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番外編
六月の夢 (1/5)
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「けっこー暑くなってきたなぁ」
背中がじわりと汗ばんで、俺は両手の荷物を抱え直しながら言った。
「やっと春が来たと思ったら、もう夏かよ」
俺のぼやきに、隣を歩くルスが「そうだな」と答える。
「んでもルスは涼しげな顔してるよな」
「それは、俺の分の荷物までお前が全部持っているからだろう」
あ、やべ、余計な事言ったか。
ルスが『俺だって荷物の一つ二つ持てる』って顔で俺を見てる。
でもさ、ルスは片手で杖ついてんのに、もう片方の手まで塞がったら躓いた時どうすんだよ。
「んー……。俺が一緒にいる時くらい、ルスには手ぶらで歩いてほしいんだよ」
許しを請うような気持ちで伝えると、ルスは実直そうな太い眉を困った風に傾けて、苦笑する。
「お前という奴は……」
どうやら俺の押し付けがましい親切を、ルスはありがたく受け取ってくれるらしい。
幸せそうなルスの横顔に、俺まで胸が温かくなる。
休日の午後。
明るい陽射しの下、俺はルスと二人でいつもの土手を歩いていた。
今日は二人そろっての休みで、たまにはマーケットでも見に行こうかなんて話して、俺達は昼前に家を出て、マーケットで買い食いしつつあれこれ日用品を買い足して、今はぼちぼち家に帰ってるところだ。
「お、見ろよルス、あの辺一面色変わってんな」
「ああ、紫色に染まっているな」
「ちょい前まで菜の花の黄色でいっぱいだったのに、なんか最近一年がはえーよなぁ。学生の頃とか、もっと一日が長かったろ?」
「そうだな。まあ、楽しい時間は短く感じるというしな」
「……ん?」
俺はルスの言葉に首を傾げる。
「どうした?」
「つまり、俺の一年があっという間なのは、ルスと楽しく過ごしてるからって事か?」
「違うのか?」
「……違わねーけど……」
そりゃ毎日楽しいってのはそーなんだけどさ、なんか……。
ルスをこっそり想ってた時間はあんなに長かったのに、一緒に過ごす時間はあっという間だなんて、そんなの不公平じゃねーか。
まるで幸せの終わりはすぐそこなんだと知らされたようで、腹の底が冷える。
「どうした。何か気になるのか?」
一瞬黙った俺を、ルスが覗き込む。
「や、何もねーって」
俺は慌てて首を振った。
こんな事、ルスに言ったってどうしようもねーしな。
「……まったくお前は」
ルスが「はぁ」と大袈裟にため息をついた。
「言ってるだろう? お前が気になった事は、些細な事でも遠慮せず俺に言えと」
叱るような言葉とは裏腹に、ルスのあったかい手が俺の肩を優しく包む。
ルスの熱がじんわり伝わって、俺を促す。
「ん……なんつーか……、ずりーなと思ってさ……。だって、俺達が楽しく過ごしてたら、こっから先もほんの一瞬で過ぎるって事なんだろ?」
口にしてしまうと、幸せの終わりは余計近くに思えてしまう。
「俺……、もっとずっとずっと……ずーっとルスと一緒に居てーのに……」
やるせなさに俯く俺の隣で、ぐっ。と空気を呑むような音がした。
見れば、ルスは太い眉を顰めて握り拳を口元に当てている。
「っ、お前は……。昼間からそんな事を……」
そう絞り出すように言うルスの頬が、ほんのり赤い。
ん?
なんか俺、昼に向かないような事言ったか?
言ってねーよな??
一体どこがルスに響いたんだろうか、と考えていると、不意に鐘の音が響いた。
「ん? なんの鐘だ?」
昼の鐘はとっくに終わったよな、なんて思いつつ音の方を見ると、川沿いの教会から『わあっ』と明るい歓声が上がる。
そこでは、教会から出てきた新郎新婦に参列者達が祝福の花びらを投げているところだった。
幸せそうに笑う新郎新婦が、太陽と花びらを浴びて輝く。そんな主役を囲む人々も皆、幸せそうな顔をしていた。
「あー……結婚式かぁ、……俺もあーゆーの一度くらいやってみたかったな……」
羨ましすぎて、目が眩みそうだ。
ああ、そうだったな。
久しく忘れていたこの感情は、少し前まで、常に俺に取り憑いてた。
明るい陽を浴びる二人が、どうしようもなく羨ましかった。
俺も……、俺だって……。
ルスをあんな笑顔にしてやりたかった……。
そう思ってしまってから、慌てて首を振る。
何考えてんだよ! 違うだろ!?
俺はもう、あの日新郎だったルスを直視出来なかった頃の俺じゃない!
胃薬をたらふく飲んで、ぐるぐる回る頭で吐き気と闘いながら読んだスピーチだとか、やたら晴れた空だとか、料理の匂いだとか、あの日の色々が急に蘇って、心臓がバクバクする。
ルスがあの子の夫になってしまうことが、どうしようもなく寂しくて。
でも俺にはどうしようもなくて。
ルスが皆に祝福されて、幸せそうに笑ってて。
俺はルスを幸せにできなかったけど、あの子はルスを幸せにしたんだ、って、痛感して。
ルスが幸せなら、良かった……って。
そう思うのは本当なのに、それでも、どうしようもなく苦しくて、息ができなくて……。
「レイ?」
間近で聞こえたルスの声に、ハッと我に返る。
「……ぁ……、ルス……」
視線をルスに向けようとして、思い止まる。
こんな顔を見せたら、きっとルスに余計な心配かけちまうよな。
俺は彷徨わせた視線をまた教会に投げた。
背中がじわりと汗ばんで、俺は両手の荷物を抱え直しながら言った。
「やっと春が来たと思ったら、もう夏かよ」
俺のぼやきに、隣を歩くルスが「そうだな」と答える。
「んでもルスは涼しげな顔してるよな」
「それは、俺の分の荷物までお前が全部持っているからだろう」
あ、やべ、余計な事言ったか。
ルスが『俺だって荷物の一つ二つ持てる』って顔で俺を見てる。
でもさ、ルスは片手で杖ついてんのに、もう片方の手まで塞がったら躓いた時どうすんだよ。
「んー……。俺が一緒にいる時くらい、ルスには手ぶらで歩いてほしいんだよ」
許しを請うような気持ちで伝えると、ルスは実直そうな太い眉を困った風に傾けて、苦笑する。
「お前という奴は……」
どうやら俺の押し付けがましい親切を、ルスはありがたく受け取ってくれるらしい。
幸せそうなルスの横顔に、俺まで胸が温かくなる。
休日の午後。
明るい陽射しの下、俺はルスと二人でいつもの土手を歩いていた。
今日は二人そろっての休みで、たまにはマーケットでも見に行こうかなんて話して、俺達は昼前に家を出て、マーケットで買い食いしつつあれこれ日用品を買い足して、今はぼちぼち家に帰ってるところだ。
「お、見ろよルス、あの辺一面色変わってんな」
「ああ、紫色に染まっているな」
「ちょい前まで菜の花の黄色でいっぱいだったのに、なんか最近一年がはえーよなぁ。学生の頃とか、もっと一日が長かったろ?」
「そうだな。まあ、楽しい時間は短く感じるというしな」
「……ん?」
俺はルスの言葉に首を傾げる。
「どうした?」
「つまり、俺の一年があっという間なのは、ルスと楽しく過ごしてるからって事か?」
「違うのか?」
「……違わねーけど……」
そりゃ毎日楽しいってのはそーなんだけどさ、なんか……。
ルスをこっそり想ってた時間はあんなに長かったのに、一緒に過ごす時間はあっという間だなんて、そんなの不公平じゃねーか。
まるで幸せの終わりはすぐそこなんだと知らされたようで、腹の底が冷える。
「どうした。何か気になるのか?」
一瞬黙った俺を、ルスが覗き込む。
「や、何もねーって」
俺は慌てて首を振った。
こんな事、ルスに言ったってどうしようもねーしな。
「……まったくお前は」
ルスが「はぁ」と大袈裟にため息をついた。
「言ってるだろう? お前が気になった事は、些細な事でも遠慮せず俺に言えと」
叱るような言葉とは裏腹に、ルスのあったかい手が俺の肩を優しく包む。
ルスの熱がじんわり伝わって、俺を促す。
「ん……なんつーか……、ずりーなと思ってさ……。だって、俺達が楽しく過ごしてたら、こっから先もほんの一瞬で過ぎるって事なんだろ?」
口にしてしまうと、幸せの終わりは余計近くに思えてしまう。
「俺……、もっとずっとずっと……ずーっとルスと一緒に居てーのに……」
やるせなさに俯く俺の隣で、ぐっ。と空気を呑むような音がした。
見れば、ルスは太い眉を顰めて握り拳を口元に当てている。
「っ、お前は……。昼間からそんな事を……」
そう絞り出すように言うルスの頬が、ほんのり赤い。
ん?
なんか俺、昼に向かないような事言ったか?
言ってねーよな??
一体どこがルスに響いたんだろうか、と考えていると、不意に鐘の音が響いた。
「ん? なんの鐘だ?」
昼の鐘はとっくに終わったよな、なんて思いつつ音の方を見ると、川沿いの教会から『わあっ』と明るい歓声が上がる。
そこでは、教会から出てきた新郎新婦に参列者達が祝福の花びらを投げているところだった。
幸せそうに笑う新郎新婦が、太陽と花びらを浴びて輝く。そんな主役を囲む人々も皆、幸せそうな顔をしていた。
「あー……結婚式かぁ、……俺もあーゆーの一度くらいやってみたかったな……」
羨ましすぎて、目が眩みそうだ。
ああ、そうだったな。
久しく忘れていたこの感情は、少し前まで、常に俺に取り憑いてた。
明るい陽を浴びる二人が、どうしようもなく羨ましかった。
俺も……、俺だって……。
ルスをあんな笑顔にしてやりたかった……。
そう思ってしまってから、慌てて首を振る。
何考えてんだよ! 違うだろ!?
俺はもう、あの日新郎だったルスを直視出来なかった頃の俺じゃない!
胃薬をたらふく飲んで、ぐるぐる回る頭で吐き気と闘いながら読んだスピーチだとか、やたら晴れた空だとか、料理の匂いだとか、あの日の色々が急に蘇って、心臓がバクバクする。
ルスがあの子の夫になってしまうことが、どうしようもなく寂しくて。
でも俺にはどうしようもなくて。
ルスが皆に祝福されて、幸せそうに笑ってて。
俺はルスを幸せにできなかったけど、あの子はルスを幸せにしたんだ、って、痛感して。
ルスが幸せなら、良かった……って。
そう思うのは本当なのに、それでも、どうしようもなく苦しくて、息ができなくて……。
「レイ?」
間近で聞こえたルスの声に、ハッと我に返る。
「……ぁ……、ルス……」
視線をルスに向けようとして、思い止まる。
こんな顔を見せたら、きっとルスに余計な心配かけちまうよな。
俺は彷徨わせた視線をまた教会に投げた。
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