浄化をしたらいいの?」

「はい……」

「永遠に……?」

「……っ」

その沈黙は肯定と同義だった。
うーん……。
まあ殺されないならそんなに慌てなくてもいいかも知れないけど……。

俺が慌てなくても、向こうの皆は慌ててるよねぇ……。

蒼なんて、俺が見つかるまで絶対移動しないって言い張ってるだろうし、このままじゃスケジュールが押しちゃうよなぁ……。
まあ今のところちょっと早いくらいだったから1日2日ならなんとかなるだろうけど……。

俺は、ひとまずどうにもならない事を考えるのは諦めて、隣で俯くシルヴィンに視線を戻す。

「シルヴィンは、困っている地域の人を助けたいと思ったの?」

俺の言葉にシルヴィンは肩を揺らした。
その動きで、中身のない右袖だけが、大きく揺れる。

シルヴィンの右腕は、俺を庇ったせいで失われてしまった。
そうでなければ、彼は今も騎士団で、正々堂々と人々の生活を守り続けていたはずなのに……。

あの咲希ちゃんが聖女をしていた魔物が大発生していた年も、シルヴィンはこんな風に立ち尽くして、自分の無力を呪っていたんだろうか……。

「シルヴィンは今も、優しい騎士なんだね……」

俺の言葉にシルヴィンは頭を振って苦しげに答えた。
「いいえ、今の私は下劣で悪辣な、人攫いです……」

ああ、困ったな。
シルヴィンは自分の行動を良しとしてない。
彼にしたくもない悪行を重ねさせるのは辛いな……。

「シルヴィンはこういう事って今までにもやってたの?」

「……いえ……、今回が初めてです……」

悲しげに呟くその言葉に、嘘はないように見えた。

俺の胸に希望が生まれる。
それなら、この一回が成功しなければいいんだ。
そうすれば、シルヴィンの犯罪は成立しない。


よし、頑張ろう。
俺は気合いを入れ直すと、もう一度室内をじっくり観察し始めた。

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