異世界転移が決まってる僕、あと十年で生き抜く力を全部そろえる

谷川 雅

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第3部 第86話「海風と鍬――ゼルフィード特区、始動!」

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翌朝、港町はいつも以上に活気づいていた。
 漁師たちは早朝の水揚げを終えると、船から降ろしたばかりの魚を担いで市場へ走り、港の通りには干した魚の香りと波の音が混ざる。
 その脇を、陽介と紬、そして農場騎士団の面々が鍬や資材を積んだ馬車で通っていく。
________________________________________
「ここの土、塩分濃度が高すぎるな」
 陽介が鍬を入れると、白い結晶がザラリと浮き出た。
「……うわ、指につくとベタベタする。完全に塩害土壌だね」
 紬がしゃがみ込み、試料を瓶に採取する。
「でも、海水野菜の実験にはぴったり。ここの環境をクリアできれば、世界中の沿岸地でも応用できるよ」
________________________________________
 開拓予定地では、侯爵自らが作業服に袖を通して現れた。
「伯爵殿、我らも鍬くらいは使えますぞ」
 その言葉に、周囲の漁師たちが笑いながら鍬を振る。
「普段は網を引く手だ、鍬だって悪くないな!」
「魚の匂いしかしない俺たちが、野菜の匂いをつける日が来るとはな!」
 その様子を見ていた紬が、小声で陽介に言う。
「最初からこんなに協力的だなんて、正直意外」
「侯爵の人柄だろうな。それに、ここの人たちは港を守るためなら何でもする覚悟があるんだ」
________________________________________
 まずは土地の塩分を測定し、実験区画を設置。
 そこに持ち込んだ試作の「海耐性苗」を植えていく。
苗を植えるたびに、港の子どもたちがバケツで海水をくみ、丁寧に注いでくれる。
「ほんとに海水かけていいの?」
「大丈夫。この子たちは、海水を飲んでも平気な特別な野菜なんだ」
 陽介の説明に、子どもたちの目が輝く。
「じゃあ、魚と同じ仲間だ!」
「……まあ、似たようなもんだな」
 思わず笑ってしまう陽介。
________________________________________
 作業の合間、侯爵が港の高台に二人を案内する。
 眼下には、青い海と広がる白い畑――そして、その向こうに新しく張られた緑の旗が風になびいていた。
「この旗が、この港の希望になることを願っています」
 侯爵の言葉は、潮風に乗って静かに響く。
 陽介と紬はその光景を胸に刻みながら、これが新しい航路の始まりだと確信した。
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