20 / 33
契約の夜
三
しおりを挟む
意を決して差し出されたままの手のひらを人差し指でなぞる。様子を伺うが一切動くことはなく表情もあまり変わらず、目が合うと眉が下がった。一週間前には想像もできなかった顔。
アレクシアさんの評価を信じそうになってしまいそうになった思考を無理やり引き戻した。忘れてはいけない。私が望んでこの場にいるわけではないこと。
指先をつまむ。指の腹まで厚い皮で覆われ、かさついていて私のものよりずっと硬く太い指は角張った形をしていた。
綺麗に切り揃えられていてもまだ大きな四角い爪。手の甲には筋が浮いていて、その上を這う血管が影を作っている。自分とはまるで違うそれが少し面白く思えて、だんだんと触り方は大胆になっていった。
血管を辿るように親指を滑らせたり、太い骨の上まで指を沈ませてみたり。二回り三回り、それ以上もある手は私を抑えこむには十分だろうが、今は一切動かないそれに確かな体温と呼べるものがあることを知って安心感を得られたのは事実だ。
唯一、どこにも指輪がはめられていないことだけが不満だった。私はちゃんとつけているのに。
手のひらまでもが硬い、伯爵よりも騎士と呼ぶ方がふさわしい手。この手が剣を握って、いつ終わるともしれない戦いに身を投じていたのを私は知っている。
「…………貴方は魔術にも造詣が深いように見えますが、それでも剣を振るうのですか」
今まで触れた誰の手よりも力強い。長年剣を握り続けているのだろう。まさか攻撃するための魔術が使えないわけでもないだろうに。
「剣の方が性に合う。それに、魔術だけに頼って戦場で魔力切れを起こしては困るからな」
黒く染められたシャツの袖を捲ってみると、締まった手首から緩やかに広がる腕は筋肉で飾られている。
今日まで顔と首、そして手首の僅かな隙間ほどしか彼の肌を見たことはなかったが、見れば見るほどその体は人間に近かった。全身の大きさだけが別の生き物みたいだ。
肉体にはあまりドラゴンの性質を受け継いでいる部分がないのかと思いかけて、感触だけで形を把握した長い舌が記憶に蘇る。もしかしたら外見だけ人間に歩み寄っただけで、隠れた部分はあまり変わらないのかもしれない。心も、きっとそうなのだろう。
「自分の魔力を他人に分け与えるなんて聞いたこともありませんでしたが……その技術を普及させることはできないのですか?」
「残念ながら他人の魔力はそう簡単に受け入れられるものじゃない。相性が悪ければ死ぬこともある。貴方と私の相性が良いのは幸運だった」
緊張を隠しながら言葉をかけると真摯に返ってくるのがどこか快い。会話の内容は夫婦がベッドの上でするものとは違っているのだろうが、だからこそ彼の言葉に集中できる。
アレクシアさんの評価を信じそうになってしまいそうになった思考を無理やり引き戻した。忘れてはいけない。私が望んでこの場にいるわけではないこと。
指先をつまむ。指の腹まで厚い皮で覆われ、かさついていて私のものよりずっと硬く太い指は角張った形をしていた。
綺麗に切り揃えられていてもまだ大きな四角い爪。手の甲には筋が浮いていて、その上を這う血管が影を作っている。自分とはまるで違うそれが少し面白く思えて、だんだんと触り方は大胆になっていった。
血管を辿るように親指を滑らせたり、太い骨の上まで指を沈ませてみたり。二回り三回り、それ以上もある手は私を抑えこむには十分だろうが、今は一切動かないそれに確かな体温と呼べるものがあることを知って安心感を得られたのは事実だ。
唯一、どこにも指輪がはめられていないことだけが不満だった。私はちゃんとつけているのに。
手のひらまでもが硬い、伯爵よりも騎士と呼ぶ方がふさわしい手。この手が剣を握って、いつ終わるともしれない戦いに身を投じていたのを私は知っている。
「…………貴方は魔術にも造詣が深いように見えますが、それでも剣を振るうのですか」
今まで触れた誰の手よりも力強い。長年剣を握り続けているのだろう。まさか攻撃するための魔術が使えないわけでもないだろうに。
「剣の方が性に合う。それに、魔術だけに頼って戦場で魔力切れを起こしては困るからな」
黒く染められたシャツの袖を捲ってみると、締まった手首から緩やかに広がる腕は筋肉で飾られている。
今日まで顔と首、そして手首の僅かな隙間ほどしか彼の肌を見たことはなかったが、見れば見るほどその体は人間に近かった。全身の大きさだけが別の生き物みたいだ。
肉体にはあまりドラゴンの性質を受け継いでいる部分がないのかと思いかけて、感触だけで形を把握した長い舌が記憶に蘇る。もしかしたら外見だけ人間に歩み寄っただけで、隠れた部分はあまり変わらないのかもしれない。心も、きっとそうなのだろう。
「自分の魔力を他人に分け与えるなんて聞いたこともありませんでしたが……その技術を普及させることはできないのですか?」
「残念ながら他人の魔力はそう簡単に受け入れられるものじゃない。相性が悪ければ死ぬこともある。貴方と私の相性が良いのは幸運だった」
緊張を隠しながら言葉をかけると真摯に返ってくるのがどこか快い。会話の内容は夫婦がベッドの上でするものとは違っているのだろうが、だからこそ彼の言葉に集中できる。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる