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オウジサマってなんだ?
36.俺のお国は危険がいっぱい、もうないよ
しおりを挟む魔道省本局長のサイン入り、騎士団士官の調書添付で指示書が来た以上は、速やかに手配が進み、午後には、ジュードは収容所へ護送されることになった。
「色々、迷惑かけました」
「あまり、謝られてる感じしないが……」
「あんたに言ったんじゃ無いからかな? 公爵様に言ったの」
クルルクヴェートリンブルクとジュードが、護送される側とする側とは思えない気軽さで会話する。
「どの贖罪労働にあてられるかはまだ判らんが、少なくとも、重労働は課せられないだろう。ただし、魔道は使えぬ。魔術に頼った生活をしていたのなら最初は苦労するだろうが……」
「あ、それは大丈夫。
俺もあか……ヴァニラも、故郷じゃ魔術は使ってなかったから」
あっけらかんと答えるジュードに、ルーシェンフェルドは眉をひそめる。
「魔術は使ってなかった?」
「そ。俺らの故郷じゃ、誰も魔術は使ってなかったよ。概念はあったけど、実践はしてなかった。
まあ、中には使ってたヤツもいたかもしれないけど、殆どの人が使えないから、魔術が使えますと言った所でペテン師扱い受けるし大抵気味悪がられるから、使えるヤツは秘密にしてたと思う」
ジュードの言葉に、ルーシェンフェルドと、オウルヴィとクルルクヴェートリンブルクが顔を見合わせる。
「魔術を使わずして国が、生活が、維持できているのか?」
「便利道具を使えば、魔道なしで誰でも似た働きが出来るからね」
「貴様の国に行ってみたくなるな」
あまり魔術の上手くないクルルクヴェートリンブルクには、魔道なしの生活に興味があるのだろう。
「例えば、力の強いヤツが、釣瓶で井戸水を汲むのは楽でも、女子供には重労働だよね? でも、魔力を使わずに電気が動力源のカラクリがあって、ボタン1つで誰でも力を使わずに水が汲めたら?」
「そんなカラクリが?」
「そう。畑を耕すのも牛と鋤じゃなくて、電気で動く、車輪のついた鋤に、人が乗って操作するんだ。収穫も出来るやつだってある」
3人の驚愕の目に、ハッとするジュード。
(ヤベェ、調子に乗って話しすぎたかな……)
「そんな、誰でも楽に暮らせる高度な文化を築いていた国が滅びたのか?」
「まあ、力に溺れたっての? やりすぎたって言うか、進歩し過ぎて、大量殺人も可能な兵器を持ったがための自滅って言うか……
便利に作り替える事で自然を破壊しすぎて、環境が悪くなって動植物が育たなくなったり、天候変化が激しくなったり、人に害のある物質……瘴気が地にも大気にも河川や海にも蔓延って、人が生きていけなくなったんだ……」
勿論、作り話だが、概ね嘘ではない。
「神話にもあるな。神にも届く力を持つと、力に負けて滅びる話は」
「そーそー、そんな感じ。だから、俺らはもう、国には帰れないし、国はなくなってしまったんだ。
……出来れば、調書には、そこんとこ詳しく書かないで欲しい」
「なぜだ?」
「過ぎたる力はって、公爵様も今、言ったじゃん。俺らの国の技術が広まったら、俺らの国と同じ事が起こるかもしれない。だから、世界に散らばった元国民は、誰も俺らの国の事は話さない。例え、不審人物としてスパイ容疑をかけられようともな」
(俺、今、なんか格好いいこと言った?)
ジュードは満足げに小さく、後ろ手に縛られたままガッツポーズをとる。
「なら、なぜ、今、話した?」
「礼、かな? 俺の事、ちゃんと、人間として向き合ってくれたでしょ? 犯罪者に厳しいこの国で、俺、もう人扱いされないかと思ってたもん」
「収容所に行けば多かれ少なかれそうなるだろう」
「うん、ま、仕方ないね。
それに、妖魔か何かの干渉のせいだとして、少し罪を軽くしてくれたでしょ? 勿論無罪には出来なくても。
後は、ヴァニラの事を頼みたいから、かな?
彼女も家族にはもう会えないし、国もない。
言葉もまったく解らない上に、金も無い手荷物も無い、身寄りもあても無い、無い無い尽くしで、今のまま放り出されたら、野垂れ死にしかない」
真剣な眼で、ジュードとルーシェンフェルドは向かい合う。
「任せておけ。……と、言いたいところだが、どうなるか。
言葉が通じぬので、そなたの事も含め、状況を説明してやれない。
使用人の少年が近くを通るだけで怯えたり震えたりしているし、このままでは私の事を信用してくれるかどうか……」
「その、お綺麗なお顔で微笑んでやれば、コロッと懐くでしょ」
「む? やはり女だと……」
「違う違うって、俺らの国では、女みたいに整った綺麗な顔は、ヴァニラみたいに漫画や小説で育った女には、ウケがいいんだよ。信じてくれって」
ルーシェンフェルドの言葉に、ジュードは笑い出した。
「……マンガとはなんだ?」
「絵本よりも動きを見せる細かい絵で、文字じゃなくて絵で読ませて伝える本の事。その中では男も女もみんな美男美女ってのが多いの」
ジュードはもういいだろとばかりに、自ら、護送用の、途中で逃げられないように直接収容所へ着く、片道通行の転移魔法陣に踏み込む。
クルルクヴェートリンブルクが捕縛綱を握り締めて、ジュードに慌てて付き添う。
「……マンガ、か。覚えておこう。
で、オウジサマとは何のことだ?」
「それは、ぜってぇ教えねぇっつったろ」
爽やかに笑うジュードに、ルーシェンフェルドは微笑み返して眼で返事をし、魔法陣を作動させた。
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