嫌われ者の私が異世界を間接的に平和にする……らしい

夏目ちろり

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15.ハルはモヤっとした

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 やはりグレイさんは本気で私とまた食事をしに行こうとしているようだった。
 アルバートさんが帰り仕事も一通り終わったのを見て、『行くぞ』と言ってきたのだ。

 マジで? 本気で?
 そうは思えども『今日は何食べるか』とか楽しそうに話している彼の横顔を見ていると、そんな言葉も出てこない。
 私もまたあの料理が食べられる事を思うと、楽しみでもあった。


「あ! グレイさぁん!」

 受付を通る際にチェルシーに遭遇してしまい、グレイさんを見るなりしなを作って寄ってきた。
 さすがだよね、ちゃんと私の足を踏んづける事は忘れないんだから。いい加減後ろから蹴り上げてやろうかと本気で思った。

「あのぉ、もしかして今日もお食事に行かれるんですか? もしよかったら私美味しい雰囲気のいいお店を知っているんで、ご一緒にどうですか?」

 もちろん石なしは別ですけど。
 そんなチェルシーの心の声が聞こえてくるようだった。
 こちらをちらりと見た彼女の目は、ちゃんと空気読めよって言っていた。お前はここでちゃんと辞退して消え失せるんだぞって。本当、膝カックンしてやろうか。

 しかもその豊満な胸をグレイさんの腕に押し付けてさり気なく色気でアピールしているし、メイクバッチリの目で上目遣い。女の武器がフル出動している。
 私なんて……。
 自分の貧相な胸を見下ろして虚しくなったので考えるのを止めた。どうせスッピンだしね。

 あぁ……、さすがのグレイさんもこんな秋波を当てられたら、『じゃあ、一緒に行っちゃう?』ってなっちゃうのかな。やっぱりエリートとはいえ男だからな。『男は脳と下半身が解離している生き物だ』ってお兄ちゃんが言ってたしね。
 となると、私は空気を読んでここで退くほうが賢い選択なんだろうけど、あの食事を食べられないのは惜しい。

 はたしてグレイさんはどう出るのか、と注視していると、彼はチェルシーに捕まれた腕を引き抜き冷ややかな目で彼女を見下ろした。

「興味ない」

 そして、そのたった一言でチェルシーを切り捨てる。
 その声がこの場の空気が凍り付くほどに冷え込んで、一瞬恐怖を感じた。

 さすがのチェルシーもこのグレイさんの態度にはショックだったらしく、口を開けたまま固まって動けずにいたらしい。
 私たちがその場からいなくなっても、何一つ言葉を上げる事なく微動だにしなかった。



「いいの?」
「何が?」
「さっきの誘い、受けなくても」

 私が一応聞いてみると、グレイさんは変な顔をして私を見た。
 何、その顔。私に遠慮してチェルシーの誘いを断ったのかもしれないから、別に私の事なんて気にしなくてもいいんだけどって意味で聞いてみたんだけど。

「言ったろ。興味ないって」

 でも、グレイさんの答えは先ほどと同じで、本気で言っているようだった。

 チェルシーは好みでない?
 口に出すのは悔しいから言わないけど、チェルシーって結構見た目だけはいいと思うんだよね。出る所は出て締まるところは締まっているナイスボディだし、顔も悪くない。化粧効果を加味してもアイドルグループのセンター張れるくらいには見た目がいいと思うんだけど。
 もしかして、見た目はあまり重視してなくて中身が重要? 確かにあの中身が透けて見えているのであればチェルシーにグレイさん陥落は難しいのかも。
 ……それとも、美人は好みでないとか?

「おい。何難しい顔で考えてる」

 私がグレイさんの好みについてあれこれ考えていると、顔を覗き込まれた。それに驚いて少し仰け反る。

「別に。ただ、本当によかったのかなって。私に遠慮してるなら全然そういうの必要ないから」
「何でだよ。今日もお前と食事に行くって言っただろ。つーか、これからは俺の日課になるんだから余計な予定を入れるつもりねぇよ」

 夜は君だけに空けておくって? これが時や場所が違ったのなら心ときめいたんだろうけど、素直に受け止めきれない。まぁ、グレイさんもそんな色っぽい意味で言ったんじゃないんだろうけれど。

「別に毎日見張ってもらわなくても食事くらいとれるよ」
「パンだけだろ? それじゃダメだ。またすぐにガリガリになっちまう」

 それは少し厳しい口調だった。なんだか、お兄ちゃんに怒られているみたい。

「育つもの育たなくなるぞ」

 可哀想なものを見る目を送るその先にあるものに気が付いて、私はムッとなった。
 悪かったな! 貧相な胸で!
 チェルシーのと比べているんなら、まじで承知しない!

「痛っ! 悪かったって!」

 正義の鉄槌だ! このデリカシーなし男! これでも女なんだからな!

 この熱く燃え滾る怒りを伝えるために、私は無心にグレイさんの脛を蹴り続けた。逃げるグレイさんを追いかけても尚もその脛を狙う。

 グレイさんは『痛い、止めろ』と言いながら逃げ、私は無言でそれを追った。
 そうやって追いかけっこしていたら、いつの間にか昨日も来たカヴァニュー・トレに到着していて、私は店の外に漏れる食欲をそそる匂いを前にその怒りを収めたのだ。



 お店は昨日同様私を歓迎してくれた。
 相も変わらず支配人は笑顔を崩す事なく、私が来る事で不利益を被る可能性すら感じないといった顔で接客をしてくれる。そういうところ、プロだよね。私もこうやって相手がプロに徹してくれているから、今日は安心してここに来れたのかもしれない。

 二人で向かい合ってメニュー表をそれぞれ眺める。
 私がメニュー表の文字が読めない事には変わりにはないんだけど、昨日グレイさんが頼んでいた『ピエピエ』がどこに書いているのかが気になった。
 というか、ピエピエって結構ふざけた名前だと思うけど、何なんだろうね。

「ねぇ、昨日グレイさんが頼んでいたピエピエってさ、あれって美味しいの?」
「ん? まぁ、俺は好きだけど」
「魚だよね?」
「そう。魚って言ってもハイアップランドフィッシュだけどな」
「ハイアップランドフィッシュ?」

 聞いた事ない魚の名前。
 初耳のその名前に首を傾げる。

「ここから東にずっと行った海の向こうにハイアップランドって呼ばれている『ツェロガ』って小さな大陸の近海で泳いでいる魚の事。そこは大昔に天変地異があって、周辺の海も一緒に大陸ごと雲の上に打ち上げられたんだ。まぁ、空に浮かぶ大陸だなその上、天地が逆さまになって何故か空があるべき場所に海があってそこに魚が泳いでいる。このピエピエもその一つ」

 何それ何それ! 意味わかんないしどんだけあべこべな天変地異なんだ、それは!

 私はグレイさんの話を聞いて一気に興奮した。
 この異世界のそういう話を聞くのは初めてだ。空に浮かぶ大陸がある事すら知らなかった。しかも海が空にあるの? そんなの想像もつかない。

「凄いところだね、それ。空に浮かぶ海とか信じられない。グレイさんはそれ見た事あるの?」

 私が身を乗り出して聞くと、グレイさんは首を横に振る。

「ないな。俺はこの国を出る事は赦されてないからな」

 そして何ともない顔と声で驚くべきことを言うのだ。

「え? 何で?」
「そもそも石六つ以上の人間は自国を出る事が赦されていないんだ。外国への流出を防ぐためだな。国の中で囲い込んでおきたいっていう国の方針だ」

 何だ、それ。そんな事で自由が制限されるの? 旅行にも行けないじゃん。
 私が知らないだけで、エリートも結構大変なんだな……。それって国に首輪つけられているようなもんだよね。
 ……それにしても、何だろうねこのモヤモヤ感。気持ち悪いくらいに今の話にモヤモヤしている。

「まぁ、それでなくともハイアップランドは遠いし運航便も少ないし、入国制限していて行っても制限中で順番待ちをさせられることもある。おいそれと行ける所じゃないな」
「そう」

 それを聞いてもやっぱりまだスッキリしない。モヤモヤが消えない。

 あぁ、もう! 私はこんな思いをするためにここに来たわけじゃない。
 訳の分からない感情に捕らわれるのはヤメヤメ!

「じゃあ、せっかくだから今日はピエピエにしてみようかな」
「ああ。美味しいぞ。ここら辺ではこの店しか出してないから食べて損はない」

 話をピエピエ自体に戻してメニュー表に目を移す。
 やっぱり気になったのなら頼んでみるべきよね、と思って今日はピエピエのムニエルを食べることにした。

 また消化不良を起こすかもとかそんな心配はしていない。
 もう起こしたら起こしただ。美味しいものは食べれる時に食べておかないと。

 グレイさんはというと、クリーム色のソースが絡まった短いパスタの上にベリー系の果物とサラダが乗った女子的なものを注文していた。

 あ……、それも美味しそう。
 今度注文してみようかな。


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