1 / 97
第1話 騎士団長の忠告
しおりを挟む
その日、一日の仕事を片付け面倒な報告書もまとめ終え、やっと帰ろうかという折にレインズはなぜか騎士団長の執務室へ呼び出されていた。
レインズは、鮮やかな金髪を後ろで一つに括った金髪碧眼の優男だ。
甲冑は一般の騎士達と同じデザインではあったが、より質の良い金属で作られ、背には鮮やかなオレンジ色のロングマントを翻している。
騎士団ではロングマントは中隊長以上の者が纏う物で、彼は三十人規模の隊員を率いる中隊長だった。
重い扉にノックをすれば「入れ」と短い返事が返る。
中では騎士団長が一人きり、レインズを待っていた。
既に人払いをしてあったのか、いつもの秘書官の姿は無い。
レインズは一体何を言われるのかと僅かに身構える。
騎士団長は「新しい勇者の事だが……」と切り出した。
今年新たな勇者に選ばれたのは、歴代最年少となる青年だった。
まだ十七歳の若過ぎる新米勇者が所属する隊を率いるのは、レインズの学生の頃からの親友で、真面目で温かい人柄の中隊長ルストックだ。
ルストックは、くっきりとした実直そうな印象の眉に彫りの深い顔立ちで、黒い瞳は小さくて白眼がちな印象だったが、それがどこか可愛いとレインズは思う。
茶色がかった黒髪を全て後ろに撫で付けているせいか、やけに落ち着いた物腰のせいか、俺と同じ歳の癖に入団した頃から俺よりもずっと老けて見られていた。
ルストックの姿を思い浮かべると、レインズの鼓動はほんの少しだけ早まった。
あいつはもう帰っただろうか。
新米勇者を抱えて、あの隊は隊長の書類仕事も増えているはずだ。
俺が戻ってもまだ書類と格闘しているようなら、ちょっと手伝ってやるとするか。
レインズはそんなことを思いながら、騎士団長に視線を戻す。
騎士団長は暗くなりつつある窓辺を背に、新勇者が勇者の仕事に馴染むまでの期間がいかに大事かという話を続けている。
レインズは内心首を傾げた。
これは、わざわざ俺が一人で呼び出されて、聞かされなきゃならない話しなんだろうか?
「分かったか?」
騎士団長の淡い金色の瞳が、抉るような鋭さでレインズを睨む。
レインズは的を射ない様子のままに答えた。
「は、はい。分かりました……」
騎士団長は、まるで分かっていないレインズに大仰にため息をついて要約する。
「つまり。ルストックには手を出すな。と、言いたいんだ」
レインズが、びくりと肩を揺らす。
驚きに見開かれた青い瞳が淡い金色の瞳を見返すと、団長は目を細め低く笑った。
団長になんと答えたのかは覚えていない。
ただ、レインズの頭の中は「どうしてそれを」という言葉でいっぱいだった。
本人にだって気付かれていない、この想いを。
突然上司から、しかも『手を出すな』なんて。
予想もしていなかった展開に、レインズはただただ困惑していた。
執務室を出て少し歩いた辺りで自然と足が止まり、呆然と立ち尽くす。
どのくらいの時間そうしていたのか。
そんなレインズに気さくに声を掛けてきたのは、当のルストックだった。
「お? なんだ珍しいな説教か? こんなとこでどうし――」
揶揄うような、それでいて励ますような、温かいルストックの言葉にレインズが思わず肩を揺らす。
いつも余裕たっぷりの青い瞳が珍しく追い詰められた色をしているのを見て、ルストックは顔色を変えた。
「……何か、あったのか……?」
レインズは青い瞳を逸らすと、慌てて首を振る。
「い、いや何も……」
その様子に、ルストックはキリリとした眉を力強く寄せた。
ルストックにとってレインズは、互いに何でも相談し合える相手だと思っていた。
些細な事から人生を左右するような大事な事まで、二人はいつだって話し合ってきた。
そんな親友に、あからさまに何かあった様子の親友に、首を振られたと言う事は、つまり……。
ルストックは一直線に騎士団長の執務室へ向かうと、ノックとほぼ同時にその扉を勢いよく開けた。
「団長っ! レインズに何を言ったんですか!?」
騎士団長は突然の来訪者にさして驚く様子もなく、面倒そうにルストックを一瞥して答えた。
「……なんだ、あいつが何か言ったか?」
「それが、何も……。ただ、酷く思いつめた様子だったので……」
実直に答えるルストックに、騎士団長は苦笑を返す。
「あいつの隊は最近遅刻者が目立つものでな、ちょっと注意したまでだ」
「それだけで、レインズがあんなに……」
「で、ついでに尻を撫でてやった」
「なんでですか!!」
ルストックは力一杯叫ぶと、信じられないものを見るような目で団長を見た。
団長は楽しげに口端を上げると、余裕たっぷりのゆったりとした口調で答える。
「あいつもまんざらじゃ無さそうだったぞ?」
「そんなわけないでしょう!!」
一瞬の躊躇いもなく一刀両断にされて、騎士団長は堪えきれず笑った。
(こりゃダメだな)と、内心でレインズに僅かに同情しつつ。
「ハハハ。冗談だ」
「はぁ……これだから団長は……」
ルストックは団長の様子から、どうやらレインズの抱えた問題は自分には明かすことの出来ない極秘事項なのだと判断したらしい。
渋々ながらもルストックが丁寧に礼を述べて退室する。
騎士団長はその後ろ姿を見送った後、しばし何かを考えるように目を閉じた。
自身の顎をゆっくりと指でなぞってから、おもむろに椅子から立ち上がると、窓際へ歩む。
窓から見下ろせば、レインズは執務室に入ってしまったルストックを待っていたのか、二人が並んで本棟から出たところだった。
何の話をしているのか、ルストックがどこか恥ずかしそうに、けれど朗らかに笑う。
レインズの青い瞳は、相変わらずルストックを懸命に見つめていた。
(あの熱視線に気付かないというのも、大したもんだがな……)
ひとまず釘も刺した事だし、あいつらに問題は起こらないだろう。
むしろ、あの様子ではこのまま永遠に二人は親友で終わるのではないか。
もちろん、それで良いと言ってしまうのならそれで良いのだろう。
世間一般的に何一つ、まずい事はない。
騎士団にとっても、この国にとっても。
「……どうしたものかな」
それを頭で理解していても、それでも、可愛い部下が幸せになるチャンスがあるならば、手を貸してやりたくはなる。
派手な見た目の男は、誰もいない執務室で淡い金の髪を揺らし、ひとり小さく息を吐いた。
レインズは、鮮やかな金髪を後ろで一つに括った金髪碧眼の優男だ。
甲冑は一般の騎士達と同じデザインではあったが、より質の良い金属で作られ、背には鮮やかなオレンジ色のロングマントを翻している。
騎士団ではロングマントは中隊長以上の者が纏う物で、彼は三十人規模の隊員を率いる中隊長だった。
重い扉にノックをすれば「入れ」と短い返事が返る。
中では騎士団長が一人きり、レインズを待っていた。
既に人払いをしてあったのか、いつもの秘書官の姿は無い。
レインズは一体何を言われるのかと僅かに身構える。
騎士団長は「新しい勇者の事だが……」と切り出した。
今年新たな勇者に選ばれたのは、歴代最年少となる青年だった。
まだ十七歳の若過ぎる新米勇者が所属する隊を率いるのは、レインズの学生の頃からの親友で、真面目で温かい人柄の中隊長ルストックだ。
ルストックは、くっきりとした実直そうな印象の眉に彫りの深い顔立ちで、黒い瞳は小さくて白眼がちな印象だったが、それがどこか可愛いとレインズは思う。
茶色がかった黒髪を全て後ろに撫で付けているせいか、やけに落ち着いた物腰のせいか、俺と同じ歳の癖に入団した頃から俺よりもずっと老けて見られていた。
ルストックの姿を思い浮かべると、レインズの鼓動はほんの少しだけ早まった。
あいつはもう帰っただろうか。
新米勇者を抱えて、あの隊は隊長の書類仕事も増えているはずだ。
俺が戻ってもまだ書類と格闘しているようなら、ちょっと手伝ってやるとするか。
レインズはそんなことを思いながら、騎士団長に視線を戻す。
騎士団長は暗くなりつつある窓辺を背に、新勇者が勇者の仕事に馴染むまでの期間がいかに大事かという話を続けている。
レインズは内心首を傾げた。
これは、わざわざ俺が一人で呼び出されて、聞かされなきゃならない話しなんだろうか?
「分かったか?」
騎士団長の淡い金色の瞳が、抉るような鋭さでレインズを睨む。
レインズは的を射ない様子のままに答えた。
「は、はい。分かりました……」
騎士団長は、まるで分かっていないレインズに大仰にため息をついて要約する。
「つまり。ルストックには手を出すな。と、言いたいんだ」
レインズが、びくりと肩を揺らす。
驚きに見開かれた青い瞳が淡い金色の瞳を見返すと、団長は目を細め低く笑った。
団長になんと答えたのかは覚えていない。
ただ、レインズの頭の中は「どうしてそれを」という言葉でいっぱいだった。
本人にだって気付かれていない、この想いを。
突然上司から、しかも『手を出すな』なんて。
予想もしていなかった展開に、レインズはただただ困惑していた。
執務室を出て少し歩いた辺りで自然と足が止まり、呆然と立ち尽くす。
どのくらいの時間そうしていたのか。
そんなレインズに気さくに声を掛けてきたのは、当のルストックだった。
「お? なんだ珍しいな説教か? こんなとこでどうし――」
揶揄うような、それでいて励ますような、温かいルストックの言葉にレインズが思わず肩を揺らす。
いつも余裕たっぷりの青い瞳が珍しく追い詰められた色をしているのを見て、ルストックは顔色を変えた。
「……何か、あったのか……?」
レインズは青い瞳を逸らすと、慌てて首を振る。
「い、いや何も……」
その様子に、ルストックはキリリとした眉を力強く寄せた。
ルストックにとってレインズは、互いに何でも相談し合える相手だと思っていた。
些細な事から人生を左右するような大事な事まで、二人はいつだって話し合ってきた。
そんな親友に、あからさまに何かあった様子の親友に、首を振られたと言う事は、つまり……。
ルストックは一直線に騎士団長の執務室へ向かうと、ノックとほぼ同時にその扉を勢いよく開けた。
「団長っ! レインズに何を言ったんですか!?」
騎士団長は突然の来訪者にさして驚く様子もなく、面倒そうにルストックを一瞥して答えた。
「……なんだ、あいつが何か言ったか?」
「それが、何も……。ただ、酷く思いつめた様子だったので……」
実直に答えるルストックに、騎士団長は苦笑を返す。
「あいつの隊は最近遅刻者が目立つものでな、ちょっと注意したまでだ」
「それだけで、レインズがあんなに……」
「で、ついでに尻を撫でてやった」
「なんでですか!!」
ルストックは力一杯叫ぶと、信じられないものを見るような目で団長を見た。
団長は楽しげに口端を上げると、余裕たっぷりのゆったりとした口調で答える。
「あいつもまんざらじゃ無さそうだったぞ?」
「そんなわけないでしょう!!」
一瞬の躊躇いもなく一刀両断にされて、騎士団長は堪えきれず笑った。
(こりゃダメだな)と、内心でレインズに僅かに同情しつつ。
「ハハハ。冗談だ」
「はぁ……これだから団長は……」
ルストックは団長の様子から、どうやらレインズの抱えた問題は自分には明かすことの出来ない極秘事項なのだと判断したらしい。
渋々ながらもルストックが丁寧に礼を述べて退室する。
騎士団長はその後ろ姿を見送った後、しばし何かを考えるように目を閉じた。
自身の顎をゆっくりと指でなぞってから、おもむろに椅子から立ち上がると、窓際へ歩む。
窓から見下ろせば、レインズは執務室に入ってしまったルストックを待っていたのか、二人が並んで本棟から出たところだった。
何の話をしているのか、ルストックがどこか恥ずかしそうに、けれど朗らかに笑う。
レインズの青い瞳は、相変わらずルストックを懸命に見つめていた。
(あの熱視線に気付かないというのも、大したもんだがな……)
ひとまず釘も刺した事だし、あいつらに問題は起こらないだろう。
むしろ、あの様子ではこのまま永遠に二人は親友で終わるのではないか。
もちろん、それで良いと言ってしまうのならそれで良いのだろう。
世間一般的に何一つ、まずい事はない。
騎士団にとっても、この国にとっても。
「……どうしたものかな」
それを頭で理解していても、それでも、可愛い部下が幸せになるチャンスがあるならば、手を貸してやりたくはなる。
派手な見た目の男は、誰もいない執務室で淡い金の髪を揺らし、ひとり小さく息を吐いた。
10
あなたにおすすめの小説
氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された
楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。
何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。
記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。
----------
※注)
かっこいい攻はいません。
タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意!
貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。
ハッピーエンドです。
激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします!
全16話 完結済み/現在毎日更新予定
他サイトにも同作品を投稿しています。
様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。
初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
没落令息はクラスメイトの執着に救われる
夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのユリシーズが引き留める。
「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。
ユリシーズの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。
※FANBOXからの転載です。
※他サイトにも投稿しています。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※表紙をAI君に描いてもらいました。(2026.2.21)
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる