異世界ってやっぱり異国よりも言葉が通じないよね!?

ピコっぴ

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駅前から自宅まで約8分の間に迷子になりました

喚ばれて異世界、日本人は優秀?

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「えっと、チーズのせパンご馳走様。
 ジュードさんはこれからどうするん?」
 外は真っ暗、完全に日は落ちてしまってるんだから、どうするも何もない、明日に備えて寝るに決まってる。
 いや、そういうんじゃなくてぇ…目的というか、やる事というか…
「取り敢えず、また日本人に会えて嬉しかったし、今夜はここに泊まるわ。
 明日以降は、この山を越えて山脈抜けて神獣の國の国境付近で狩りするつもりやってんけど…」
 ジュードさんはチラッとこちらを見て、
「言葉も解らん、法律って言うか、ここでのタブーもしきたりも知らんヴァニラをほっていくのも目覚め悪いしなぁ」
苦笑いで、寝支度を始める。と言っても、荷物から寝袋的な三方が閉じられた厚手の毛布みたいなのを出して、暖炉の側の、火が燃え移らない程度の位置に敷くだけだけど。

「一緒に行ってくれるん?」
「2人目のサエさんみたいに神獣連邦國の迷子のフリして、王都で暮らすんか?」
「強制巫女さん、サエさんて言うん? 1度は会ってみたいかなぁ…仲良うなれたらええけど」
「仲良うて、サエさん、今は50手前やで? 戦時中言うたやろ」
 いえ、ばっちし同年代デス…言わんけど。

「ん? 時代合わんけど。戦争って一番近いんでも昭和20年終戦までやろ? 一九四五年に幾つやったんか知らんけど10歳やっても80超えてるんちゃうの?」
「そこなんやけどな、最初に会うた爺さん、海外支援事業でアフリカに行くはずやったって言ってたやろ? てっきり昭和の半ばくらいかと思うやん?
 それが、どうも、聞いたら平成生まれや言うねん。おかしいやろ?」
「はぁ? 平成生まれやったら、ジュードさんより年下になるやん?」
「俺、幾つや思てるん?」
「私を少しだけ年上のアラサーやと思てたんやったら、見たまま27~8ちゃうの?」
 毛布袋の中に寝そべって、両腕を頭の後ろで組んで枕にして、こちらを見上げる。
「ちょい惜しいな。外大出て数年は旅行会社に勤めててんで? そっからコッチに落ちて5年や。今年で31になったよ」
「そっか、社会人分計算に入れてなかったな。1~2年くらいかと思てた。海外添乗員になるまでのキャリア足りひんか」
 小声で呟いたけど、暗くなれば森の中は動物もみんな静かやし、んにゃ(関西弁全開フルスロットルで話してたら戻らんがな)、静かだし、薪の燃えたり爆ぜたりする音しかない狭い小屋の中で響かない筈もなく、ジュードさんに聞こえてしまった。
「海外特派員、やってみたかったな…」

「ごめんなさい」
 謝らない方が蒸し返しにならなくて気にしなかったかもしれないけど、やはり口に出すべきでない事を本人の前で言ってしまったのは良くなかったから、謝った。
「もう諦めたわ。ええて。今更帰ったって、無断欠勤した奴なんか雇てくれるとこなんか無いわ。旅行会社やで? 時間にはうるさいて」
 やっぱりそうなんだろうな…。私だって、連絡入れたって急に休んでばかりの人があてにならないと契約切られる職場で、無断欠勤3日目だもん、明日帰ったって、信用無くなってるよね。
 ちょっと異世界に迷子になってました。なんて、誰が信じてくれる? どうやって証明する?

「まぁ、それはもうええから気にしんと。
 とにかく、何が問題かってな、あっちとコッチで、時間軸にズレがあるんや」
「なら、向こうで居なくなった時間に戻れたら…」
「どうやって? ヴァニラは、来たときの記憶ないんやろ? 爺さんは、祈念の力で魔法円に引っ掛かって召喚されて、帰還の方法もわからんらしいし、サエさんも霧にまかれて強制的に転移したらしいし。
 俺は、酔って足元ふらついて深夜の大阪駅でホームから転落したんや。電車に轢かれる覚悟で目を瞑ってもなんも痛ならんから目を開けたら、ここの隣の国の街道沿いの林ん中で、でっかい岩棚の上に寝そべっててん。そん時はまだ言葉も解らんかったけど、なんや後から聞いた話やけど、大昔に勇者召喚の儀式やってた神殿跡らしい」
 寝袋の中から、椅子に三角座りの私を見上げて話すジュードさんの顔を見下ろしながら、私はやや興奮ぎみに返す。
「お爺さんもジュードさんも、必要があって召喚された勇者なんやね!」
「俺もか?」
「うん! お爺さんは、過疎化した村を復興させるために、神殿に祀られた女神様が呼んだんだよ、きっと。
 ジュードさんだって、勇者召喚の儀式の為の祭壇に現れたんだから、勇者なんだよ」
「そっか。俺が、勇者かぁ…」
 ジュードさんは嬉しそうに口元を歪めて、目を瞑った。


 ─────◆ ◆ ◆ ───────


 小屋の外で、虫の鳴く声が聴こえる。いや、正確にははねや腹の太鼓を震わす音なんだけど。
 その代わり、森や林で聴こえてた、ふくろうっぽい声や動物の気配は、この辺りではしない。
 ジュードさんは、今までの狩りで疲れてただろうし、野営では完全には疲労は取りきれなかったのだろう、ぐっすり眠ってる。
 私は、こっそりと、小屋にあった毛布を被ったまま、なるべく音を立てないようにして外に出る。

 川岸にしゃがんで、こっそり洗濯をする。下着である。
 絞ったタオルで体を拭いても、同じ下着のままだと、やはり、こそばゆくなったり、キリーッと痛くなったり、臭いが強くなったり、体に良くないのだ。
 多分、粘膜に塗る薬をくれるお医者様なんか無さそうだし。
 ブラとショーツ、キャミソールを流水でもみ洗いし、軽く絞って再び小屋に戻る。大丈夫、ジュードさんは目ぇ覚ましてない。
 タオルでポンポン叩くように水分を吸わせて、椅子の背に広げる。暖炉の火が映って、本当は薄い藤色が赤く見える。
 明日、ジュードさんが起きる前に回収しないとな~。


 ──なんて思ってたんですが、間に合いませんでした。


 小鳥の鳴く和やかな空気で爽やかに目覚めました。二晩、地べたに三角座りで寝た疲れが、床は硬くても毛布を被って、手足を伸ばした状態から自然に身を丸めた姿勢で、ゆったり眠れたのでスッキリです。
「毛布着て、屋根の下で眠るって、幸せだよね~。暖炉の火も暖かいし」
 独り言のつもりだったけど、返事が返ってきた。
「そうだな、屋根があるってありがたいよな、うん」
 ── !! ぎゅばって、時速幾らだって勢いで首を巡らせる。
 1畳分ぐらい離れた所で、寝袋から上半身を起こしてるジュードさんと目が合う。ジュードさんは、目の下を少し赤くして、暖炉の方へ目をそらした。
「おはよう。よう眠れたようやな」
「うん」
 前の二晩、一人で夜明かししたから、誰かが居るの、忘れてた。ビックリした。
 毛布を被ったまま、手足を伸ばしてうーんと唸る。
 戸板の窓の隙間から、爽やかな朝日と風が漏れてくる。
「今日もいい天気になりそうやね」
「ここじゃ傘なんかないからな、晴れるんはありがたいよな」
「そうなんや」

 寝っ転がったまま手を伸ばして、川の水を入れたペットボトルを掴む。
「ペットボトルなんか、どこで手に入れたん?」
「私と一緒にコッチに来たみたい。足元に転がってた」
 朝イチのお水は、胃と腸を活性化するって、母が毎朝冷まし湯飲んでた。私は、暖炉に火が入ったままの部屋で寝たから、喉が渇いただけ~。
 上半身だけ起こして、ペットボトルをあおる。
「なあ…」
「んー?」
「もう、乾いてるみたいやで?」
 ぶっぶひゅーっ!!
 石壁に向かって、口に含んだ水をすべて噴き出してしまった。

「ぐっげはっ、けはっ、けはっ。……み、見た?」
「久しぶりに、なかなかええもんみしてもろたわ。朝からご馳走さまや。コッチにはブラなんかないからな。下も。キャミソールもな。レースなんかお金持ちの衣装にしかないし」
 慌てて、椅子の背から回収、自分の足にかかってる毛布の中に突っ込む。
「慌てんでも、今更やろ、落ち着き。しっかり見たし。さすがお姐さん、ウィングかトリンプ? あっちのテレビCM思い出したわ。一応、俺より先に起きるつもりやったんやろ?」
「そや、元々睡眠時間短めやし起きるつもりやったよ。なんで起きひんかったんかなぁ」
「そら、単純に歩き疲れてるやろうし、色々な事に精神的にも参ってたやろ? 俺が起きてからもずっと、毛布を握ってよう寝てたわ。起こさんように、こっちもじっとしぃて、久しぶりにゆっくりさせてもろた」
 笑顔が眩しいです。淳二君、いい人やね。お姐さん、精神的にはそんなにキツキツじゃなかったよ。ほっこり景色や小動物に癒されたり、ハイキング気分やったよ? って言えん。まぁ、それなりに混乱したり、帰れない事に焦ったり不安になったりはしたけど、多分、君が心配してくれてる程の、後がない絶望感ではまだないよ。

 淳二君改めジュードさんは、昨夜と同じ、チーズを鉄串に刺して暖炉で炙り、とろけ出したらパンにのせてくれた。
「朝晩、同じメニューで悪いけどな。昨日は獲物逃げられてばかりで、肉ないねん」
「うぅうん、私、チーズ大好き。ありがとう」
 40歳に入ってからは起き抜けは消化しにくくて、ずっと食べられへんかってんけど、ジュードさんという一緒にテーブルで向かい合う人がいる事が良いのか、チーズのせパンをペロリと食べる事ができた。

 その後、ジュードさんが小屋の外に出た(多分、トイレ事情と私の着替えに気遣ってくれたんだろう)ので、ユニクロのてろてろズボンを脱いでそそくさと下着を着用、シャツも一度袖を抜いて羽織ったままブラしてキャミソールも着、袖を通して完了。
 後を追うように、小屋の外に出る。

 本当に天気は良くて、森の方のもやも晴れてた。

「小屋の管理人宛に、書き付け残しとくから、昨夜使った手拭いと毛布、持ってきな。なんも持ってへんねやろ?」
「ええのん?」
「しゃあないやん。このまま王都まで、後3日はかかるで。コートもマントもないのにこれからどんどん寒なるし、ホンマは何枚も毛布借りたいくらいや」
「寒いん?」
「秋に差し掛かったからな。王都に出れば暖かいんやけど、日本の秋よりここらのが寒い。めっちゃ寒なるで。雪降らへんのが不思議なくらいや。まぁ、そこまで冷える前に王都に出れば大丈夫やろ。せめて、ここから一番近い公爵領には明日くらいには出たい。
 まぁ、領地という広い意味ではここも公爵領やけど、人が住んでる領域いう意味ではまだまだや。魔獣の棲む領域やからな。気ぃ緩めなや。
 魔獣は自分より魔力の大きなもんには警戒して手ぇ出さへんから、ヴァニラに仕事や。こっから先、教えたるから、霊力や魔力高める練習しぃ」

 おお~! ついに私も魔法使いかぁ。ええなぁ、頑張ろ♪

 川で顔と眼鏡を洗い、ペットボトルの水を入れ換えて、毛布は長く丸めて襷掛たすきがけにして背負う。ちょっと格好悪いけど、両手を空けたいし、首から背負うと泥棒みたいやん?

 小屋からずっと、川沿いの道を緩やかに下り続ける間、ジュードさんを師匠に、魔力?霊力?胆力?そんな感じの目に見えないなんとなくなものを、純粋に感じようとしてみたり、集めたり練り上げたりする練習に入る。
 勿論、まだ魔力やオーラを視る事は出来ないから実感はないけれど、敢えて言うなら、昔弟と習った少林寺拳法や合気道の呼吸法、友人夫婦に教わった気功に似てるかも?
 まずは両手を合わせて、掌の隙間に意識を集める。空気の塊があるような想像をして、両掌の間で練るようなイメージをして、少しづつ離していく。
 なんか、隙間でもやもや~っとしたような気のせいなような?

「ヴァニラ、上手いな。普通、そんな見たこともない訳のわからんもん、感じろ言うたって中々やで。てのひら、熱なってきたか?」
「うん、これはね、高校の時に、漫研の友達の旦那が中国拳法の使い手で、気功の練り方ゆうて習った事あんねん。あん時は、上手く手に集められへんくて、胃の辺りに溜まって気持ち悪なったわ」
「あ~、ありがちやな。初心者は、まわせるようになると大抵吐くねん。かくいう俺も最初は毎日吐いたわ。そない思たら、ヴァニラはまだええな、経験者みたいなもんや。
 しばらくは、そうやって集めてイメージする訓練や。自然に溜められるようになったら、今度は循環させる練習や。
 俺らみたいな魔法に馴染みのないもんは、まずここで何日もかかる。魔力なんて感じた事ないからな」
 ジュードさんは、教える間、ちょこちょこ自分の経験からのちょっとしたコツを教えてくれたり、誉めてくれたりする。上手いな、教えるの。
 そう感じたまま言うと、少しだけ目の下赤くして、そっぽを向く。
「ま、まぁ、体験談やけどな。ただこないせぇ言われるんより解かり易いやろ?
 …ん? 高校ん時に、友達の『旦那』?」
 そんなに気になったんか、眉をひそめ足を止めて考え出した。
「あー、ソコ食いつくか。まぁ、1学年に何人かはあるやん、ちょっと背伸びして大学生や社会人と付き合ってる子が、卒業前に中退するん」
 言いながら、お腹の辺りで丸いもんを撫でるような身振りをする。
「お、おお。直接の友人にはおらんけど、卒業アルバムで、入学式のクラス写真、2年生のクラス写真にはおんのに、卒業式の集合写真にはおらん女子っておるよな。まあ、転校した子もおるやろうけど、そういう事情かいな」

 茶髪で軽そうな見た目に反して、案外素直で純心なんやね。普通に部活とか青春したタイプなんかな。
 彼を見上げる視線に、感想が透けて見えたのか、言い訳っぽい返事が届く。
「茶髪なんは日に焼けたり海で泳いだりしたらすぐもっと黄色くなる体質や。別に脱色してる訳やない。そんなに遊び人ちゃうで」
「うん、話してたらすぐ解ったよ。チャラいんとは違うんやなって。
 色々気ぃ遣てくれるし、親切で優しい人やなって」
「ヴァニラは見たまんまやな。実年齢より気ぃ若いやろ。社会で揉まれた擦れた大人な感じがまったくない。最初、俺とそんなに変わらんと思たし。実家で親に可愛がられてん…あー、結婚したり子供育てたりした事ないんやろ」
 私が、順風満帆な未来をポッキリ折られた彼にいらん事言ってしまったように、彼も、親元で甘えた生活の私の事を追求しかけて地雷ネタやとか、帰れない事に傷ついてるかとか、気にしてくれたらしい。
 にっこり笑って、30cm近く身長差のある彼の顔を見上げる。
「やっぱり、素直で気のつく優しい人やねんね。そんなんやから、サクサク進めるんやね」
 仕事の出世も勿論、気遣いの出来る人やからお客に人気で評判が良く、知らない異世界に落っこちても前を向いて、まわりをよく見て進める人なんだろう。…私には、多分無理。
「からこうてんのか、ヨイショしてんのか」
「えー? 素直に誉めたのに」

 王都目指した道のりは、和やかで、昨日までの一人旅とは違った。 
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