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契約の夜
二
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「クロエ、次は?」
「……ベッドに上がってください」
こういった行為の切り出し方などどうしたら良いのか全くわからないというのに、なぜ私が彼に指示を出しているのだろう。
これではどこまでも先延ばしになってしまう。今すぐ終えてしまいたいのに永遠に始まってほしくなくて、黒い影から逃れるように体を引きずった。
彼は素直にベッドへ乗り上げて奥へ移動した私と向かい合うように座る。自らの意思を持っているのか、勝手に降りた天蓋が外界と二人を切り離した。そこにあるのは布一枚のはずなのに、まるで牢屋の格子だ。
男性と寝具の上で二人きりという状況を見つめ直すと、いよいよそういったことに及ばなければいけないという義務感に似たものに支配されてしまって、表現できない感情に満たされた頭は何も言葉を吐き出せない。
相も変わらずこちらに主導権を委ねて遊んでいる彼から目を逸らして体を小さくするのが精一杯だ。
「……どうすれば貴方の恐怖を拭える?」
今まで聞いた中で一番柔らかい声だった。身を守るようにマントを引き寄せて丸まっている私に触れることもなく、ただただそこに座っている。
彼が情け容赦なく女をねじ伏せてしまうような人であれば楽だったのかもしれない。上げた足を掴んで靴も脱がさず力任せに犯してくるような人であれば、今この瞬間に全て委ねてしまいたいなんて思わなかったはずなのに。
「私に、触れてみないか」
提案の意味がよくわからず視線を上げると、いつもと違って革手袋のはめられていない手を差し出されていることに気がつく。
それが当たり前ではあるとわかってはいるのに、初めて見るその手が私とそう変わらない肌の色をしていることがなんだか不思議に思えた。
「私の体が硬い鱗に覆われてなどいないことがわかれば少しは気休めになるだろう。私に貴方を傷つけるつもりはないと、気が済むまで確かめれば良い。貴方が許可してくれるまで何もしないと誓う」
酷いことをした人のはずなのに、こういうときに優しくされるとわからなくなってしまう。そうしてあやふやにして呑み込んでしまうのが目的なのかもしれないが、誠実に見える微笑を浮かべた顔は無理やり私を妻に迎えた人にはとても見えない。
いつもこのような顔をしていれば私の他にも話しかける人がいただろうに。
「……ベッドに上がってください」
こういった行為の切り出し方などどうしたら良いのか全くわからないというのに、なぜ私が彼に指示を出しているのだろう。
これではどこまでも先延ばしになってしまう。今すぐ終えてしまいたいのに永遠に始まってほしくなくて、黒い影から逃れるように体を引きずった。
彼は素直にベッドへ乗り上げて奥へ移動した私と向かい合うように座る。自らの意思を持っているのか、勝手に降りた天蓋が外界と二人を切り離した。そこにあるのは布一枚のはずなのに、まるで牢屋の格子だ。
男性と寝具の上で二人きりという状況を見つめ直すと、いよいよそういったことに及ばなければいけないという義務感に似たものに支配されてしまって、表現できない感情に満たされた頭は何も言葉を吐き出せない。
相も変わらずこちらに主導権を委ねて遊んでいる彼から目を逸らして体を小さくするのが精一杯だ。
「……どうすれば貴方の恐怖を拭える?」
今まで聞いた中で一番柔らかい声だった。身を守るようにマントを引き寄せて丸まっている私に触れることもなく、ただただそこに座っている。
彼が情け容赦なく女をねじ伏せてしまうような人であれば楽だったのかもしれない。上げた足を掴んで靴も脱がさず力任せに犯してくるような人であれば、今この瞬間に全て委ねてしまいたいなんて思わなかったはずなのに。
「私に、触れてみないか」
提案の意味がよくわからず視線を上げると、いつもと違って革手袋のはめられていない手を差し出されていることに気がつく。
それが当たり前ではあるとわかってはいるのに、初めて見るその手が私とそう変わらない肌の色をしていることがなんだか不思議に思えた。
「私の体が硬い鱗に覆われてなどいないことがわかれば少しは気休めになるだろう。私に貴方を傷つけるつもりはないと、気が済むまで確かめれば良い。貴方が許可してくれるまで何もしないと誓う」
酷いことをした人のはずなのに、こういうときに優しくされるとわからなくなってしまう。そうしてあやふやにして呑み込んでしまうのが目的なのかもしれないが、誠実に見える微笑を浮かべた顔は無理やり私を妻に迎えた人にはとても見えない。
いつもこのような顔をしていれば私の他にも話しかける人がいただろうに。
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