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Ⅰ.納得がいきません

11.ここどこ? 人里に潜入します③

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 まさか、この人達も神殿関係者?

 その可能性をすっかり失念していた!

 私は、おそらくは、目に見えて顔色を変えたと思う。じりじりとゆっくり一歩下がって、この夫婦の出方を覗う。

「ははは、色々訊きすぎたかな? 心配しなくていい。わたしは、神殿のまわし者でも熱烈な奉仕信者アコライトでもないよ。別に、羽衣や配給食餌を隠し持ってるとか通報したりしないさ」
 ──本当に?

 私が肩の力を抜くと、旦那さんは笑いに口の端を歪めながら、私の肩をたたき、その手で背中を村の方に向けて軽く押した。

「ツラい目にあったね。今日のところは、我が家でゆっくりしなさい。こちらにどうぞ」
 すっごい紳士な感じで、誘導してくれる。こんな農村に違和感なほど。実は元はお貴族様とか偉い人とかの、脱キャリアで田舎でロハスな人なのかな?

 奥方に確認もとらずに、私を招待する。いいのかな?
 振り返ってみても、にこにこしてるだけなので、大丈夫みたい。

 * * * * *

 畑の間を十数分ほど進むと、村の入り口が見えてくる。
 今まで通った2つの村落は、街道に民家や畑が集まって出来たみたいなものだったけど、ここはちゃんとした城壁がある。
 私が山道を進みながら見た灯りは、民家の生活の灯りやかまどの火ではなく、城壁の篝火だった。

 旦那さんは、城壁の門番のお兄さんに微笑みかけて、片手を上げるだけで通過する。それに私も奥方も続く。

「今日も1日、いい風と光に恵まれて良かったね。明日も良い風を」
「良い風を。小さな巡礼さんもこんにちは。いい風を連れて来たようでありがとう。明日もいい風と共にありますように」

 自然の恵みをたたえ合うのがここの習慣みたい。私も返した方がいいのかな。

「えと、ありがとう、あなたにもいい風が吹きますように」
 言った途端、爽やかな風が吹き抜け、門から集落の街道に流れる。その途中、挨拶してくれた門番のお兄さんのサラサラの綺麗な金髪がそよそよと揺れたのだが、
「良き香りと風をもたらす巫女さま、お恵みをありがとうございます」
涙を流して両手を合わせて拝んでくれた。

 え? え? なに? たまたま風が流れただけなんじゃないの?

 びっくりして旦那さんを振り返るけど、微笑んで私達を見てるだけだった。
 お兄さんが、目を瞑って掌を擦りながらありがたがってくれたまま動かない。お仕事に差し障りないの?

 そんな私の動揺が判るのだろう、旦那さんがこっそり耳打ちしてくれる。
「いいから、ここは巫女になりきって、彼の頭を撫でてあげなさい」
 それって美弥子達のお仕事なんじゃ……

 いつまでもこのままじゃ埒があかないので、仕方なく地べたに膝をついたお兄さんの頭に、羽衣をおさえてない方の手を沿える。

「あなたに風の恵みがありますように」
 と言うと、このまま倒れ込んで寝っ転がって五体投地しちゃうんじゃないかってくらいのひれ伏し具合で感激された。

「あの、あの人、感激家なんですか?」
 あんまりにも大袈裟ですよね?

「たぶん、君が挨拶した瞬間に精霊の加護がある風が吹いたので、巡礼行脚中の、精霊の巫女だと思ったのだろう」
 そっか、ここの国の巫女は亡くなっても、他国の巫女さんはいるわけで、力を蓄えるのか分け与えるのかはわからないけど、巡礼する巫女さんもいるかもしれない。

 ……ん?

「そっ、それって! 身分詐称なんじゃ?」
「別に君が巫女だと名乗ったわけじゃないし、挨拶に挨拶を返しただけだろう? 問題ないさ」
「巡礼の巫女さんが訪問したって神殿に噂がまわったりしないの?」
 むしろそれが怖い。美弥子の機嫌もだけど、大神官のお爺ちゃんや特に大臣さんが何か思って、偽物巫女の私を排除に来ないかが怖い。

「うちの領地の者達は軽々しく噂話を他所ではしないよ。特に政治や宗教の話はね」
「政治と宗教が1番、ややこしい事になりそうですもんね。お互いにひかないって言うか……」
「そうそう。それを無駄に言い争いする馬鹿は、この領地内にはいないんだよ」
 1人や2人は居そうだけど……

 いないと言い切れるだけの何かがあったのかもしれない。
 訊かない方がよさそうなので、無言で笑顔で流した。

 その判断も、旦那さんには気に入るものだったみたい。笑みが深くなる。

 * * * * *

 城門からまっすぐの街道を通り、雑貨店や食材店を兼ねた民家の間を抜けて、店舗を併設していないただの民家や集合住宅が建ち並ぶ区画に出る。

 ここは、農村ではなく、ちゃんとした城壁都市のようで、人もたくさん住んでるみたい。

 バウを連れて散歩してる人や、大きい革鞄付きの鞍をつけたエロローンエミューっぽい鳥に乗って荷物を運んでる人もいた。

 なるべくならキョロキョロしないようにしたいけれど、どうしても気になって見てしまう。

 民家が少なくなって緩い下り坂だった街道が平坦になり、まわりは芝生な緑地に変わる。
 そのまま緑地を突き抜けて北西の城門に続く街道から、幾つかある分かれ道の1つに入ると次第に緩い登り坂に。
 小高い丘の上に石造りのお屋敷が建っている。
「神殿からこっち、初めて石のお家が……」
 日本のお城みたいに高い石垣があって、真ん中を塞いでいた丸太を金属で留めて補強した跳ね橋を兼ねた扉が降りてきて、おほりにかかる。

 そのまま旦那さんは、私を石垣の内側に案内してくれた。
 いろんな人が忙しそうに働いている。旦那さんにみんながお帰りなさいませと挨拶するので、この石造りの洋館の主なのだろう。
 城門も片手を上げて挨拶だけで顔パスだったことからも、やはり、領主様とか、大商人とかお役人とか、偉い人なんだろうな。

 立派だけどテレビで見るような宮殿ほどは大きくない建物に入る。麦わら帽子と荷物、上着を執事っぽい人が受けとり、去っていく。
 メイドさんを連れた奥方の案内で、エントランスホールから廊下を通って、応接室らしき豪華な装飾品のキラキラしたお部屋に通される。
 メイドさんが、お茶を淹れたり、スコーンのような焼き菓子をテーブルに並べた。

 旦那さん……さまの誘導で、革張りの一人掛け用ソファに腰をおろした。

「街でも色々見てたけど、珍しいのかい?」
「わかりません。比較対象がないので、これが普通なのか特別変わっているのか判断できません。
 私が見たことあるのは、神殿からここまでの小さな農村2つだけですから」
「2つだけ? 神殿に保護される前にはどこにいたのかな?」
「……わかりません。(ここの事は)何も知らないのです」
 首を左右に振り、適当に言うのではなく、嘘ではないが本当の事でもない、受け取る人が都合良く納得できるように、主語をぼかしてこの世界の事は知らないのだと答えた。
 まだ、さっきの真偽の術の効果は続いてるかもしれないし。

「おかしな事を言うね? 自分が何所に居たのか、家族はどうしているのか、知らないなんて事あるのかな」
「……両親は少し前に亡くなりました。私は両親と一緒に車に乗っていて、事故に遭い、両親と事故前後の記憶と住むところを失いました」


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次回、Ⅰ.納得がいきません

12.ここはどこ? 人里に潜入します④
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