かつ丼をひと口食べたら、死んだはずの祖母に会えました

谷川 雅

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「じゃあ、今日やってみようか。二人ミステリーツアー」
美代ちゃんが、カツ丼のレシピ帳をカバンに入れながらそう言った。
あの日の再会以来、ふたりは毎週土曜の昼、必ず一緒にかつ丼を作っていた。
けれど今回は、ちょっと特別な冒険に出る。
「でもさ、“一人ミステリーツアー”って名前なのに、二人でやっていいのか?」
「いいの。今日は“二人で迷子になる日”って決めたんだから」
「それ、地味に怖いから!?」
笑い合いながら、二人は最寄りの駅に向かう。
「一人の時は、五回乗り換えだったんでしょ?」
「うん。だから……今日は、十回やってみようか」
「倍……!」
「二人だと、どこまで行けるんだろうね。悠太くんは一人で“過去”に行ったから……今度は、二人で“未来”かもよ?」
「未来……か。悪くないな、それ」
最初の電車は各駅停車。
隣同士に座りながら、ふたりはお互いの“思い出”をひとつずつ、交互に話していく。
「小さい頃、うちでカレー作ったでしょ? 結局、ルウ全部入れちゃってすごいドロドロになったやつ」
「うわぁ……覚えてる。あれ、スプーン立ったよね」
「うん、食べ物の威厳を感じた……」
ふたりの思い出は、笑いながら、時にしんみりしながら、ぽつぽつと交差していく。
ローカル線、私鉄、地下鉄、またローカル線……
駅弁を買ったり、乗り換えに失敗して逆戻りしたり、
「次来た電車がきっぷ制だったー!」と騒ぎながら、十回目の乗り換え駅にたどり着いた。
電車を降りて、改札を出る。
「あ……なんか、見たことあるような……」
「いやでも来たことはない……はず……?」
ふたりは見知らぬ駅前を歩きながら、ふと目を止めた。
「……『カツどん工房』?」
「ちょっと待って、このフォント、めちゃくちゃ見覚えある……あれ? これ……俺の、字じゃない?」
「えっ」
看板の下にある手描きメニューには、丁寧な字でこう書かれていた。
『毎日、心を込めてつくってます。カツの厚み、だしの深み、そして笑顔は倍盛りで。』
「これ……間違いなく、私の書いた言葉だよ」
「いやいやいや、待って待って待って!? なんでここに俺たちのかつ丼店!?」
おそるおそる扉を開けると、聞き慣れた玄関チャイムが鳴った。
そしてそこに広がっていたのは――
「……俺の部屋じゃん……」
リビングの奥に見覚えのあるソファ。
キッチンには、使い慣れた鍋とフライパン。
でも、テーブルの上には「カツどん試作品No.34」と書かれたノート。
壁には、「本日のカツどん、完売!」という貼り紙。
「ここ……未来の“うちのお店”?」
「かもしれないね。っていうか、もう“うちの家”って感じだけど?」
悠太は笑いながら、しみじみと店内――いや、“自分たちの未来の居場所”を見渡した。
「なんか、思ってたより……しっくり来るな」
「うん。最初は、ただのおうちだったのにね。今は、ちょっとした“始まりの場所”って感じ」
ふたりはいつものように並んで立ち、
いつものようにエプロンをつけて、
そして、なんでもない顔で、こう言った。
「……じゃあ、今日もかつ丼、作りますか」
「特盛で!」
ふたりで乗ったミステリートレインが、たどり着いたのは――
遠い未来でも、過去でもない、今この瞬間の“ふたりで作る未来”だった。
やさしい湯気と、笑い声が、小さな工房に満ちていった。
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