世界はいつも自分を中心にまわっている。

まるおさん

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一章 第四話

1.聖邪の行進

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 イーシュでバブルラクンの残党、サニオスが逮捕された後、山に潜伏していたと見られる他の残党達が次々に投降、逮捕されるという事態が発生した。

 残党達はいずれも先のサニオスと同様に飢えた状態であった。逮捕された者の証言によれば、山の中で餓死するよりも逮捕されることにより、生命の保証を得ることが目的だと語った。サニオスが逮捕されてから調査団が撤退するまでの3日間で18名を捕縛。これは討伐戦の際に逃亡したみられる人数とほとんど合致していた。
 この事態を受け調査団では、クインスとギアード、ノーガットの間での話し合いによって、残党の継戦能力は無く、調査団の再編成までは周辺の駐屯地の人員で対応可能とし、ここを引き際と判断。即日撤退行動を開始した。



 調査団撤退当日、夜――。
  
 イーシュ駐屯地から少し離れた町の外れ。
 山も近く、現在は一連の事件を受けて昼でも人通りが少ない。
 そのため夜になると辺りは闇に閉ざされ、人の気配は一切無く、かわりに何処からともなく不穏な気配を感じさせる場所であった。

 そんな闇の中に、ユージ・ノーガットの姿があった。
 路肩の木の下で、他に部下もつけずに一人で、影に隠れるように黒いローブに身を包み、フードを深く被り息を潜めている。微かな月明かりを頼りに用心深く辺りを警戒し、出来るだけ気配を抑えようとしているが、焦りと苛立ちに小刻みに体を揺らす。
 何かを待っているのか幾度も辺りを見回すが、人はおろか動物の気配すら無く、遠目に見える範囲でも何かがいる様子は無い。待てども待てども動きはなく、無駄に時間だけが過ぎ去っている様に感じ、さらに苛々が積もっていく。
 再三、周囲を見渡すも変わりはなく、腹に溜まった鬱憤が溢れ出たかの様に短く息を吐いた、その瞬間、

「御待たせ致しました」

  声を掛けられた。

 ノーガットは慌てて前を向くと、紫と黒の法衣を纏った僧侶が、まるで今までもそこに居たかのように立っていた。
 僧侶は慇懃に会釈をした。その姿を見てノーガットは、一瞬驚いた様子だったがすぐに僧侶に詰め寄る。

「おい、どうなってる!?  予言では奴等を捕まえて、その功で私は城に招かれるのでは無かったのか!?  今までお前の言う通りにしてきたのに、自分から捕まりに来たら、何の手柄にもならないではないか!」

 辺りを憚り声は潜めているが、焦りと怒りを露にしている。しかし、僧侶は全く動じること無く静かに答えた。

「落ち着きなさい。予言とはその時の未来を占うもの。しかし未来とは刻一刻と変化するものです。そしてそれは、時には良い変化をも齎すもたら事もある」
「良い変化だと……」
「ええ。貴方はこの後の戦いで、王宮への道を邁進することになる」
「っ!  何なのだそれは」

 僧侶はほくそ笑むと、勿体つけたように一息おいて答えた。

「あの戦乙女を討つのです」
「戦乙女……、まさか大尉を!?」
「はい。次に調査団が派兵された時に、彼女を討つのです。彼女には反骨の相が出ております。恐らく、盗賊と通じて反乱を企てているものかと――」
  
 僧侶が言うのを遮りノーガットが応えた。

「まさか、馬鹿馬鹿しい!  一体何を根拠に――」
  
 突拍子もない僧侶の言い分に呆れてノーガットが視線を反らしたその刹那、僧侶は急激に間合いを詰めた。僧侶はノーガットの頭部に向かって右手を開き、そのまま勢いよく親指を眉間に押し当てると、ノーガットは金縛りにかかったかのように、立ったまま動かなくなった。僧侶は顔を近付け、地獄の底から響くような声で言った。

「お前はもう前に進むしかない」

 ノーガットはひきつけを起こしたように全身を強ばらせ、眼を白黒させている。僧侶は言葉を続ける。

「ここまで来て後に退こうなどと決して思うな。お前はもう私の指示に従うしかないのだ」
「あっ……あっ……。……………………………………」

 僧侶は親指を当てたまま、ノーガットの耳元で囁く。深く暗い声には明確な呪詛が込められている。
 ノーガットは白目を剥き、顔色はみるみる青白くなり、生気を吸い取られているようであった。
 呪詛を唱え終えたか、僧侶が硬直しているノーガットの頭から手を離し、少し距離を開け、何事もなかったかのように身なりを正す。一呼吸おいてノーガットが意識を取り戻した。

「……はっ!?  何……?」
「どうか致しましたか?」
「いや、何でもない……。それよりも、戦乙女とは?  まさか大尉を――!?」
「はい。恐らく、盗賊と通じて反乱を企てているものかと」
「……成る程」

 ノーガットには僧侶の返答が、筋道が通っているもののように聞こえた。特に違和感を覚えることもなく相槌を打ち、僧侶の話に耳を傾けていた。
 
「考えてみれば奇妙な話。事件と逮捕の間で日が経っているとはいえ、捕らえられた者は皆、飢えて弱っておりました。それを相手に精強な騎士様方が遅れを取るでしょうか。それどころか苦戦の末、大尉お一人が無事に保護されたと?  まるで何者かの意思によって選ばれたかの様ではないですか」
「言われてみれば……」
「恐らく、先の戦いの際にバブルラクンの一部と結託していたのでしょう。そして自分の地位を利用して内部に引き込み、内側から王国を崩そうと――」

 僧侶は荒唐無稽な話を、さも真実であるかのように語った。一聞すればただの出鱈目や妄想だと一蹴しそうな話を、ノーガットは虚ろな眼で聞いている。

「では、次が正念場なのだな」
「左様で」
「解った。また何かあれば呼び出す」
「承知致しました。道中くれぐれもお気を付けて」

 そう言って僧侶がまた会釈をすると、ノーガットは無表情のまま自分の屋敷のある方へ歩き始めた。その背中を僧侶は静かに見送っている。
 辺りは依然として闇に包まれ、夜鳥の鳴き声さえ聞こえない。
 生命さえも闇に塗り潰されてしまったような場所で、僧侶の法衣だけが月明かりに怪しく光っている。
 一人佇む僧侶の表情は殆どは闇に隠れていたが、法衣の端から覗く口元は邪悪な笑みを浮かべていた。



 同日、昼、ノイミタイ砦の麓にある村落――。

 一月前までバブルラクンの支配下におかれ、数ヵ月の間、村人達は搾取や強制労働を強いられ、討伐戦の際には村を巻き込み、人命、物資共に大きな被害を出していた。
 戦後は戦後処理と復興のため、軍から中規模の人員が派遣され支援活動が行われていた。
 現在は犠牲者の葬儀も終わり、戦いで破壊された家屋等の撤去、修復もほとんど完了に近づいていた。しかし、元々貧しい村落であったため、今回の被害で存続の危機に瀕しており、集落全体の存続についての決断を迫られていた。
 元々人口が少ない上に、他に身寄りがある者は既に村を去ったため、残ったのは身寄りを無くした子供、老人がほとんどで、そのため村の自給機能が壊滅しており、村を捨て転住する必要があった。代表として村に残っている一部の大人達に選択を委ねられていたが、受け入れ先との交渉や移動など、どれも相応のリスクを負う覚悟をしなければならなかった為、中々決断できずに時間だけが過ぎていた。

  厳しい現実に村の大人達が頭を重くしている中、村の広場の一所に人が集まっていた。そこには、何かに期待し瞳を輝かせて集まっている子供達と、それに囲まれる一人の男がいた。
 村落に派遣された兵士の一人なのだろうか、男は軍服を楽に着崩して、あまり威厳のある格好ではない。
 男は子供達との間に割れた戸板や曲がった農具の刃、自分の盾などガラクタやそうでないものを無秩序に並べて置いていく。一通り並べ終えて、今度は二本の木の棒を両手に持ち、自分の位置とガラクタの距離を確かめ、そして子供達の顔を一度眺め、ニッコリと笑うと子供達に言った。

「それじゃあ~、はじめるよ!」

 男は両手に持った棒で拍子をとると、小刻みにガラクタを叩き始めた。
 まるで初めてオモチャを貰った赤ん坊の様に、屈託のない笑顔で軽やかに腕を振るう。
 金属は無機質で明瞭に、木は優しく歯切れの良い音が響く。様々なガラクタを連続あるいは交互に、ときには強弱や緩急をつけて音を奏でている。
男はたまに面白可笑しく表情を付けたり、ポーズを変えたり、男はガラクタを叩く度にそれを楽器に変えていった。
 音色が変わる度に子供達からは笑顔が溢れ、テンポが変わる度に子供達は肩を揺らす。
 晴空の下、いつしか辺りには男の演奏が響き渡っていた。
 演奏も終盤、順番に楽器を連打した後、最後に大きく3回叩いて両手を挙げると、一斉に子供達から歓声が沸き起こった。

「イエーイ!」

 男も声を上げ、子供達と笑顔でハイタッチを交わしていく。一人の子供が、
「おじさん!  これたたいて!」と、凹んだ鍋を両手で持って男に差し出すと男は同じ少年のような笑顔で応えた。

「じゃあ、今度は一緒にやろうか」
「えぇ~、できないよ~」
「大丈夫、大丈夫」
  
 誘われた子供は首を横に振って渋ったが、男は変わらず笑顔でそう言うと他の子供達も近くに呼び、それぞれに楽器をあてがい演奏を教えていった。
 ゆっくりと、テンポも強さも不揃いな、幼い音が一つ一つ増えていく。
 音は一つの音色となって大人の耳にも届き、苛々と机を叩く指先もいつの間にか音にあわせて拍子を取っていた。
 つい一月前まで周辺で起きていた悲劇が、まるで何かの作り話であったかの様に思えるほど、その音色は子供達の純粋な楽しさに満ちていた。

 その様子を遠巻きから二人の中年の騎士が見ていた。一人は少し頭が薄く強面、もう一人は癖っ毛で温和そうな面持ちの二人であった。強面の騎士が呟く。

「どこにいても、アイツは変わんねぇな」
「そうですね。ここに来たときも、親を殺された子をずっと側で励ましてあげたりして……」
「アイツ自身も気持ちが解るんだろうが、こういう時にアイツみたいなのがいるとどっか救われる事もあるんだろうな……」

 強面の方が子供達に囲まれている男に歩いていき、男に声をかけた。

「准将殿、よろしいですか?」

 男はハっと振り返り強面の顔を見ると、少しふざけたような笑顔で返した。

「も~水臭いな~ギスタさん、准将殿なんて言っちゃって。俺とギスタさんの仲じゃないですかぁ~」

 この男こそ、最前のバブルラクン討伐戦において、援軍として駆けつけ状況打開の切っ掛けとなる挟撃作戦を指揮し、現在はアトスキム王国騎士団の頂点である三人の騎士団長の1人、ケイウス・オーガディ准将であった。

「じゃあ遠慮なく。また今後の方針の確認だ。お前にも通しておきたいから、ちょっと来い」
「わかりました!  それじゃあ、俺行かなきゃ行けないから」

 男が子供達に言うと、また一斉に反対の声が上がった。

「大丈夫、直ぐ戻るから。また後でね」

 そう言って、ケイウスは強面と共に詰所の方に歩いていくと、子供達もケイウスを取り囲むようについて歩く。ふと、ケイウスは思い出したように立ち止まった。

「あっ、盾置きっぱなしだ!」
    
 というと、慌てて踵を返してガラクタを置いた所に走って行く。
 その背中を見て、その場にいる皆が一様に笑顔になっていた。
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