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優しい大きな人達に、子供扱いされる私は中年女

巨人の里? もう、子供ぢゃないと言っても無駄ですか?

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 公爵様が退室した後、女中頭さんも、ベッドサイドの3本猫脚の飾り棚の上の灯りを弱く調節してから、天蓋を閉じる。
 静かに、公爵様が出て行かれた廊下への扉やお風呂場への扉と違う、反対側の壁についてる小さめの扉から隣の部屋へ移動した。
 たぶん、メイドさん達の控え室的な小部屋があるのだろう。
 使用人は、正規の扉を使ったら駄目なんかな?

 1人になると、さっきまで知らん顔してられた、この先どうなるのかの不安がドッと押し寄せてくる。

 それに、ジュードさん。未遂でも、現行犯で即有罪だと言ってた。

 私が、頼り切って、甘えて、馴れ馴れしくしたから、家族でもない男性と居るのだという自覚が足りなかったから、ああなったのかな。うん、そうだよね。だって、前にネットか何かで見たもん。

 手を繋ぐ。

 女子にとっては、ただの仲良しさんとの交流の1つ。手を繋げるくらい親しくなったね、って言うだけ。交際してるとしても、親密度が一歩前へ前進しただけ。

 でも、男子には違うらしい。

 おお~。手が繋げた! めっちゃ進展したやん♪ 身を寄せてくるで。俺、ホンマに好かれてる!?ってなっちゃう人もいるんだって。
 それ聞いた時は、そんな訳アルカイダとかって終わったけど、本当に、これOKか!ヤレるんか ってなっちゃったのね。

 これは、それを思い出せなかったけど知ってた私のミスでもある。私が、ジュードさんを犯罪者にしちゃったのだ。
 だから、言葉が通じない状態でどこまでやれるかわからないけど、ちゃんと彼だけが悪いんじゃないって、皆に解って貰わなきゃ。

 でも、どうやって伝えたらいいんだろう。英語やなんかの地球上の言葉とは、単語も文体も全然違うんだろうな。全く聴き取れないし。

 ひとり悶々と考えてると、ふと思い出す。
 ジュードさんにねぶられた事とか、あちこち柔らかい所を揉み拉かれた事とか。
 ゾワゾワーッて鳥肌が立って、小刻みな震えが来る。

 私は、再び彼と、向かいあって普通に話せるのだろうか。

 結局、天蓋の隙間から朝日が差してくるまで、一睡も出来ずに、涙を拭いながら一晩中震えてた。


 ───── ◆ ◆ ◆ ───────


 天蓋の隙間から差し込む光がだんだん強くなってくる。そろそろ起き出さないと駄目かな。
 私がお布団の中でぐすぐすしてる間にジュードさんが……大変な目にあっちゃうかも…!?

 寝不足でぼんやりしてたのに、ジュードさんの事に思い至ると、慌てて身を起こす。
「★@※⭕︎?」
 昨夜最後に、灯りを弱くしてくれた女中頭さんの声だ。私が起きるまで待っててくれたのかな?
「はい、起きました。すみません」
 私の応えに、天蓋が開かれ、深緑のお仕着せで揃った若い娘さん達が3人、カーテンの内側に入ってくる。

「え?  何? 着替え、ひとりで出来るよ?」
 私の言葉にもお構いなしに、ひとりがブラシで髪をくしけずり、ひとりが夜着を脱がせ、ひとりが脱がせた夜着とドレスを交換する。
「いや、待ってちょ。私ドレスなんか着ないよ? 私の服はどうしたの? ねえ?」

 言葉が通じないのだから仕方ないとは言え、ちょっと無視されてるような気分になる。
 私が眉を顰めて俯くと、女中頭さんが柏手を打つように手を叩く。3人の動きがピタッと止まる。
 テニスのアンダースコートのようなレースぴらぴらショーツ以外真っ裸の状態(取りあえず前は毛布で隠してみる)で、メイドさんの持つ淡い青紫色の総レースのドレスを摘み、首を横に振ってみる。

 取りあえず、そのドレスを却下したのは伝わったようだ。3人目のメイドさんが、今度はドピンクの総レースぴらぴらドレスを出してくる。どこからそんなもの…

 両手を前に突き出して首を横に急速に振る。これも伝わったようで、次は若草色のフリル付きドレスを出してくる。
 ドレス以外の選択肢はないのですか~。

 何度かドレスが出て来ては却下するを繰り返した後、ようやく、ちょっとしたお出かけ着みたいな、ワイン色のちょっとフリル付きワンピースで妥協する事にした。
 落ち着いたワイン色のコーデュロイ生地で、胸元の合わせ部分は真っ白のフリルの白波が三重に並んでひらひら、ボタンが薔薇の花の形が可愛い。
 ウェストは真っ白なサッシュで帯のように締めて後ろで大きな蝶々を作る。スカート部分には白いフリル付きエプロンがまた、いい味出してて、全身アリス状態で可愛い♡ ドレスはね。

 でも、これ、子供服…ダヨネ? ご姉妹のお下がりかな。ずり落ちにくいようにツル部分で顔の側面を押さえるタイプの、スポーティーな眼鏡が似合わないなー。幾ら紫とピンクで彩られててもねぇ、デザインが…。

 朝から疲れた~。

 蒸しタオルでお顔を拭われたり、また美容液すり込まれたり、髪を梳いた後編み込みして頭を一周させたり、そこに更にリボンや飾りを差し込んだり。
 お貴族様は毎朝、こんな事してんのかな。そりゃ、お世話係たくさん要るよねぇ。
 子供だと勘違いされてるおかげで、助かった事が1つ。メイドさんが用意してた、コルセットやお腹引き締め用の編み紐がついたビスチェを回避出来た事。あれ、見るからに苦しそうだもん。

 私がそれなりに仕上がった頃合いを見計らったように、公爵様が入ってこられた。
 また、子供を見るような優しい慈愛の目を細めて丁寧に挨拶をくださいましたが、何言ってるのかさっぱりさっぱり、サッパリ妖精さんの出番です。日の丸扇子両手持ちです。

 さて、ここは大人として、私もお返しをしなくては。
 漫画で見るような、膝が弱いから腰を落とすのはやや浅めに、カーテシーで決める。決まった?
 周りのメイドさん達がほぅと息を漏らす。
 いや、だからね、私は、ちびっ子じゃないから。ちゃんとお辞儀くらい出来ますよ。

 明るい朝陽の中で見ると、あれ? 公爵様の髪、長いのはそのままだけど、そんな色でしたっけ?

 私がハテナマーク山ほど飛ばしながら首を傾げていると、公爵様はまた私をお父さん抱っこにして、女中頭さんに付き添われて部屋を出る。

 否定したくても言葉が通じないので諦めたけど、こんな明るくなってもまだ、皆さんは私を子供だと思ってるの?

 階段を降り、エントランスホールに出ると、シュワちゃんとジャニーズJrもきっちり騎士服を着て立ってた。

 彼らもそうだけど、基本、みんな髪の色は明るめなんだね。
 公爵様は、昨夜月明かりの下で魔法…じゃなくて魔道を発してた時は、お月様のように白くて黄色くて青白い、少しのチャコールグレーや薄茶も混じったような複雑な色をしてた。お月様からやって来た月世界のお姫様みたいだったなぁ。言ったら怒るかな。
 たぶん、雷撃系の魔道を使われた余波であんな色だったのだろう。馬に乗る時は、深碧しんぺき色で、風に遊ぶ部分は月光に透けて透明感のある孔雀色にも見えた。
 が、今は艶のある若葉色で、影や束ねた部分は花萌黄色だ。
 薄緑の透き通った宝石のような目で、柔らかく微笑みながら私を見る。

 観察してたのバレバレかな。
 シュワちゃんは、後ろ手を縛られたジュードさんを縄でぐるぐる巻きにしたまま連れていた。

「ぶっ。ぶふっ」
 場違いな声があがる。笑いを堪えられず、吹き出した感じだ。
 ジュードさんである。
「な、なんや、その格好。ホンマに公爵様に子供と思われとんかいな。
 ゆうべはまさかなとは思たけど…ブプ」

 失礼なやっちゃなぁ。まあ、自分でも認めるわ。子供服来た中年女なんか、痛々しくてかなんのも解る。しかもお父さん抱っこやし。
 解るけど、笑うんやめい。

 私の気持ちが伝わったのか、シュワちゃんがジュードさんに軽い蹴りを入れる。
 昨日も思ったけど、この人達、罪人には容赦ないなぁ。容疑者への人権はないのかな。

「気にしんときや。ここでは罪人に基本人権は命と健康を維持できる最低限しかない。俺は、容疑者やのうて、罪人確定しとるからな」

 私の気持ちを汲み取るのが本当に上手い。なのに、なんであの時は、解ってくれへんかったんやろうか。また、悲しくなってくる。

 私が涙ぐむので、ジュードさんが何か悪い事を言ったのだと勘違いされたらしい。引き綱を強く引かれて、転びそうになった。

「ジュードさん!」
 公爵様やシュワちゃん達が何か怖い声で、ジュードさんに話してるけど…

「ねぇ、なんて言ってるの?」
 私が話しかけると、ジュードさんはシュワちゃんと公爵様を交互に見る。公爵様は何も言わずにただ頷いた。発言を許されたらしい。

「これから、王都の、性犯罪者ばかり集めた収容所に入れられる。
 けど、その前に、騎士団内の屯所で、昨夜の調書とりするらしいな」
「…性犯罪者ばかりの収容所…めっちゃめちゃ近寄りたないわぁ。そんな所ジュードさんみたいな人、大丈夫なん?」
 色んな意味で。新人はイジられるもんだろうし、もしかしてゴツいニーサンばかりのむさ苦しい所だったら、鼻筋が尖ったややキツめのキムタク擬きのジュードさんが入れられたら…
「アイドル?」
「やめんかぃ、むっちゃサムいわ」

 デスヨネ-。ごめんなさい。嫌な予言しました。

 公爵様が、二人に何かを指示する。二人の騎士さんは頷いて、シュワちゃんがジュードさんを繋ぐひき綱を短く持ち直し、ジャニーズJrは三歩ほど下がった。

 公爵様がたぶん呪文かな、唱えるとシュワちゃんとジュードさんの足元に、魔法円が展開される。細かい文字が光りながらくるくるまわり、魔法円の縁取りを飾ってゆく。

「今度こそ、ホンマにもう会えへんやろけど、元気でな」
「え、ま、待って? まだ、なんにも教えて貰ってないよ? 魔法教えてくれるんでしょ?」
「公爵様が本家本元、魔法省の代表局長や、専門家やで。教えて貰い」
「言葉解らんやん。通訳してや」
「それも自分でなんとかし。それしか使われへんかったらいつか覚えるって。俺はもう教えたられへんねん」

 魔法円が眩しくて目が痛いくらいになって、きらきら光るジュードさんがよく見えなくなる。これ、転移魔法なの?
 慌てて、公爵様の腕の中でもがきながら手を伸ばす。が、その手は公爵様に押さえられた。

「まだ、3日間のお礼も全く出来てない」
「俺がエロい事してもうたからチャラや。
 そうか前に言うた通り、同じ目に会うて困ってる人みたら助けたってや。恩はまわってくるんやて言うたやろ」
「嫌や、言葉も通じひんとこに独りで置いていかんといて!! お礼させて! 魔法教えて!」

 喉の奥が詰まったようなかすれた声で懇願するけど、もう殆どジュードさんは見えなかった。

「隣の国のギルドに、俺がこっちに落っこちて来た時の、スーツや鞄、預けてんねん。もう携帯は動かんやろけど、何か使えるんやったらやるわ。俺の自由民株見せて本間淳二と受付でサインしたら受け取れる。
 もし、もし、アッチに帰れたら、俺の家族に…」

「ジュードさん!!」
 最後、なんて言ったのか判らなかった。もう聞こえなかったから。あんなに光り輝いてた魔法円は静かに消えてた。

 私の眼鏡は、公爵様の隣で佇むご姉妹の手に預けられ、滝のように止まらない涙は、公爵様が幾ら拭ってくれても止まらなくてどんどん溢れてくる。

 ジュードさんに何もしてあげられない自分の不甲斐なさに。
 結局は未遂に終わったのに収容所に軟禁刑だと聞かされての少しの同情。
 同情してるのに、私にあんなに怖い事したからだと思う暗い感情が同居してて、自分で怖い。
 唯一の言葉が解る頼りにしてた人が居なくなる。どうやってコミュニケーション取ればいいの?
 今後の自分の処遇はどうなるのか。この人達は、今は同情的だけど、身元不明、言葉も通じない、国籍もない、怪しい中年女に、いつまでも優しく親切にしてくれるだろうか。
 例え優しく保護してくれたとして、私に、この人達に出来ることはあるのか。

 どんなに考えても不安しか出て来なくて、いっそ考えるのを止めようとしてもとまらなくて。

 高級そうなシャツがどんどん濡れて汚れるのも気がひけたけど、優しく撫でられながら頭を抱き寄せられたので、そのまま震えも引き攣れた声も止まらない涙も止めずに、公爵様の肩に縋り付いてずっと泣き続けた。
 
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