15 / 20
15.ハルはモヤっとした
しおりを挟むやはりグレイさんは本気で私とまた食事をしに行こうとしているようだった。
アルバートさんが帰り仕事も一通り終わったのを見て、『行くぞ』と言ってきたのだ。
マジで? 本気で?
そうは思えども『今日は何食べるか』とか楽しそうに話している彼の横顔を見ていると、そんな言葉も出てこない。
私もまたあの料理が食べられる事を思うと、楽しみでもあった。
「あ! グレイさぁん!」
受付を通る際にチェルシーに遭遇してしまい、グレイさんを見るなりしなを作って寄ってきた。
さすがだよね、ちゃんと私の足を踏んづける事は忘れないんだから。いい加減後ろから蹴り上げてやろうかと本気で思った。
「あのぉ、もしかして今日もお食事に行かれるんですか? もしよかったら私美味しい雰囲気のいいお店を知っているんで、ご一緒にどうですか?」
もちろん石なしは別ですけど。
そんなチェルシーの心の声が聞こえてくるようだった。
こちらをちらりと見た彼女の目は、ちゃんと空気読めよって言っていた。お前はここでちゃんと辞退して消え失せるんだぞって。本当、膝カックンしてやろうか。
しかもその豊満な胸をグレイさんの腕に押し付けてさり気なく色気でアピールしているし、メイクバッチリの目で上目遣い。女の武器がフル出動している。
私なんて……。
自分の貧相な胸を見下ろして虚しくなったので考えるのを止めた。どうせスッピンだしね。
あぁ……、さすがのグレイさんもこんな秋波を当てられたら、『じゃあ、一緒に行っちゃう?』ってなっちゃうのかな。やっぱりエリートとはいえ男だからな。『男は脳と下半身が解離している生き物だ』ってお兄ちゃんが言ってたしね。
となると、私は空気を読んでここで退くほうが賢い選択なんだろうけど、あの食事を食べられないのは惜しい。
はたしてグレイさんはどう出るのか、と注視していると、彼はチェルシーに捕まれた腕を引き抜き冷ややかな目で彼女を見下ろした。
「興味ない」
そして、そのたった一言でチェルシーを切り捨てる。
その声がこの場の空気が凍り付くほどに冷え込んで、一瞬恐怖を感じた。
さすがのチェルシーもこのグレイさんの態度にはショックだったらしく、口を開けたまま固まって動けずにいたらしい。
私たちがその場からいなくなっても、何一つ言葉を上げる事なく微動だにしなかった。
「いいの?」
「何が?」
「さっきの誘い、受けなくても」
私が一応聞いてみると、グレイさんは変な顔をして私を見た。
何、その顔。私に遠慮してチェルシーの誘いを断ったのかもしれないから、別に私の事なんて気にしなくてもいいんだけどって意味で聞いてみたんだけど。
「言ったろ。興味ないって」
でも、グレイさんの答えは先ほどと同じで、本気で言っているようだった。
チェルシーは好みでない?
口に出すのは悔しいから言わないけど、チェルシーって結構見た目だけはいいと思うんだよね。出る所は出て締まるところは締まっているナイスボディだし、顔も悪くない。化粧効果を加味してもアイドルグループのセンター張れるくらいには見た目がいいと思うんだけど。
もしかして、見た目はあまり重視してなくて中身が重要? 確かにあの中身が透けて見えているのであればチェルシーにグレイさん陥落は難しいのかも。
……それとも、美人は好みでないとか?
「おい。何難しい顔で考えてる」
私がグレイさんの好みについてあれこれ考えていると、顔を覗き込まれた。それに驚いて少し仰け反る。
「別に。ただ、本当によかったのかなって。私に遠慮してるなら全然そういうの必要ないから」
「何でだよ。今日もお前と食事に行くって言っただろ。つーか、これからは俺の日課になるんだから余計な予定を入れるつもりねぇよ」
夜は君だけに空けておくって? これが時や場所が違ったのなら心ときめいたんだろうけど、素直に受け止めきれない。まぁ、グレイさんもそんな色っぽい意味で言ったんじゃないんだろうけれど。
「別に毎日見張ってもらわなくても食事くらいとれるよ」
「パンだけだろ? それじゃダメだ。またすぐにガリガリになっちまう」
それは少し厳しい口調だった。なんだか、お兄ちゃんに怒られているみたい。
「育つもの育たなくなるぞ」
可哀想なものを見る目を送るその先にあるものに気が付いて、私はムッとなった。
悪かったな! 貧相な胸で!
チェルシーのと比べているんなら、まじで承知しない!
「痛っ! 悪かったって!」
正義の鉄槌だ! このデリカシーなし男! これでも女なんだからな!
この熱く燃え滾る怒りを伝えるために、私は無心にグレイさんの脛を蹴り続けた。逃げるグレイさんを追いかけても尚もその脛を狙う。
グレイさんは『痛い、止めろ』と言いながら逃げ、私は無言でそれを追った。
そうやって追いかけっこしていたら、いつの間にか昨日も来たカヴァニュー・トレに到着していて、私は店の外に漏れる食欲をそそる匂いを前にその怒りを収めたのだ。
お店は昨日同様私を歓迎してくれた。
相も変わらず支配人は笑顔を崩す事なく、私が来る事で不利益を被る可能性すら感じないといった顔で接客をしてくれる。そういうところ、プロだよね。私もこうやって相手がプロに徹してくれているから、今日は安心してここに来れたのかもしれない。
二人で向かい合ってメニュー表をそれぞれ眺める。
私がメニュー表の文字が読めない事には変わりにはないんだけど、昨日グレイさんが頼んでいた『ピエピエ』がどこに書いているのかが気になった。
というか、ピエピエって結構ふざけた名前だと思うけど、何なんだろうね。
「ねぇ、昨日グレイさんが頼んでいたピエピエってさ、あれって美味しいの?」
「ん? まぁ、俺は好きだけど」
「魚だよね?」
「そう。魚って言ってもハイアップランドフィッシュだけどな」
「ハイアップランドフィッシュ?」
聞いた事ない魚の名前。
初耳のその名前に首を傾げる。
「ここから東にずっと行った海の向こうにハイアップランドって呼ばれている『ツェロガ』って小さな大陸の近海で泳いでいる魚の事。そこは大昔に天変地異があって、周辺の海も一緒に大陸ごと雲の上に打ち上げられたんだ。まぁ、空に浮かぶ大陸だなその上、天地が逆さまになって何故か空があるべき場所に海があってそこに魚が泳いでいる。このピエピエもその一つ」
何それ何それ! 意味わかんないしどんだけあべこべな天変地異なんだ、それは!
私はグレイさんの話を聞いて一気に興奮した。
この異世界のそういう話を聞くのは初めてだ。空に浮かぶ大陸がある事すら知らなかった。しかも海が空にあるの? そんなの想像もつかない。
「凄いところだね、それ。空に浮かぶ海とか信じられない。グレイさんはそれ見た事あるの?」
私が身を乗り出して聞くと、グレイさんは首を横に振る。
「ないな。俺はこの国を出る事は赦されてないからな」
そして何ともない顔と声で驚くべきことを言うのだ。
「え? 何で?」
「そもそも石六つ以上の人間は自国を出る事が赦されていないんだ。外国への流出を防ぐためだな。国の中で囲い込んでおきたいっていう国の方針だ」
何だ、それ。そんな事で自由が制限されるの? 旅行にも行けないじゃん。
私が知らないだけで、エリートも結構大変なんだな……。それって国に首輪つけられているようなもんだよね。
……それにしても、何だろうねこのモヤモヤ感。気持ち悪いくらいに今の話にモヤモヤしている。
「まぁ、それでなくともハイアップランドは遠いし運航便も少ないし、入国制限していて行っても制限中で順番待ちをさせられることもある。おいそれと行ける所じゃないな」
「そう」
それを聞いてもやっぱりまだスッキリしない。モヤモヤが消えない。
あぁ、もう! 私はこんな思いをするためにここに来たわけじゃない。
訳の分からない感情に捕らわれるのはヤメヤメ!
「じゃあ、せっかくだから今日はピエピエにしてみようかな」
「ああ。美味しいぞ。ここら辺ではこの店しか出してないから食べて損はない」
話をピエピエ自体に戻してメニュー表に目を移す。
やっぱり気になったのなら頼んでみるべきよね、と思って今日はピエピエのムニエルを食べることにした。
また消化不良を起こすかもとかそんな心配はしていない。
もう起こしたら起こしただ。美味しいものは食べれる時に食べておかないと。
グレイさんはというと、クリーム色のソースが絡まった短いパスタの上にベリー系の果物とサラダが乗った女子的なものを注文していた。
あ……、それも美味しそう。
今度注文してみようかな。
0
あなたにおすすめの小説
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる