伯爵令嬢と想いを紡ぐ子

ちさめす

文字の大きさ
4 / 11

4

しおりを挟む





 その後もこの子は暴れ続けた。細い燭台を殿下に見立てて、蹴りを入れたところで神父様は怒り、その結果私たちは追い出された。


 殿下への侮辱は罪となるが、私は神父様に頭を下げて、何とか今回のことは水に流していただけた。


 私は教会を出るまでに神父様と少しの会話をした。簡潔に婚約の破棄を取り消してもらうよう殿下ともう一度話す旨を伝えたのだ。すると、意外な返事が返ってくる。なんと手を貸したいとのことだった。


 そして私たちが教会から出る直前、神父様から一通の手紙を預かる。それは紹介状だった。


 手紙の宛名にはとある伯爵家の名――ムーンと綴られている。


 この子はいった。次の行先はムーン家だと。


 私たちは、私のために恩寵のお祈りをしてくれている神父様に感謝を述べて、教会を後にした。



 ◇◇◇



 ムーン家に向かう馬車の中は、今もすごく怒っているこの子と二人っきりだ。


「あんのばかやろう、あれでこの国のトップってわけ? はん! 聞いて呆れるね! だってそうじゃない!? やってることはただ逃げてるだけじゃん! そんな全部を投げるような決断は決断じゃないね~! ほんっと、どうしてああいうばかはばかなやり方で自分を正当化しようとするんだろうね! そう思わない? お姉ちゃん!?」


 ――あはは……。直接会ったわけでもないのに、ずいぶんとお嫌いになられたのですね……。


「もしもあんのばかが私の前に現れたら、お姉ちゃんのかわりに私がガツンといってあげるからね!」


 そのような言葉をこの子はいったいどこで覚えてくるのだろうか。私はとても不思議に思った。そしてこれもまた不思議なことに、この子の言葉にどこか共感している自分がいたのだった。



 ◇◇◇



 馬車が平たんな道を進む中、私はこの子から『糸』についての話を聞いていた。


 私にはその『糸』というもが見えてるわけではないのだが、この子のいうように、人の想いは繋がっていると思えてきたからだ。


 この子はセレーネ様を知らなかった。ある意味当事者でもある私でさえセレーネ様の名前を知らなかったのにこの子はいい当てた。


 理由を尋ねると、この子は二つの想いと想いからなる『糸』に触れると、その一部分を感じとれるということだった。この子は、私と神父様の『糸』に触れて、それらの想いからセレーネ様を認識できるようのなったのだと。


「要するにねお姉ちゃん、死人に『糸』は紡がれないの。セレーネさんをどれほど想うのかはあのばかの心の問題であって、セレーネさんとあのばかにはもう何の繋がりもないんだから!」


 熱が冷めても、この子のばか呼ばわりは直らなかった。


「それはそうかもしれないけれど……」


「けど、何?」


 ――殿下の御心の中に私の入る隙はなかった。御傍にいても殿下は私を見ては下さならなかった。私を見る時はいつも私にセレーネ様を重ねて……殿下はセレーネ様のことを想い続けていた。


「殿下はこのことをお望みではないのかも――」


 しれない、といい切る前にこの子はいった。


「じゃあやめる?」


「……え?」


「自信がないならやめた方がいいと思うよ。『糸』はね、お姉ちゃんと繋がってるその人の想いも表してるの。『糸』はお姉ちゃんだけのものじゃない。軽々しく『糸』に触れるのは、その人に失礼だからよくないことなの。でもね、平気でそういうことをする人を私は知ってる。悪女っていってね、とっても悪い人なの。お姉ちゃんには悪女になってほしくないから、だから……あのばかと一緒に添い遂げる覚悟がないんなら馬車を引き返そ?」


 ――添い遂げる覚悟……。


 私は殿下のことを思い起こす。殿下と共に過ごしたあの日々を。幸せだった、あの日々を。


「好きなんでしょ? お姉ちゃん!」


「……好き……です」


「あは! お姉ちゃん。私ね、お姉ちゃんなら真剣に向き合ってくれるって信じてるからお姉ちゃんに手を貸すんだよ。……ほんとはちょっと違う理由もあるけど……。でも、とにかく! お姉ちゃんならできるよ! 私、信じてるもん! 絶対にできる! お姉ちゃんなら、殿下を振り向かせられるよ!」


 ――……そうね。その通りだわ。


 殿下は私のことを見て下さっても、私と重ねるようにしてセレーネ様の幻影を追ってしまう。……でも、別にいいじゃないそれで。殿下がどんな想いで私のことを見ていようとも、私の殿下への想いは変わらない。私の想いは、揺るぎなく殿下のことを想っているのだから。だったらこの想いを、繋がるその時まで、殿下の想いにぶつけ続ければいい。


 一本の『糸』になるまで――。


「……ありがとう。やっと私にも少しわかったような気がしますわ。今の私がどうすればいいのかを。それに……」


「それに?」


「殿下はどんなに時間が経とうとも、一重に自分が愛した女性を想い続けられる素敵な御方なのだと、私は気づくことができたわ」


 私は微笑みながらそういった。


 すると、この子はきょとんとした表情になる。


「ええ……。あのばかにそう感じてるの? お姉ちゃん、ちょっとずれてない?」



 ◇◇◇





 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

元婚約者のあなたへ どうか幸せに

石里 唯
恋愛
 公爵令嬢ローラは王太子ケネスの婚約者だったが、家が困窮したことから、婚約破棄をされることになる。破棄だけでなく、相愛と信じていたケネスの冷酷な態度に傷つき、最後の挨拶もできず別れる。失意を抱いたローラは、国を出て隣国の大学の奨学生となることを決意する。  隣国は3年前、疫病が広がり大打撃を受け、国全体が復興への熱意に満ち、ローラもその熱意に染まり勉学に勤しむ日々を送っていたところ、ある日、一人の「学生」がローラに声をかけてきて―――。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

処理中です...