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6巻 春の嵐と新学期
約束の時間(*)
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あっ、約束!!
……した。
昨日。確かに……。
「っ……」
思い出してしまった約束の内容に、俺の顔がどんどん熱くなる。
リンはそんな俺を見て、クスッと小さく笑ってから「着替えを取ってくる」と出て行ってしまった。
洗面所に残されて、のろのろと歯を磨く自分の頬は、どうみても赤い。
……待って?
父さんも帰ってきて、母さんもいるのに?
え……、俺、これから、するの……?
いや、リンにはまだ向こうに帰れる体をキープしてもらってるし、最後まではしないだろうけど、それでもそれっぽい事はする……ん、だよね……?
わぁぁ、どうしよう……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……っ。
いくら遮音魔法がかかってるとしても、両親と同じ家の中では恥ずかしいよ……っていうか、振動とかって伝わらないんだっけ?
振動も音と同じ空気の震えなんだから一緒に消されてるのかな?
確かに、蒼の部屋からは声も物音も聞こえたことないけど……。
って、こんなこと考えてるうちにリンが戻ってきちゃったよ。
俺はリンの邪魔にならないように慌てて口を濯いで洗面所を出る。
我が家は一階の洗面所に洗濯機があって、その奥がバスルームになってるんだよね。
なので、誰かがお風呂に入っている間は洗面所が脱衣所を兼ねるので入りづらいんだ。
「ケイト、ゆっくりでいい」
「ぇ、だって待たせちゃ悪い……し……」
顔を上げたら、鏡越しに見えるリンはもう上半身裸だった。
ズボンのベルトを外すその姿から、慌てて視線を逸らす。
そ、そっか。待ってるからいいって事じゃなくて、気にせず脱ぐからいい。って事か……っっ。
リンが良くても、そんなピッカピカの筋肉を惜しげなく晒されると、俺が目のやり場に困るんだよっっっ。
「さ、先に戻ってるからっ」
俺はそれだけ伝えると、ぎゅっと目を閉じたまま洗面所の扉を閉めた。
はー……。ダメだ、ドキドキする……。
俺はどくんどくんと元気に跳ね回る心臓を手のひらで押さえながら、階段をのぼる。
こんなんじゃ心臓がいくつあっても足りないよ……。
リンが部屋で着替える時も、直視できなくて俺はいつも背を向けている。
リンは貴族育ちな上に騎士団でも慣れているのか、人に身体を見られる事に抵抗がなさそうなんだよなぁ……。
俺も男子校出身だし男の裸に抵抗があるかっていうとそんな事はないんだけどさ、リンの身体は、ちょっと、その辺の身体とは全然違うっていうか……。
なんかこう、彫刻かな? みたいな。
芸術品みたいな感じって言えばいいのかな……?
でも鑑賞物として割り切ってしまえないのは、リンが動くとその美しい筋肉がどれほど艶かしく動くか知っているからであって……。
「……っ」
うっかり、俺の上で蠢くリンの肉体を鮮明に思い出してしまった俺は、自室の扉をパタンと閉めてそのまま床にしゃがみ込んだ。
「ぅー……」
顔がめちゃくちゃ熱い。多分真っ赤になっちゃってるんだろうな。
部屋に姿見が無くてよかった……。
うん。……もう考えるのやめよう。
俺はゆっくり深呼吸をする。
リンが戻る前に、ガイダンスの資料を読み直して、時間割の検討をしておかないと。
俺は緩く熱を持ってしまった下腹部に気づかないフリをして、学校に持っていった荷物の中から自分のタブレット端末を取り出した。
***
湯に浸かるというのは、どうにも慣れない。
セリクはこれに毎日浸かっているんだろうか?
私は今日も、湯の張られた浴槽を横目で見ながらシャワーを浴びて手早く済ませる。
ケイトに教わった通りに髪を乾かしながら、私は先程ケイトの父君から聞いた話を反芻していた。
瘴気はどこからきているのか、誰が生み出したものなのか。
私は、これまでずっと聖女様と共に瘴気を打ち消し結界を浄化することを使命としていたにも関わらず、それを知らないままに生きていた。
ずっと昔の幼い頃には、私も疑問に思った時期があったような気がする。
けれど誰に聞いてもどんな書物を読んでも、瘴気とはそういうものなのだと言われるだけで、自身も次第にそういうものなのだと思うようになり、それ以上の疑いを持たなくなっていた。
私はきっと、何か大切な……根本的な事に気づかないままフロウリアで必死に生きていた。
それが、フロウリアを捨てて、ケイトとこちらにきてからほんの数日で目まぐるしく自分の常識が覆され続けている。
あの世界から離れて、自分はようやく客観的にフロウリアを見る事ができるようになったのかもしれないな……。
乾き切った髪の感触にドライヤーを止め、私は手早く寝支度を済ませた。
まだ考えるべき事は山積みだというのに、これからケイトの肌に触れられるのかと思うと、不覚にも心臓が跳ねてしまう。
もう私は24にもなったというのに。
初めて会った時に3つ年上だったケイトは、もう私より6つも年下になってしまったのに。
ケイトはいつまでもずっと美しいままの心で、その強さと優しさに、私はたまらなく惹きつけられてしまう。
年甲斐もなくはやる心に階段を駆け上ってしまいたくなるのをそっと堪えながらも、段を飛ばしながら静かに上がった。
扉をノックして「ケイト、戻った」と伝える。
部屋には遮音がかけてあるので、返事は聞こえない。
少し待つと扉が開いて「おかえり」と少し恥ずかしそうにケイトが顔を出す。
『どうぞ』ではなく『おかえり』と迎え入れてくれる彼が、とても愛しい。
その度に私は、彼が私を受け入れてくれるこの部屋に、毎日帰りたいと願ってしまう。
「今片付けるね」
彼の言葉にハッと我に返って部屋の扉を閉める。
どうやら、うっかり見惚れてしまっていたようだ。
……こんな事ではいけない。落ち着かなくては。
私は冷静さを取り戻せるように深く呼吸する。
目的を見失わないようにしなくては。
私には、彼の迷いを見定めアオイ様に報告する任があるのだから……。
改めて見ると、ケイトは机の上に広げていた書類と黒い板状の何か……『すまほ』とやらの仲間だろうか、それを片付けているようだった。
「作業の邪魔をしてしまったのか。私に気にせず続けてくれ」
私の言葉にケイトは手を止めないまま優しく口元で笑って言う。
「ううん。まだまだ終わらないから、続きは明日にするよ」
そして私を見上げて「ありがとう」と微笑んでくれるのだ。
たったこれだけの事で、こんな些細な私の言葉に、この方は惜しみなく感謝を向けてくださる。
これほどに温かく、お優しく、尊い方のお側を、私は許されている。
その事実に、どうしようもなく胸が躍る。
「もう電気は消しとこうか。リンは寝る準備済んでる?」
「ああ」
答えながら、私は手にしていた乾いたタオルをベッドの端にかけた。
そこに自分の荷物から小瓶を出して置いておく。
「お待たせ、リン」
そう言って、ぽすんとベッドに座った彼が私を見上げる。
彼の黒い瞳が、どことなく恥ずかしそうに小さく伏せられる。
ああ、準備ができたとおっしゃっているのだ。
……私に、触れられる準備が――。
理解した瞬間、考えるよりも早く私の両腕は彼を包み、私の唇は彼の唇へと押し当てられていた。
彼は驚いたように小さく身体を揺らしたものの、抗う様子はない。
彼の心のように厚く柔らかな彼の唇を何度も啄むと、その合間に彼の声が私の名を短く呼ぶ。
「ん……、リン……」
ゆっくりと私の背に回された彼の腕。
彼も私を求めてくれているのだと思うと、たまらなくなって、彼の頭を引き寄せてさらに深くまで口付ける。
「……っん……」
彼に教わった通りに、何度も角度を変えて繰り返し彼の口内を味わううちに、彼から甘い吐息が溢れ始める。
「ぅ……ん…………っ、ふ……ぁ……」
彼の背が小さく震える。彼が私の想いを受け入れ、応えてくれている……。
その事実だけで私の身体は熱く昂って……――。
――っ! 何をしているんだ私は!!
彼から身を離さなくては!!
私の身体が、私の意思に反してまだ彼に触れていたいと訴えるのを全力で却下して、私は彼の両肩を掴み、腕を伸ばせるだけ伸ばした。
「……リン……?」
ほぅっ。と熱い息を吐いたケイトが、ほんのり染まった頬で私を見上げて潤んだ黒い瞳で瞬く。
「っ、すみませんっ、つい……」
性急な行いを謝罪すると、ケイトは瞳をゆっくり丸くして、それから優しく微笑んだ。
「なんだ、そんなこと……。大丈夫だよ……?」
ふふ。と愛らしく笑って彼は言う。
「リン、敬語に戻っちゃってるよ」
私を優しく嗜めてくださる彼の温かな愛に、めまいがしそうな頭を振って、私は尋ねた。
……した。
昨日。確かに……。
「っ……」
思い出してしまった約束の内容に、俺の顔がどんどん熱くなる。
リンはそんな俺を見て、クスッと小さく笑ってから「着替えを取ってくる」と出て行ってしまった。
洗面所に残されて、のろのろと歯を磨く自分の頬は、どうみても赤い。
……待って?
父さんも帰ってきて、母さんもいるのに?
え……、俺、これから、するの……?
いや、リンにはまだ向こうに帰れる体をキープしてもらってるし、最後まではしないだろうけど、それでもそれっぽい事はする……ん、だよね……?
わぁぁ、どうしよう……めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど……っ。
いくら遮音魔法がかかってるとしても、両親と同じ家の中では恥ずかしいよ……っていうか、振動とかって伝わらないんだっけ?
振動も音と同じ空気の震えなんだから一緒に消されてるのかな?
確かに、蒼の部屋からは声も物音も聞こえたことないけど……。
って、こんなこと考えてるうちにリンが戻ってきちゃったよ。
俺はリンの邪魔にならないように慌てて口を濯いで洗面所を出る。
我が家は一階の洗面所に洗濯機があって、その奥がバスルームになってるんだよね。
なので、誰かがお風呂に入っている間は洗面所が脱衣所を兼ねるので入りづらいんだ。
「ケイト、ゆっくりでいい」
「ぇ、だって待たせちゃ悪い……し……」
顔を上げたら、鏡越しに見えるリンはもう上半身裸だった。
ズボンのベルトを外すその姿から、慌てて視線を逸らす。
そ、そっか。待ってるからいいって事じゃなくて、気にせず脱ぐからいい。って事か……っっ。
リンが良くても、そんなピッカピカの筋肉を惜しげなく晒されると、俺が目のやり場に困るんだよっっっ。
「さ、先に戻ってるからっ」
俺はそれだけ伝えると、ぎゅっと目を閉じたまま洗面所の扉を閉めた。
はー……。ダメだ、ドキドキする……。
俺はどくんどくんと元気に跳ね回る心臓を手のひらで押さえながら、階段をのぼる。
こんなんじゃ心臓がいくつあっても足りないよ……。
リンが部屋で着替える時も、直視できなくて俺はいつも背を向けている。
リンは貴族育ちな上に騎士団でも慣れているのか、人に身体を見られる事に抵抗がなさそうなんだよなぁ……。
俺も男子校出身だし男の裸に抵抗があるかっていうとそんな事はないんだけどさ、リンの身体は、ちょっと、その辺の身体とは全然違うっていうか……。
なんかこう、彫刻かな? みたいな。
芸術品みたいな感じって言えばいいのかな……?
でも鑑賞物として割り切ってしまえないのは、リンが動くとその美しい筋肉がどれほど艶かしく動くか知っているからであって……。
「……っ」
うっかり、俺の上で蠢くリンの肉体を鮮明に思い出してしまった俺は、自室の扉をパタンと閉めてそのまま床にしゃがみ込んだ。
「ぅー……」
顔がめちゃくちゃ熱い。多分真っ赤になっちゃってるんだろうな。
部屋に姿見が無くてよかった……。
うん。……もう考えるのやめよう。
俺はゆっくり深呼吸をする。
リンが戻る前に、ガイダンスの資料を読み直して、時間割の検討をしておかないと。
俺は緩く熱を持ってしまった下腹部に気づかないフリをして、学校に持っていった荷物の中から自分のタブレット端末を取り出した。
***
湯に浸かるというのは、どうにも慣れない。
セリクはこれに毎日浸かっているんだろうか?
私は今日も、湯の張られた浴槽を横目で見ながらシャワーを浴びて手早く済ませる。
ケイトに教わった通りに髪を乾かしながら、私は先程ケイトの父君から聞いた話を反芻していた。
瘴気はどこからきているのか、誰が生み出したものなのか。
私は、これまでずっと聖女様と共に瘴気を打ち消し結界を浄化することを使命としていたにも関わらず、それを知らないままに生きていた。
ずっと昔の幼い頃には、私も疑問に思った時期があったような気がする。
けれど誰に聞いてもどんな書物を読んでも、瘴気とはそういうものなのだと言われるだけで、自身も次第にそういうものなのだと思うようになり、それ以上の疑いを持たなくなっていた。
私はきっと、何か大切な……根本的な事に気づかないままフロウリアで必死に生きていた。
それが、フロウリアを捨てて、ケイトとこちらにきてからほんの数日で目まぐるしく自分の常識が覆され続けている。
あの世界から離れて、自分はようやく客観的にフロウリアを見る事ができるようになったのかもしれないな……。
乾き切った髪の感触にドライヤーを止め、私は手早く寝支度を済ませた。
まだ考えるべき事は山積みだというのに、これからケイトの肌に触れられるのかと思うと、不覚にも心臓が跳ねてしまう。
もう私は24にもなったというのに。
初めて会った時に3つ年上だったケイトは、もう私より6つも年下になってしまったのに。
ケイトはいつまでもずっと美しいままの心で、その強さと優しさに、私はたまらなく惹きつけられてしまう。
年甲斐もなくはやる心に階段を駆け上ってしまいたくなるのをそっと堪えながらも、段を飛ばしながら静かに上がった。
扉をノックして「ケイト、戻った」と伝える。
部屋には遮音がかけてあるので、返事は聞こえない。
少し待つと扉が開いて「おかえり」と少し恥ずかしそうにケイトが顔を出す。
『どうぞ』ではなく『おかえり』と迎え入れてくれる彼が、とても愛しい。
その度に私は、彼が私を受け入れてくれるこの部屋に、毎日帰りたいと願ってしまう。
「今片付けるね」
彼の言葉にハッと我に返って部屋の扉を閉める。
どうやら、うっかり見惚れてしまっていたようだ。
……こんな事ではいけない。落ち着かなくては。
私は冷静さを取り戻せるように深く呼吸する。
目的を見失わないようにしなくては。
私には、彼の迷いを見定めアオイ様に報告する任があるのだから……。
改めて見ると、ケイトは机の上に広げていた書類と黒い板状の何か……『すまほ』とやらの仲間だろうか、それを片付けているようだった。
「作業の邪魔をしてしまったのか。私に気にせず続けてくれ」
私の言葉にケイトは手を止めないまま優しく口元で笑って言う。
「ううん。まだまだ終わらないから、続きは明日にするよ」
そして私を見上げて「ありがとう」と微笑んでくれるのだ。
たったこれだけの事で、こんな些細な私の言葉に、この方は惜しみなく感謝を向けてくださる。
これほどに温かく、お優しく、尊い方のお側を、私は許されている。
その事実に、どうしようもなく胸が躍る。
「もう電気は消しとこうか。リンは寝る準備済んでる?」
「ああ」
答えながら、私は手にしていた乾いたタオルをベッドの端にかけた。
そこに自分の荷物から小瓶を出して置いておく。
「お待たせ、リン」
そう言って、ぽすんとベッドに座った彼が私を見上げる。
彼の黒い瞳が、どことなく恥ずかしそうに小さく伏せられる。
ああ、準備ができたとおっしゃっているのだ。
……私に、触れられる準備が――。
理解した瞬間、考えるよりも早く私の両腕は彼を包み、私の唇は彼の唇へと押し当てられていた。
彼は驚いたように小さく身体を揺らしたものの、抗う様子はない。
彼の心のように厚く柔らかな彼の唇を何度も啄むと、その合間に彼の声が私の名を短く呼ぶ。
「ん……、リン……」
ゆっくりと私の背に回された彼の腕。
彼も私を求めてくれているのだと思うと、たまらなくなって、彼の頭を引き寄せてさらに深くまで口付ける。
「……っん……」
彼に教わった通りに、何度も角度を変えて繰り返し彼の口内を味わううちに、彼から甘い吐息が溢れ始める。
「ぅ……ん…………っ、ふ……ぁ……」
彼の背が小さく震える。彼が私の想いを受け入れ、応えてくれている……。
その事実だけで私の身体は熱く昂って……――。
――っ! 何をしているんだ私は!!
彼から身を離さなくては!!
私の身体が、私の意思に反してまだ彼に触れていたいと訴えるのを全力で却下して、私は彼の両肩を掴み、腕を伸ばせるだけ伸ばした。
「……リン……?」
ほぅっ。と熱い息を吐いたケイトが、ほんのり染まった頬で私を見上げて潤んだ黒い瞳で瞬く。
「っ、すみませんっ、つい……」
性急な行いを謝罪すると、ケイトは瞳をゆっくり丸くして、それから優しく微笑んだ。
「なんだ、そんなこと……。大丈夫だよ……?」
ふふ。と愛らしく笑って彼は言う。
「リン、敬語に戻っちゃってるよ」
私を優しく嗜めてくださる彼の温かな愛に、めまいがしそうな頭を振って、私は尋ねた。
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