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Ⅰ.納得がいきません
28.目立たないって難しい⑫
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サヴィアの言う通りなら、かなり知恵のまわる動物らしい事になる。
どの畑からも、欲張らず作物はひとつだけとる。
作物をとる位置はそれぞれの畑で毎回変えている。
足跡も食べかすも残さず、取った作物の周りの葉や畝も乱さない。
景色がほぼ変わらないという事は、かなり気づきにくく、どうやらどの畑の持ち主も、盗難に気づいてないよう。
「その獣の姿はどんなだい? 畑に忍び込んでも足跡を残さないとは、かなり軽くて小さいのかと思ったが、糞を見る限りは、大型の山犬っぽいんだが」
《そうよ。あれは、山犬とか狼とかいうやつね。分厚くて大きな尖った耳と、鬣とふさふさの尻尾は立派だけど、痩せて毛並みもボサボサ。栄養失調なんじゃないかしら?》
カインハウザー様の手の上で胸を張って、ふんぞり返るように語るサヴィア。鈴の転がるような音が耳に届くと、頭の中で可愛い少女の声にかわる。
「栄養失調?」
「それはそうだろう。鬣のある大型犬が、毎晩とは言え、各畑から1つづつしか作物をとらずにいて、足りるはずがない。うちの畑からは盗らないという事は、生でも食べられるものしか手を出してないって事だ。メディ菜は、食べたら畑の印象が変わって判るから、サラダ菜ではあっても手を出さなかったのだろう。ああ、この場合は口かな」
ずいぶん、サバイバル知識のある山犬さんなんだな。人に見つからない為の知恵が凄い。
「そこまで知恵がまわるとなると、あるいは、狼の姿をした魔族かもしれないな。となると、罠では捕まらないかもしれない」
「難しいのですか?」
「見た目は狼でも、言葉を解し、文化を営んで思考する、我々と同じかそれ以上の知能を持った種族って事だ。これ見よがしな獣用の罠など、引っかかりもしないだろう」
カインハウザー様は、難しい顔をして考え込んでしまった。
「魔属の獣ではなく魔族なら、出会い頭にいきなり襲われる事も少ないでしょうか?」
リリティスさんも、難しい顔をしている。2人とも、領地の為に出来ることをしなければならない立場の人達だから。
「魔族だと襲われないのですか?」
「一概にそうとは言えないけれど、腹を空かせた獣よりかは、言葉で交流する事は出来る存在だから。
シオ…フィオだって、道で外国人に会っても、お腹が空いたからって、襲って食べられるか考えたりしないでしょう?
猟師も山で猟をするけれど、痩せた獣より美味しそうな丸々肥えた人の子を見ても、狩りの対象にはなり得ないように、その魔族の習性次第では、我々も捕食の対象にはならないかもって事よ」
「畑の作物を食べているが、狩りをして獣を食べていないのは、怪我をしていて狩りが出来ないのか、狼の姿でもベジタリアンなのか、我々と同じ、獣は調理して火を通さないと食べられないのか……」
とりあえず、せっかく朝早くに来たのだからと、考える領主様を残して、リリティスさんが畑に水をまき、私が昨日と同じように、害虫がいないか見て回ったり、ついでに山犬の糞を掘り出して、林の奥に埋め直しに行く。
「毎日来るのだから、狼も近くに居るかもしれないわ。あまり奥に入らなくていいからね」
リリティスさんの気遣いに頷きながら、足元の木の根に気をつけて、林の中に入る。
水をまくリリティスさんが見える範囲でと足を止めると、木の根の一部が夜露ではなくしっとり濡れていて、僅かにアンモニア臭がした。
「例の狼さんのおトイレなのかな? ここ」
湿っているので掘り返しやすかったので、そこに糞を埋めることにした。
「ごめんね、あなたの根元に埋めて。後でリリティスさんにお水をたくさん掛けてもらった方がいいんかな? 枯れちゃわないかな」
立派な木の幹に手を掛けて話しかける。
日本でやってると、感傷的なとか変なヤツ扱いをされそうだけど、ここなら普通だろう。動物はともかく、植物はもちろん、家具や建造物、持ち物など無生命の物体に話しかけるとか、今までこっそりしていたことが普通に出来てちょっと嬉しかったり。
ふと視線を下げると、木の根の辺りがキラキラして、アンモニア臭がなくなり、大量のお水が地面に染みていく。
「もしかして、精霊さん達が?」
昨日習った、3D写真を見るような、遠眼をずらして木の根元を見ないで意識して視る。
頭の奥がクラッとしたが、眠いような疲れたような怠さが眼にのしかかったけど、根元に、薄い、蒼に近いやや緑を帯びた青いぽわぽわした霧のような綿のようなものが漂っている。
手を伸ばしても突き抜けるだけで、触れることはなかった。
「シオリ、水霊を動かしたね?」
「ひゃっ」
真後ろに、いつの間にか、カインハウザー様が立っていた。
後ろから、肩を摑んで引き寄せるように腰を落として、私に寄り添って、水霊が漂っている辺りを見つめる。
「狼さんのおトイレになってたみたいで、木が可哀想かなって、後でお水を汲んでくるか、リリティスさんにお水を掛けてもらおうかと思ったら、この辺りがキラキラして、アンモニア臭がなくなって、お水が地面に染みていったの……」
「きっと、この木も喜んでるだろう。
だが、意識して、そうしようとして水霊を動かした訳ではないところが減点かな」
「……はい」
カインハウザー様の手が肩から外された所で立ち上がり、木の幹に手と耳を当ててみる。
僅かに水が流れる音が聞こえる。
「シオリ?」
「木の幹をお水が巡る音が聞こえます。元気になったみたいですね」
「どれ?」
カインハウザー様も立ち上がって、私よりも高い位置に、木の幹に耳を当てる。
「命の音だね。初めて聴いたよ」
「よかったね、エルバレオ」
「誰?」
「……? なんか、口をついて出て来たけど、この子の名前、かな?」
木の幹をポンポンたたく。と、ゆらゆらと葉っぱが何枚か落ちてきた。
「シオリは、意識しての魔術は使えないのに、無意識に、精霊や動植物たちと交信出来るんだね。その葉はとっておきなさい。怪我をした時に使えるよ」
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次回、Ⅰ.納得がいきません
29.ここはどこ? 目立たないって難しい⑬
どの畑からも、欲張らず作物はひとつだけとる。
作物をとる位置はそれぞれの畑で毎回変えている。
足跡も食べかすも残さず、取った作物の周りの葉や畝も乱さない。
景色がほぼ変わらないという事は、かなり気づきにくく、どうやらどの畑の持ち主も、盗難に気づいてないよう。
「その獣の姿はどんなだい? 畑に忍び込んでも足跡を残さないとは、かなり軽くて小さいのかと思ったが、糞を見る限りは、大型の山犬っぽいんだが」
《そうよ。あれは、山犬とか狼とかいうやつね。分厚くて大きな尖った耳と、鬣とふさふさの尻尾は立派だけど、痩せて毛並みもボサボサ。栄養失調なんじゃないかしら?》
カインハウザー様の手の上で胸を張って、ふんぞり返るように語るサヴィア。鈴の転がるような音が耳に届くと、頭の中で可愛い少女の声にかわる。
「栄養失調?」
「それはそうだろう。鬣のある大型犬が、毎晩とは言え、各畑から1つづつしか作物をとらずにいて、足りるはずがない。うちの畑からは盗らないという事は、生でも食べられるものしか手を出してないって事だ。メディ菜は、食べたら畑の印象が変わって判るから、サラダ菜ではあっても手を出さなかったのだろう。ああ、この場合は口かな」
ずいぶん、サバイバル知識のある山犬さんなんだな。人に見つからない為の知恵が凄い。
「そこまで知恵がまわるとなると、あるいは、狼の姿をした魔族かもしれないな。となると、罠では捕まらないかもしれない」
「難しいのですか?」
「見た目は狼でも、言葉を解し、文化を営んで思考する、我々と同じかそれ以上の知能を持った種族って事だ。これ見よがしな獣用の罠など、引っかかりもしないだろう」
カインハウザー様は、難しい顔をして考え込んでしまった。
「魔属の獣ではなく魔族なら、出会い頭にいきなり襲われる事も少ないでしょうか?」
リリティスさんも、難しい顔をしている。2人とも、領地の為に出来ることをしなければならない立場の人達だから。
「魔族だと襲われないのですか?」
「一概にそうとは言えないけれど、腹を空かせた獣よりかは、言葉で交流する事は出来る存在だから。
シオ…フィオだって、道で外国人に会っても、お腹が空いたからって、襲って食べられるか考えたりしないでしょう?
猟師も山で猟をするけれど、痩せた獣より美味しそうな丸々肥えた人の子を見ても、狩りの対象にはなり得ないように、その魔族の習性次第では、我々も捕食の対象にはならないかもって事よ」
「畑の作物を食べているが、狩りをして獣を食べていないのは、怪我をしていて狩りが出来ないのか、狼の姿でもベジタリアンなのか、我々と同じ、獣は調理して火を通さないと食べられないのか……」
とりあえず、せっかく朝早くに来たのだからと、考える領主様を残して、リリティスさんが畑に水をまき、私が昨日と同じように、害虫がいないか見て回ったり、ついでに山犬の糞を掘り出して、林の奥に埋め直しに行く。
「毎日来るのだから、狼も近くに居るかもしれないわ。あまり奥に入らなくていいからね」
リリティスさんの気遣いに頷きながら、足元の木の根に気をつけて、林の中に入る。
水をまくリリティスさんが見える範囲でと足を止めると、木の根の一部が夜露ではなくしっとり濡れていて、僅かにアンモニア臭がした。
「例の狼さんのおトイレなのかな? ここ」
湿っているので掘り返しやすかったので、そこに糞を埋めることにした。
「ごめんね、あなたの根元に埋めて。後でリリティスさんにお水をたくさん掛けてもらった方がいいんかな? 枯れちゃわないかな」
立派な木の幹に手を掛けて話しかける。
日本でやってると、感傷的なとか変なヤツ扱いをされそうだけど、ここなら普通だろう。動物はともかく、植物はもちろん、家具や建造物、持ち物など無生命の物体に話しかけるとか、今までこっそりしていたことが普通に出来てちょっと嬉しかったり。
ふと視線を下げると、木の根の辺りがキラキラして、アンモニア臭がなくなり、大量のお水が地面に染みていく。
「もしかして、精霊さん達が?」
昨日習った、3D写真を見るような、遠眼をずらして木の根元を見ないで意識して視る。
頭の奥がクラッとしたが、眠いような疲れたような怠さが眼にのしかかったけど、根元に、薄い、蒼に近いやや緑を帯びた青いぽわぽわした霧のような綿のようなものが漂っている。
手を伸ばしても突き抜けるだけで、触れることはなかった。
「シオリ、水霊を動かしたね?」
「ひゃっ」
真後ろに、いつの間にか、カインハウザー様が立っていた。
後ろから、肩を摑んで引き寄せるように腰を落として、私に寄り添って、水霊が漂っている辺りを見つめる。
「狼さんのおトイレになってたみたいで、木が可哀想かなって、後でお水を汲んでくるか、リリティスさんにお水を掛けてもらおうかと思ったら、この辺りがキラキラして、アンモニア臭がなくなって、お水が地面に染みていったの……」
「きっと、この木も喜んでるだろう。
だが、意識して、そうしようとして水霊を動かした訳ではないところが減点かな」
「……はい」
カインハウザー様の手が肩から外された所で立ち上がり、木の幹に手と耳を当ててみる。
僅かに水が流れる音が聞こえる。
「シオリ?」
「木の幹をお水が巡る音が聞こえます。元気になったみたいですね」
「どれ?」
カインハウザー様も立ち上がって、私よりも高い位置に、木の幹に耳を当てる。
「命の音だね。初めて聴いたよ」
「よかったね、エルバレオ」
「誰?」
「……? なんか、口をついて出て来たけど、この子の名前、かな?」
木の幹をポンポンたたく。と、ゆらゆらと葉っぱが何枚か落ちてきた。
「シオリは、意識しての魔術は使えないのに、無意識に、精霊や動植物たちと交信出来るんだね。その葉はとっておきなさい。怪我をした時に使えるよ」
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次回、Ⅰ.納得がいきません
29.ここはどこ? 目立たないって難しい⑬
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