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しおりを挟むムーン家のベルを鳴らすと、一人の侍女が顔を出した。
その侍女が私の顔を見た時、一瞬はっと驚いたのを私は見逃さなかった。侍女はすぐに何事もなかったかのように振る舞い、私からの手紙を受け取った。
「確かにこれはメトン神父様のお手紙……すると、あなた様がルーナ様でいらっしゃるのですね」
「はい、そうです」
「わかりました。では、中へどうぞ」
侍女に案内されて屋敷の中へ入る。応接間で旦那様を待つようにといわれて数分、体格のいい男性が現れた。その方は自分をピーターと名乗り、この屋敷の主人だと挨拶した。
「メトン神父様からの手紙は読ませてもらった。話の前にまずは謝らせてほしい。……すまなかった。ルーナ様」
ピーター様は私に対して深く頭を下げた。
「お、おやめくださいピーター様! 頭をあげて下さい! 私は謝罪を求めにきたのではありません――」
私が殿下と婚約破棄をした件は、昨日に殿下より各方面に通達されている。神父様は気を利かせてくれたのか、最初に私の反応を待ってはいたが、ピーター様は違った。
神父様から手紙を預かった時、『ルーナ様がその想いを持ち続ける限り、この御方はルーナ様のお力となってくれるでしょう』といっていた。
ピーター様は私をどのように想っているのかはわからないけど、初対面の私にいきなり頭を下げる姿勢を見ると、それは言葉にしなくても理解できた。
「――セレーネ様についてのお話をお聞きしたくて、ここまでやって参りました」
「セレーネ……娘の話をですと?」
「はい」
ピーター様はゆっくりと紅茶を啜る。そしてカップを置くと口を開いた。
「娘はとても優しい子だった――」
◇◇◇
<ピーター視点>
――あれは、娘と殿下の婚姻が決まって間もない頃だった。殿下は挨拶のために当家を訪れた。当時は隣国との戦争中にも関わらず、殿下は我々のために時間を割いてくれたのだ。そして、数か月振りに見た殿下は酷くやつれていた。
「ピーター様、これをお受け取りください」
「これは……婚姻の書簡!?」
「はい。この戦争が無事に終結したあかつきには、セレーネ様を私の妻として迎え入れたいと考えております。本日は、そのご了承を得るためにやって参りました」
「了承だなんて滅相もございません。娘が婚姻を望むのならば私は賛成致します。殿下」
――その時の娘の表情は今でも忘れない。娘は毅然としながらも私と殿下の話を聞いていたが、嬉しさを隠し切れていないせいで無意識ながらに顔から笑みがこぼれていた。
「私は殿下との結婚を望んでおります。お父様にもご了承していただけて、私は幸せです」
――その言葉通り、本当に娘は幸せそうだった……。
そして、会食が終わると私は殿下の執事長と今後の打ち合わせを始めた。後で娘から聞くに、この時の娘は殿下と庭にいたという――。
◇◇◇
<セレーネ視点>
「オージ様、お身体の方はいかがでございましょうか」
「大丈夫だよセレーネ。ここへきて束の間の休息を取ることもできた。それに、今はもう君との婚約が正式に決まったばかりだ。むしろ絶好調だよ」
オージ様は私に微笑んだ。
――……また無理をなさっている。ここのところ、ちゃんとした睡眠をとっていないことは顔を見ればわかるわ。
オージ様はいつだってそう。どれほど困難な問題があっても、努力をして自分の責任を全うしようとする。たとえそれがどれほど現実味のない無謀なことでも、そのために自分を犠牲にして成し遂げようとする。
その過剰なまでの義務感を持つようになったあの事件――過去に、弟君を自分の采配で戦死させてしまったことで強く自戒するようになったあの日から、オージ様は変わられてしまった……。
私はそっとオージ様を抱きしめる。
オージ様は少し困惑しながら、「いきなりどうしたのだセレーネ!? 侍女に見られているかもしれないのだ、一度離れた方が――」
「いいえ離れません。オージ様は私が目を離すとすぐに無理をなされる。こうして私が無理矢理にでも抑えておかないとちゃんと私の話さえ聞いてくれません」
「そのようなことはないぞ。私はいつもセレーネの――」
「それではなぜ目の下に隈があるのですか? なぜ先程の会食でもあまりお召にはならなかったのですか? なぜ、急に戦線を離れてまでここへ来たのですか……? なぜこんなにも……瘦せこけてしまったのですか……? なぜ……」
泣くつもりはなかった。私はいつものように、殿下の身を案じて休息をとってほしいとだけ伝えるつもりだった。だけど気がつくと、自分の中に秘めていた殿下への想いが溢れてしまった。
この涙は、これ以上はもう抑えれないという自分自身へのサインだった――。
「いつも心配をかけてすまない。セレーネ……」
オージ様はそっと私を抱きしめ返した。
――これからはもう、私はオージ様の御傍で見守らないといけませんわね。
「ねえ、オージ様……」
「何だい、セレーネ」
「私は……貴方を失いたくはないから、これからは私が御傍で貴方のお世話を致します――」
◇◇◇
「そしてその日、殿下が戦地に戻られた際に娘は殿下についていった。無事に殿下と終戦を果たし、二人で戻ると私に約束して……」
私は黙ったままピーター様の話を聞いていた。横からはしくしくと泣く声と鼻をかむ音がした。
「それから一か月後のことだった。……娘の訃報が届いたのは。それは終戦間際の最後の抵抗によるものだったという……。翌月の娘の誕生日には結婚式を敢行する予定でもあっただけに、本当に……本当に……」
ピーター様は目を覆った。
「すまない、取り乱してしまった」
「構いませんわ。話されたピーター様のお気持ちは痛いほどわかりますから……。これほどまでに辛い話ですのに、お聞かせいただけて本当に感謝しております」
「頭をあげて下さいルーナ様。それにこれは……ルーナ様へのせめてもの贖罪なのです。ルーナ様の婚約破棄については、殿下の娘への想いもその理由となっているに間違いはありませんから」
ピーター様は私の婚約破棄の原因に、自分の娘も関わっている責任を感じておられた。もちろんそのような責任を感じる必要もなければ、その責任自体ないものだ。これは、殿下の御心の中の話であり、ピーター様やセレーネ様が直接何かをしたわけではないのだから。
なのにだ。
それでもピーター様は、ただ純粋な想いで慎ましく私に頭を下げたのだった――。
◇◇◇
「本当に娘にそっくりだった」
馬車に揺られながら、私は去り際にいったピーター様の言葉を思い出す。
「歳も誕生日月も同じ。今も生きていたのなら、きっとルーナ様のように素敵な女性になっていたのかもしれない」
――そのようなことはありませんわピーター様。私には殿下の想いにこたえることができなかった。一方でセレーネ様は本当に素晴らしく、また真向から殿下に歩み寄っていた。
「私も、セレーネ様のようになりたい……」
図らずも、今までセレーネ様に向けていた羨望はいつしか憧れへと変わっていた。
「う、うう……うう……セレーネさああん。……どうして死んじゃったの……うう……」
涙でびしょびしょとなったハンカチを目に当てるこの子の頭を撫でながら、私はセレーネ様のことを想う。
――私も、セレーネ様のように献身的な振る舞いを心掛けなきゃいけませんわね。……この件が落ち着いたら、時々ムーン家にはご挨拶に伺いましょう。ピーター様が私に向ける眼差しは、どこか穏やかで温かみを感じましたわ。きっと私を見て、セレーネ様を想われていたのでしょうから。
◇◇◇
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