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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
55.紅茶の薫るケーキと家族の想い出
しおりを挟む紅茶入りのパウンドケーキが焼きあがり、トレーの上に出して、数㎝切り分けてみる。
「凄いわ! あのときのケーキそのものよ」
「いえ、そんな、プロと比べられても⋯⋯」
「いいの。お兄様が、懐かしく思って下さればいいのよ」
なるほど、それはそうかもしれない。
ついでに、マドレーヌ型やタルト型はないものの、簡単に作れるカントリー風のクッキーのつくり方と、コーンスターチがあったので、カスタードクリームのつくり方も披露した。
「凄いわ。酪乳や鶏の卵が、お菓子になるのね」
この家は、地下に氷室のような保管室があったので、せっかく作ったバターとカスタードクリームは、大きめのボウルに入れて、かたく絞った濡れ布巾で蓋をして棚にしまう。
更についでに、パンのタネも仮発酵、形成して追発酵させ、昼食をとったあとに、パンも焼いた。
普通に巻いただけに卵黄を塗ったロールパン、干した果物を練り混んだコッペパン、捻って形を整えて食べやすくしたツイスト、ちょっとユーモアをエッセンスに動物の形のミルクパンなど、バリエーションを出すと、かなり喜ばれた。早く家族に見せたいという。
「パンって、工房から買うものじゃないのねぇ。こうして、家庭の竈でも作れるんだわ」
すっかり感心したルーチェさんは、熱心にメモをとっていた。
夕方、ご家族が帰って来られると、そろそろおしまいかな、と、本日はこの場を辞することにした。
バレッタさんにいただいたケープを羽織り、玄関へ向かう。
「どうもありがとう。とても助かったわ。また、頼んでもいいかしら?」
もちろん、と言いかけて、止めた。私は、いつでもこの街にいる訳じゃない。
「お気持ちはありがたいのですが、私はいつもこの街にいる訳じゃないので、もし立ち寄った時に依頼があれば、参りますよ」
「そう⋯⋯残念だわ。いつもはどちらに?」
答えていいのか迷ったけれど、どうせ身元は萬屋組合に訊ねればバレる事だ。
「ハウザー城砦都市の領主館で、見習いとして小間使いをしております」
正直に答えた。
「そのケープを着けているから、王都で働いている方かと思いましたわ」
ルーチェさんのお母様がそう仰ったので、やはりこのケープは、この街では王宮務め或いはその関係者に普通に使われていて、誰にでも認知されるものなんだと改めてわかった。
「これは、知人が王宮で働いていたのでそのツテで。何人か王宮に縁のある方も居ますが今は引退されているので、これ以上はご迷惑はかけられませんが、せっかくいただいたので愛用させていただいてます」
ハウザー領主館で働いていると言えば、カインハウザー様ご本人も含め、リリティスさんも衛士隊や自警団の元騎士達も、多くの人がお城で働いていた事があるとわかるのだろう。
今は着ていてもこの先新調することはないし、今は、王宮に私自身は縁はないと暗に匂わせると、それ以上は突っ込んで訊かれなかった。
そういえば、シーグとどこで落ち合うか決めてなかったな、と、取り敢えず別れた現場へ、そこに居なければ、報酬を受け取りに行くだろうから、萬屋組合へ向かうことにした。
ルーチェさんとお母様、お姉さんとお兄さんに見守られ、タウンハウス街を後にする。
ご兄弟がたくさんいるんだな。見送りしてもらったお兄さんは、今回の紅茶のケーキの思い出の人ではないのだろう。
彼女が記憶に残る幼少のおりに10歳だったお兄さんとは歳が合わなさそうだから。あのお兄さんは、帰宅された時お父様かと思ったくらい、若く見ても20代後半から30代に見える。仮に25歳だったとして、15年前にルーチェさんは居ない。
お姉さんも20歳くらいだろうか? 普段は嫁入り先に居て、今日はたまたま家族が集まる日だったという。
──羨ましいな
身体が丈夫ではなく伏せりがちな母親と、母を想い仕事と母の付き添いに忙しく私を顧みない父。他にきょうだいはなく、両親に構われずに育ったので、嫁いでも都合をつけて家族で集まるほど仲のよい姿に、少し胸が痛んだ。
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