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優しい大きな人達に、子供扱いされる私は中年女

巨人の里? もう、ちびっ子扱いでもいいや

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 ジュードさんが護送された後、エントランスホールにいた使用人達はみな持ち場に戻っていったのだろう。
 泣き続ける私を抱えたままの公爵様と、心配そうに見守りながら眼鏡を大切そうに胸元に掲げるご姉妹、数歩下がった位置で、一連の流れを見てたお母様。4人だけが残される。
 女中頭さんが2人のメイドさんを伴って戻ってきた。泣き止まない私のために、タオルを取りに行ってたらしい。温かいおしぼりもくれる。

 この世界にはティッシュペーパーはないらしい。ジュードさんも持ってなかった。
 メイドさんの一人が、薄い手拭いを私の鼻にあててくれる。これで鼻かむの?

 恥ずかしいけど、洟垂れるのも恥ずかしいので、耐えて鼻をかみ、通じないながらも一応お礼は言っておく。

 その一連の流れを見て、ほっとされたらしい公爵様は、表情を緩められて私を抱え直し、昨夜晩餐…夜食かな?をいただいた食堂へ入る。

 昨夜と同じ奥の席に着くと、やはり私は指定席らしい公爵様のお膝の間に納まる。

 メイドさん達が、サラダとスープを配膳してくれると、公爵様は、まるで親鳥のように、せっせとサラダを大きめのスプーンに掬って私のお口へと運ぶ。
 いや、だから、自分で食べられるってば~。

 今日は、お母様は右手に、ご姉妹は左手に、同席される。
 そりや、朝ご飯食べるよね。昨夜は遅くに当然お邪魔したから、お二人はすでにお済ましだったんですよね。

 お母様が時折、公爵様になにかを訊ねられてた。公爵様は、私が咀嚼したりスープを飲むのを見ながら、お母様を見ずに答えてらした。お行儀悪いですよ? 目上の人に声をかけられたら、ちゃんと目を合わせてお返事しないと。
 どうやら、私がちゃんと食べてるか心配で気になるらしい。私は欠食児童か。

 チラッとご姉妹の方を見る。目が合うと、昨日はやや硬い表情だったけど、もう馴れたのか、今日は爽やかに微笑んでくれる。あ、可愛い♡ 綺麗な人に可愛いって変かもしれないけど、可愛らしい笑顔なのだ。天使が居たよ。仲良くなれるかな?

「あの、このお洋服、貸してくださってありがとうございました。コーデュロイ生地なんて、洗って返す技術もないけど、感謝してます」
 公爵様のお膝の間に納まったまま、ワンピースの端っこを摘まんで、ニッコリした後に頭を下げる。伝わったかな?

 なにかを返してくれたけど、勿論、ここの言葉は解らないから、勝手に、あら、それくらいよくってよ?とか言ってんのかな~とか思っとこ。
 いや、これじゃ、ちょっと高飛車かな。それくらいたいしたことじゃないわ、遠慮なさらないで、が近いかな。
 もっと違う全然関係ない事かもしれないけど、解らないから、いいや!


 ───── ◆ ◆ ◆ ───────

 
 お食事が終わると、公爵様はやっぱり私をお父さん抱っこに立ち上がって、お母様とご姉妹に挨拶をしてから、退出される。
 今朝のデザートはぷりぷりのベリーがいっぱい入ったヨーグルトでした♪
 
 2階の、私がお風呂に入れられて寝かされたお部屋に戻ると、窓の近くにある丸テーブルに添えられた華奢なデザインのアンティークソファ(一人掛け)に座らされる。
 公爵様は、膝をついて、私と向き合いました。

「リゥルワアル、ネルヴァ、レアルニ?」
 さて、何かを訊ねていると思います。言葉尻が上がるイントネーションで疑問形なのは同じのようなので、これも覚えておきましょう。他は今の所さっぱり妖精のコサックダンスです。

 じっと公爵様を見つめました。
 ──ヤバい。頰赤く染まるやろ、これ。
 堪えて、見つめます。何を訊ねられているのか、考えなくては。

 解らん。

 仕方ないので、質問返しする事にしました。
「公爵様のお名前をお聞かせ願えますか?」
 今度は、公爵様の?マークが飛ぶ番ですね。

「お名前を訊ねる時はこちらから名乗るべきです。失礼しました。
 私の名前は……」
 ジュードさんは、魔力の強い者に、本名を呼ばせるなと教えてくれた。ので、暫くは様子見でヴァニラで通しましょう。
「ヴァニラ。ヴァニラです。ヴァニラ、わかりますか? ヴァニラ、ヴァニラ、ヴァニラ!!」

 漫画やアニメでは、これで通じてたぞ。何も足さず、名前を連呼して、自分を指さす。
「ヴァニラ」
 公爵様は、女神のように微笑まれて、私の頭を撫で、そのままやはり男性なんだな~と思う温かくて大きな手が滑って頰を包む。
 いや、だから、恥ずかしいやん。

 気を取り直して、名前を呼んでくれた後に、自分をさしてた指を公爵様へ向ける。
「あなたは?」
 どうせ言葉が通じないんだから、身分ある人だろうと、もう敬語のニュアンスだけでいいか。敬語とか尊敬語とか謙譲語とか、頭を使いながら話すの苦手なのよ。

「ルーシェンフェルド・クィルフ・エッシェンリール・アッカード=エリキシエルアルガッフェイル@*★☆※(以下略!)」

 は? 今、なんて言いました? それ、全部お名前? 長っ! 寿限無かっ!

 だから、何度も言ってるやん、カタカナは頭に残らないんだってば。

 今度は、ゆっくりとかみ砕くように名乗ってくれる。
「るーしぇ…んふ? キルフ、えるしぇる、アッカード、エルキシェルアルグフェル?デイルク!」
 やはりだいぶ間違ったらしい。公爵様は苦笑された。仕方ないやつだなぁって感じ?
 一応、公爵様がゆっくりと丁寧に言ってくださる一語ごとについて、発声したつもりなんだけど。
「るーしぇ……れんれん……も魔法使いだよね? あ、駄目ですよね、すみません。
 るーしぇうど、グイるふ、えるしぇる、アッカード!」

 何度か繰り返して練習するも、確実に言えること。毎回違う名前言ってますね、私。

 だいたい、外人の名前、元々正しく発音出来ませんから。
 有名な俳優の名前だって、私達日本人がカタカナで呼ぶのと、海外の人達が上手く舌を使って発音するのと全然違うもん。

 もう、開き直って愛称にさせて貰おう。どうせ子供と思われてるんだもん。そこ、利用しちゃえ(笑)
「るーしぇうど! るーしぇ! るーちゃん!!」
 公爵様はびっくりした顔で、私を凝視する。
「るーちゃん?」
 もう一度、呼んでみる。公爵様は硬直したかのように動かない。
 聞こえてない事ないよね? 首を傾げてみると、硬直が解けたみたいで、微笑んで、私を指さし「ヴァニラ」と呼んで、自分を指さし「ルーシェ」と嬉しそうに返してくれた。
 よかった、通じたんだよね。

「ヴァニラ」
 何度か呼んで、頰を撫でたり髪を梳くように撫でたりした後、再び私を抱え上げた。もう、何度目なんだか。 

 公爵様改め、ここから先はルーちゃんで行きます。
 ルーちゃんは、階下の、エントランスホールから食堂の前を通り過ぎて、綺麗なお花が彫られた木の扉を開く。
 そこは向こう側の壁が一面ガラス張りで明るいサンルームだった。
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