身代わりの私は退場します

ピコっぴ

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ブラウヴァルトの氏族と私

105.可愛いおきゃくさま  

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 テレーゼ様と一緒に、お母さまに刺繍やキルティングを見てもらったり、書庫で本を読んだり、数日はゆっくり過ごしたのだけど、突然のお客さまに、そうしたゆっくりと時間の流れる日々は終わった。




「奥さま。お客さまがお見えです」

 ジェイムスさんが、恭しく頭を下げて告げる。

「あら? 今日は、お客さまの予定なんてあったかしら?」
「いいえ。先触れも前もってのお約束もなく、遠渡遙々お越しくださいました可愛らしいお客さまにございます」

 約束もなく、遠くから来た、可愛らしいお客さま?

 私達は、針を固定して、刺しかけの刺繍をテーブルに置いた。

 エントランスホールで、キョロキョロとまわりを見て、階段の上のステンドグラスとその下の絵画に目を留め、愛らしい口をぽかんと開けて眺める『可愛らしいお客さま』と、目が合った。

こんにちはGuten Tagグーテンターク
「こ、ここ、こんにちは。ランドスケイプ公爵夫人におケましては、ごキゲン麗しゅう⋯⋯」
「ふふふ。わたくしは • 爵夫人でしてよ?」
「え? あれ? ヒューゲルベルクの公爵さまのお屋敷タウンハウスですよね?」
「ええ。でも、わたくしの夫は、まだ公爵位ヘルツォークを継いでおりませんので、青の森のブラウヴァルト 宮中侯フュルストですわ」
「そ、そそ、それは失礼しました!!」

 小花模様のドレスを着た、紅茶色の髪の少年ヽヽは、真っ赤に赤面して直角以上に頭を下げ、少し陽に焼けて赤くなっている首を晒す。

 そう。ジェイムスさんが言った『可愛らしいお客さま』は、クリーム色の生地に赤い小花模様のドレスを着た、10歳ほどの男の子だった。




 とりあえず、場所を変えようと、庭の花が楽しめるサンルームに移動した。

 少年は、ジェイムスさんが差し出した蜂蜜入りホットミルクをちびちび舐めながら、私達を順に見ていく。
 かなり緊張しているようではあるけれど、しっかりと観察している。

 ジェイムスさんが通した、お母さまに来客を告げたと言うことは、身元は確認済みと言うこと。

 少年はピッと立ち上がり、深めのカーテシーで挨拶をする。

アウレリアAurelia金・ゴールドの意ベネディクトBenedikt祝福の意・ファン・オラニエ=ナッサウと申しま(オラニエ家とナッサウ家の血筋の意で繋げて一つの家名) す。本日は、約束もなくの突然の訪問にも拘わらず、快く迎え入れてくださりありがとうございます」
「よく出来ました。ここまでひとりでよく来ましたね」

 ひとり!? こんな小さな子が? と思ったけれど、ジェイムスさんが目配せをくれたので窓の外を見ると、武装解除した騎士がふたり立っていた。
 騎士は、邸の中に入れなかったのね。

「先日は、一の姉がこちらのご嫡男様に大変お世話になったと伺っています。その節は誠にありがとうございました」
「あら、そうなの? ふふふ。あの子からは詳しくは聞いてないのよ。喜んでいただけたのならよかったわ」

 アウレリア(主に女性の名前)ちゃん──ベネディクト (こちらは男性名) 君と呼ぶべきかしら?──の顔が、パッと明るく晴れて、頰に朱がさす。

「それで、あの、大変厚かましいお願いなのですが⋯⋯」
「もちろん、いいわよ。好きなだけ、こちらにいらして? わたくしの子供はテオドールとアンジュしかいないの。テオドールは普段は領地にいてアンジュは来年嫁ぐことが決まっているので、少し寂しいの。可愛らしい子がいてくれたら、家の中が明るくなって嬉しいわ。仲よくしてくださるわね?」 
「はい」

 応接室に通してミルクを飲んでいただいている間に、お母さまがお父さまの名代として親書を確認して済んでいる。
 国の情勢がよくなく、いつ戦火に見舞われるかわからないので、疎開させたいとの事だった。
 本人には、姉が世話になった家に礼を述べる事と、帝国貴族の文化やマナーを勉強させてもらい役に立ってこいと言い聞かせているらしい。
 王家や高位貴族の男子が行う遊学だとアウレリアちゃんは思っている事を、私達は、忘れないようにと言われている。

「それで、アウレリアちゃんと呼んでいいのかしら? ベネディクト君と呼んだ方がいいのかしら?」
「どちらも僕の──わたしの名前なのですが、フランスや他国の手前、ベネディクト・ファン・オラニエ=ナッサウの名はあまり表に出さないようにと言われてます」
「それで、女の子のフリをしているのね?」
「はい。道中、変な人に付け狙われたりしないように、護衛も父や兄を装って、家族旅行のふりをして来ました。僕だと気づかれなかったと思います」
「そう。偉いのね。女の子の格好をするのはいやだったでしょう?」
「いえ。僕はオラニエ=ナッサウ家の正嫡として、誘拐されたり殺害されたりする訳にはいきませんから。道中、姉のお下がりを着るくらい、大した問題ではありません」

 キリッと母に言い放つ姿は、ドレスを着ていても男の子だった。


 お母さまが受け入れ、ジェイムスさんが否と言わなかった以上、お二人ともお父さまも反対はなさらないと判断なさったのでしょうから、戦局がよくなるか、フランス軍が退却するまで、侯爵家で預かることになるのかもしれない。




    
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