⚔️師範を殺したくない俺(勇者)と、弟子に殺されたい私(魔王)

良音 夜代琴

文字の大きさ
34 / 56

雨上がりに(俺)

しおりを挟む
一夜明けて、すっかり雨の上がった空は眩しい朝日にきらめいていた。

直に顔に当たる陽の光に、俺は顔をしかめる。
……そっか。ここカーテンねーもんな。

つーか、昨夜は遅くまで奥の部屋からウィムたちの声が聞こえてたせいで、なんかあんま寝た気がしねーな。
ったく、こっちはたったの一度も上手くいかねーってのに、アイツら一体何回やってんだよ。
まあ、今回は俺も師範に抜いてもらえたから、朝から慌てることもねーけどさ。
師範に手でしもらったのなんて、あの時以来だよな。
もう二度と、そんな日は来ないかもって思ったりもしたけど……。

まどろみに、あの時の師範の優しい微笑みと、師範の眼鏡に飛び散った俺の体液がぼんやりと浮かぶ。寝返りを打てば、俺の脚に滑らかな肌が触れた。
あ。やべ。今日は師範と同じベッドで寝てたんだっ……――。
瞼を開けば、寝息がかかりそうなほど近くに、あの日と変わらず美しいままの寝顔があった。

師範の香りと温度に、どくんと脈打つ俺の身体があまりに正直で、俺は苦笑を滲ませながらベッドを抜け出した。
まったく。焦んじゃねーよ、俺。
ここまでどれだけ待ったと思ってるんだ。
こんな一瞬の欲望で、この美しい人を傷付けるなんて事あってたまるか。

つーか師範もさ、せめて服着て寝てくれよ……。
なんかこんな事、ちょっと前にも思ったよな。ああ、ウィムか。
あれはまあ、どうでもいいんだけどな。
一応師範は肌着は着てくれてるけど、師範の肌着は前を紐で結び合わせるタイプだから、喉元とか胸元とか、その……色々チラチラしてんだよな……。

俺は師範の方を見ないようにして、手早く上着と剣の下がったベルトを身に付ける。
教会の出入り口の大きな扉をなるべく軋まないようそーっと開けて、外に出る。
雨上がりの街道にはあちこちに大きな水溜まりが出来ていた。
俺はせっかく乾いた靴を濡らさないよう気をつけながら、いつものように走り出した。

***

「試したぁ!? 試したっていつよぅ。昨日!? えっ、ダメだったの?」
思わず声が大きくなったウィムの名を、ティルダムが静かに呼ぶ。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。すっかり驚いちゃってぇ……」
ウィムがにっこり微笑んで周囲を見回すと、声につられてこちらに集まった視線が散った。
ここは廃教会から半日ほど歩いた町にある冒険者ギルドで、俺たちは討伐成功の報告に来ていた。
報告用のカウンターには列ができていて、列には師範が並んでいる。
師範の前には三人、師範の後ろにも、いつの間にか四人が並んでいた。
『戦闘では出番がありませんでしたから……』と手を挙げた師範に討伐の報告を任せて、俺はギルドの隅の待合テーブルで、二人に昨夜の報告をしていた。

「ダメっつか、最後までできなかった」
「ああ、そういうことねぇ」
ウィムはホッとした顔をしてから、にんまりと笑った。
「ギリルちゃんは初めてなんでしょ? そういう事もあるわよぅ。向こうさえその気なら、あとは時間の問題じゃない」
ウィムが気安く俺の肩をペシペシ叩く。
「……と思うだろ?」
俺は現実との温度差に深くため息をついた。
「んんん? 違うのぉ?」
大袈裟に首を傾げるウィムの横で、ティルダムも小さく首を傾げる。
俺は師範の事情には触れずに、現状だけを話した。

「……そう、そんなことがねぇ……。過去によっぽど酷い目に遭ったのねぇ……。まあ、何もないのに、あんなぼんやりした人が人でなくなるなんてことないわよねぇ」
ウィムは、ここではないどこかを見つめて、悲しげに呟いた。
ウィムの頭をティルダムがそっと撫でる。
まるで慰めるような仕草だな。なんて思ってから、俺はウィム達と一緒に過ごしてもう三年目になるのに、ウィムの事もティルダムの事もあんま知らねーんだよな。なんて今さら気付く。

いっつも俺ばっか話聞いてもらってるけど、たまには俺も二人の話とか聞いた方がいいのか……?

そんな事を考えてた俺に、ウィムが尋ねる。
「ギリルちゃんは、師範が人でなくなった時の話は聞いたの?」

人でなくなった時の、話……?
そっか、そりゃ、あるよな。
当然、きっかけが……。

「……いや。ってか俺なんかが聞いても、答えてくんねーんじゃねーかな」
俺の答えに、ウィムがぷぅと片頬を膨らませた。
「あんたたちって、そーゆーちょっと卑屈なとこ、よく似てるわよねぇ」
ティルダムもコクコク頷いて言う。
「なんか。って……」
「そーそー、二人ともよく言うわよねぇ。俺なんか、私なんか、って。そんな卑屈になることないじゃないのねぇ?」

「え。俺と師範が……、似てる?」
思わずニヤけそうになって、俺は頬に力を込めた。
「もぉぉ、喜んでどうするのよぅ。アタシは、あんたも師範もよく頑張ってると思ってるのよぅ?」

だって、俺と師範は似てるとこがなさすぎるんだ。
髪の色も、目の色も、肌の色も、顔付きも、体付きも。
何一つ似てない俺たちは、何処に出かけても親子に間違われることはなかった。

だから、それがたとえ悪い癖でも、俺と師範に似てるとこがあったってのが、俺には純粋に嬉しかった。

「師範はやっぱり長年積み重なってるしぃ? すぐには変えられないでしょうけどねぇ。ギリルちゃんはまだ若いんだから、もうちょっと心がけてみたらどうかしらぁ?」
「そう言われてもな、実際俺なんか師範の足元にも及ばねーしな」
俺は答えて頭を掻く。チラと見れば、報告受付カウンターでは師範の番がようやく回って来たとこだった。
「そうねぇ……。ちっちゃい頃から隣にいる人が強大すぎるっていうのが、ギリルちゃんの卑屈っぽさの元かしらねぇ? 少しでもそういうの感じ取れちゃうと、あんなに大きな存在には遠く及ばないってわかっちゃうものねぇ……」
ウィムの視線が師範を指していて、俺はもう一度横を見る。
どうやら、さっきギルドに入ってきた奴は見える奴だったのか、師範と同じ列に並ぶことに躊躇っているようだ。
まだ間に六人もいるんだし、そんな怯えることねーのにな。
視線を戻せば、ウィムはそれも仕方ないという顔で苦笑している。

「ウィムは見えるくせに、よく平気で俺たちに声かけてきたよな」
「あらぁ、平気そうに見える?」
「ああ」
「うふふ、それならよかったわぁ」
途端、ティルダムがウィムをマントの内に入れた。
なんだ? 無茶をしてほしくない? 心配でたまらない。ってとこか?
もしかして、ウィムは最初から無理して俺たちについてきてんのか……?
「もぅ、ティルちゃんたら、大丈夫よぅ」
ウィムは苦笑しながら、マントからごそごそ出てきて椅子に掛け直す。

「いや、悪ぃ。見えてて平気なわけねーよな」
俺は迂闊な言葉を反省して「ウィム、いつもありがとな」と感謝を伝える。
「ティルダムにも、ほんと助けられてる。ありがとな」
揺れた髪の隙間から、ティルダムの小さな赤い瞳が驚きに開かれてるのがちょっと見えた。
ウィムも大きめの青い目を真ん丸くしている。
「やーんっ。ギリルちゃんが成長してるわぁっ。あの『他人なんてゴミ以下』みたいな顔してたギリルちゃんがっっ」
「……そこまで酷くはないだろ」
まあ実際、旅に出るまで師範以外の人間が割とどうでもよかったのは事実だが。
旅先で伝えられた感謝や向けられた笑顔から初めて知った感情もたくさんあった。

嬉しそうなウィムの横では、ティルダムも分厚いグローブでポフポフと静かに手を叩いている。

「……なぁ。俺、成長してるよな?」
「してるわよぅ~」
「じゃあ、東の奴にも負けねーよな?」
途端、ウィムの笑顔が引き攣った。
「あ、あらぁ……? 話で聞く限りでは、なんか包容力のある年上の人って話じゃなかったかしら?」
「……らしいな」
ウィムは、ウィムにしては珍しく、慎重に言葉を選んでから口を開いた。
「そうねぇ……人にはそれぞれ、好みってものがあるじゃない……?」

くそ、遠回しに言うな。余計刺さるだろ。

「俺だって、……気持ちじゃ誰にも負けねーから」
たとえどんな奴が出てこようと、俺は絶対師範を渡したりしない。
せっかくここまで近づけたのに。
今まで死んだかと思われてたような奴に、横から攫われてたまるか。

「あらぁん、可愛い事言っちゃってもぅ。そーゆー健気で一途なとこがギリルちゃんの魅力よねぇ~」
「はぁ?」
俺の発言に、どっか可愛い要素あったか?
訝しがる俺の頭を、ティルダムが大きな手でポフポフと優しく撫でた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

もう一度言って欲しいオレと思わず言ってしまったあいつの話する?

藍音
BL
ある日、親友の壮介はおれたちの友情をぶち壊すようなことを言い出したんだ。 なんで?どうして? そんな二人の出会いから、二人の想いを綴るラブストーリーです。 片想い進行中の方、失恋経験のある方に是非読んでもらいたい、切ないお話です。 勇太と壮介の視点が交互に入れ替わりながら進みます。 お話の重複は可能な限り避けながら、ストーリーは進行していきます。 少しでもお楽しみいただけたら、嬉しいです。 (R4.11.3 全体に手を入れました) 【ちょこっとネタバレ】 番外編にて二人の想いが通じた後日譚を進行中。 BL大賞期間内に番外編も完結予定です。

勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される

八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。 蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。 リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。 ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい…… スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)

壊すほどに、俺はお前に囚われている

氷月
BL
【後輩と先輩、交錯する心と体】 春、新学期の大学キャンパス。 4年の蓮(レン)は、人気者らしく女子に囲まれながらも、なぜか新入生・七瀬巧(タクミ)の姿を探してしまう自分に気づいていた。 彼は去年の秋、かつて蓮が想いを寄せていた男の恋人の友人として出会った相手。 ――まさか、この俺様が、また男に惹かれるなんて。 否定しようとすればするほど、目はタクミを追ってしまう。 無邪気に笑う顔。ふと見せる真剣な横顔。 先輩と後輩、互いに抗えない感情に囚われながら、夏の学園を駆け抜けていく――。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...