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ランドスケイプ侯爵家の人々と私
21.花に囲まれた公爵夫人
しおりを挟むギーゼラ・ロスヴィータ・リーベスヴィッセン公爵夫人。お祖母さまは、とても美しい方だった。
お母さまに似た面影があり、若い頃には更に輝くほどの美貌だったに違いない。
お祖父さまは灰色の髪の、王者の風格を持った方だった。
「いかに教育の行き届いていない娘とはいえ、一度くらいは顔を見せてやってもよかっただろうに」
「わたくしも母にそう申し上げたのですが、どこに出しても恥ずかしくない娘になるまで会わぬと⋯⋯」
お父さまに聞いたとおり、かなり厳格な方だったようだ。あのお嬢さまでは、お会いした瞬間にお加減を損ねてしまったかもしれない。
「至らぬ孫で申し訳ありません、お祖母さま。アンジュリーネでございます。初にお目にかかります」
黒い木棺に眠るお祖母さまに、花を添える。
公爵家の敷地内に、教会があると聞いていたけれど、先祖伝来の霊廟や墓地もあるのね。
公爵家の城壁は、街一つを取り囲み、何代か前は領地がひとつの公国だったと言うのがよく解る。もちろん、我が家の領地との境界にも城壁はあった。
「お前やヴィルヘルムに聞いていたのとは随分違う、落ち着いた娘ではないか。やはり、会わせてやるべきだったのでは?」
「ここまで落ち着いたのはごく最近のことなのです」
困った顔で答えるお母さま。まるで自分の事のように申し訳なくなってくる。
「重ね重ね、申し訳ありません、お祖父さま、お母さま。あれもダメ、これもダメ。貴族の娘としての豊かさを享受していながら、マナーやしきたり、慣習などの窮屈さに、鬱憤が溜まっていたのです」
「まあ、勉強もただ詰め込むのはつまらないし、興味を持ってないと、どうにも苦行になってしまうからな。そこは、学ぶ楽しさを教えてやれなかった教師や親の責任でもある。留学はさせてやれないが、先程の通り、我が家の書庫の本はどれを読んでも構わないから、淑女のマナーさえ身につけたら、後は好きな事を学んでも構わん。そこから派生して、いろんな事に興味が広がれば、もっと楽しく学ぶ気になるやもしれん」
「ああ、ありがとうございます、お父さま。わたくし、ちゃんと学びますわ」
ここが、教会の霊安室で、亡くなられたお祖母さまの納められた木棺の前だと言うことも忘れ、お父さまの胸に飛び込む。
「こらこら、場を弁えなさい、故人の前なんだぞ。アンジュリーネ」
叱りつつ、どこか嬉しそうなお父さま。
「なるほど、子供っぽい娘だな」
お祖父さまは苦笑いを見せた。
私、おかしいのかしら。お嬢さまの身代わりを嫌々していたはずなのに。本当の父でもないのに、こんな事⋯⋯
しかも、まだたった入れ替わり二日目だというのに。
「僕もまだまだ未熟者だというのに、どうしてお祖母さまは、僕には会ったのに、アンジュリーネには会わなかったんだろう」
お兄さま。それ、本物のお嬢さまが聞いたら怒り出しますよ「お兄さま。それは厭味かしら?」って。ううん、お父さま達も居るから、一応「それは厭味ですの?」くらいの言葉遣いはするかしら?
「父親が娘に甘いように、『母親』は息子に甘いもの。孫でも同性と異性では扱いが違うのかも知れんな」
お祖父さま、自分は娘(お母さま)に甘いと告白したようなものなのでは。
お父さまもお兄さまも、お母さまもそう思ったらしく、微妙な視線がお祖父さまに集中した。
そして、お兄さまが何かを言おうとした時、公爵家の執事が教会の納棺安置室に入って来て、主だった弔問客が揃ったと伝え、公爵家の教会を任されている司教が、お別れの儀を初めてもいいかと訊ねてきた。
「あ、ああ。そうだな。そろそろ始めようか。家族は顔を見て花を添え終えたところだ」
弔問客達が次々と現れ、故人が好きだったというアリウム、リアトリス、ライラック、アスチルベ、ディステル、ワレモコウ、ラベンダーなど、紅や紫の小花の集合花が集められ、皆で木棺の中に入れていく。
「ワレモコウは季節がまだ早くて、去年のドライ物だけれど、勘弁してくださいね」
「あちらでも、素敵な庭園を造ってくださいね」
「あなたの庭園には、いつも慰められましたわ」
どのご婦人も、花を添えながら、お祖母さまの庭園を褒めていく。
「お祖母さまは、造園がご趣味だったのですか?」
「ええ。後で見ていくといいわ。好きな花だけを植えた物だったけれど、初夏から初秋までは、それは見事なものなのよ」
そう答えてくださったお母さまは、どこか苦しそうだった。
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