身代わりの私は退場します

ピコっぴ

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テレーゼ様と私

75.テレーゼ様の目的

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「エーデルハウプトシュタット公爵領の姫君? ⋯⋯が、クリスの天使の従堂妹はとこ姫?」

 シュテファン様が、興味深げに視線を私からテレーゼ様に変える。

「はい。わたくしの語学の師をしていただいております。ですから、語学のために、厚かましくもこちらまでついて来てしまいました」

 ポッと、元々血色の良い頰を更に赤く染めて、照れたように俯くテレーゼ様。

「クリスの天使ちゃんは、語学に堪能なの?『何語が得意なのかな?』」
『ご期待に添えるほどの語彙力ではございませんが、低地・高地(中部)・上部ゲルマン語とラテン語、フランク語、フリジア語、カスティーリャ語を。今は、バスク語と趣味でノルド語を、読み書きだけ学習中にございます』
『それだけ出来れば大したものだが、ブリテンやケルトの言葉は解るのかな?』
『単語を幾つかと、挨拶程度には。日常会話を交わすほどではございません』
「いや、これは中々⋯⋯ クリス。お前のくにの外交貿易の未来は明るいな? この調子なら、いずれ母君顔負けの女傑になるやもしれんぞ?」

 語学が多少出来たからと言って、外交政策が上手いとか、対人能力があるとは限らないけれど、ずは言葉が通じなければ話にならない。
 そう言う意味で誉められたのだと受け取ることにした。シュテファン様の言葉を否定しても、過剰な謙遜と次期辺境伯への反抗的な態度にしかならない。

「お褒めいただき光栄ですわ。嫁ぎましたら生涯を、クリストファー様の為に尽くす所存でございます」
「ふぅん? 僕んちの方が、領土は広い⋯⋯というか、邦自体はそんなに変わんないけど、統括監理範囲はこの君の邦ヒューゲルベルク も含め君の国ブラウバルトクリスの国ハインスベルク も纏めて、ライン川左岸一帯総てを繁栄させて、国境線を守護し異民族との政治的な外交とか交易とか、やる事いっぱいで、やりがいはあると思うけど?」

 これは、どうとるべきなのか。

 お嬢さまの噂の真偽を確かめるためか或いは冗談で、クリスから乗り換えないかと揶揄からかっているのか、語学を学ぶ理由に、過ぎた野心がないか確認しているのか。

 どちらにしても。自領にすら興味なさげな雰囲気と、寂しがり屋のくせにこれまでの自分の対人関係にすら関心が希薄なお嬢さまに、例え言葉を覚えたとて辺境伯の奥方が務まるだろうか?
 クリスを気に入ってなかったようだし、クリスよりも上背があってノーブルな美形、身分も地位もあるシュテファン様に声をかけられたら、お嬢さまなら二つ返事で尾を振るかもしれない⋯⋯ と思ったけれど、私には無理。

「わたくしのような小さき者には手に余るお話ですわ。多少の言葉が通じたところで、帝国西岸部国境全域の外交問題を扱うようなさかしさも、諸外国と対等に話し合うための手札も持ち合わせてはおりません。
 クリストファー様をお支えする事すら、今のままでは納得のいくような満足な働きは出来ないと思いますので、精一杯勉強中なのですわ。
 テレーゼ様は、そういった能力はとても優れていらっしゃるので、逆にわたくしも学ばせていただいてます」
「君⋯⋯ いや、いいか。クリス、いい嫁をもらったな」

 まだ嫁いでない、と言いたいところだけれど、先ほど公爵さまが仰ったように、両家の当主と法王庁の大司教のサインに王家の印璽の入った婚姻契約書がある時点で結婚したも同然。18歳になるのを待っているだけと言うのは本当だろう。

 辺境伯は、帝国の中枢政府から、国境地帯の外交と防備を目的として与えられた、軍事長官の最高位とも言える役職。
 歴史上でも、ブランデンブルク辺境伯が選帝侯国を興し、ブランデンブルク選帝侯国プロイセン公国連合王国のように、独立して王位を得る事もある。
 力をつけ過ぎても諸侯から警戒されるし、或いは怨みや妬みを買い、力が足りなければ、領土の諸侯の離反や地位を巡っての相続戦争が起きる。
 どの辺境伯も選帝侯も、一つの家系がずっと独占するなんて、歴史上あり得ない。
 ハプスブルク家は特例だ。


「以前、数人の令嬢がたと行き違いがありまして、わたくしも困っていたのですけれど、テレーゼ様が穏便に収めてくださいました。凛として、正しい事を、押しつけるではなく皆に理解させた上で問題を解決させる手腕は、わたくしも見習いたいと思いましたわ」

 ちょっと一部捏造、一部盛った言い方だけど、間違ってはいないだろう。


 これで間違いではないはず⋯⋯

 私が誉めると、クリスとシュテファン様の視線が集まり、テレーゼ様は益々、耳や首まで赤く染めて俯いた。らしくないけれど、可愛らしくていい。

 舞踏会で、二曲分踊りながら話していた、お兄さまに内容を訊かれても、個人的なことだから今は言えないと言っていたのは、このことだろう。

 私と親しくしたいという理由も、お母さまにヴェストファーレン州の意匠や紋章の刺繍を習っていた理由も、ここにあると思われる。

 ──テレーゼ様は、クリスに、シュテファン様への橋渡しを頼んだのだ
 



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